作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

ウラジミール・フェドセーエフ/ウィーン響の校長先生、太鼓連打ライヴ!

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ちゃんと聴いたことのない音楽家シリーズ。

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ウラジミール・フェドセーエフ(Vladimir Fedoseyev)指揮のウィーン交響楽団の演奏で、ハイドンの交響曲55番「校長先生」と103番「太鼓連打」の2曲を収めたアルバム。演奏は校長先生が2000年8月、太鼓連打が1998年4月、何れもウィーンのムジークフェラインの大ホールでのライヴ。レーベルはオーストリアのVMS Musical Treasuresというレーベル。

フェドセーエフはロシア系指揮者としては日本でも有名でしょう。怖い顔つきからか、スヴェトラーノフのような爆演系の指揮者というイメージがありますが、本盤の印象はきわめてオーソドックスな演奏。いつものようにWikipediaなどの情報から略歴に触れておきましょう。

1932年レニングラード(現サンクトペテルブルク)の生まれ。レニングラードのムソルグスキー学校、モスクワのグネーシン特別音楽大学、モスクワ音楽院などで音楽を学び。1971年にムラヴィンスキーにすすめられレニングラード・フィルの客演指揮者としてデビュー。その後ロシア放送民族楽器オーケストラの芸術監督を経て、モスクワ放送交響楽団の音楽監督および首席指揮者に就任。以来、現在に至るまでその立場を継続。その他世界の数々の有名オケと共演し、1995年から東京フィル首席客演指揮者、1997年から2005年まで、このアルバムのオケであるウィーン交響楽団の首席指揮者を歴任している。またオペラ指揮者としてもキーロフ劇場の他、ウィーン国立歌劇場、ミラノ・スカラ座、フィレンツェ5月音楽祭、ローマ歌劇場、モスクワ・ボリショイ劇場などのオペラハウスで指揮を行なっているとのことで、ロシアのみならず世界中で活躍する指揮者。

このアルバムはウィーン交響楽団の首席指揮者時代のライヴということになります。フェドセーエフというロシア系の指揮者の振るハイドンは如何なるところに狙いがあるのでしょうか。

Hob.I:55 / Symphony No.55 "Der Schulmeister" 「校長先生」 [E flat] (1774)
豊穣なムジークフェラインの響き。速めのテンポでいきなり生気抜群のオーケストラの響き。ロシア風な感じはせず、正統的ウィーン風の響きに聴こえます。木質系の美しいとろけるような響きがスピーカーのまわりに広がります。会場ノイズはほとんど聴こえないので音響処理しているのでしょう。リズミカルな部分の弾むようような生気、古典の均衡の範囲を逸脱しない紳士的なコントロール。ライヴとしては、以前聴いたヴァントの76番のDVDと同質の素晴らしい演奏。現代楽器によるハイドンの中期交響曲の理想的な演奏というレベル。
2楽章のアダージョは校長先生の聴き所。穏やかな表情のメロディーに癒されます。これ以上の癒しはないような極上の時間。強面のフェドセーエフの奏でる抑制を利かせながらもユーモラスな表情をみせるメロディーライン。これぞハイドンのアダージョの真骨頂。豪腕は影をひそめひたすら美しいメロディとゆったりとした間を表現するフェドセーエフ。絶品です。
メヌエットも至極正統的なもの。力感、均整、穏やかさともに絶妙のバランス。どちらかというと抑え気味のメヌエット。ハイドンの演奏にうるさいと想像されるウィーンの聴衆もこの演奏には納得でしょう。
フィナーレは1楽章の生気がもどってきました。穏やかながらも活き活きとしたフレージングでハイドンの名旋律によるフィナーレを描いていきます。何気ない演奏でもあるんですが、ハイドンの真髄を知っているというか、絶妙なコントロールを感じる演奏です。会場のお客さんも惜しみない拍手で迎えます。これは素晴らしい校長先生ですね。

