作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

クレメンス・クラウス/ウィーンフィルの四季(ハイドン)

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一昨日は仕事に出たんですが、帰りがけにストレス発散にディスクユニオンに(笑) 大物に出会いました。

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HMV ONLINEicon / amazon

クレメンス・クラウス(Clemens Krauss)指揮のウィーンフィル、ウィーン国立劇場合唱団の演奏によるハイドン最後のオラトリオ「四季」。収録はなんと1942年6月、ウィーンのムジークフェラインでの放送用録音。歌手は以下のとおり。

ハンネ(ソプラノ):トルーデ・アイッパーレ(Trude Eipperle)
ルーカス(テノール):ユリウス・パツァーク(Julius Patzak)
シモン(バス):ゲオルク・ハン(Georg Hann)

レーベルはオーストリアのPREISER RECORDS。調べたところ、このアルバム、PREISER RECORDSのオリジンたるアルバムでした。PREISER RECORDSのホームページは何と日本語に対応しており、その沿革に経緯が書かれていますので是非ご覧ください。

PREISER RECORDS:沿革(日本語)

ちゃんと知りませんでしたがPREISER RECORDSはハイドンに非常にゆかりが深い会社だったんですね。創立者オットー・プライザーはハイドン研究者のロビンス・ランドンとともにハイドンの全作品の楽譜やレコードを販売するためにハイドン・ソサイエティを1949年に設立しそれが母体となった会社。設立翌年にプライザーが経営を引き継ぎ以後現在に至る会社です。会社を軌道に乗せたのは戦時中ウィーン楽友協会で録音されたクレメンス・クラウス指揮のハイドン「天地創造」と「四季」の2作品のレコードのオーストリアにおける独占販売権を獲得したことのようで、その四季が今日取り上げる録音です。天地創造についても手元にアルバムがありますが、残念ながらPREISER RECORDSのものではありませんので、そのうちPREISER RECORDS盤も手に入れなくてはなりませんね。

クレメンス・クラウスは日本では何といってもウィンナワルツで知られた存在でしょう。特にウィーンフィルとのヨハン・シュトラウスの「天体の音楽」は何とも言えない幽玄な世界が印象に残っています。また以前にホルン信号の演奏を取りあげています。

2010/04/18 : ハイドン–交響曲 : 典雅の極み、クレメンス・クラウスのホルン信号

ソプラノのトルーデ・アイッパーレは美声で一部マニアの方には知られた存在。1908年シュツットガルト生まれのオペラ歌手。ウィスバーデン、ニュルンベルク、ミュンヘン、ケルンなどで活躍。クレメンス・クラウスの天地創造でもガブリエルとエヴァを歌っています。
テノールのユリウス・パツァークは1898年ウィーン生まれのテノール歌手。当初は指揮や作曲を学んでいたものの途中で歌手となることを決断、ミュンヘン州立歌劇場、ウィーン国立歌劇場などで歌うようになりました。何といってもキャスリーン・フェリアーとワルターとの「大地の歌」が有名でしょう。
バスのゲオルク・ハンは1897年ウィーン生まれのバス歌手でコミカルな役を得意としていた人。ミュンヘン州立か劇場、ウィーン国立歌劇場、ザルツブルク音楽祭、ベルリン国立歌劇場などで活躍しレポレッロ、ファルスタッフなどが当たり役だったようですね。1950年に若くして亡くなっています。

このアルバムのラーナーノーツに3人の写真が写っていますので載せておきましょう。

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左からパツァーク、アイッパーレ、ハンの順。

Hob.XXI:3 / "Die Jahreszeiten" 「四季」 (1799-1801)

