作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

コロリオフのピアノソナタ集-2

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今日は昨日のつづきでコロリオフのピアノソナタ集。

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HMV ONLINEicon / amazon / TOWER RECORDS

昨日の記事はこちら。

ハイドン音盤倉庫:コロリオフのピアノソナタ集

エフゲニー・コロリオフ(Evgeni Koroliov)のピアノによるハイドンのピアノソナタ集。収録曲目はアンダンテと変奏曲(XVII:6)、ピアノソナタ(XVI:11)、ピアノソナタ(XVI:23)、ピアノソナタ(XVI:50)、ピアノソナタ(XVI:20)の5曲。2004年7月12日~14日、10月6日~7日の録音。録音サイトは記載されていません。レーベルはProfil。

昨日はアンダンテと変奏曲のレビューで終わってましたので、今日はピアノソナタ(XVI:11)から。

XVI:11は1950年代とハイドン20歳代の頃の曲。全体で9分弱の小曲。昨日取り上げたアンダンテと変奏の壮大な構成とは異なり、ハイドン初期のシンプルな曲。コロリオフのある意味下心のない虚心坦懐なアプローチによって、曲そのものの魅力が浮かび上がってきます。とくに2楽章のアンダンテは朴訥な歩みをコロリオフのピアノがそのまま表現して、滋味溢れる音楽。3楽章のメヌエットはシンプルながら鮮明な音響によって、面白いメロディーを浮き彫りにしています。

つづくXVI:23はぐっと年代が下って1773年とハイドン41歳の頃の作品。曲想がだいぶ豊かになり、ハイドンらしい機知と響きの変化が感じられるように成熟しています。コロリオフの演奏スタイルは終始一貫して、楽譜をあっさりと、しかし慈しみ深く、ほどほどの力感で、さりげなく弾いていくというもの。曲想が豊かになった分、コロリオフの演奏スタイルがより活きているように感じます。ハイドンのソナタがまさに癒しの音楽として響きます。

そして、このアルバムのハイライトであるXVI:50。こちらは1794年から95年にかけて作曲とハイドン60歳代の作品。構成もダイナミクスも機知も前曲より格段の進化を遂げ、ハイドンのピアノソナタのほぼ最終的な構成にいたったもの。コロリオフのピアノの特徴が少し後退し、力がだいぶ入ってきた感じ。前曲までの諦観というかさとりきった様な演奏から一転、力がだいぶ入って、一般的な演奏に近くなり、1楽章は充実の響き。2楽章のアダージョは、きらめく右手の魅力と、コロリオフのさりげない間が相俟って素晴らしい音楽を奏でます。3楽章はすこし変化の幅を大きくして、遊びの要素が加わったような演奏。

最後はXVI:20、1771年とXVI:23の2年前の作曲。1楽章はこれまでで最も大きなテンポの変化。早めに切り抜けるところと休符の対比を聴かせようという意図が明確に感じられます。相変わらず地味な演奏ですが、そのなかでもキラメキ感をしっかり出そうとしているように聴こえます。私の好きな2楽章は、また枯れた演奏に戻ります。この曲の美しさを十全に表現しているといいたいところですが、すこし枯れすぎてしまって、メロディーラインの美しさを表現しきれていないもどかしさも感じさせてしまっているのが正直なところ。素朴なメロディーの美しさが際立つ演奏もあるんですが、三途の川の彼岸の美しさのような風情。フィナーレはコロリオフスタンダードな演奏。

曲によって、聴かせどころを意識して、メリハリを少し付けているんでしょうか。演奏のムラとも思いにくいのは、曲想にあわせた意図が感じられるため。私が一番気に入ったのは、XVI:23。いちばん何もしていないというか、いちばん無欲に感じる演奏。こちらは[+++++]を進呈。つづいてXVI:50ですが、1楽章のちょっとした力みが惜しいところ。こちらは[++++]、XVI:11とXVI20も[++++]としました。

昨日から聴いてきたコロリオフ、yoshimiさんからもコメントをいただいたとおり、まさにピアノ音楽を聴きこなしてきた方にはデリケートな演奏の妙味を楽しめるアルバムだと思います。

今日は久しぶりに21時頃に帰宅。嫁さんがツブ貝の刺身を買ってきていたので、それをつまみながら日本酒を呑みながらのんびりとブログ執筆。今日は珍しく神奈川の若水純米吟醸。

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やはり、のんびりできるのは良いですね(笑)
明日は何をとりあげましょうか、、、