Hob.I:103 / Symphony No.103 "Mit dem Paukenwirbel" 「太鼓連打」 [E flat] (1795)
静かな遠雷タイプの太鼓連打。校長先生が絶妙の演奏だっただけに期待が高まります。1楽章の序奏は非常にしっとりとメロディーラインを描いて、これから始まる響宴への伏線を張っているよう。主題に入り非常にジェントルな表情、八分の力で主題を奏でていきます。まさにハイドンの名旋律を楽しめと言わんばかりの余裕たっぷりの演奏。ムジークフェラインの黄金のホールに豪腕ロシア人指揮者が完全にウィーン趣味を理解して完璧なハイドンを表現。素晴らしい音楽性です。これは玄人好みの燻し銀の演奏。ハイドンの交響曲を聴き込んだ人にしかわからない、究極の自然さ。何もしていないようで、ハイドンを熟知している人だけが出来る絶妙なバランス感覚。久々に出会う絶品の演奏。1楽章だけで昇天です。
アンダンテはじっくりと骨のある演奏。アンサンブルは多少粗めではありますが、それもいい味わい。後半の盛り上がりはフェドセーエフの演奏の特徴である力みの一切ない自然な盛り上がり。これだけ自然で音楽に没入できる演奏はそうありません。
アンダンテの余韻の韻を踏むようなはじまり。全く力みのないのに素晴らしい力感のメヌエット。ムジークフェラインの美しい響きが我が家に降臨。完全にツボにはまってます。
フィナーレはここまでの秩序が保たれたオケのテンションが徐々にあがり、クライマックスにむけて不気味な迫力を帯びてきます。終盤の盛り上がりは流石フェドセーエフ。それでも決して力むことのないウィーン交響楽団の美しい音色がムジークフェラインに響き渡ります。こちらも観客の慈しむような拍手に迎えられて終了。

しっかりと聴いたことのなかったウラジミール・フェドセーエフのハイドンの交響曲ですが、聴いてみてビックリ。現代楽器のハイドンの交響曲の演奏としてはこれ以上の演奏はないほどの素晴らしい演奏でした。しかも私のすきなライヴ。ウィーンフィルではなく一つ格下のウィーン交響楽団の演奏ですが、ウィーンフィルに劣るような印象は皆無。評価はもちろん[+++++]とします。ハイドンの交響曲が好きなすべての人にお薦めの演奏です。もちろん「ハイドン入門者向け」タグをつけちゃいます。

※8月8日ブログのトラブルで本記事が表示されていませんでした。モバイル経由で修正した際に記事が飛んでましたので修正しました。
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4 Comments

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  • 2011/08/12 (Fri) 01:03
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Daisy

Re: No title

だまてらさん、コメントありがとうございます。
フェドセーエフのモスクワ放送響のロシアもののライヴにいかれたとは羨ましいです。しかも響きの良い人見記念講堂。ホールが吹き飛びそうな爆音が轟いたんでしょうね。 これは体調が良いときでないと受け入れられないかもしれませんね(笑)
このアルバムの頃はフェドセーエフはウィーン響の首席指揮者でしたので、オケを十分飼いならした上での演奏でしょう。ロシアものとハイドンでは演奏スタンスが異なるというか、ウィーン響に来て大人な趣味を身につけたといったところでしょうか。力を抜いた演奏というより円熟の成せる技というところでしょう。
このような剛腕指揮者の燻し銀のハイドンを聴くと、爆演の方も聴いてみたくなります(笑) ペトルーシュカの爆発、さぞかし凄いことになるんでしょうね。リタイアは今となってはよい思い出ですね。

  • 2011/08/12 (Fri) 07:42
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ドラ吉くん

同感!

フェドセエーフのVSO時代はもっと評価されて良いと思います。メンデルスゾーンのイタリアとか「ウィーンの春」と題したシュトラウス・ファミリーの作品を集めた物などCALIGというレーベルが消滅したことで忘れられていくのは残念です。フェドがVSOの音楽監督に就く前の年に第九を振ったのをウィーンで聴きました。よくコーラスがついてこられたという超スピードで走り抜きスタンディングオベーションでした。これから面白い演奏が続々商品化されると期待したのですが、、、、

  • 2020/05/04 (Mon) 18:39
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Daisy

Daisy

Re: 同感!

ドラ吉くんさん、再びコメントありがとうございます!

フェドセーエフやスヴェトラーノフ、そしてテミルカーノフなどロシア系指揮者のハイドンは侮れませんね。特にこのフェドセーエフ/ウィーン響の録音は見事で、初めて聴いたときはあまりの素晴らしさにノックアウトされたものです。久しぶりに自分の書いた記事を読んでその時の感動が蘇りました。記事にも書きましたが「ムジークフェラインの黄金のホールで豪腕ロシア人指揮者が完全にウィーン趣味を理解して完璧なハイドンを表現」というのがこの演奏の評にふさわしいでしょう。
フェドセーエフの第九をウィーンで聴けるとは羨ましいです! ウィーン響のウェブサイトでは1900年以降のコンサート記録を全て見流ことができますが、フェドセーエフもかなりのコンサートを振っていて(音楽監督だから当たり前、、)それらの中からライヴがリリースされることを想像するだけでも楽しいですね。

  • 2020/05/05 (Tue) 00:41
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