序奏とレチタティーヴォ「見よ、厳しい冬も」
力強い一撃から実にゆったりとしたテンポでの入り。音響は1942年と戦中のものにしてはそこそこ鮮度感があり悪くありません。ウィーンフィルの柔らかい音色と燻したような響きとクレメンス・クラウスのザクザクと骨格のしっかりしたコントロールが相俟って聴き応え十分。出だしから力感溢れるギリシャ彫刻のような彫りの深い彫刻的な音響に圧倒されます。オケは最初から振り切れんばかりの圧倒的な迫力で迫ります。第一声はバスのハン。古風ながらキリッとした輝きのある声。そしてパツァークのテノールに旋律が受け継がれます。パツァークは大地の歌そのままの若々しさのある良く通る声。ヴンダーリヒと双璧でしょう。そしてアイッパーレのソプラノは絶品。何という可憐さ。
合唱「来い、のどかな春」
穏やかな名曲。コーラスはかなりばらけた感じですが、それが欠点に感じない味わいがあります。
レチタティーヴォ「天の牡羊座から、今」アリア「農夫は今、喜び勇んで」
短いレチタティーヴォにつづいてシモンのアリア。確かにレポレッロが似合いそうなハンの声質。オラトリオとしては輝きは十分ながら、オペラの一場面のような劇的な感じも感じられます。
レチタティーヴォ「農夫は今、骨惜しみをせず」三重唱と合唱「慈悲深い天よ、恵みを与えてください」(祈りの歌)
春の聴き所。パツァークの痺れるようなテノールの名唱が絶品。そしてアイッパーレのソプラノも天上に迫らんばかりの伸びやかさ。天に恵みを乞う素晴らしいメロディー。ハイドンのすべての曲のなかでも最も美しい曲の一つ。クレメンス・クラウスはテンポをゆったりとって美しい曲をじっくり描きます。テンポを落としても筆の勢いを失わないコントロールは流石。戦中に録音されたことを考えるとこのメロディーの美しさには別の意味もあったかも知れませんね。
レチタティーヴォ「私たちの願いは聞き届けられました」三重唱と合唱「おお、今や何と素晴らしい」(喜びの歌)
アイッパーレの透き通るような声のレチタティーヴォに続いて3人のアンサンブル。阿吽の呼吸というか歌手とオケとコーラスの絶妙の掛け合いが楽しめます。ここでもクレメンス・クラウスのコントロールが効いています。
合唱「永遠にして、全能の、恵み深い神よ!」
古い音から伝わってくる春の終曲の大迫力の音響。ギリシャの大神殿の伽藍を俯瞰するような素晴らしい構築感。ゆったりしたテンポで描かれるハイドンの旋律。3人のソロが静寂を打ち破るようにそれぞれ一言を発しコーラスがそれに続きます。粗い大波のようなコーラスが徐々に力感を増して、曲をクライマックスに導きます。最後は低音弦によるメロディーが大地を揺るがすように響き渡って終わります。


序奏とレチタティーヴォ「灰色のヴェールに包まれて」アリア「眠りを覚ました羊飼いは今」
ルーカスによる染み入るような夏の日の出をを描いたレチタティーヴォにつづきシモンの農民を起こすレチタティーヴォ、ホルンによるのどかな旋律を契機にシモンの羊飼いのアリア。ハンのバスは相変わらずクッキリと線が明確にでた声。シモンの神々しさにはクッキリし過ぎがも知れませんが、安定感は抜群です。
レチタティーヴォ「朝焼けが訪れて」
感動的な朝日の場面。アイッパーレの日が昇るという言葉に続いてオケとコーラスがナイアガラの滝のごとく怒濤の大音響で迫ります。ソロの3人のアンサンブルが途中で乱れる部分がありますが大迫力の流れに飲まれてしまいます。
レチタティーヴォ「今、まわりの全てのものが活動を始め」カヴァティーナ「自然は、重圧に喘いでいる」
シモンによる畑のようすを伝える、そしてルーカスによる夏の厳しい太陽が照りつけるようすをつたえるレチタティーヴォ。そしてルーカスによるカヴァティーナは夏の日差しの猛威を嘆く歌。ハイドンの美しいメロディーが非常に印象的。パツァークの切々たる歌が心に刺さります。
レチタティーヴォ「さあ、暗い森に来ました」アリア「何という爽やかな感じでしょう」
ハンネによる夏の日差しを避ける深い森の素晴らしさを語るレチタティーヴォ。続いてその心境を歌うアリア。アイッパーレは突き抜けるような可憐な高音域の魅力を存分に発揮。
レチタティーヴォ「おお見よ、蒸し暑い空気の中で」合唱「ああ、嵐が近づいた」
嵐を告げる3人のレチタティーヴォ。途中ティンパニによる遠雷が不吉な前兆を告げます。続いて荒れ狂う雷と嵐を描いた場面。迫力ある自然描写と言う意味でも素晴らしい音楽。ティンパニ大活躍。
三重唱と合唱「黒い雲は切れ」
前曲の穏やかな閉じ方からつづいて、嵐の後の夕刻の陽の光をようすや牛、鶉、コオロギ、蛙による落ち着いたひと時の描写、そして美しい夕陽の様子等が穏やかな音楽にのって歌われます。