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2 Comments

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yoshimi

コロリオフのハイドン、面白く聴けました

コロリオフのハイドンは、以前少し聴いたことがあるのですが、すっかり忘れてました。
聴き直すといろいろ感じるものがあって面白いですね。
たぶんハイドンを聴くための回路が、頭の中にできてきたんでしょう。
記事を拝見したおかげで、思い出せて良かったです。どうもありがとうございました。

私が好きな曲のXVI:50とVI:20は、構築性が強く、メリハリも強くて好きなタイプの演奏です。
コロリオフは線に強い人なので、旋律や和声が入り組んだ曲の方が、コロリオフらしい演奏になるようです。XVI:50が良い例でしょうか。肩に力が入っているというよりは、急速系楽章ではこういう弾き方をする人です。
シンプルな曲では、曲想の違いもあるのでしょうが、その弾き方があまり活かせないので、結果的に淡々とした弾き方になっているのかなという気もします。

逆に緩徐楽章になると、時としてかなり深淵な世界に入ってしまうのはバッハと同じ。
”三途の川の彼岸の美しさのような風情”には思わず笑ってしまいましたが、平均律第1巻第4番などの短調のフーガなどはとてもゆったりとしたテンポで、静かに佇む彼岸の世界を垣間見ているようです。

コロリオフはハイドンのソナタ集の第2巻も出してますが、メリハリと躍動感が強くなり(曲にもよりますが)、澄んだ音は輝きが増して、響きと色彩感も多彩になっている感じがします。
こちらは、XVI:34、XVI:52が好きな曲ですが、テンポが速めで、明確な旋律線と強弱のメリハリがあり、ほどよい叙情感と明晰でシャープな感じがして、私の好みのタイプの演奏です。
XVI:44も良い曲ですね。どちらかというと、ハイドンの曲は短調の方が好きかもしれません。
異聴盤もいろいろ聴けば、また印象が変わるかも知れませんが。

コロリオフのバッハはいろいろ出てますが、特に評価が高いと思われるのは「フーガの技法」と「平均律曲集」です。
「フーガの技法」は聴いていないので何とも言えませんが、平均律はコロリオフのバッハがどういうものか、わかりやすいです。
「フーガの技法」の方は、作曲家のリゲティが”もし無人島に何かひとつだけ携えていくことが許されるなら、私はコロリオフのバッハを選ぶ。飢えや渇きによる死を忘れ去るために、私はそれを最後の瞬間まで聴いているだろう。”と絶賛した録音です。
特にお好みの曲がなければ、コロリオフのバッハをお聴きになる場合は、この2つが良いのではないかと思います。

Daisy

Re: コロリオフのハイドン、面白く聴けました

yoshimiさん、こんにちは。いつもコメントありがとうございます。

コロリオフのハイドン、ピアノを聴く楽しみを存分に味わえる、良いアルバムですね。
わたしは、最初のアンダンテと変奏曲を聴いて、コロリオフの淡々と弾く慈しみ深い演奏のスタイルを感じ取ったので、逆にそうゆう演奏を期待してしまっている耳になっちゃったということでしょう。XVI:50、特に1楽章はそれよりも、いわゆる普通の演奏に近いんだと思います。力が入っているというのは相対的なものでしょうね。XVI:20の2楽章はブレンデルやアックスなどのお気に入りの演奏の響きの記憶との比較が記事に影響しています。ある意味、私のこれまでの曲に対する印象や、期待との距離が記事に大きく影響しています。当たり前のこととは思いますが、皆さんそれぞれいろいろな経験や趣向を持っていますので、人の感想や記事はとてもためになります。というか気になります(笑) yoshimiさんの文章を読むと、いろいろ勉強になります。三途の川、渡らないよう気をつけます(笑)

さて、コロリオフのバッハ、平均率から聴いてみようと思います。コロリオフの演奏を聴いてしまうと、やはりバッハを聴きたくなってしまいますね。
コロリオフの演奏を聴いて、思い出したのはレイグラフとピアッツィーニ。レイグラフのハイドンは私のブログのレビュー第1号ですので、なんとなく思い出深くもあります。機会があったら聴いてみてください。

レイグラフ:http://haydnrecarchive.blog130.fc2.com/blog-entry-2.html
ピアッツィーニ:http://haydnrecarchive.blog130.fc2.com/blog-entry-23.html

  • 2011/01/22 (Sat) 13:57
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