超弩演、ハンス・クナッパーツブッシュ/ヘッセン放送響の88番
今日はクナッパーツブッシュ!

ハンス・クナッパーツブッシュ(Hans Knappertsbush)指揮のヘッセン放送交響楽団(Das Sinfonie-Orchester des Hessischen Rundfunks)の演奏で、ハイドンの交響曲88番とベートーヴェンの交響曲5番の2曲を収めたアルバム。収録は1962年3月20日、ヘッセン放送用の録音とのこと。レーベルはフランスのTAHRA。このアルバムのリリースされた頃は現在と異なりレーベル名は大文字。このアルバムの頃のほうがジャケットもインパクトがありましたね。
クナのハイドンの交響曲88番は手元にもう一種あり、ドレスデン・シュターツカペレとの1959年11月28日の録音。こちらもTHARAのアルバムですが、聴き比べると今日取り上げるアルバムの方が演奏、録音ともに出来がよく、こちらを取り上げた次第。
クナッパーツブッシュはワーグナーやブルックナーの演奏では神格化された存在。今更紹介するまでもないでしょう、、、と思いましたが、一応さらっておきましょう。
Wikipediaの情報によるとクナは1888年、ドイツのデュッセルドルフ近郊の街ヴッパータール生まれ。ギュンター・ヴァントやホルスト・シュタインと同郷とのこと。ボン大学、ミュンヘンなどで哲学を、ケルン音楽大学で音楽を学ぶ。指揮はフリッツ・シュタインバッハに師事。その後バイロイトの助手を皮切りに各地の歌劇場やオケで経験を重ね、1922年にブルーノ・ワルターの後任としてミュンヘンのバイエルン州立歌劇場の音楽監督に就任。このとき34歳。それ以降はウィーンフィル、ウィーン国立歌劇場、1950年代以降はバイロイトにて活躍。亡くなったのは1965年、大腿骨骨折をきっかけに体力が衰えてとのこと。ということでこの演奏は亡くなる3年前74歳の時のもの。
この88番はクナッパーツブッシュにしか出来ないもの凄い変化球。ただしうなりを上げて打者に迫る大リーグボールのような弩迫力の魔球。
1楽章の序奏は意外と普通に始まります。1962年の水準並みにすこし粗い録音ですがザクザクとした迫力溢れる音響、ところが主題に入るところであり得ないような低速にギアチェンジでビックリ。さらにザックリした感触のオケを超低速に操り、聴き慣れたメロディーがまるで別の曲のような灰汁の強い演奏。ただし、曲の別の面にスポットライトを当て、別の魅力を浮かび上がらせるような説得力も併せ持っているのがクナの凄いところ。1楽章はこのテンポで強引にドライブしていきます。オケの音色自体も鋼のごとき力漲るもの。
1楽章の巨人の歩みのような雄大な曲想の興奮冷めやらぬ中2楽章のラルゴに。こちらは標準的なテンポ。ただし、なにか巨大なものが背後に潜んでいるような不気味な迫力を帯びているのは、並の指揮者とは異なる次元の音楽性。中程の号砲のような部分の揺るぎない盛り上がりが迫力を増します。この演奏には他の指揮者とは全く異なる設計があっての確信犯的な演奏なんでしょうね。
3楽章のメヌエットもテンポは標準的ですが、冒頭から弩迫力。漲る力感、揺るぎない骨格。なんでしょうか、この迫力は。押し寄せる大津波のようなうねり。
そしてフィナーレはこれまたビックリの遅いテンポで入ります。最初の抑えた入りから徐々に力感を増しますが、テンポはむしろ遅くなるような展開。スローモーションになりそうなほどのテンポに落として繰り返しを迎え、ふたたび力感の大波。と思いきや突然トップススピードにギアチェンジして、崖から岩の塊が転がり落ちるようなスピードでフィニッシュ。なんという解釈!
