マーシャ・ハジマーコスのクラヴィコードによるソナタ集

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マーシャ・ハジマーコス(Marcia Hadjimarkos)のクラヴィコードによるハイドンのピアノソナタ6曲(Hob.XVI:32、XVI:44、XVI:48、XVI:20、XVI:41、XVI:42)を収めたアルバム。収録は1993年10月、スイスの北端バーゼル近郊のヴァルデンブルクという街でのセッション録音。レーベルはharmonia mundi傘下のZIG ZAG TERRITOIRES。
マーシャ・ハジマーコスの参加したアルバムは、以前一度取りあげています。
2011/03/19 : ハイドン–声楽曲 : 【新着】エマ・カークビーの歌曲集
ハジマーコスの略歴を前記事から引用しておきましょう。
マーシャ・ハジマーコスはアメリカ人のよう。幼少の頃からピアノに親しみ、マイケル・グレイブスのショートケーキのようなポストモダン建築の代表作、ポートランド市庁舎で有名なオレゴン州ポートランドで学び、ピアノとフランス文学をアイオワ州立大学で学んだよう。その頃ハープシコードなど古楽器への興味を持つようになったとのこと。後にヨーロッパに移り、フランス国立音楽院でインマゼールなどとともに学んだとのこと。その後はフォルテピアノとクラヴィコードのスペシャリストとして活躍しているようです。
前記事を書いた時に触れたハイドンのソナタ集というのが今日取り上げるアルバムです。このアルバムは先日ディスクユニオンでようやく見つけて手に入れたものです。
このアルバムの特徴は何といってもクラヴィコードというフォルテピアノやハープシコードよりも古い楽器による演奏ということでしょう。クラヴィコードは机上において弾く長方形の箱形の楽器で16世紀から18世紀に広く使われた楽器。音量はフォルテピアノよりも遥かに小さく、また音の強弱の幅もかなり限られます。ライナーノーツによれば、ハイドンより一世代前のC.P.E.バッハは自身の即興的な曲の演奏にクラヴィコードを推奨していたとの事。ハイドンの時代にもおそらくクラヴィコードは使われていたでしょうが、ハープシコードやフォルテピアノなど、よりダイナミックな演奏が可能な楽器も現れてきていたはずです。このアルバムはこのクラヴィコードによる雅な響きがポイントになるわけです。楽器はトーマス・シュタイナー(Thomas Steiner)という人の昨。
Hob.XVI:32 / Piano Sonata No.47 [b] (1776 or before)
音量を上げて聴くと意外と張りのある音色。低域の強音はビリつき、明らかに楽器の限界を感じさせてしまいますが引き締まった音で鍵盤楽器というよりギターとかベースの強音に近い響き。ハジマーコスの演奏は速めのテンポでグイグイ攻め込むもの。楽器の限界はなんのそので、強音もかなりの力の入ったもの。この強音のビシッと引き締まったアクセントが特徴でしょう。フレーズの切れ目はすこしテンポを落とし、連続する音階に入ると素晴らしい推進力。この緩急の切り替えの面白さもハジマーコスの特徴かもしれません。
2楽章のメヌエットは楽器のダイナミックレンジが狭いので曲の構造を音量ではなくタッチの微妙な変化でつけていきます。繊細なフレーズコントロールがなかなか。
フィナーレはなぜか、それまでよりも残響が美しく響き、クラヴィコードの響きの魅力が一層引き立ちます。相変わらず左手の引き締まった強音がかなりの迫力で聴き応えがあります。楽器の限界を感じさせながらも、その範囲で楽器のキャパシティ一杯に弾きまくる感じ。後半は楽器が何度もビリつくほどのアタックで迫力溢れるもの。1曲目からクラヴィコードの演奏から予想した響きとはかなり異なるダイナミックな演奏でした。
ハジマーコスの演奏は曲によってスタイルは変化しますが、質はムラのないもの。以降各曲の聴き所のみ簡単にふれることにしましょう。
Hob.XVI:44 / Piano Sonata No.32 [g] (c.1771)
この曲は2楽章構成。短調の入りはクラヴィコードのほの暗い音色が似合います。聴き進むうちにすっかりクラヴィコードの音色の魅力にハマりました。曲想にあわせて、今度はとぼとぼとつぶやくような演奏。デリケートな音色とフレーズコントロールに耳を奪われますが、鮮明な録音によって楽器のフリクション音やハジマーコスの息づかいまで聴こえてきます。2楽章もとぼとぼとした感じが一貫して続きますが、やはり千変万化する響きに聴き入ります。
Hob.XVI:48 / Piano Sonata No.58 [C] (1787/9)
この曲も2楽章構成。ブレンデルの磨き抜かれた現代ピアノの音のイメージが染み付いた曲ですが、そのイメージを一瞬にしてぬぐい去るような雅な響き。かなりピアノによる演奏を意識したような演奏。ピアノそのままのような弾き方で、ピアノと全く異なる余韻を楽しめと言っているよう。クラヴィコードの響きに聴き入ります。この曲は曲想もあって素直な演奏に聴こえます。2楽章に入るとかなり速めのテンポで颯爽と吹き抜けるよう。前曲ではたどたどしかったような指の引っかかりが嘘のように指が良く回ってます。
Hob.XVI:20 / Piano Sonata No.33 [c] (1771)
2楽章の美しい調べが有名な曲。1曲目のダイナミックな演奏が嘘のようにしんみりと響くしとやかなクラヴィコードの音。この曲も短調の曲調に合わせた演奏スタイルでしょうか。期待の2楽章はおとぎ話のBGMのように沁みる響き。ピアノによるキラ星のような澄んだ美しさもいいですが、クラヴィコードの響きの余韻も悪くありません。3楽章は力強さと左手のアタックが戻って曲が締まります。
Hob.XVI:41 / Piano Sonata No.55 [B] (c.1783)
明るくダイナミックな演奏。冒頭から左手のアタック炸裂。1曲目同様音階部分とフレーズの切れ目の速度の変化が聴き所。終始切れのいい演奏。
Hob.XVI:42 / Piano Sonata No.56 [D] (c.1783)
どちらかというと3曲目のXVI:48に近い、ピアノの響きをトレースしたような演奏。速めのテンポで自然な余韻の美しさを上手く表現した演奏。
マーシャ・ハジマーコスのソナタ集はクラヴィコードという楽器での演奏の認識を改めるべきと感じた演奏。もとからダイナミックな音は表現できないものと思い込んでいましたが、逆に楽器の限界を感じさせることで、ダイナミックさを表現し、結果としては十分ダイナミックにも聴こえます。独特の音色と余韻は懐古趣味ということではなく、純粋に複雑かつデリケートな印象を生み、曲に新たな表情を与えます。曲によって演奏スタイルを変化させ、曲の聴き所のツボを見事にとらえています。聴き方によっては地味な演奏という評価もあるかと思いますが、私はこのアルバム、実に興味深く聴きました。従って評価は全曲[+++++]とします。
(2013年1月27日追記)
デレク・アドラムの演奏を聴き、全曲[++++]へ評価を修正しました。
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