作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

【年末企画】ミシェル・コルボのスタバト・マーテル

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今年も早いもので年末に近づいてきました。年末に近づくと日本ではベートーヴェンの第九を聴くのが習慣化し、テレビでも第九を放送するのが当たり前ですね。当ブログでも年末企画を何かしようかと考えていたところ、良いアルバムが見つかりました。

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ミシェル・コルボ(Michel Corboz)指揮のローザンヌ室内管弦楽団とローザンヌ声楽アンサンブルの演奏で、ハイドンの「スタバト・マーテル」。このアルバムを取り上げたのは、最近読み直している中野博詞さんの「ハイドン復活」の末尾にこの曲の音楽的な完成度の高さに関する非常に読み甲斐のある記述を読んで、手元のアルバムからコルボ盤を選んだ次第。

もともと悲しめる聖母に対する祈りを題材とした曲ですが、この曲はハイドン自身が重い病気にかかった際、全快を祈願し、願いが叶えられた暁には聖母を讃えて「スタバト・マーテル」を作曲することを誓い、そして無事回復したことで全力を傾けて作曲したという経緯の曲。ハイドンの純粋な感謝の気持ちに溢れた曲という訳ですね。

作曲はハイドンがエステルハージ家の副楽長から楽長に昇進した1766年の翌年の1767年でハイドン35歳のとき。1766年は、ハイドンが輝かしい傑作の数々で知られるシュトルム・ウント・ドラング期の出発点と位置づけられ、そして最近再評価の著しいハイドンの声楽曲の作曲が本格化する年。聖チェチーリアミサや、オペラ「歌姫」が作曲され、声楽曲の作曲も大きな位置を占めるようになり、そしてこの「スタバト・マーテル」が作曲されるに至ったのです。初演はアイゼンシュタットではなくウィーンの教会行われ、その後パリやロンドンの演奏会でも取り上げられ、ハイドンの時代にはヨーロッパで広く親しまれる曲となったようです。

私自身が感じるのは、ハイドン自身が病から回復した感謝の気持ちから迸る温かな情感と、シュトルム・ウント・ドラング時代に特有なもの悲しい深い情感に覆われた曲調が相俟って、穏やかながら素晴しい曲となっているということです。年末に取り上げるには良い曲なんじゃないかと思ってます。

ソロ陣はソプラノがシェイラ・アームストロング、アルトがアン・マレー、テノールがマーティン・ヒル、バスがフィリップ・ハッテンロッヒャー。録音は1981年9月、スイスのレマン湖畔のローザンヌとモントルーの間にあるヴェヴェイという街のカジノ・デ・ヴェヴェイというところ。セッション録音ですね。

コルボは以前チェチーリアミサを取り上げており、そちらも素晴しい演奏だっただけに記事のリンクを張っておきましょう。

ハイドン音盤倉庫:ミシェル・コルボのチェチーリアミサ

「スタバト・マーテル」の演奏は、コルボらしい安定感抜群で、コーラスとオケの織りなす精妙なメロディーのやり取りを透明感溢れる柔らかい音色で練り上げた絶品の演奏。せっかく中野博詞さんの本を紐解いたので、曲名表記をつけてレビューしていきましょう。

第1曲「悲しみに沈める御母は涙にむせびて」
冒頭から情感ゆたかなゆったりとしたオケ。テノールのヒルの伸びの良い声。先日取り上げた「ラメンタチオーネ」に似たオーボエの旋律が印象的。コルボらしくよくコントロールされた精妙なコーラスが素晴しい盛り上がり。

第2曲「天主の御ひとり子の尊き御母は」
なんという癒しに溢れた響き。ハイドンはマリア様を思い浮かべて曲を作ったのでしょうか。病の淵から垣間見える死への恐怖を乗りこえたときの純粋な感謝の気持ちでしょうか。アルトはコルボの眼鏡にかなう歌手だけあって、ソロも見事。コルボの声楽曲録音はソロも含めて素晴しい一体感のものが多いのは、ソロも含めたコルボのコントロールが効いているからでしょう。

第3曲「キリストの御母ののかく悩み給えるを見て」
場内に響き渡る合唱の波。

第4曲「尊き御母の御子と共にかく苦しみ給えるを見て」
ようやくソプラノ登場。アームストロングはふくよかな声の余韻がとても綺麗な声。声量も大きく張りもあり素晴しい存在感。生で聴きたい人ですね。この曲はソプラノの独壇場。

第5曲「聖母はイエズスが人々の罪のため責められむち打たるるを御給えり」
バスの小曲。ハッテンロッヒャーは高域に輝きがあって音程も歌詞も明瞭。伴奏のオケのヴァイオリンの音階の美しさが華を添えます。

第6曲「聖母はまた最愛の御子が御死苦のうちに捨てられ息絶え給うを眺め給えり」
テノールによる切々としたメロディー。シンプルなメロディーながら美しさが際立ちます。

第7曲「悲しみの泉なる聖母よ」
ふたたびコーラスが主役に。

第8曲「ああ、聖母よ、十字架に釘づけにされ給える御子の傷を」
中盤の聴き所。ソプラノとテノールの2重唱。穏やかな曲調ながら心に響くメロディーの宝庫のような曲。なぜかとても癒される気分になります。

第9曲「命のあらん限り、御身と共に熱き涙を流し」
深く沈んだ序奏から、緊張感が高まります。弦とオーボエによる伴奏に乗って、アルトの魂の乗った歌が始まります。静寂の中で我が心を見つめ直したときの心境を写したような精妙なメロディー。アルトのアン・マレー、最高ですね。とくに音量を抑えたときの声が素晴しい。鳥肌クラスの出来です。

第10曲「処女のうちいともすぐれたる処女」
ソロと合唱によるアンサンブル。全声がからむアンサンブルはおそらくこの曲のみ。ソロのメロディーラインの絡み方が緻密ですね。各声部が重なり合っていく面白さがよくわかります。ときおりコーラスの支えがはいり、曲を盛り上げます。

第11曲「聖なる処女よ割れの地獄の火に焼かれざらんため」
悲壮感溢れる駆け抜けるようなメロディーに乗ってバス歌声が響き渡ります。この曲唯一といっていい激しい曲調の曲。

第12曲「キリストの死によりてわれを守らししめ給え」
テノールによる小曲。最後にソロの聴かせどころがあり、正確な音程を楽しめます。

第13曲 a「肉体は死して朽つるとも」b「天国の栄福をこうむらしめ給え」
終曲。ソプラノ、アルト、合唱による短いaに続いて最後はフーガのような寄せては返すなみのようにグロリアを合唱が繰り返します。最後は場内を包み込むようにオケと合唱のアーメンが響き渡ります。

評価はもちろん[+++++]としました。いつもながらコルボの透明感あふれる自然なコントロールには圧倒されます。穏やかで慈しみ深い音楽の宝庫のようなこの曲を、音楽に真剣に向き合う隙のない厳しさと、人間のぬくもりが両立した素晴しい演奏で盛り上げます。

今日は今年の垢をこの純粋無垢な演奏を聴いて落としたいと思います。まだまだ、落とさねばならない垢もたくさんあります(笑)。惑わなくなったんですが、五十前なので天命はまだわかりません。いつになったら純粋無垢な心情になれるのでしょうか。

しばらく、年末企画として何となく年の瀬に相応しいと勝手に私が思ったアルバムを取り上げることにします。
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