アンタル・ドラティのマリア・テレジア
昨日アダム・フィッシャーの交響曲を取り上げたので、今日はやはりドラティ盤を取り上げるのが筋(笑) 手元のアルバムは、だいぶ古い輸入盤です。

アンタル・ドラティ指揮、フィルハーモニア・フンガリカの演奏によるハイドンの交響曲全集の分売で48番から59番までを収めた4枚組。今日はこの中から48番「マリア・テレジア」を取り上げます。収録は1971年、ドイツのオランダ国境に近いエッセン近郊の街マルル(Marl)の聖ボニファティウス教会でのセッション録音。
昨日のアダム・フィッシャーと同様、ドラティの交響曲の演奏も当ブログでまだちゃんと取り上げていなかったため、まずは曲を選んできちんとレビューしようとの主旨。ただし、ドラティの交響曲全集からなぜこのアルバムを選んだかと言うと、個人的に思い出深いアルバムということからだけなんです。

写真のシールはウィーン国立歌劇場の建物内のショップ、ARCADIAオペラ・ショップのもの。値段は760ナントカ。当時オーストリアはクローネだったでしょうか。シールの日付は1991年2月19日とあります。これは約20年前の1991年に新婚旅行でウィーンを訪れた際に、ARCADIAオペラ・ショップでお土産に購入したアルバム。当時はドラティの全集はすべて4枚組のセット8組で成り立っていましたが、他は日本でほぼ手に入れ、偶然このアルバムのみ未入手。ARCADIAオペラ・ショップの店頭でこのアルバムを見つけ、荷物になるので国内で買えばいいかと思っていると、収録曲の1曲目が48番「マリア・テレジア」ではありませんか。ウィーンまで来て買うお土産(もちろん自分用!)としては文句なし、ということで買った記憶があります。
ARCADIAオペラ・ショップ
さきほど、アルバムを久しぶりに手にするとシールが残っているのをみつけて、ちょっと懐かしくなっちゃいました。この時はローマ、フィレンツェ、ミラノ、ヴェネチアを経て列車でウィーンに入り、ウィーンではオペラやコンサート、オットー・ワグナーやハンス・ホラインの建築やクリムトの絵などをゆっくり見て回る優雅な旅行でした。今では時間がなかなか取れず、時間をかけた旅行はなかなかできませんね。国立歌劇場ではタンホイザーの今とは違った重厚な演出とウィーン国立歌劇場管弦楽団のここぞというときの爆発を聴いてうっとり。幕間にシャンパンやワインをのみながら至福の時間。ムジークフェラインではアリシア・デ・ラローチャのピアノリサイタルを楽しみました。あれからもう20年、はやいものです。
脱線してすみません。ドラティのハイドンですが、現在は全集のボックスが安く販売されているようですので、昔に比べて手に入れやすくなっていますね。

