【追悼】ヴォルフガング・サヴァリッシュ ウィーン響との「驚愕」「軍隊」「時計」

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ヴォルフガング・サヴァリッシュ(Wolfgang Sawallisch)指揮のウィーン交響楽団の演奏で、ハイドンの交響曲94番「驚愕」、100番「軍隊」、101番「時計」の名曲3曲を収めたアルバム。収録はPマークが1961/63年としか記載されていないので詳細はわかりませんが、直前のセッション録音であろうと想像されます。今は亡きPHILIPSの"KLASSIK FÜR MILLIONEN"と題された廉価盤シリーズの1枚。
サヴァリッシュはN響の桂冠名誉指揮者であり、40年近くにわたってN響と共演してきたため、日本でもおなじみの存在です。実演に接した人も少なくないのではないでしょうか。得意としていたのはリヒャルト・シュトラウスをはじめとしたドイツもの。デュトワがN響を振るまではN響も重厚なドイツものの演奏を得意としていたのはサヴァリッシュの影響でしょう。私は残念ながらテレビではいろいろ見たものの、実演に接する機会はありませんでした。前にも触れましたが、サヴァリッシュの振った録音の中でも印象深かったのがOrfeoからリリースされたバイエルン州立管弦楽団とのブルックナーの交響曲。手元に1番、5番、6番、9番のアルバムがありますが、中でも6番の深い森の奥からの響きのような音色の良さと、あっさり気味と感じる寸前の速いテンポで一気に聴かせる独特の演奏が特に印象に残っています。
ハイドンでは天地創造と四季の録音がありますが、何れも以前に取りあげています。
2010/11/15 : ハイドン–オラトリオ : サヴァリッシュ、N響の天地創造ライヴ
2010/06/10 : ハイドン–オラトリオ : 重厚、サヴァリッシュの四季
残された録音数を見る限り、サヴァリッシュはハイドンを得意としていた訳ではなさそうですが、1991年のN響との天地創造ライヴも、1994年のバイエルン放送交響楽団との四季ライヴも高評価でした。
以前の記事でもサヴァリッシュのことを詳しく取りあげていませんので、この機会に調べておきましょう。
Wikipediaなどの情報によれば、ヴォルフガング・サヴァリッシュは1923年ドイツ、バイエルン州ミュンヘンに生まれた指揮者、ピアニスト。幼少期からピアノ、音楽理論、作曲を相次いで学び、指揮は現代音楽の指揮で名高いハンス・ロスバウトに師事。戦後は1947年にアウクスブルク市立歌劇場でフンパーディンク作曲のオペラ「ヘンゼルとグレーテル」を振ってデビューし、この時の指揮が高く評価され、同劇場の第一指揮者に抜擢されました。ピアニストとしては、主にリートの伴奏者として活動。その後、1953年にアーヘン、1958年にヴィースバーデン、1960年にケルンのそれぞれの市立歌劇場の音楽総監督に就任し、オペラ指揮者としての腕を磨きました。また33歳の若さでバイロイト音楽祭初出演を果し、当時の最年少記録となりました。(1960年にロリン・マゼールが30歳で初出演し、現在はこれが最年少記録)。歌劇場での活躍の一方で、オーケストラの音楽監督でも活躍し、ウィーン交響楽団、ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団、スイス・ロマンド管弦楽団の首席指揮者を歴任。1967年からN響の名誉指揮者(1994年からは桂冠名誉指揮者)、1971年からはバイエルン国立歌劇場の音楽監督(1982年から1992年は音楽総監督)に就任。バイエルンのポストを退任後、リッカルド・ムーティの後任としてフィラデルフィア管弦楽団の音楽監督に就任しました。その後は特定のポストには就かず、2006年3月以降は心臓病の悪化を理由にスケジュール入れず事実上引退となっていたとのことです。
その指揮姿からか冷静沈着な人との印象でしたが、あらためてサヴァリッシュのハイドンの交響曲を聴き直すと、ウィットに富んだハイドンの交響曲の魅力が十分に反映された名演でした。記憶の中の印象とはかなり異なり、ハイドンが微笑む姿が目に浮かぶような演奏。実に味わい深い演奏でした。
Hob.I:94 / Symphony No.94 "Mit dem Paukenschlag" 「驚愕」 [G] (1791)
少し古めな音色ながら、今は亡きPHILIPSレーベルの特徴である空気感を感じる録音。速めのテンポでドイツ的重厚さとスタイリッシュさの同居した爽やかな演奏。オケの表情はサヴァリッシュならではの、流れのいい磨き込まれたもの。リズムは強調せず、旋律がかなりの速いテンポで流麗に流れ、燻したような独特の輝きももつ演奏。ハイドンの書いた曲の面白さを余すところなく伝える躍動感溢れる演奏。ウィーン交響楽団らしい色っぽい音色も相俟って、非常に充実した1楽章です。
