作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

シャーンドル・ヴェーグの時計、102番ライヴ

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先日につづきシャーンドル・ヴェーグの交響曲集。

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木曜に取り上げた103番「太鼓連打」と104番「ロンドン」を聴いて、ヴェーグの引き締まった演奏がもう少し聴いてみたくなった次第。今日は前記事と同様、ヴェーグとカメラータ・アカデミカ・ザルツブルクの演奏でハイドンの交響曲101番「時計」と102番。録音は「時計」が1994年8月25日、102番が1994年8月23日のザルツブルク音楽祭のコンサートのライヴ収録です。

シリーズものなので、早速レビューに。「時計」から。

「時計」は昨日取り上げた「ロンドン」のちょうど1週間後の録音。音響的は「ロンドン」と「太鼓連打」の中間のような印象で、デッドな音響空間にタイトなオーケストラの響き。序奏から緊張感溢れる小節をきっちり利かせたフレージング。ヴァイオリンの音はちょっと濁り気味で、明らかに聴こえるミスがいくつかあります。少ない人数で演奏するリスクでしょうか。そういったミスも畳み掛ける迫力で吹き飛ばしてしまいます。
2楽章はゆっくり気味にはじまりますが、普通のテンポの範疇。適度なメリハリをつけながら、適度に美しい演奏。小規模オケの魅力を楽しめる部分。音量を上げる展開部も平常心を保ちながら落ち着いて進めます。長い休符を経て押さえた部分と、再び力を込めた部分との対比も鮮明です。
3楽章のメヌエットはヴェーグのコントロールが最も曲調にマッチしてる楽章。音量や厚みというよりフレージングで醸し出される迫力で聴かせるというヴェーグならではのコントロール。
そしてフィナーレ。序奏は爆発を予感させる抑制。途中からフルスロットルになり、弦楽器のメリハリをつけまくったボウイングが殺気すら感じさせる迫力。途中から畳み掛けまくってパンチアウト。盛大な拍手とブラヴォーに迎えられて終了。

続いて102番。こちらは「時計」の2日前のコンサート。流石に音響とオケのコンディションは非常に良く似ています。ヴァイオリンのちょっとした濁りは「時計」とも「ロンドン」とも共通。ただ、緊張感というか気合いの漲り具合はこちらの方が上と聴きました。おそらく102番の曲調のせいでしょう、序奏から中間部にかけて、徐々に力感が増していく推移が手に汗握る感じです。こちらの方はミスもなく素晴しい演奏ですね。
2楽章はゆっくり目ですが、こちらも普通のテンポの範囲。間を長めにとりながらフレーズを刻み、深い深い呼吸で美しいメロディーを噛み締めながら描きます。先日の「太鼓連打」ではちょっと遅すぎて曲想を維持できていなかったんですが、こちらは見事。楽章の本質をついた素晴しい表現。最後の和音の美しい余韻にうっとり。
3楽章のメヌエット。頭の中でキレまくっている弦のボウイングを想像しながら聴きます。アクセントに変化をもたせて新鮮な響きに。中間部の木管の柔らかいフレージングが前後の厳しい弦との対比で癒しの時間を提供。
フィナーレは期待通り、ヴェーグの演奏の神髄に迫る演奏。すばらしい推進力、オケ全員のフォーカスがぴたりと一致して、ハイドンの天才的な楽想を怒濤の勢いで演奏。音量と言う意味では迫力に限界はありますが、演奏の迫力は素晴しいの一言。

いやいや、本当に生で聴きたかった人ですね。評価は「時計」が[++++]、102番は[+++++]です。私自身102番は好きな曲ですが、大規模オケでの素晴しい盛り上がりも良いものですが、この演奏は102番の音楽をエッセンスが凝縮されたような素晴しい表現。オルフェウス室内管や先日「朝」、「昼」、「晩」を取り上げたセント・ルークス室内アンサンブルのような音符に忠実な精度、解像度の高い演奏とは全く異なる方向の演奏で、かなり灰汁の強い演奏ですが、こちらもイドンの交響曲の演奏としての素晴らしさは負けていませんね。

ずいぶん昔に手に入れた(おそらく10年以上前)ので、別のラックにホコリをかぶって保管してありましたが、ホコリまみれにしたことを詫びるべき良いアルバムです。

こうなると、初期の交響曲を含む1枚もレビューするべきでしょうね。しばらくしたら取り上げますのでお楽しみに(笑)
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