【新着】リヒテルのピアノソナタライヴ集(ハイドン)

せっかくのお休みですが、風邪をひいて喉がガラガラ。会社でも同じ風邪をひいている人が多かったのでうつってしまったよう。今日は出かけずに家でのんびり。

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HMV ONLINEicon / TOWER RECORDS

スヴャトスラフ・リヒテル(Sviatoslav Richter)のソ連時代の録音を集めたCD9枚組。この中のCD1がハイドンのピアノソナタ集となっており、Hob.XVI:20、XVI:41、XVI:50、XVI:52の4曲が収められています。収録は何れもモスクワでのライヴであり、XVI:52が1949年の他は1960年代のもの。それぞれ日付が異なるため、曲のレビューと一緒に収録日は記載することとします。レーベルは露Venezia。

このアルバムは最近リリースされてHMV ONLINEから届いたもの。これまでHMV ONLINEは出荷が遅く、注文して在庫がそろっていても、2、3日してから出荷になるケースが多く、すぐにつくとは思っていませんでした。ところが数日前に注文を入れるとすぐに在庫がそろって、すぐに出荷となりました。ウェブサイトにも在庫ありのものも13時までの注文は当日出荷とうたいはじめてますので、出荷体制がだいぶ変わってきたのでしょうか。これまでもマルチバイにすると値段は安い事が多いので、HMV ONLINEを使うことが多かったですが、出荷体制はお世辞にも良いとは言えなかったので、これで少し皆さんにもすすめやすくなりましたでしょうか。

さて、リヒテルはハイドンを好んでいたようで、ライヴを中心にアルバムはかなりリリースされています。手元にもかなりの数のアルバムがありますが、記事として取りあげたのは調べてみると2回のみ。しかも最初の記事はアバムの紹介程度でしたので、ちゃんとリヒテルのアルバムをレビューしたのは1度きりとなります。

2010/11/23 : ハイドン–ピアノソナタ : リヒテルの1993年のソナタ録音
2010/02/23 : ハイドン–ピアノソナタ : リヒテルのソナタ録音

前にも書きましたが、リヒテルのハイドンは力感の表現が秀逸でかつ音楽が大きく、好きな演奏です。ただし、ライヴがかなり出ていて、何となく演奏同士、比較してみなくてはいけないとの先入観から、レビューに取りあげにくかったのかもしれません。

前記事を読み直してみると、リヒテルの略歴等にも触れておりません。自分の知識のためにちょっとさらっておきましょう。

スヴャトスラフ・リヒテルは1915年、現ウクライナのキエフの西100kmほどのところにあるジトームィルで生まれました。父はドイツ人ピアニスト。幼いころに黒海沿岸のオデッサに移住、父親はリヒテルに音楽を教えましたが、音楽家にしようとは思わなかったそうで、後にオデッサで処刑されてしまったとのこと。リヒテルは独学でピアノをはじめ、1931年に15歳でオデッサ歌劇場のコレペティートルに採用され、この時多くのオペラ曲の演奏を通じて腕を磨きました。1934年、19歳で小規模なリサイタルを開き、成功したとの事。1937年22歳でモスクワ音楽院に入学し、名教師ゲンリフ・ネイガウスに師事します。ネイガウスはリヒテルの他、エミール・ギレリス、アナトリー・ヴェデルニコフ、ラドゥ・ルプーらの師として知られ、スタニスラフ・ブーニンは彼の孫とのこと。ネイガウスはリヒテルに「何も教えることはなかった」と語り、リヒテルはネイガウスから多くの事を学んだと言っているとされ、これ以上の師弟関係はないような間柄だったと想像できます。その後ネイガウスの紹介でプロコフィエフと親交を持つようになり、1943年モスクワでプロコフィエフのピアノソナタ7番を初演しました。以後ソ連内で活発に演奏活動をするようになり、1945年には30歳で全ソビエト音楽コンクールピアノ部門で第1位を受賞しました。以後東欧で公演を行い、西側にもその評判が伝わるようになり、「幻のピアニスト」と呼ばれるようになりました。1958年ブルガリアのソフィアで行ったリサイタルでの「展覧会の絵」などによって全世界に知られるようになり、ヴァン・クライバーンが「生涯で聴いたなかで最もパワフルな演奏だった」と語ったことで評価が決定的となったとされます。1960年にようやく西側での演奏が許可され、以後は日本を含む世界各地に演奏旅行に出かけ、1997年8月にモスクワで82歳で亡くなったということです。

