ハイドンの時代の響き パウル・バドゥラ=スコダのフォルテピアノ作品集

今日は今まで取りあげていなかった著名演奏家のアルバム。

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パウル・バドゥラ=スコダ(Paul Badura-Skoda)のフォルテピアノによる、ハイドンのピアノソナタ(Hob.XVI:46)、アンダンテと変奏曲(XVII:6)、ピアノソナタ(XVI:20)、「神よ皇帝フランツを護りたまえ」変奏曲(III:77)、アダージョ(XVII:9)の5曲を収めたアルバム。収録は2008年10月18日から19日、オーストリアのリンツの南にある街クレムスミュンスター(Kremsmünster)のクレマグ城楽器博物館でのセッション録音。レーベルは仏ARCANA。

楽器博物館での録音というのもこのアルバムに使われている楽器自体がポイントになります。ライナーノーツを開くとハイドン自身の言葉が紹介されています。

「シャンツこそ最も優れたフォルテピアノ工房である」

ここに書かれたシャンツとはこの録音に使われているウィーンのヨハン・シャンツ(Johann Schantz)のことで、録音にはシャンツの1790年頃製作のオリジナル楽器が使われているとのことです。

ハイドンのピアノソナタの演奏にはクラヴィコードやスクエアピアノ、ハープシコード、フォルテピアノなど様々な古楽器による演奏があり、楽器の音色によって醸し出される表情は大きく変わります。はたしてハイドンの好んだ響きが浮かび上がるのでしょうか。

演奏者のパウル・バドゥラ=スコダは1927年ウィーンに生まれたピアニスト、音楽学者。彼とイェルク・デームス、フリードリヒ・グルダの3人を称して「ウィーン三羽烏」と呼ぶそう。ウィーン音楽院で学び、1947年にオーストリア音楽コンクールに優勝して頭角を現しました。それをきっかけにエトヴィン・フィッシャーに師事することととなります。その後、1949年にフルトヴェングラー、カラヤンなど当時の一線級のの指揮者と共演を重ね、国際的な活躍をするようになり、1950年代には来日もしているとのこと。レパートリーはもちろんウィーン古典派が中心となりますが、とりわけモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトを得意としているようですね。1976年にはオーストリア政府よりオーストリア科学芸術功労賞を授与されています。

これまでもバドゥラ=スコダのハイドンは何枚か持っていて聴いてはいるのですが、わかりやすいキャラクターというものが感じられず、実に堅実かつ地味に弾く人との認識です。フォルテピアノは奏者によっても響きが千変万化し、シュタイアーの自在さ、ブラウティハムのダイナミックさ、ピノックの緊張感ある規律など人それぞれ。バドゥラ=スコダの音楽の根底にあるのは、時代への誠実さでしょうか。

Hob.XVI:46 / Piano Sonata No.31 [A flat] (1767/70)
比較的近めに定位するフォルテピアノ。残響はどちらかというと少なめで、狭い部屋で間近で聴いているようなリアルな音像。楽器のせいか演奏のせいか、低音は あまり鳴らずに中高音の鮮明な響きが印象的なものです。リズミカルに躍動するメロディーが特徴のこの曲の入りですが、バドゥラ=スコダは虚心坦懐な表現。淡々と楽譜をこなしさらさらと弾いていく感じ。アクセントをつけようとかフレーズを上手く聴かせよう等ということは一切考えずに、ただただ、淡々と弾いて いく感じ。速い音階もちょっとごつごつとして引っかかりもあります。曲のデュナーミクの波も意図してコントロールする感じではなく、自然に任せるようで す。まるでハイドンが練習でもしているようです。そう、演奏家の演奏というよりは作曲家が音符を確かめているような演奏。聴いているうちに自然な佇まいに慣れていきます。
アダージョも変わらず淡々としていますが、曲想がマッチして枯淡の境地。途中楽器の音色を何度か変えて表現の幅を広げますが、基本的に淡々と弾いているので、解脱した人の演奏のよう。独特の味わいがありますが、聴いている人に合わせた表現ではなく、自らが慈しむために弾いているよ う。聴いているうちに、バドゥラ=スコダの意図がなんとなくわかってきました。
フィナーレも同様。ピアノでは素晴らしい聴き映えのする曲ですが、フォルテピアノの限られたダイナミクスのなかでの表現で、しかもさらさらと弾流すような独特の演奏で、この曲の違った一面を感じるよう。