HMV ONLINE
/ amazon
この箱のデザインのものが現行盤だと思いますが、なぜかHMV ONLINEにあるのは旧デザインの高い方。リンクは旧デザインの方になります。
さて、肝心のマリア・テレジアの演奏。ドラティの特徴である彫りの深いオーケストレイションが痛快。ハイドンの機知をはじけんばかりの生気溢れるオケがぐいぐい弾いていきます。リズムの表現が秀逸でまさに弾むような演奏。マリア・テレジアのハ長調の晴朗な曲想も相俟って、すばらしいキレ。ティンパニがズドンと腹にくる感じも迫力を増しています。
2楽章は冒頭から抑えた弦の可憐なメロディーとホルンの美しい響きが印象的。繰り返しを経て美しさがさらに際立ちます。
3楽章のメヌエットはまさに舞曲のような弾むリズムが心地よい音楽。舞曲の力の抜け加減とアクセントの対比が見事。必要十分というかハイドンの交響曲におけるメヌエットの位置づけを良く踏まえた力加減だと思います。
フィナーレは筋肉質のオケがリズミカルにハイドンの楽譜をこなしていく快感を素直に楽しむ楽章。ふたたび素晴らしい生気。よく聴くと細かいフレーズごとのメリハリやアクセントをかなり巧みにつけているのがわかりますが、小細工のように聴こえるところは皆無。図太いエネルギーに貫かれているせいか、怒濤のように音楽が進みフィニッシュ。
ドラティのハイドンの交響曲はやはり私のオリジンでもあり、これを聴かずにハイドンの交響曲を語ることができない素晴らしいもの。アダム・フィッシャーがハイドンの自然な響きと素朴なフレージングに焦点を合わせたのに対し、ドラティはハイドンの交響曲の楽譜から、その彫刻的な面白さと生気を録音によって際立たせました。まるで普通の大理石彫刻とミケランジェロの彫刻の埋められない差のような度肝を抜く立体感と生気。マリア・テレジアという短い交響曲からですら浮かび上がるハイドンの創意のエネルギー。久しぶりのドラティの演奏はこのアルバムを何度も感動しながら聴いていた遥か昔を思い出させる、素晴らしい時間でした。
実はドラティのハイドンの評価はリストを造り始めた時からあまり変えていませんが、ちゃんとよく聴いて評価をつけ直さなくてはならないと思っています。マリア・テレジアはもちろん[+++++]です。
記事を書いていたら、次の「受難」素晴らしい音楽が流れてきました。惜しいところですが、またの機会にレビューすることに致しましょう。
これから、しばらく、ドラティの交響曲全集の魅力再発見のため、たまにドラティの交響曲をレビューに取り上げていきたいと思います。私はハイドンの交響曲の全集ならば、まずはドラティを薦めます。もちろん今日は「ハイドン入門者向け」タグも進呈。

アンタル・ドラティ指揮、フィルハーモニア・フンガリカの演奏によるハイドンの交響曲全集の分売で48番から59番までを収めた4枚組。今日はこの中から48番「マリア・テレジア」を取り上げます。収録は1971年、ドイツのオランダ国境に近いエッセン近郊の街マルル(Marl)の聖ボニファティウス教会でのセッション録音。
昨日のアダム・フィッシャーと同様、ドラティの交響曲の演奏も当ブログでまだちゃんと取り上げていなかったため、まずは曲を選んできちんとレビューしようとの主旨。ただし、ドラティの交響曲全集からなぜこのアルバムを選んだかと言うと、個人的に思い出深いアルバムということからだけなんです。

写真のシールはウィーン国立歌劇場の建物内のショップ、ARCADIAオペラ・ショップのもの。値段は760ナントカ。当時オーストリアはクローネだったでしょうか。シールの日付は1991年2月19日とあります。これは約20年前の1991年に新婚旅行でウィーンを訪れた際に、ARCADIAオペラ・ショップでお土産に購入したアルバム。当時はドラティの全集はすべて4枚組のセット8組で成り立っていましたが、他は日本でほぼ手に入れ、偶然このアルバムのみ未入手。ARCADIAオペラ・ショップの店頭でこのアルバムを見つけ、荷物になるので国内で買えばいいかと思っていると、収録曲の1曲目が48番「マリア・テレジア」ではありませんか。ウィーンまで来て買うお土産(もちろん自分用!)としては文句なし、ということで買った記憶があります。
ARCADIAオペラ・ショップ
さきほど、アルバムを久しぶりに手にするとシールが残っているのをみつけて、ちょっと懐かしくなっちゃいました。この時はローマ、フィレンツェ、ミラノ、ヴェネチアを経て列車でウィーンに入り、ウィーンではオペラやコンサート、オットー・ワグナーやハンス・ホラインの建築やクリムトの絵などをゆっくり見て回る優雅な旅行でした。今では時間がなかなか取れず、時間をかけた旅行はなかなかできませんね。国立歌劇場ではタンホイザーの今とは違った重厚な演出とウィーン国立歌劇場管弦楽団のここぞというときの爆発を聴いてうっとり。幕間にシャンパンやワインをのみながら至福の時間。ムジークフェラインではアリシア・デ・ラローチャのピアノリサイタルを楽しみました。あれからもう20年、はやいものです。
脱線してすみません。ドラティのハイドンですが、現在は全集のボックスが安く販売されているようですので、昔に比べて手に入れやすくなっていますね。