私はリヒテルのハイドンはいろいろ聴いてますが、ベートーヴェンや展覧会の絵などの演奏はちゃんと聴いていません。リヒテルのアルバムで最初に買ったのはバッハの平均率クラヴィーア曲集。淡々とかつ雄弁に語っていく音楽の大きさに打たれたアルバムでした。

Hob.XVI:20 / Piano Sonata No.33 [c] (1771)
1960年代、モスクワでのライヴとだけ記載されています。リヒテルの詩情溢れるピアノが少し遠めに定位し、会場ノイズがわりと大きめに入っています。最初に何かぶつかったような音がします。高域はちょっと混濁気味ですが、リヒテルのピアノの宝石のような輝きはしっかり伝わります。テンポのコントロールは大胆。曲が大きく転換するところで大きくテンポを落とします。ピアノの音は確かな骨格に裏付けられたカッチリとしたもの。ハイドンの名曲の光と陰を鮮明に描いていきます。テープの転写か、先の音がうっすら聴こえてきます。速いパッセージのキレの良さと、ダイナミックレンジは録音を超えて伝わってきます。時折みせる右手の強音はホールを突き抜けるような力強さ。この曲独特の物憂げな印象と冬の星空のような凛とした美しさを実に上手く表現。やはり抜群の力感がものを言います。
咳払いが終わらぬうちに美しいアンダンテ・コン・モートがはじまり、右手の輝きは最初から閃光を放ちまくってます。意外にさらさらとすすめていき、左手の伴奏も正確なリズムに支えられて、鋼のような強靭さ。メロディーの主張の仕方というか、立体感が尋常ではありません。大きく音楽をとらえて大波が押し寄せては消えていくように美しいメロディーが次々とやってきますが、リヒテル自身は非常に冷静に音楽を作っているよう。素晴しく峻厳な音楽。詩情がただよう演奏が多いのですが、全盛期のリヒテルにかかると、豪腕投手の内角高めの豪速球のような厳しいアプローチ。有無をも言わせぬ迫力。ピアノからオーラが出まくってます。
驚くのがフィナーレの力感。ハイドンの曲でここまでのピアニズムを感じるとは。ピアノが鳴りきっています。指の一本一本が鋼で出来ているような素晴しい力感。音の力でもテクニックでも並のピアニストは次元が違います。1曲目から驚きの演奏。全盛期のリヒテルのエネルギーがスピーカーを伝わって、風邪で弱り気味の脳髄直撃です。まさに縦横無尽にピアノを操ります。痺れました。会場からは驚き混じりの拍手が降り注ぎます。

Hob.XVI:41 / Piano Sonata No.55 [B] (c.1783)
つづいて1961年4月17日のモスクワライヴ。前曲の混濁感はなくなって、鮮明さが上がりますが、高域重視の録音。鮮明に咳払いが録られています。いきなり右手のキレの良さに打たれます。速めのテンポながらアクセントがキレまくって、鮮烈な印象。速いパッセージの指が回っているのはもちろん、要所のアクセントが決まりまくって、痛快なほど。ハイドンの原曲の面白さもありますが、アクロバティックにも感じるリヒテルの指さばきにただただ聴き惚れます。鍵盤の上で指が踊りまくっているよう。1楽章の終盤に至り、渾身の打撃でまたもピアノの轟音が響き渡ります。本気ですね。
つづくアレグロ・ディ・モルトも良くこれだけのエネルギーをハイドンの曲に込められるものと感心しきり。速めのテンポで弾き進めていきますが、途中耳をつんざくような強音を何回か聴かせて、この2楽章の小ソナタに込められた本当のエネルギーを知らしめます。最後の一音と同時に拍手が振り注ぎますが、なぜかフェードアウトではなく、さっとヴォリュームを絞る唐突な終わり方。演奏の素晴しさを損なうものではありません。

