作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

フルトヴェングラー/ウィーンフィルの驚愕(ハイドン)

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今日はフルトヴェングラー。

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HMV ONLINEicon / amazon

今日は未入手だったヴィルヘルム・フルトヴェングラー(Wilhelm Furtwängler)指揮のウィーンフィルの演奏でハイドンの交響曲94番「驚愕」の演奏を。アルバムはEMIからいろいろリリースされているようですが、私が今回入手したのは、最近発売されたばかりの、フルトヴェングラー生誕125周年企画の新たにアビーロード・スタジオでリマスターされたベートーヴェン交響曲全集とブラームス交響曲全集の計8枚を含む21枚組ボックス。21枚組とは言っても、最近のアルバムのこと故、HMV ONLINEで4千円少しで手に入れられます。極楽浄土のような素晴らしい時代ですね。

驚愕の録音は1951年1月11日、12日、17日ウィーンのムジークフェラインザールでのセッション録音。これまでフルトヴェングラーのハイドンの録音は下記の3回にわたって取りあげてきました。

2011/04/27 : ハイドン–交響曲 : フルトヴェングラー/RAIトリノ交響楽団の88番ライヴ
2011/04/26 : ハイドン–交響曲 : フルトヴェングラー/ウィーンフィルの88番ライヴ
2011/04/25 : ハイドン–交響曲 : フルトヴェングラー/ベルリンフィルの88番

中でも素晴らしかったのが、ベルリンフィルとのセッション録音の88番。今日取り上げる演奏も昔からリリースされているアルバムのようですが、私がその存在を知ったのは最近のことで、しかもウィーンフィルとのセッション録音ということで、その良さが期待できる録音として注文していたもの。もちろんこの21枚組には、ベートーヴェンやブラームスの交響曲全集なども含まれているので、一般的に聴き所はハイドンではないのは明白なところですが、当ブログとしては巨匠フルトヴェングラーのハイドンの演奏を3次元デジタル的に解きほぐすというミッションがあります故、今日は驚愕の演奏のみ取りあげます。(なんと贅沢な!)

交響曲94番(Hob.I:94)1791年作曲
冒頭の序奏の響きは意外とまろやかな柔らかい音響。ムジークフェラインザールのウィーンフィルの録音にふさわしい美音。メリハリを強調するというよりは自然な流れと角のとれたフレージングが心地よいコントロール。主題に入ると迫力ある音響ですが、前記事のミュンシュの演奏のようなコントラストが鮮明な陰影の深さではなく、流麗なメロディーに宿る深遠さを感じさせるような神々しい感じが早くも迸っています。柔らかなデュナーミクの表現が秀逸。良く聴くとインテンポで煽る感じはするんですが、すべての角が柔らかく面取りされているため、しっとり感があり、他の演奏とその表現を異にしています。強音のあとの抑えた音の表現が音楽の本質をえぐるように心に響きます。カラヤンとはまったくちがうレガートで旋律を磨き込み、1楽章の最後はじわりと迫る柔らかな迫力で閉じます。

2楽章のビックリアンダンテ、爆発までの抑えた部分とビックリの強音のどちらもレガートで磨き込まれて、音量差ではなく、柔らかな表情の方に驚愕させられるという感じ。この曲でこのような表現はあまり聴いたことがありません。通常は楽譜の表面的な理解にもとづき大音量にはっとさせるというのが仕掛けでしょうが、フルトヴェングラーともなると、そのような表面的なことを狙うのではないとでも言いたそうな表現。ビックリな部分を過ぎてからは通例ザクザクとした鉈を振るうような迫力で聴かせる演奏が多いのですが、この演奏はそこに至るまでのつ凪の部分の孤高な感じと、ザクザクしたあとの弦楽器のレガートの極みのような流麗なフレーズにスポットライトを当て、聴き尽くした感もある驚愕の曲の明らかに違う角度から光を当てたような個性的な解釈。と言っても不自然さは皆無で、ハイドンの名曲がブラームスのような燻し銀の演奏に聴こえるマジックですね。

3楽章のメヌエットは迫力を増していますが、やはりレガートを基調とした不思議な感じ。明らかに他の指揮者とは異なる音楽性を感じさせます。やはりフルトヴェングラーは違いますね。いろんなお店で飲むお吸い物ですが、老舗料亭の出汁は味わいがちがっていたというような感じ。鮮明とは言えない録音の向こうから聴こえる濃厚な音楽。一筆書きのような一気に書き上げた一体感が見事。

フィナーレもその勢いそのままに素晴らしい有機的なフレーズが次々と襲いかかる驚きに満ちた時間。精度が高い演奏ではないんですが、その連続性というか有機的つながりというか流麗さは素晴らしいもの。一連の音符のすべての音に表情が与えられ、すべて異なる音量で、すべて異なる表情を与えられ、それらの音で構成されるメロディーは活き活きとしたつながりと素晴らしいスピードを与えられ、ダイナミックで劇的に響きます。最後は流麗であっても腰にくるような図太い迫力の音響で曲を閉じます。

今更ながらですが、フルトヴェングラーの素晴らしさに打たれましたね。やはり常人には演奏し得ない閃きと濃い音楽。ハイドンの演奏としてどうかとの視点もなくはありませんが、音量、迫力、荒々しさ、精度といったような単純な音楽的要素ではなくまさにマルチヴァレントな音楽。複雑で深くそして心地よく神々しい音楽。評価はもちろん[+++++]としました。この神々しさ、ハイドン入門者向けのタグも進呈です。フルトヴェングラーのファンの方からしたら、何を今更と言われそうですね。このアルバムにはフルトヴェングラーの国宝級の演奏が沢山詰まってますので、のちほどゆっくり楽しみたいと思います。

このような素晴らしい演奏が、このような値段で買えるようになった文明、文化、産業の進化に感謝しなくてはなりませんね。世知辛い時代でもありますが、意外と良い時代でもありますね。捨てたもんじゃありません。
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