HMV ONLINE
この箱のデザインのものが現行盤だと思いますが、なぜかHMV ONLINEにあるのは旧デザインの高い方。リンクは旧デザインの方になります。
さて、肝心のマリア・テレジアの演奏。ドラティの特徴である彫りの深いオーケストレイションが痛快。ハイドンの機知をはじけんばかりの生気溢れるオケがぐいぐい弾いていきます。リズムの表現が秀逸でまさに弾むような演奏。マリア・テレジアのハ長調の晴朗な曲想も相俟って、すばらしいキレ。ティンパニがズドンと腹にくる感じも迫力を増しています。
2楽章は冒頭から抑えた弦の可憐なメロディーとホルンの美しい響きが印象的。繰り返しを経て美しさがさらに際立ちます。
3楽章のメヌエットはまさに舞曲のような弾むリズムが心地よい音楽。舞曲の力の抜け加減とアクセントの対比が見事。必要十分というかハイドンの交響曲におけるメヌエットの位置づけを良く踏まえた力加減だと思います。
フィナーレは筋肉質のオケがリズミカルにハイドンの楽譜をこなしていく快感を素直に楽しむ楽章。ふたたび素晴らしい生気。よく聴くと細かいフレーズごとのメリハリやアクセントをかなり巧みにつけているのがわかりますが、小細工のように聴こえるところは皆無。図太いエネルギーに貫かれているせいか、怒濤のように音楽が進みフィニッシュ。
ドラティのハイドンの交響曲はやはり私のオリジンでもあり、これを聴かずにハイドンの交響曲を語ることができない素晴らしいもの。アダム・フィッシャーがハイドンの自然な響きと素朴なフレージングに焦点を合わせたのに対し、ドラティはハイドンの交響曲の楽譜から、その彫刻的な面白さと生気を録音によって際立たせました。まるで普通の大理石彫刻とミケランジェロの彫刻の埋められない差のような度肝を抜く立体感と生気。マリア・テレジアという短い交響曲からですら浮かび上がるハイドンの創意のエネルギー。久しぶりのドラティの演奏はこのアルバムを何度も感動しながら聴いていた遥か昔を思い出させる、素晴らしい時間でした。
実はドラティのハイドンの評価はリストを造り始めた時からあまり変えていませんが、ちゃんとよく聴いて評価をつけ直さなくてはならないと思っています。マリア・テレジアはもちろん[+++++]です。
記事を書いていたら、次の「受難」素晴らしい音楽が流れてきました。惜しいところですが、またの機会にレビューすることに致しましょう。
これから、しばらく、ドラティの交響曲全集の魅力再発見のため、たまにドラティの交響曲をレビューに取り上げていきたいと思います。私はハイドンの交響曲の全集ならば、まずはドラティを薦めます。もちろん今日は「ハイドン入門者向け」タグも進呈。
- 関連記事
-
-
クリスチャン・ヤルヴィの86番
2011/02/07
-
トスカニーニのホルン信号1938年ライヴ
2011/02/02
-
ハルトムート・ヘンヒェンの哲学者
2011/01/26
-
デニス・ラッセル・デイヴィスの火事
2011/01/25
-
アンタル・ドラティのマリア・テレジア
2011/01/24
-
アダム・フィッシャーのマーキュリー、悲しみ、告別
2011/01/23
-
カラヤン/ウィーフィルのロンドン
2011/01/18
-
シュミット=ゲルテンバッハ/ワルシャワ・シンフォニアの悲しみ
2011/01/16
-
シェファード/カンティレーナの交響曲24番、哲学者、アレルヤ
2011/01/15
-