ブラウティハムの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」

HMV ONLINE
ロナルド・ブラウティハム(Ronald Brautigam)のフォルテピアノによるハイドンの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」。収録は2002年8月、スウェーデンのランナー教会(Länna Church)でのセッション録音。ランナー教会というのかいくつかあり、この名前だけでは場所が特定できません。レーベルはスウェーデンのBIS。
ブラウティハムの演奏は以前一度協奏曲を取りあげています。以前の記事はこちら。
2010/10/03 : ハイドン–協奏曲 : ブラウティハムのピアノ協奏曲集
ブラウティハムの情報は前記事をご参照ください。ブラウティハムはハイドンのピアノソナタ全集を完成させており、このアルバムはその最後を飾る第11集。第9集と第10集が3枚組のため、全部で15枚となります。のんびり集めてきましたが、この第11集のみなかなか出会わず、先日HMV ONLINEで欲しいアルバムがあったので、穴埋めで注文したものです。
ブラウティハムのフォルテピアノは古楽器の演奏というよりはフォルテピアノをまるでピアノのようにダイナミックに鳴らしての演奏。表情付けも独特の濃さがあり、もしかしたら好き嫌いが別れる演奏かもしれません。ただ久しぶりに聴き、この十字架上のキリストの最後の七つの言葉という曲の演奏にはブラウティハムのダイナミックさがなかなか合うとのことで取りあげた次第。
Hob.XX:1C / XX:1C-"Die sieben letzten Worte unseres Erlösers am Kreuze " 「十字架上のキリストの最後の七語」 (1787)
序章 Maestoso adagio
渾身の一撃からはじまる序章。ゆったりとしたテンポで濃密な音楽を奏でます。演奏自体はピアノで弾いてもおかしくないダイナミックなもの。テンポをじっくり動かして大きな波のようなメロディーを描いていきます。非常に構えの大きい演奏。ずっと短調が続くこの曲の出だしに相応しい濃い情感。教会での録音ですが残響過多ではなく程よい余韻。
第1ソナタ:「父よ!彼らの罪を赦したまえ」 Largo
ほんのりと明るさを感じるラルゴ。ここでもゆったりしたテンポですが、微妙に溜めをつくってテンポにメリハリをつけながら進みます。右手も左手もかなりデュナーミクに変化をつけ、メロディーラインにクッキリと抑揚をつけています。
第2ソナタ:「おまえは今日、私と共に楽園にいる」 Grave e cantabile
さらにテンポを落として涅槃の境地のような曲。途中の夜空のきらめきのような部分の抑えた表現が秀逸。一貫してじっくりしたブラウティハムの指さばき。あわてずじっくり曲を描いていくブラウティハムのスタンスが功を奏して、この長い音楽をじわりと静かに楽しめる演奏。
第3ソナタ:「女性よ、これがあなたの息子です」 Grave
曲によってテンポや演奏を変える事なく,一貫した姿勢。序奏以外は八分の力に抑えてじっくりと料理します。いつもは音量を上げて聴きたくなるのですが、この演奏は逆に音量をおとして音楽を静かに楽しみたくなります。後半にテンポがあがり、盛り上がりが垣間見えます。全体を見通した奏者による前半のピーク設定。
第4ソナタ:「わが神よ!何故私を見捨てたのですか?」 Largo
フォルテピアノの中音域の澄んだ響きが非常に印象的。ここまできてまさに大河のような滔々とした流れをイメージさせる演奏。曲によって大きな起伏をつけますが、小細工は一切なく、あくまでも一貫した非常に大きな音楽の流れ。大船に乗っている気分になります。
第5ソナタ:「渇く!」 Adagio
曲想が少し変わり、音階で軽さを表現しながら、訪れるメロディーラインの波を次々と奏でていきます。抑えた部分の音色の美しさと強奏部分との対比は見事。ブラウティハムのこうした古楽器離れしたダイナミクスの表現には楽器によるところも大きいでしょう。楽器は1795年製のアントン・ガブリエル・ワルターを1995年にアムステルダムのポール・マクナルティーによって修復されたもの。響きの力強さ、均質さと余韻の美しさはほれぼれするほど。
第6ソナタ:「果たされた!」 Lento
刺さるような印象的な序奏に続いて、ハイドン特有の暖かみのある美しいメロディーが続きます。何度かこの流れが繰り返されるうちに、メロディーが妙に記憶に残るようになります。変奏を重ねるうちに表現が極まり、最後に暖かい陽が差したような気持ちにさせられる見事な展開。ブラウティハムの構えの大きな設計が見事に曲の魅力を表現しています。
第7ソナタ:「父よ!あなたの手に私の霊を委ねます」 Largo
最後のソナタも、ブラウティハムの一貫した表現。普通のシンプルなソナタの時は、もしかしたら表現過剰に聴こえるブラウティハムの解釈ですが、この大曲では、曲の大きさゆえ非常にマッチしたものに聴こえます。最後の消え入るようなところも絶妙な美しさ。
地震 Presto e con tutta la forza
最後の荒れ狂う部分はダイナミックですが、節度を保ち、これまでの演奏の秩序のなかでのダイナミクスを表現しているよう。楽器を鳴らしきって終わります。
ブラウティハムのハイドンのソナタ全集の最後を飾る1枚。大作の「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」をブラウティハム流にきっちり料理した、フルコース料理のような重厚さ。古楽器の演奏の一面である雅な音色を生かしたものではなく、古楽器の音色のグランドピアノを弾いているような趣。この曲ではそうしたブラウティハムのアプローチがプラスに働いて、曲の壮大さ、静謐さ、深い情感を見事に表現した秀演となっています。評価は[+++++]としたいと思います。
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