作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

レナー弦楽四重奏団の皇帝、Op.76のNo.5

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またまた、かなり古い弦楽四重奏曲の録音。最近ヒストリカルなものの魅力にすっかりハマってます。

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レナー弦楽四重奏団(The Léner String Quartet)の演奏で、ハイドンの弦楽四重奏曲Op.76のNo.3「皇帝」、Op.76のNo.2「五度」の2楽章アンダンテ、Op.76のNo.5の2種録音の4曲を収めたアルバム。収録は皇帝と五度のアンダンテが1935年1月ロンドンのアビーロードスタジオ、Op.76のNo.5の1種目が1924年2月22日、23日、ロンドンのコロムビアスタジオでのアコースティック録音、もう1種が1928年11月7日、10日、同じくロンドンのコロムビアスタジオでの電気録音と大昔の録音。レーベルはROCKPORT RECORDSというニューヨークのレーベル。

レナー弦楽四重奏団はハンガリーのクァルテット。メンバーはブダペストの音楽高校の同級生で、設立はその後ライバルとなるブダペスト弦楽四重奏団に1年おくれて1918年。翌1919年にはブダペストデビュー、そしてその翌年1920年にはラヴェルの手引きによりウィーンデビューを果たし、ラヴェルはパリでの演奏にも尽力したそうです。1922年にはロンドンでデビューし、程なくこのアルバムの録音の一部を担当したコロムビアレコードと契約を交わすことになります。レナー弦楽四重奏団はベートーヴェンの弦楽四重奏曲を全曲録音した最初のクァルテットだということです。この録音の頃のメンバーは次のとおり。

第1ヴァイオリン:イエネー・レナー(Jenö Léner)
第2ヴァイオリン:ヨゼフ・スミロヴィツ(Joszef Smilovits)
ヴィオラ:シャーンドル・ロース(Sándor Roth)
チェロ:イムレ・ハルトマン(Imre Hartmann)

このアルバムの解説にもレナー弦楽四重奏団の演奏は古い演奏スタイルによって長らく忘れられた存在になっていたと触れられていますが、先日取りあげたカペー弦楽四重奏団も同様でしょう。今聴くと、カペー同様ポルタメントが独特の味わいを醸し出していますが、カペーよりも力強さと緊密感があるように聴こえました。

Hob.III:77 / String Quartet Op.76 No.3 "Kaiserquartetett" 「皇帝」 [C] (1797)
この前取りあげたウィーン・コンツェルトハウス四重奏団の演奏のWestminster盤とPREISER RECORDS盤のちょうど中間のようなほどほどの鮮明さ。程よい鮮明さと程よい穏やかさの両立したバランスの良い復刻といっていいでしょう。弦楽器の分厚い存在感のある響きで高音は伸びきらないものの、弦楽器が刺激的にならずに自然なプレゼンスで収録されています。1935年という収録年代を考えると十分良い録音です。古風な音色ですが演奏はそこそこ速めのテンポで非常に緊密なアンサンブル。かなりの推進力を感じさせる、インテンポでグイグイ攻める様な演奏。迫力が目立つようですが音を引きずるようなポルタメントの効いた独特の音階移動が時代を感じさせます。
ドイツ国歌としても有名な2楽章のポコ・アダージョは、一転して優雅さ満点。ゆったりとしてテンポと独特のポルタメントで名旋律を歌い上げます。ヴァイオリンが主導する訳ではなく、各楽器がそれぞれ主導権を握るような素晴らしいアンサンブル。この楽章はあまりの素晴らしさに息を飲むよう。
メヌエットは軽々と弓を運ぶような弾むメロディーラインが特徴。ポルタメントによって今でこそ古風と感じますが、この味わいの深いフレージングは時代を超えて魅力を放っていますね。テンポは一貫して揺るぎない堅固さも感じさせ、楽章間の対比も十分考慮したもの。メヌエットも万全。
フィナーレは現代の演奏と比べるとすこし音の角が穏やかなことで音楽的な先鋭さは今ひとつながら、やはり古雅な魅力に溢れた演奏。素晴らしい皇帝です。