序奏とレチタティーヴォ「はじめが、春が花を咲かせて」合唱付き三重唱「こんなに自然は、勤労に報いてくれた」
CDを変えて実りの秋に感謝する序奏から。なんと美しい入りのメロディー。クレメンス・クラウスのコントロールはここでもゆったりとした自然さをクッキリとしたフレージングで引き締めて表現。
シモンの歌からはじまる三重唱。後半の聴き所の一つ。美しいメロディーと収穫に感謝する歌詞。収穫というより勤労に感謝する歌詞を読むにつけ、今年もよく働いた自分への讃歌に聞こえてちょっとぐっと来ます(笑)
レチタティーヴォ「ごらんなさい、あそこのはしばみの茂みの方へ」二重唱「町から来た美しい人」
レチタティーヴォは続いて木を揺すって実をとる子供、恋人を待つ若い農夫、果実を摘む娘のようすから。そしてルーカスとハンネの美しい二重唱。二人が愛を語る美しい旋律の宝庫のような曲。最後に声を合わせて歌う場面に至るまでの切々たる歌唱は素晴らしいもの。アイッパーレとパツァークの心に染み入る絶唱です。
レチタティーヴォ「今、裸に剥かれた畑に」アリア「広い草原を見渡してごらん!」
収穫物に溢れる畑を襲う獣のことを歌うシモンのレチタティーヴォとアリア。非常に存在感のはるハンの良く通る声が曲を引き締めます。
レチタティーヴォ「ここで、野兎をねぐらから」合唱「聞け、この大きなざわめきを」
続いてルーカスが歌う野うさぎが捉えられる場面のレチタティーヴォですがその終わりから鳴り響くホルンのファンファーレ。音楽的な秋の聞かせどころです。ホルンの遠吠えはテクニックも確かで流石ウィーンフィルですね。
レチタティーヴォ「ぶどうの樹には、今」合唱「万歳、万歳、ぶどう酒だ」
そして秋のクライマックスへ。葡萄酒の収穫を歌うレチタティーヴォと合唱。合唱は収穫されたぶどうから作られたぶどう酒を飲みながらなの大合唱。その気持ちわかります(笑) 私も今日は今年の一の蔵しぼりたてを飲みながらのレビューです(笑) 最後は舞曲でにぎやかに終わります。