クナのハイドンは曲と解釈の間に芸術が介在する時代の奇跡的な産物というようなものでしょう。もしかしたら芸術というよりかつて学んだ哲学なのかもしれませんね。現代のような鮮明な録音を残せる時代にあって、これだけの個性的な解釈で名をなせる指揮者は生まれ得ないのではないかとも思ってしまいます。もちろんクナの時代でも他の指揮者とは異次元の解釈。私はクナのハイドンは好きなので問題ありませんが、あまりの変化球にアレルギーをもつ人がいてもおかしくはありません。私の評価は[+++++]と高評価としました。クナの演奏は一度聴いてしまうと中毒的なものがありますね。
このアルバムの後半のベートヴェンの交響曲5番運命も不気味に畳み掛ける迫力に満ちた名演。クナにマニアの方がつくのも頷けますね。

ハンス・クナッパーツブッシュ(Hans Knappertsbush)指揮のヘッセン放送交響楽団(Das Sinfonie-Orchester des Hessischen Rundfunks)の演奏で、ハイドンの交響曲88番とベートーヴェンの交響曲5番の2曲を収めたアルバム。収録は1962年3月20日、ヘッセン放送用の録音とのこと。レーベルはフランスのTAHRA。このアルバムのリリースされた頃は現在と異なりレーベル名は大文字。このアルバムの頃のほうがジャケットもインパクトがありましたね。
クナのハイドンの交響曲88番は手元にもう一種あり、ドレスデン・シュターツカペレとの1959年11月28日の録音。こちらもTHARAのアルバムですが、聴き比べると今日取り上げるアルバムの方が演奏、録音ともに出来がよく、こちらを取り上げた次第。
クナッパーツブッシュはワーグナーやブルックナーの演奏では神格化された存在。今更紹介するまでもないでしょう、、、と思いましたが、一応さらっておきましょう。
Wikipediaの情報によるとクナは1888年、ドイツのデュッセルドルフ近郊の街ヴッパータール生まれ。ギュンター・ヴァントやホルスト・シュタインと同郷とのこと。ボン大学、ミュンヘンなどで哲学を、ケルン音楽大学で音楽を学ぶ。指揮はフリッツ・シュタインバッハに師事。その後バイロイトの助手を皮切りに各地の歌劇場やオケで経験を重ね、1922年にブルーノ・ワルターの後任としてミュンヘンのバイエルン州立歌劇場の音楽監督に就任。このとき34歳。それ以降はウィーンフィル、ウィーン国立歌劇場、1950年代以降はバイロイトにて活躍。亡くなったのは1965年、大腿骨骨折をきっかけに体力が衰えてとのこと。ということでこの演奏は亡くなる3年前74歳の時のもの。
この88番はクナッパーツブッシュにしか出来ないもの凄い変化球。ただしうなりを上げて打者に迫る大リーグボールのような弩迫力の魔球。
1楽章の序奏は意外と普通に始まります。1962年の水準並みにすこし粗い録音ですがザクザクとした迫力溢れる音響、ところが主題に入るところであり得ないような低速にギアチェンジでビックリ。さらにザックリした感触のオケを超低速に操り、聴き慣れたメロディーがまるで別の曲のような灰汁の強い演奏。ただし、曲の別の面にスポットライトを当て、別の魅力を浮かび上がらせるような説得力も併せ持っているのがクナの凄いところ。1楽章はこのテンポで強引にドライブしていきます。オケの音色自体も鋼のごとき力漲るもの。
1楽章の巨人の歩みのような雄大な曲想の興奮冷めやらぬ中2楽章のラルゴに。こちらは標準的なテンポ。ただし、なにか巨大なものが背後に潜んでいるような不気味な迫力を帯びているのは、並の指揮者とは異なる次元の音楽性。中程の号砲のような部分の揺るぎない盛り上がりが迫力を増します。この演奏には他の指揮者とは全く異なる設計があっての確信犯的な演奏なんでしょうね。
3楽章のメヌエットもテンポは標準的ですが、冒頭から弩迫力。漲る力感、揺るぎない骨格。なんでしょうか、この迫力は。押し寄せる大津波のようなうねり。
そしてフィナーレはこれまたビックリの遅いテンポで入ります。最初の抑えた入りから徐々に力感を増しますが、テンポはむしろ遅くなるような展開。スローモーションになりそうなほどのテンポに落として繰り返しを迎え、ふたたび力感の大波。と思いきや突然トップススピードにギアチェンジして、崖から岩の塊が転がり落ちるようなスピードでフィニッシュ。なんという解釈!
クナのハイドンは曲と解釈の間に芸術が介在する時代の奇跡的な産物というようなものでしょう。もしかしたら芸術というよりかつて学んだ哲学なのかもしれませんね。現代のような鮮明な録音を残せる時代にあって、これだけの個性的な解釈で名をなせる指揮者は生まれ得ないのではないかとも思ってしまいます。もちろんクナの時代でも他の指揮者とは異次元の解釈。私はクナのハイドンは好きなので問題ありませんが、あまりの変化球にアレルギーをもつ人がいてもおかしくはありません。私の評価は[+++++]と高評価としました。クナの演奏は一度聴いてしまうと中毒的なものがありますね。
このアルバムの後半のベートヴェンの交響曲5番運命も不気味に畳み掛ける迫力に満ちた名演。クナにマニアの方がつくのも頷けますね。
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