ルネ・ヤーコプス/フライブルク・バロック・オーケストラの「オックスフォード」等

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ルネ・ヤーコプス(René Jacobs)指揮のフライブルク・バロック・オーケストラ(Freiburger Barockorchester)の演奏でハイドンの交響曲91番、ベレニーチェのシェーナ「ベレニーチェ、何をしようとしているのか?」(Hob.XXIVa:10)、交響曲92番「オックスフォード」の3曲を収めたアルバム。収録は2004年2月、バーデン・バーデンのロズバウド・スタジオでのセッション録音。レーベルは前記事のゴルツのアルバムと同じHarmonia Mundi。
前記事のゴルツのコントロールがちょっと硬直感のある演奏だったんですが、同じオケでも指揮者が変わると表情がかなり変わるんですね。
ルネ・ヤーコプスは言わずと知れた古楽器界の巨人。私が最初に聴いて感銘を受けたのはモーツァルトの「コジ・ファン・トゥッテ」。まさに生気の塊のような溌剌とした演奏でコジのイメージが変わりました。これまで、古楽期オケの演奏では、ホグウッドやピノックなどによるキビキビした爽やかさ、ブリュッヘンによるおどろおどろしい迫力、アーノンクールによる刺激的でさえある祝祭感などなど新しい価値観がもたらされてきましたが、ヤーコプスの演奏には、颯爽とした劇性のようなものがあり、古楽器演奏の新たな地平を開いたように感じました。久しぶりに「コジ・ファン・トゥッテ」もちょっと聴いてみましたが、ハイドンのレビューを忘れてしまいそうな素晴らしさ。
ヤーコプスのハイドンは以前に「天地創造」を取りあげています。
2010/07/04 : ハイドン–オラトリオ : ルネ・ヤーコプスの天地創造
個人的にはヤーコプスの演奏は好きな方なんですが、この「天地創造」は前記事に書いたとおり、迫力不足がよくも悪くも特徴となる演奏。まだレビューは書いていませんが、「四季」は素晴らしい演奏だっただけに惜しいところです。そのヤーコプスが満を持して録音した交響曲。しかも91番と92番という絶頂期ザロモンセット前夜の2曲と、声楽曲1曲という非常にマニアックな選曲のアルバム。果たしてヤーコプスの本領が発揮されるでしょうか?
Hob.I:91 / Symphony No.91 [E flat] (1788)
同じオケ、そして同じharmonia mundiの録音ながら、響きが美しく溶け合った古楽器オケの音色が印象的。序奏の一音目から音にエネルギーが満ちています。ヤーコプスらしくテンポを自在に変化させながらダイナミックかつ鮮烈に91番のメロディーラインを奏でていきます。普通とは異なるアクセントを巧みに織り交ぜるとともに非常に緻密にデュナーミクとテンポを変化させ、刺激的な音は一切出しません。丁寧に面取りされた響き。音響的なデリカシーの密度が素晴らしい。ヤーコプスのコントロールが行き渡り、アーティスティックなエネルギーが噴出。素晴らしい充実感。同じ古楽器では最近ファイが素晴らしい演奏を聴かせていますが、ファイがかなり攻めた前衛を目指しているのに対し、ヤーコプスの演奏には根底にこれまでの伝統を踏まえた前衛のような違いがあり、鮮烈な響きの奥には、伝統を踏まえた良識のようなものを感じます。1トラック目の91番の1楽章から圧巻の充実ぶり。
2楽章はアンダンテ。穏やかな入りから、徐々にオーケストラにエネルギーが満ちてくるようすが手に取るようにわかる楽章。リズムと強弱の変化が巧みで単調な印象は皆無。ヤーコプスのコントロールは見事の一言。
続くメヌエットも、リズムの刻みと中間部のホルンの音色が柔らかく被さる部分の表現の対比がしっかりと決まって夢のような仕上がり。このメヌエットの出来は凡庸さとは対極にある音楽はリラックスしていながら表現の限りを尽くした素晴らしいもの。