序奏
凍てつく大地を表すような序奏。情景描写は相変わらす鋭い感覚が行き渡って素晴らしいものがあります。この演奏が長年にわたって聴き続けられている理由がわかるような気がします。
レチタティーヴォ「今、色褪せた年が沈み」カヴァティーナ「光と命は衰え」
シモンによる冬の到来を告げる、そしてハンネによるラップランドから冬がやってくることを告げるレチタティーヴォ。続いて長い夜の到来を告げるハンネのカヴァティーナ。夜の闇を表現するような透徹したアイッパーレの歌唱。
レチタティーヴォ「広い湖も凍りつき」アリア「旅人が今ここで」
冬の到来で湖も凍りつき大地の生気と魅力は絶え、荒涼とした大地のみが残ったことを伝えるレチタティーヴォ。そして旅人がその大地を訪れる様子を歌ったアリア。ここはパツァークの声の魅力十分ですが、最後に圧倒的な高音を聴かせる見事な歌。
レチタティーヴォ「そこで旅人が近づいてみると」合唱付きリート「くるくる回れ」(糸車の歌)レチタティーヴォ「亜麻布を紡ぎ終えて」合唱付きリート「ある時、名誉を重んずる娘が」
旅人が小屋に入ると暖炉のある暖かい小屋では農夫がにぎやかに過ごしており、糸車をまわす農婦たちの様子を伝える合唱。続いてハンネによる笑い話の紹介。最後はハッハッハという笑い声で曲を閉じます。
レチタティーヴォ「乾燥した東のほうから」アリア「これを見るが良い、惑わされた人間よ」
ここにきてハンのシモンの素晴らしいバスの迫力ある歌唱が本領を発揮します。東からの寒風を伝える大魔王のような迫力ある歌唱。そして収穫の悦びを諌める教訓を歌うアリアも迫力十分。ハンの迫力の歌唱が圧倒的。
三重唱と合唱「それから、大いなる朝が」
そして終曲。ハンの迫力を引き継ぎながらルーカスとハンネも加わり、冬の厳しさを乗り切ったものだけが訪れることができる天の門について歌い上げます。長い曲の終曲に相応しい素晴らしい盛り上がりで終えます。

もう少し簡単にレビューするつもりでしたが、あまりの演奏の迫力についついのめり込んでしまいました。今からほぼ70年前の戦中にウィーンフィルによって演奏されたハイドンの最後の大作、オラトリオ「四季」。その演奏は大きな筆でしっかりとした骨格をもって描かれており、大曲の構造が非常に明確にわかるもの。クレメンス・クラウスの素晴らしいコントロールによるもの。歌手はソプラノのアイッパーレとテノールのパツァークが秀逸。バスのハンも声質にはちょっと違和感を感じるところがあるもののテクニックと迫力は素晴らしいものでした。コーラスは当時のことを考えるとこの程度でしょうが、味わいの面では悪くありません。評価は最初すこし減点しようかと思っていましたが、[+++++]とします。私のもっている四季のアルバムでは最古の録音ですが、四季の演奏史の原点たる演奏ですね。このアルバム、PREISER RECORDSの原点たるアルバムでもあり、その価値は揺るぎないものである事に間違いありません。
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4 Comments

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ライムンド

No title

Daisyさん、こんばんは。戦時下のハイドン・四季というのも意外というか、さすがウィーンと思わせる音源です。プライザーは古くてもけっこう鮮明なCDもあって、読んでいると魅力を感じました。クレメンス・クラウスのこういうレパートリーも珍しいのではと思いました。

  • 2011/12/25 (Sun) 23:22
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Daisy

Re: No title

ライムンドさん、こんばんは。
天地創造はこれまでたびたびいろいろな演奏を取りあげてきましたが、四季の方はまだ有名どころの演奏をあまり取りあげていません。このクレメンス・クラウスの演奏もその一つでしたが、聴き進めるうちにぐいぐいと引き込まれる名演奏でした。天地創造も四季もクレンペラーのレパートリーにはなかったようですが、このクレメンス・クラウスの演奏を聴くとクレンペラーの演奏も聴いてみたくなりますね。

  • 2011/12/26 (Mon) 00:19
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yshida10

No title

クレメンス・クラウス、ウィーンフィル、パツァークというとすぐにこうもりを連想しますが、こちらは必ずしも典雅なウィーン風という演奏ではないようですね。
録音状態がちょっと心配ですが、見送るわけにも行きますまい(笑)

  • 2011/12/26 (Mon) 12:29
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Daisy

Re: No title

yshida10さん、コメントありがとうございます。
この組み合わせには「こうもり」があるんですね。まさに典雅なウィーン情緒が味わえそうな組み合わせですね。録音状態は1942年という年代を考えれば十分いいものだと思います。我が家に大音響が響き渡りますので。この辺は期待値も異なりますので断言は出来ませんけれども。是非手に入れて聴いてみてください。

  • 2011/12/26 (Mon) 21:14
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