リースベト・ドフォス/リュカス・ブロンデールの「ナクソスのアリアンナ」など

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リュカス・ブロンデール(Lucas Blondeel)のピアノ、リースベト・ドフォス(Liesbeth Devos)のソプラノで、ハイドンのピアノソナタ(XVI:49)、ファンタジア(XVII:4)、ピアノソナタ(XVI:48)、カンタータ「ナクソスのアリアンナ」、アンダンテと変奏曲(XVII:6)の5曲を収めたアルバム。収録は2009年12月28日から31日、ベルギー、ブリュッセルのフラジェ・スタジオ1。ライナーノーツには音響のいいスタジオとして知られていると記載されています。レーベルはcypres。シプレーと読むそう。
このアルバム、先日新宿タワーレコードに立ち寄った際、マーキュリーが輸入するアルバムがセールになっていたので、すかさず未入手のハイドンのアルバムを探して求めたもの。輸入盤の方が安いのですが、マーキュリーの輸入するアルバムは解説が充実しているので、つい国内仕様盤を手に入れてしまいます。
このアルバムにもライナーノーツに記載されたピアニストのリュカス・ブロンデールの長文の解説やナクソスのアリアンナの歌詞等つけられていて、このアルバムの理解を深めるのに役立ちます。英文も辞書を引きながら読めない訳ではありませんが、最近老眼が進み、小さい字の英文はかなりしんどいです(苦笑)
さて、このアルバム、よく見るとアルバムのタイトルは「マリアンネに」と気になるもの。以前取りあげた、ヌリア・リアルのアルバムを思い起こさせます。
2010/11/06 : ハイドン–オペラ : ヌリア・リアルのオペラ挿入アリア集
このアルバムタイトルのマリアンネとは、ハイドンが晩年に恋心を抱いた、マリア・アンナ・フォン・ゲツィンガーという人の事。ハイドンの同僚のゲツィンガーという医師の夫人。ハイドンが57歳の1789年、マリアンネ夫人からハイドンに届いた1通の手紙にはハイドンの作品をピアノ独奏曲に夫人自身が編曲した楽譜がそえられていました。その出来の見事さに驚いたハイドンが返事を書いたことから文通がはじまり、ハイドンの恋心に火がついたのですが、それから4年後のマリアンネ夫人の急死によって、静かな友愛は終わりを迎えたとの事。その間、ハイドンの作曲活動は頂点を極めた時期にあたります。1790年にはニコラウス・エステルハージ候が亡くなり、ウィーンに転居した後、第1回目のロンドン旅行に出発、翌1791年にはロンドンでザロモン演奏会が開かれ、交響曲の93番から98番までが作曲されました。
このアルバムに収められた曲もすべて、この4年間に作曲された曲で、ハイドンがマリアンネ夫人のことを想ってかいたと想像される曲が選ばれています。詳しくはこのアルバムを実際に手に入れて解説を読まれるのがよいでしょう。
演奏者ですが、2人ともベルギーの人。ピアノのリュカス・ブロンデールは1961年ベルギーのブリュッセル生まれ。アントウェルペン音楽院、ベルリン芸術大学などで学び、アントウェルペンで開かれたエマニュエル・デュルレ国際ピアノコンクールで優勝、ベルリンで開かれたシュナーベル・コンクールで3位、チューリヒで開かれたクルト・ライマー・コンクールで優勝などの経歴があります。ソロ活動や室内楽や歌曲の伴奏などにも感心が高く、バイロイトで開かれたラ・ヴォーチェ・コンクールでは最優秀伴奏者賞を受賞。また古楽器の演奏をインマゼールとバルト・ファン・オールトなどに師事し、古楽のアプローチを現代楽器でも生かしているとのこと。
ソプラノのリースベト・ドフォスは1983年オランダのベーフェレン=ワースの生まれ。ベーフェレン=ワースの音楽舞台芸術大学、アントウェルペン音楽院、エリザベート王妃音楽院などで学び、地元オランダを中心に歌劇場で活躍しています。
2人は2004年以来デュオを組んでベルギー、オランダ、ドイツ、フランス、スペインなどで活躍しているとのことです。
