作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

ミハル・カニュカ/プラハ室内管によるチェロ協奏曲、哲学者

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前記事で聴いた指揮者なしのプラハ室内管弦楽団のアルバムをもう一枚。

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HMV ONLINEicon / amazon / TOWER RECORDS

ミハル・カニュカ(Michal Kaňka)のチェロ、指揮者なしのプラハ室内管弦楽団(Prague Chamber Orchestra)の演奏で、ハイドンのチェロ協奏曲1番、2番と交響曲22番「哲学者」の3曲を収めたアルバム。収録は2003年11月29日、30日、2004年1月5日、6日にかけて、プラハのドモヴィナ・スタジオでのセッション録音。SACDのマルチチャネル録音です。レーベルはharmonica mundi系列のPRAgA Digitals。

前記事で指揮者なしのプラハ室内管の「驚愕」を聴いて、もう少しプラハ室内管の演奏を聴いてみたくなって急遽amazonに注文したもの。幸い在庫ありとのことで、すぐに到着しました。

プラハ室内管については前記事を参照いただく事として、チェロを担当するミハル・カニュカについて調べてみましょう。彼のオフィシャルサイトがありますが、日本のコジマ・コンサートマネジメントに詳しい略歴が乗せられていますので、そちらをご参照ください。

Michal Kaňka - Cello | Welcome
コジマ・コンサートマネジメント:ミハル・カニュカ

カニュカはプラジャーク四重奏団のチェロ奏者との事。以前プラジャーク四重奏団は一度取りあげていますが、同じPRAgA Digitalsからリリースされていたもの。蛙のユニークな演奏が印象的でした。

2012/03/30 : ハイドン–弦楽四重奏曲 : プラジャーク四重奏団のOp.50

木質系のいい音色のチェロだったと記憶していますが、チェロ協奏曲のソロはどうでしょうか。また、指揮者なしを標榜するプラハ室内管のサポートは「驚愕」の出来でしょうか(笑)

Hob.VIIb:1 / Cello Concerto No.1 [C] (1765-7)
録音は最新のものらしく鮮明で透明感の高いもの。クリアな1番の入りですが、クッキリ,カッチリとした印象をつけ過ぎてちょっと教条的な印象もあります。それにつられてチェロのカニュカもかなりエッジを強調して硬直した弓さばき。鮮度と生気はあるものの、オケが主導する演奏のトーンは、前記事の「驚愕」で感じた力感とは異なり、ちょっと予想と異なるものです。チェロもオケも正確で几帳面な演奏なんですが、リズムの刻みがちょっとくどい印象があり、音楽を単調に聴かせてしまうところが気になってしまいます。非常に微妙な違いなんですが、音楽が型にはまって聴こえ、晴朗闊達なハイドンの魅力は薄まっています。カデンツァでチェロの印象は一転、低音を主体とした自由闊達な弓さばきが印象的。
アダージョに入ると、音楽は自然さを取り戻し、チェロの音色も深さを増していきます。練りも過度にならずに、プラジャーク四重奏団と共通する木質系の深い響きの魅力を楽しめるようになります。曲の作りの大きさよりも情に流されない古典期の範囲でチェロのフレージングの美しさを存分に聴かせる演奏。1楽章から印象が大きく変わります。クニュカのチェロは神憑ったような澄み切った美しさ。深遠な音色に引き込まれます。クニュカのチェロに合わせるようにプラハ室内管もしっとりとした伴奏になります。
フィナーレは1楽章の硬直感を感じさせるほどのくどさにはならず、陶酔感を感じさせるような、いい意味でノリの良い演奏になります。テンポもアップし、ライヴのような閃きと即興性のある音楽。チェロもオケも前のめりで火花散るようなスリリングさ。1楽章の杓子定規さが嘘のような閃きに溢れた演奏。これだけスタイルが変化する演奏もめずらしいですね。

Hob.I:22 / Symphony No.22 "Philosopher" 「哲学者」 [E flat] (1764)
いやいや、どの演奏で聴いても哲学者の1楽章はいいですね。前曲とは異なり変に癖のある入りではなく、実に自然な演奏。オケの精度はほどほどですが、広い空間にオケが鮮明に定位する最新の録音がとらえたオケの佇まいと穏やかな音の重なりのは文句なしに魅力的。慈しみ深い自然な響きにただただ身を任せる感じ。イングリッシュホルンの独特の音色により時折彩られる、とぼとぼと素朴にすすむ1楽章はハイドンの真骨頂。
続く2楽章のプレストは程よいテンションと弦楽器の響きの良さ、そして徐々に沸き上がる推進力と、この楽章に求められる魅力を良く踏まえた演奏。それにしてもこの曲は録音の良さが際立ちます。部屋にオーケストラがやってきたような鮮明さ。
メヌエットも癖のない自然な表情で進みます。リズムもフレージングも極めてオーソドックス。自然な演奏がそれ自体音楽の魅力を語るよう。
フィナーレに入るとこのオケ独特のクッキリとしたフレージングが顔をのぞかせ始めます。特にヴァイオリンパートを浮き立たせるようなカッチリしたフレージングはプラハ室内管ならでは。適度なメリハリは音楽の自然さを保ちます。哲学者は非常にオーソドックスなアプローチが功を奏しました。

Hob.VIIb:2 / Cello Concerto No.2 [D] (1783)
そしてチェロ協奏曲の2番の方へ。1番の導入にみられたくどいほどのフレーズとリズムの強調は影をひそめ、メロディーを適切に浮かび上がらせる自然な範囲の演奏。録音は1番の演奏に近いもの。カニュカのチェロはもはやちょっと枯れた表情をも感じさせるような、円熟した表情。オケとチェロが穏やかに鬩ぎ合う感じが良く出ています。変化を付けようとしているのか、1楽章の後半に至ってカニュカのチェロがだいぶ練るようになり、そのままのテンションでカデンツァに入りますが、このカデンツァはかなりテクニックを要する複雑な物。
2番のアダージョはなぜか、前曲のようなしなやかさは影を潜め、ちょっとおどおどした表情をみせるようになり、このオケは曲によってスタイルをいろいろいじってくる印象。もう少し深みが欲しいと思わせてしまいます。
そしてフィナーレも同様、ちょっと浮き足立った表情を見せてしまいます。ハイドンのチェロ協奏曲2番のフィナーレは郷愁溢れるメロディーの美しさが聴かせどころですが、肝心の深みが上手く出ていません。ただカデンツァではチェロ一本でかなりの詩情を感じさせ、カニュカがリカバーします。最後はかなりアクセントを効かせて終了。

同じPRAgA Digitalsからリリースされているカニュカがメンバーを務めるプラジャーク四重奏団の演奏もそうでしたが、1枚のアルバムに収められた曲でも、スタイルと出来にかなりムラがあります。チェロ協奏曲は1番が1楽章のかなり個性的な解釈が災いしていますが、2楽章以降はなかなかいい演奏。2番の方は逆に1楽章はいいのですが、後半に単調なイメージを残してしまいます。このアルバムで一番いいのは哲学者の演奏ということになります。これは指揮者なしというプラハ室内管の組織に起因するものでしょうか。曲ごとにコンサートマスターを変えているのでしょうか。同じレーベルのプラジャーク四重奏団の演奏でも同様の大きなムラがあることを考えると、レーベルの録音管理の問題かもしれませんね。ということで、評価は哲学者が[+++++]、チェロ協奏曲は両方とも[+++]とします。哲学者は録音の素晴らしさも手伝って、非常に自然なオススメの演奏です。

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