ビックリのアンダンテは、やはり速めのテンポで、さりげなくドンドン進みます。全体の規律重視でビックリするようなアクセントはなく、実に味わい深い演奏。この楽章もさりげなく奥深い演奏と言っていいでしょう。地味な印象もありますが、良く耳を傾けると、表情の豊かさに気づかされます。
つづくメヌエットも一貫して速いテンポですが、筆の勢いと墨の濃淡がはっきりした行書のように、どんどんテンポを刻んで活きます。フィナーレは速めのテンポが活きて素晴らしい高揚感。ウィーン交響楽団もサヴァリッシュのコントロールに余裕をもってついていく様子が聴き取れます。何気ない演奏なんですが、ハイドンの曲らしい、ウィットと軽さの表現が秀逸。この4楽章が一番の聴き所です。
Hob.I:100 / Symphony No.100 "Military" 「軍隊」 [G] (1793/4)
続いて軍隊。サヴァリッシュのコントロールは前曲でほぼつかんでいますが、より演出効果が活きる軍隊になると、すこし表現が大きくなり、流麗なオケに一段とエネルギーが宿っていくのがわかります。鮮明さはほどほどながら柔らかく響き合うオケに力が入っていきます。メロディーラインが浮き上がり、ハイドンのウィットが非常にわかりやすく響きます。テンポを溜めないので非常に流麗。サヴァリッシュの軍隊がこれほど良かったという記憶はなく、意外な発見という印象。1楽章は怒濤の迫力で終わります。
軍隊の行進の場面の2楽章。流れよく1楽章から入り、ここでも速めのテンポながら大波、小波の襲ってくる展開がさっぱりしたリズムに乗ってやってきます。このさらりとしながらも彫りの深い、図太い響きを聴かせるのはサヴァリッシュならではでしょう。ブルックナーのアルバム同様、実に味わい深い音楽。
サヴァリッシュの意図に見事に打たれて、メヌエットもじわりと重なるドイツ的な音の塊がテンポ良く流れてくる音楽に圧倒されます。フィナーレは実に軽やかなメロディーから入りますが、派手な鳴りものは控えめにしてティンパニが主体に活躍、響きの骨格はドイツ的重厚さにあるんですが、軽やかなメロディーラインに乗っているせいかやはりスタイリッシュな印象が加わり、軍隊のクライマックスも非常にまとまりの良いもの。オケのバランスが崩れないのが流石なところ。
Hob.I:101 / Symphony No.101 "Clock" 「時計」 [D] (1793/4)
時計も期待できそうですね。1楽章の充実した構成がサヴァリッシュの棒で見事な立体感を構築しそう。ゆったりした序奏が終わると予想通り、速めのテンポで流麗かつ覇気溢れる演奏。頂点を目指した素晴らしい盛り上がり。まさに時計の1楽章の理想的な演奏。有無をも言わせぬ怒濤の推進力。サヴァリッシュがこれほど踏み込んだ演奏をするとは思いませんでした。一気呵成に音楽が吹き抜けます。
時計のアンダンテはまさに、ウィットに富んだ楽しげな演奏。1楽章の嵐のような盛り上がりから、この典雅なメロディーへの転換は見事。予想通り中間部の盛り上がりでは、じわりとエネルギーが増し、後半は大胆なリズムの刻みに変化。
時計のメヌエットはこのアルバムで一番構えた表現。鉈を振るうようにザクザクとした表現。これまでの曲のどこか流麗な印象は影を潜め、ズバズバ踏み込んできます。
フィナーレはサヴァリッシュらしい流麗さが戻ってきました。全2曲が楽章間の対比よりは一貫性で聴かせたのに対し、時計では、おそらく2楽章の面白さを際立たせるために楽章間に明確な表情をつけたものと思われます。ここまでくるとサヴァリッシュの燻したようなドイツ的なオケの音色を流麗にインテンポでグイグイ引っ張っていく演奏はハイドンの曲の面白さを際立たせ、非常に効果的であるものと納得します。最後は実に味わい深い盛り上がりを聴かせて終了。
N響での長年に渡る活躍、そしてテレビでの露出の多さを合わせると日本のクラシック音楽界の発展に多大な貢献をされたヴォルフガング・サヴァリッシュ。これまで、あまりちゃんと聴いていなかったのか、亡くなられてはじめてきちんと聴いた唯一の交響曲集は、他の指揮者とは明確に異なる、とても微笑ましく、それでいてドイツ的な響きの魅力と、速めのテンポで曲の構造を見通し良くすすめながら、ここぞと言う時の推進力と素晴らしい盛り上がりを聴かせる素晴らしいものでした。正直、ここまでいい演奏だとはこれまで気づいていませんでした。残されたアルバムは、さも廉価盤然としたものですが、演奏は一級品。サヴァリッシュの音楽が心に刺さりました。評価はつけ直して全曲[+++++]としました。
ご冥福をお祈りいたします。


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サヴァリッシュさんの名演
http://www.nhk.or.jp/e-tele/onegai/detail/30936.html#main_section