シュテファン・ヴラダーのピアノソナタ集

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シュテファン・ヴラダー(Stefan Vladar)の弾くハイドンのピアノソナタ集。Hob.XVI:23、XVI:50、XVI:52とアンダンテと変奏曲(XVII:6)の4曲を収めたアルバム。レーベルはオーストリアの古参PREISER RECORDS。収録は2009年3月、PREISER RECORDSのもつウィーンのスタジオ・カジノ・バウムガルテン。
シュテファン・ヴラダーははじめて聴く人。ハイドンの地元PREISER RECORDSがピアノソナタを録音するということで、ちょっと気になるアルバムでした。手に入れたのは最近のことですが、しばらく未聴盤ボックスで過ごしていたものをピックアップ。
ヴラダーは1965年ウィーンに生まれたピアニスト、指揮者。ウィーン音楽アカデミーで音楽を学び、ウィーンの国際ベートーヴェンコンクールで最年少で優勝した人。その後はソリストとして世界の有名指揮者、有名オケとの共演歴があり、ライナーノーツへの記載の中にはN響の名前もありますので、日本にも来た事があるのでしょうか。HMV ONLINEには25アイテムほどのアルバムが登録されており、PREISER RECORDS、NAXOS、Harmonia Mundiなどからアルバムがリリースされていますが、ハイドンはこの1枚のみ。
Hob.XVI:23 / Piano Sonata No.38 [F] (1773)
入りの曲は右手の音階のきらめきを巧く表現したテンポ感のいいもの。速めのテンポに乗って、クッキリと旋律を描いていきます。確かなテクニックを身につけているのでしょう。速めのテンポにも関わらずフレーズごとにきっちりメリハリをつけて、また、音量の変化もかなりあり、まずは挨拶代わりということでしょうか。録音は眼前のかなり近くにピアノが定位し、響きの透明感もあるなかなかいいもの。ただ、高音の特定の音域に若干の混濁感というか、ピアノのちょっと気になる響きの濁りがあり、それが鮮明に録られています。気にならない人には問題ないでしょう。
2楽章のアダージョは優しく鍵盤をなでるような演奏。転調する部分に十分な間をとって響きの変化を強調。大きな流れの間に取られた間と、その後の響きの鮮烈さが表現のポイントになってます。また表現の変化は右手のメロディーラインに大きく依存しています。この楽章の音楽の濃さは、もう少し年齢を重ねる事で、深みが出てくるでしょう。十分磨き込まれたいい演奏ですが、すこし若さも垣間見えるもの。
速い楽章のピアニズムは快感そのもの。このあたりはテクニシャンの面目躍如ですね。さっと吹き抜けるように終わる短い曲。
Hob.XVI:50 / Piano Sonata No.60 [C] (probably 1794)
弾む音階から入ります。冒頭からフルスロットル。ピアノの音が美しさを保てる寸前まで鍵盤を強打するような力感溢れる入り。リヒテルが聴かせる大山脈のような揺るぎない音塊の迫力ではなく、一音一音、というか各指が鋼のようなタッチ。かなりピアノを鳴らして音楽を構築。ハイドンの最盛期のピアノソナタのもつ力強さに焦点を合わせた演奏。間は短めでちょっと急いた感じすらさせるようなフレーズの重なり。ここでもやはり表現は右手優先。筆の勢いが強くはみ出してしまった絵のような荒々しい迫力も感じさせる演奏。ライヴでは効果的な演奏だと思います。後半に音量を極端に抑えてピアノからオルゴールのような音を出すフレーズの演出は見事。1楽章はピアノを鳴らしきる快感を味わう楽章。といってもハイドンなので大人しい方でしょうが。
私の好きなXVI:50のアダージョ。このアダージョはいいです。前楽章の興奮とは打って変わって、程よい静寂感と余裕のある自在さが相俟って、そしてヴラダーの右手のきらめき感あるフレージングの長所が生きています。ハイドンにはこの余裕と言うか、抑制が必要なのでしょう。訥々と弾き進めるメロディーライン。一音一音を置いていくようになります。非常に美しいメロディーを味わえるひと時。
フィナーレは輝きと勢いが戻り、デリケートなタッチと激しい和音が聴き所。最後は落ち着いた和音で。
Hob.XVII:6 / Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
落ち着いた入り。右手の輝きは健在。落ち着きはしているもののダイナミックさが印象的。高音域のキレの良い音階とタッチが痛快ではありますが、曲自体の進行は少し溜めを伴っています。徐々にエネルギーが満ちてきて起伏も大きくなってきます。高音のトレモロがが穏やかではなく緊張感をもって響きます。徐々に間が少なくなり、畳み掛ける雰囲気が強くなり、高音の輝かしい音色が支配する高原のような趣になります。長い間ののち、再び変奏がリセットされ、落ち着いた流れに戻りますが、程なくクライマックスに。クリアな音響と強烈な右手のアタックの波が引き、落ち着いた流れに戻ります。
Hob.XVI:52 / Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
絢爛豪華な入り。鮮烈なピアノの重厚な響きが部屋中に響き渡ります。強烈な加速と鋼のような響きによる素晴らしい迫力。右手の速いパッセージのキレは素晴らしいものがあります。繰り返し響く大音響がハイドンの時代にどう響いたのかはわかりませんが、この演奏では渾身の力でピアノが鳴り響くところが聴き所になっています。
アダージョも力感が支配。訥々と進むメロディーの節々にピアノを鳴らしきる強音がちりばめられ、その響きが心に刺さります。気づくとそれは左手のアタック。この曲に至り、左手の表現が聴こえてきました。最後は力が抜けて魂のみが残ったような音。
フィナーレは弾き方によっては構築感を強調したようになりますが、この演奏では、右手のキレと各音の迫力が聴き所。ブレンデル盤では響きの重なりの妙が聴かれましたが、ここでもヴラダーは鮮烈はアタックを曲の基点にすえています。
久々に聴く現代ピアノでのハイドンのピアノソナタ。オーストリアの俊英の弾くソナタという事でかなり構えて聴きましたが、ピアノソナタの力感を非常にうまく表現した演奏。特に右手のクリアな旋律が印象的。きっとライヴでは素晴らしい演奏を聴かせてくれるものと思います。表現を尽くした感は感じるものの、左手の表現力が上がると、大きなうねりのようなもの加わり、より円熟を聴かせてくれるでしょう。このアルバムの4曲は全曲[++++]としました。
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