Hob.XVII:6 / Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
次は大曲XVII:6。名曲ゆえ録音も多く、ハイドンの時代からベートーヴェンへの橋渡しのような位置づけの曲。冒頭の短調の入りから、前曲よりかなり繊細なタッチで音色をコントロールしていきます。フレージングの根底には前曲同様さらりとしたものがありますが、明らかに表現が丁寧になります。ダイナミクス の変化はあまりつけずに淡々と行きますが、音色の変化でかなりはっきりとしたメリハリがついて、なかなか聴き応えがあります。この楽器、高域の音がツィンバロンのような音色で、高域の音階がクッキリと浮かび上がります。最後は抑えた部分と楽器の音色の変化を織り交ぜて大曲のスケール感をしっかりつけに行 き、ダイナミックさも聴かせてから、さっと汐が引くように終わります。

Hob.XVI:20 / Piano Sonata No.33 [c] (1771)
名曲つづきでXVI:20。ピアノで聴き慣れた曲ですのでちょっとフォルテピアノの演奏は不利でしょうか。ちょっとテンポが重い部分が引っかかりますが、この曲独特のきらめくようなメロディーラインはうまく表現されています。この曲は年老いたハイドンが昔を慈しみながら自ら弾いているような風情。指がまわっていない感もちょっとありますが、音楽的にはなんとなく味わい深い方向に作用していて、それほど悪くありません。時折バドゥラ=スコダの息づかいやうなり声のようなものがうっすら聴こえます。
2楽章のアンダンテは意外となめらかなタッチでフォルテピアノならではの美しさを表現。速めのテンポでさらさらいくところはバドゥラ=スコダならでは。ちょっとハイドン時代にトリップした気分にさせられます。メロディが最高域を奏でる部分では楽器の限界も聴かせますが、それもハイドンの時代の楽器ならではのことでしょう。
フィナーレはザラザラと弾き進めていくいつものバドゥラ=スコダスタイル。この拘りなく音符をどんどん弾いていくスタイルが定番ですね。最後の一音もさっと響きを止めてしまうあたりが面白いです。

Hob.III:77 / String Quartet Op.76 No.3 "Kaiserquartett" 「皇帝」 [C] (1797)
このアルバム、選曲は本当に名曲揃い。現ドイツ国歌として有名なメロディーによる変奏曲。演奏を聴けというより、曲自体を聴けといっているよう。あまりに拘りなくサクサクとすすめていくがかえって新鮮です。意外にこの曲、バドゥラ=スコダの演奏スタイルに合ってます。

Hob.XVII:9 / Adagio [F] (before 1792)
最後も好きな曲。ブレンデルの演奏を愛聴してますが、ブレンデルの透徹したピアノが静寂のなかに消えていくような絶妙の演奏に対して、バドゥラ=スコダは一貫して淡々としたもの。ある意味予想どおりの演奏です。美しい曲の儚さを、儚い美しさではなく、時の儚さ、表現の儚さと一歩踏み込んでいるよう。

なんとなくとらえどころのない演奏をする人との印象があったバドゥラ=スコダですが、このアルバムを聴いて、ちょっと演奏スタイルが見えたような気がします。古楽器の演奏ではブラウティハムなど、楽器の響きをどうやって美しく聴かせようかということに集中しているのに対し、バドゥラ=スコダはその対極のスタンスでしょう。視点は演奏家ではなく作曲者の視点のよう。ハイドン自身になりきって、曲の構造や着想、メロディーをまるで作曲者自身がさらって演奏しているような演奏です。響きへのこだわりではなく、頭の中で鳴っている音楽を、ひとつひとつ確認していくようです。このアルバム、選曲はまさに名曲揃いで初心者向けですが、演奏は玄人向けです。ハイドンのピアノソナタをいろいろな演奏で聴き込んだ、違いのわかる人にこそ聴いてほしい、このさりげなさ。私は、聴いているうちにちょっと気に入りました。磨き抜かれた演奏もいいですが、たまにはこういった演奏もいいものです。評価は全曲[++++]としました。

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tag : ピアノソナタXVI:46 アンダンテと変奏曲XVII:6 ピアノソナタXVI:20 アダージョXVII:9 皇帝讃歌

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ハイドン(Franz Joseph Haydn)の膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。私はなぜハイドンにはまったのか?

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