Hob.XVI:49 / Piano Sonata No.59 [E flat] (1789/90)
最初はソナタ。ピアノはなんとヤマハ(YAMAHA CFIIIS)です。響きのよいスタジオとのふれこみ通り、PHILIPSレーベルがラ・ショー=ド=フォンで録ったような磨き抜かれた宝石のような音色。適度な残響が非常に美しい録音。中低音のちょっとゴリッとした感触がヤマハの特徴でしょうか。リュカス・ブロンデールのピアノはハイドンの曲の面白さを適度に表現する、ブレンデルの演奏に近いもの。ブレンデルよりも全体の流れの良さを意識してかテンポが全般に速めで、メリハリはかなり付けているのに爽やかな印象を残しています。この曲はハイドンがマリアンネ夫人のために書いた曲であるとハイドンの手紙に書かれ、2楽章の深い情感がハイドンのマリアンネ夫人に対する想いを現しているようです。ブロンデールのピアノはその想いを美しい想い出にしたようなキラキラした美しい演奏でまとめます。フィナーレもいい意味で軽妙なタッチが、ハイドンの想いを昇華させるような、爽やかな演奏。
Hob.XVII:4 / Fantasia (Capriccio) op.58 [C] (1789)
この曲はハイドンがロンドンでの出版のため、楽譜をマリアンネ夫人に送ってもらったとされています。軽妙な曲想とブロンデールの爽やかな語り口が合って、ユーモラスな表情の面白さが味わえます。
Hob.XVI:48 / Piano Sonata No.58 [C] (1787/9)
マリアンネ夫人との文通をはじめる前に作曲がはじめられた作品。女性に想いを馳せながら書いた曲だと知って聴くと、なるほどこの研ぎすまされたハイドン成熟期の音楽の美しさの理解も深まります。ブロンデールは起伏は大きくないものの、磨かれたピアノの響きで詩情溢れる演奏。
Hob.XXVIb:2 / Cantata "Arianna a Naxos" 「ナクソスのアリアンナ」 [E flat] (c.1789)
ブロンデールのピアノは、流石、最優秀伴奏者賞を受賞しただけのことはあります。静けさのなかに情感がこもった穏やかな伴奏から入り、歌手を引き立てることに細心の注意が払われています。ソロとはまた違ったブロンデールのピアノの魅力が見えました。ソプラノのリースベト・ドフォスはちょっと芯の堅い癖のある声ですが、声量とヴィブラートが良くかかった響きは魅力です。表情を抑えながらも雄弁なブロンデールのピアノに乗って、絶唱。安定感は文句なしですが、声質が強いせいか、歌自体に少々固さが感じられます。もう一段リラックスして力を抑えた方が歌に余裕が出るのではと感じた次第。
Hob.XVII:6 / Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
そして最後は名曲です。なんとこの曲、マリアンヌ夫人が亡くなった直後に書かれ、この曲独特の深みは、マリアンヌ夫人を失った深い悲しみを現しているのではないかとされています。ブロンデールのピアノはやはり、ことさら重くなる事はなく、磨かれた美音で淡々とすすめていきます。かえってこうした抑えた表情の方が、深い悲しみを表すように感じられるのが不思議なところ。ハイドン自身が本当にどう感じていたのかは、今となってはわかりませんが、やはり禁断の恋の終わりを透徹した美しさで昇華させたというところではないでしょうか。
このアルバムの解説はブロンデール自身によって書かれていますが、非常に面白い。こうした曲の背景を理解してまとめられた企画ものは貴重ですね。最新の鮮明な録音で、ピアノの美しい響きとキリリと締まったソプラノの美しい響きを味わえるいいアルバムであることは間違いありません。実力派のベルギー人デュオによるナクソスのアリアンナも感慨深いもの。評価はピアノソナタ2曲とアンダンテと変奏曲が[+++++]、他2曲は[++++]とします。
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