作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

アンドレ・チャイコフスキーのピアノソナタ集

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今日は久々のピアノソナタ集。

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アンドレ・チャイコフスキー(André Tchaïkowski)のピアノによるハイドンのピアノソナタXVI:49、アンダンテと変奏曲XVII:6、ピアノソナタXVI:23の3曲を収めたアルバム。収録は1966年1月4日~7日、パリの凱旋門のすぐそばのワグラムホール(Salle Wagram)でのセッション録音。レーベルはDante。もともとはEMIフランスの録音のようです。

アンドレ・チャイコフスキーはポーランド生まれのピアニスト、作曲家。本名はアンジェイ・チャイコフスキ(Andrzej Czajkowski)。1935年生まれで1982年にがんで47歳の若さで亡くなってます。ユダヤ系だったために幼少のころ両親を失いポーランド人の家族に養われ、音楽も学ぶことが出来なかったよう。終戦後ポーランド中部の都市ウッチの国立音楽学校で学び、1948年にはパリに留学、そして1950年に再びポーランドに戻り、ポーランド最北端のソポトのソポト国立音楽院、ワルシャワ音楽院などで学んだ。1955年ショパンコンクールで入賞、1956年にはベルギー・エリザベート王妃国際音楽コンクールで3位に入賞などの実績を残し、コンサートや録音を残すようなピアニストとして知られるようになったよう。ピアニストとしても有名になったにもかかわらず、晩年は作曲に力をいれたとのこと。

リパッティ、デュ・プレ、グールド、ブレイン、カンテルリなど若くして亡くなった人の演奏には、なぜか鬼気迫るものが感じられれるものです。チャイコフスキーの演奏はどうでしょうか。

Hob.XVI:49 / Piano Sonata No.59 [E flat] (1789/90)
ちょっとピアノが軽めの音で録られています。スタジオ録音のようなオンマイクで定位感があいまいな音。鮮明さはありますが、もうすこし残響と広がりがあれば音楽に没頭できるのにと思わせる音。ヴォリュームを上げると自宅にピアノがあるような近接した音響ですが、音は明らかに録音装置を通して聴くようなちょっと人工的な雰囲気が漂います。1966年ということなのでチャイコフスキー31歳の頃の演奏。この曲独特の起伏のある1楽章をなぜか孤独感がにじみ出るような乾いた明るさを感じさせる演奏。起伏重視で流麗という感じではありません。
2楽章はやはり独特の孤独感が支配します。どこか寂しげな雰囲気。リパッティの演奏に感じられる華やかな悲しさとは異なり、独特なうら悲しい感じがチャイコフスキーのピアノの特色だとだんだんわかってきます。このアダージョ・カンタービレには何か不思議なメッセージを感じるような力があります。録音が独特なのでその印象に引きずられないように聴くとなかなかの味わい。
終楽章はやはりあっさりと起伏を表現して、ハイドンのフィナーレの音符の絡み合いの妙をさらりと聴かせる感じ。ちょっと聴くとさっぱりした演奏ながら、良く聴くと独特の味わいを持つ演奏。この曲だけではチャイコフスキーの進化をまだはかりきれない感じ。

Hob.XVII:6 / Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
大曲、アンダンテと変奏曲。チャイコフスキーの音楽性と曲の相性はこの曲の方がいいでしょう。聴きすすめていくと盛り上がる部分で音をかなり短く切るところが個性的な演奏となっている感じですね。楽譜を心地よく響かせようという意図ではなく、音符をチャイコフスキーが噛み砕いて独自の音楽に再構築している感じ。曲自体が素晴らしい構成感で書かれているため、チャイコフスキーの訥々とした音楽でも徐々に心に沁み入ります。終盤には鍵盤から渾身の力で音楽を絞り出すような演奏が険しい音響を構築。最後の消え入る感じは絶妙。

Hob.XVI:23 / Piano Sonata No.38 [F] (1773)
だいぶ時代が遡った時代の躍動感のある曲。早いパッセージの指のまわりはクリアにこなし、相変わらず起伏重視で流麗さや滑らかな展開は視野にないもよう。やはり不思議な孤独感を感じる演奏。左手をあえて弱めに弾くことで、軽さを意図的に狙っているように感じます。
ラルゲット(アダージョ)は淡々としながらもこれまで通りチャイコフスキーの個性的なフレージングでこの曲の今まで聴いた演奏とはすこし異なり、孤高な余韻をのこします。
最後のフィナーレはアクセントとリズムの変化を織り交ぜながらさらりとメロディーを弾き進めていき、粒立ちのよい右手の音階と、そっと支えるのみの左手で弾き進め、最後は終わったのかどうかわからないような抜け方。こんな終わり方は聴いたことがありません。

早逝のピアニスト、アンドレ・チャイコフスキーのハイドンは起伏と軽さと粒立ちによって、独特の孤高な表情を浮かび上がらせようとするチャイコフスキーの意図がハイドンの楽譜と拮抗する、ちょっと実験的でもあり、確信犯的でもある不思議な余韻をのこす演奏でした。明らかに個性的な演奏。そして明らかに曲をうまく弾こうというより、チャイコフスキーの考える音楽として響かせようと言う意図を感じる、骨のある演奏でした。評価は当ブログ的には[++++]とします。この演奏の評価は難しいですね。いろんな人の意見を聞いてみたくなる不思議な演奏といえるでしょう。

今日は震災からちょうど半年。テレビでは震災関連番組がいろいろやられて、あらためて今回の震災が人々の心と生活にもたらした傷跡の大きさを再認識せざるを得ませんでした。受け入れなくてはならない事実の大きさに多くの人がまだまだ整理しきれない心情でいるのは致し方のないところ。もし自身の身に同じことが起きたらと考えると人ごとではありません。言葉にできない大きな穴があいてしまったのでしょうね。あらためて被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
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