フィナーレは超絶的名演。時折入るざわめくような弦の秀逸な表現と、鮮烈なのに落ち着いたじっくりとしたメロディーラインの対比、寄せては返す波のような強弱の表現、どれをとっても素晴らしい精度。音楽が自律的な推進力を得て飛び跳ね、強弱の波を完璧に表現しているようです。ハイドンのフィナーレとしてこれ以上の出来はないでしょう。1曲目から完璧な出来。
Hob.XXIVa:10 / Scena di Berenice "Berenice, che fai" ベレニーチェのシェーナ「ベレニーチェ、何をしようとしているのか?」 [D-f] (1795)
ソプラノ用のアリア。メゾソプラノはベルナルダ・フィンク(Bernarda Fink)。フィンクのハイドンは以前に一度取りあげています。
2011/07/03 : ハイドン–声楽曲 : ベルナルダ・フィンクの「ナクソスのアリアンナ」など
豊かに響く低音域と艶のある高音域が特徴の人。オペラのレチタティーヴォのような曲調ですが、ハイドンがロンドンの演奏会のために書いた曲。有名な「ナクソスのアリアンナ」よりも後に書かれた曲です。非常に劇的な展開がまさにオペラのよう。オケも大活躍で激しい曲調から場面が幾度か変わり、転調の面白さもあります。フィンクの歌唱はメゾならではの情感溢れる歌唱。非常に激しい曲を渾身の力で歌い上げる感じ。ヤーコプスのコントロールするオケの波に乗ってはち切れるような歌を披露します。12分弱の曲は非常に聴き応えがあります。
Hob.I:92 / Symphony No.92 "Oxford" 「オックスフォード」 [G] (1789)
最後におかれた名曲オックスフォード。1楽章は古楽器の音色を生かした精妙な序奏から入りますが、主題に入ると痛快そのものの推進力で攻めに入ります。キレもエネルギーも最高。ハイドンの書いた楽譜からこれほどのリズムの躍動を表現できるとは。素晴らしいコントロールに脱帽です。聴き慣れたオックスフォードの1楽章の旋律が、抜群の立体感で眼前に姿を現します。強弱のコントラストがかなり明確につけられており、ミケランジェロの彫刻のようなデフォルメによる圧倒的な存在感。流石ヤーコプス。
怒りを鎮める癒しのような非常に抑えた入りの2楽章。精妙に変化する響きの美しさに耳を奪われます。聴き慣れたメロディーが響きの核だけになってゆったりと響きます。この抑えは秀逸ですね。そして中間部は一転、リズムの乱舞。静かな海にクジラがジャンプしていきなり波が立ったような衝撃。ふたたび抑えたメロディーにもどるという、コントラストが素晴らしい効果を挙げています。
メヌエットは速めのテンポで流すように入ります。終楽章の推進力溢れる姿を引き立たせるためか、メヌエットはほどほどの力加減で響きの変化を楽しむような余裕が感じられます。そのままいくかと思いきや、最後にちょっとテンポを大胆に揺らす変化を効かせてビックリさせます。
終楽章有名な入りはなんと抑えた超快速。すぐに嵐が到来したような凄まじいエネルギーが宿ります。ティンパニがちょっとついていきそこねるほどの快速。すべての楽器が速めのテンポをながらリズムの変化を付けていく様子が素晴らしい緊張感を生んでいます。特にティンパニの活躍が目覚ましいところ。ヤーコプスのコントロールはここでも見事。これだけの速さでこれだけの豊かな表情をつくっているのは流石。速さがまったく上滑りしていないのはオケが相当鍛錬を積んでいるからに他ならないでしょう。圧倒的な演奏のままフィニッシュ。風圧を感じるような演奏でした。
古楽器の巨人、ルネ・ヤーコプスの交響曲と歌曲を収めたアルバム。以前取りあげた「天地創造」の鬱憤をはらす快心の演奏と言えるでしょう。特に交響曲2曲の演奏は、まさに快刀乱麻の出来。ハイドン交響曲のスペクタクルな面白さを素晴らしいテクニックのオケが吹き抜ける風のように表現。ハイドンの交響曲をこれほどのキレで表現できる人はそういないでしょう。キレという意味ではファイも敵わないかもしれません。地味な2曲から入りましたが、続く録音が待たれるところ。評価は交響曲2曲が[+++++]、ベレニーチェの方は[++++]としました。
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