Hob.XVI:50 / Piano Sonata No.60 [C] (probably 1794)
晩年の名曲。1960年9月24日のモスクワでのライヴ。この演奏はおそらく同じ演奏が手元に別のアルバムであります。前曲と似た音響ですが、このアルバムでは一番聴きやすい音。リヒテルは相変わらず、細かい事は気にせず、速めのテンポでバリバリ弾き進めます。後年のリヒテルの演奏は力感と知と情のバランスが絶妙なんですが、この時期の演奏は抑えきれない表現欲からか、ハイドンのソナタに潜む力感の極北を示すようなアタックの連続。無限に動く指と、ピアノと言う楽器のもつダイナミックレンジを遥かに超える強音を交えながら、他のピアニストには絶対に真似の出来ない世界を築いていきます。この曲でもアクセントのキレは尋常なものではありませんが、それがくどくなく、ピアノ音楽の極限んを示すように聴こえるところがスゴいところ。
続くアダージョは、しっかりテンポを落として、磨き抜かれた美音が轟きます。くっきりとアクセントがついてメロディーは恐ろしいほどの立体感。録音は鮮明で、その鮮明さを物語るようなリアルな咳払いが録られています。リヒテルのピアノは神々しい光を帯びたようにこの素晴しい楽章のメロディーを奏でていきます。まさに奇跡の瞬間のような演奏。会場の聴衆は完全にリヒテルの演奏に呑まれています。
最後のアレグロ・モルトは、意外にテンポを揺らさず、噛み締めるように入りますが、途中から強音炸裂。速いばかりじゃないとでも言いたげに、じっくり演奏が進みます。ここでも拍手はさっと消えます。

Hob.XVI:52 / Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
最後の曲。1949年5月30日、モスクワ音楽院グランド・ホールでのライヴ。この曲のみモノラルです。先の3曲から10年以上前の録音。迫力も自在さも一段下がりますが、右手のクリアなタッチがリヒテルらしさを感じさせます。なぜか録音はモノラルながらかなり良く、鮮明さはこのアルバム一番。モノラルなので空間を感じさせませんが、オンマイクでかなり鮮明にピアノの美音を録っています。所々ミスタッチがありますが、グールドの愛用したチッカリングピアノのような独特の高音の響きがあり、なかなか良い音色。スケール、特に音楽のつくりの大きさは後年のものに譲りますが、タッチのキレは流石リヒテル、指の回転は素晴しいものがあります。
つづくアダージョも前3曲と比べるとオーソドックスな演奏ですが、鮮明なピアノのタッチのキレでグイグイ聴かせていき、この楽章特有の孤高の表情を描いていきます。
フィナーレに入ると、指の回転を上回る超絶テンポ設定にリヒテル自身も絡まり気味ですが、そんなことは気にせず、グイグイいきます。ここまでくるとリヒテルの演奏スタイル耳のほうが合ってきて、完全にリヒテル術中にはまったよう。ブレンデルらが聴かせる研ぎすまされた世界とは全く異なる鋼のようなハイドンでした。

このアルバムで聴かれる特に1960年代のリヒテルのハイドンは一般的なハイドンの演奏とは全く異なり、かなり速めのテンポでハイドンのソナタに潜む力感を鋼のようなタッチで演奏したもの。ハイドンのピアノソナタの定番としてお薦めするにはちょっと無理がありますが、ハイドンのソナタの極北を示す演奏として、そしてリヒテルの全盛期の記録としては貴重な記録であることは間違いありません。リヒテルの全盛期の演奏は、決して誰にも真似の出来ない強靭なタッチ、狂気のような強音、何も躊躇することのない直裁なアプローチが鮮明に印象に残りました。評価は60年代の演奏はやはり[+++++]をつけない訳に参りません。最後のXVI:52は[++++]とします。

リヒテルの後年の演奏はこれに比べるとだいぶ穏やかになり、それでも力感と大きな音楽が宿る素晴しい演奏であり、一般的にはそちらをお薦めすべきでしょう。

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ハイドン(Franz Joseph Haydn)の膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。私はなぜハイドンにはまったのか?

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