Hob.III:76 / String Quartet Op.76 No.2 "Quintenquartetett" 「五度」 [d] (1797)
つづいて、同じ収録年代の五度の2楽章。皇帝の2楽章同様、ポルタメントにより優雅さがにじみ出る演奏。演奏スタイルとしてはカペーと非常に近いものがありますが、構成感がキリッと感じられる分、カペーよりこちらの方が好みかもしれません。音も前曲同様いいコンディションで鑑賞には全く問題ありません。ピチカートに乗って自在に音階を行き来するヴァイオリンの伸びやかな音色。イエネー・レナーの素晴らしい音楽を堪能できる楽章です。

Hob.III:79 / String Quartet Op.76 No.5 [D] (1797)
まずは、1924年のアコースティック録音の演奏から。流石に録音はかなり古さを感じるようになります。音が遠くなり、鮮明さがだいぶ落ちてきます。パチパチするようなスクラッチノイズはほとんど聴こえませんが、中域を中心にバックグラウンドノイズが大きくなります。それでも90年近く前に録られたものとしては驚くべき保存状況で、音楽の魅力が削がれるようなことはありません。ノイズの質が良いためか、非常に聴きやすく、安定感も十分。ただアコースティック録音だけにダイナミックレンジの狭さは致し方ないところ。演奏自体は10年を遡った分、デュナーミクのコントロールが緻密で、ポルタメントもより目立つようで、現代の演奏とのスタイルの違いがよりハッキリ出ています。2楽章のラルゴはまさにチャップリンの映画のBGMのような時代を感じさせるもの。まさに古色蒼然とした音楽です。これを過去の演奏スタイルとみなすのか、ハイドンの演奏の歴史のパースペクティヴにおける貴重な歴史的遺産とみなすのかと言われれば、まさに今の人とっては、否応内音楽としての類いまれな豊かさが示すとおり、素晴らしい価値を持っていると看做さざるを得ません。何といえばよいでしょうか、この素晴らしい音楽。ラルゴは時代を越えた音楽の力にアドレナリン噴出です。メヌエットはこのクァルテットらしい安定したテンポで淡々と進め、フィナーレも歴史を経た音から当時のエネルギーの一端が伝わる名演奏と言っていいでしょう。この録音には驚きました。素晴らしい。

つづいて1928年の電気録音。こちらはむしろ1曲目の1935年の皇帝よりも鮮明ではないかと思わせる素晴らしい録音。良質な原盤のせいかノイズもほとんど気にならず、鮮明さも犠牲になっていません。チェロの立体感は鳥肌がたたんばかり。このアルバムで最もいい音。やはり鮮明な分、演奏のタイトさもよくわかります。先程の1924年のアコースティック録音が録音による雰囲気が懐古的な印象を与えていたものであることがわかります(それはそれで貴重です)。前の録音よりは弱いもののポルタメントは健在で特に第1ヴァイオリンのレナーの奏でるメロディーはいい雰囲気。
2楽章は、やはり至福のひと時。各楽器の立体感は録音年代が信じられないほど。特にチェロの分厚く揺るぎない響きが大きな魅力になってます。古き良き時代を感じさせるばかりではなく、眼前で弾いているような迫力ある音響でポルタメントの効いた名旋律を楽しめます。
3楽章のメヌエットは1924年の録音と同様の解釈ですが、鮮明な音響により演奏の魅力が倍増、そしてフィナーレも息の合ったアンサンブルでハイドンの複雑な音符を綺麗に解きほぐして行くようなくっきりとしたフレージング。いやいや、抜群に素晴らしい演奏です。ため息が出るような演奏。

かなり久しぶりに取り出して聴いたレナー弦楽四重奏団の1924年から35年にかけての録音。こちらがヒストリカルの良さをわかる耳に成長したこともあり、このアルバムの凄さがようやくわかりました。一番古い1924年のアコースティック録音の曲も録音の古さがまったく音楽の魅力を削ぐことがなく、当時の演奏の魅力を素直に楽しめます。このアルバムの企画と、丁寧な復刻は素晴らしいものがあります。正直今まで聴いたヒストリカルアルバムのなかで一番心に響きました。もちろんすべての曲を[+++++]としました。

ネットなどを調べるとこのアルバムを出したROCKPORT RECORDSは既に活動を停止しているということのようで、このアルバムはもしかしたら貴重なものかもしれませんね。
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