ピノック/イングリッシュ・コンサートの朝、昼、晩
今日は私がハイドンに興味をもつきっかけとなったアルバム。トレヴァー・ピノック(Trevor Pinnock)の指揮によるイングリッシュ・コンサートのハイドンの交響曲6番「朝」、7番「昼」、8番「晩」の3曲。録音は1986年9月、ロンドンのヘンリーウッドホールでのセッション録音です。

こちらが手元にあるアルバム。ARCHIV独特のデザイン。

HMV ONLINE
こちらは現役盤。ピノックがARCHIVに録音した交響曲6枚分19曲をボックス化したもの。安くなって求めやすくなったんですが、アルバム一枚一枚の風情がちょっと失われてしまった感じもします。
今日、「朝」、「昼」、「晩」を取り上げたのには理由があります。今週末の日曜日にカンブルランと読売日響によるコンサートがサントリーホールであり、プログラムがちょうど「朝」、「昼」、「晩」とストラヴィンスキーの火の鳥(1910年版)ということで、予習(笑)をしておこうとの殊勝な心がけ。
読売日響:第532回名曲シリーズ
カンブルランのコンサートは2回ほど足を運んでいて、そのレポートは下記に貼っておきますがが、なかなか盛り上げるのが巧い人との印象。
ハイドン音盤倉庫:カンブルランのハルサイ爆演
ハイドン音盤倉庫:カンブルランのデュティユー
カンブルランのハイドンの実演ははじめてですが、先日のモーツァルトのジュピターの素晴しい演奏がありましたので、結構期待しています。
さて、「朝」、「昼」、「晩」のおさらいをしておくと、これらの一連の交響曲はハイドンがエステルハージ家の副楽長に就任した1761年頃に作曲されたもので、曲自体明らかに標題的な意図をもって作曲されたものであり、こうした交響曲はこの3曲のみとのこと。おそらくエステルハージ侯自身の示唆によって生まれたものとハイドンの伝記作家のポールは述べています。
さてさて、肝心のピノックの演奏。昔は結構聴いたんですが、久しぶりに取り出してみました。最近いろいろ良い演奏に肥えてきた耳にはどう聴こえるのでしょうか。
まずは「朝」。朝霧の中から日が昇るような情景描写。まずはピノック独特のシャリシャリするような古楽器のオケの音色が懐かしいですね。弦楽器とチェンバロによる直接音重視の音。キリッとしたテンポで推進力重視な展開で始まります。旋律の流れよりもリズムの刻みに重点が置かれた展開ですね。
2楽章のアダージョはゆったりすると言うよりは、規則正しさと規律をたもつことに主眼がおかれている模様。良く聴くとチェロのメロディーラインにもずいぶんと工夫が凝らされていることがわかります。2楽章最後の音を殺した極端に押さえた部分は非常に印象的な響き。
3楽章のメヌエット、木管楽器のメロディが非常に美しい。一人一人のテクニックは素晴しいですね。
そしてフィナーレ。さほどスピードを上げずにじっくり楽章を描こうと言う方針のようですね。気になるのは終楽章になってリズムが若干重くなってしまうこと。表現上の必然性について終楽章のみじっくりと言うことはないと思いますので、ちょっと惜しいところ。
続いて「昼」。昼の出だしを聴くと、朝のフィナーレのピノックの意図が少々つかめた気に。3部作ゆえ、朝の終楽章と昼の1楽章の不思議な連続感があります。このような感覚をもったのは私だけでしょうか。昼の1楽章は複雑にメロディーラインが絡み合う技巧を尽くしたもの。曲想にピノックのコントロールが合っているようで、朝よりも説得力があるように聴こえます。
2楽章と3楽章は一緒のトラック。最初はヴァイオリンのソロが大活躍。解説書によると2楽章は3楽章へのレシタティーヴォともとれる位置づけの曲とのこと。なるほど納得の曲想です。3楽章はアダージョは美しいメロディー。
4楽章はメヌエット。途中独奏コントラバスにホルンが静かにあわせる、静寂を生かしたメヌエット。そして5楽章がフィナーレ。今度はスピードを落とさずにフィナーレらしい勢いをもって進めます。
最後は「晩」。前2曲よりもリラックス度とキレが良くなり、演奏の表現の幅もひろがっているように聴こえます。ホルンの軽やかな音色や弦楽器のまとまり、そして休符の効果的なタイミングなど、いい感じ。
2楽章はこのアルバムの白眉と言えるトラック。何度聴いても素晴しい詩情。切々と刻むヴァイオリンの美しい音色とチェンバロの雅な響き。この響きは実演ではどう聴こえるんでしょうか。
そして3楽章のメヌエット、軽やかで郷愁に満ちたメロディー。転調と静寂の表現が表現を深めていますね。
フィナーレは「嵐」と名付けられたもの。これは名曲コミカルなメロディーによってさっと過ぎてゆく嵐を表現したのでしょうか。晩の完成度はやはり前2曲より上ですね。
評価は朝が[+++]、昼が[++++]、晩が[+++++]としました。ハイドンを聴き始めた頃に感じた、古楽器の古雅な音色自体に感じた憧憬、ほの暗いハイドンの曲想、そしてピノックのキビキビしたテンポ感など感覚的に演奏の魅力を感じていたのも正直なところ。今回あらためて聴き直して、曲想を表現するコンセプトや、純粋にテンポのキレ、個性などを多くの他の演奏と聴き比べてみると、評価は見直さなくてはならないところも出てきました。朝は1ランク下げました。
数多の演奏の歴史のパースペクティブの中でも、古楽器の演奏のパイオニアと言う位置づけには変わりない演奏ですし、個人の体験の中ではある種の懐かしさを感じる大切な演奏であることにも変わりません。おそらく私に近い年齢で古典派の曲を愛する方にも同様の感情を持たれる方も少なくないのではないかと想像しています。

こちらが手元にあるアルバム。ARCHIV独特のデザイン。

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こちらは現役盤。ピノックがARCHIVに録音した交響曲6枚分19曲をボックス化したもの。安くなって求めやすくなったんですが、アルバム一枚一枚の風情がちょっと失われてしまった感じもします。
今日、「朝」、「昼」、「晩」を取り上げたのには理由があります。今週末の日曜日にカンブルランと読売日響によるコンサートがサントリーホールであり、プログラムがちょうど「朝」、「昼」、「晩」とストラヴィンスキーの火の鳥(1910年版)ということで、予習(笑)をしておこうとの殊勝な心がけ。
読売日響:第532回名曲シリーズ
カンブルランのコンサートは2回ほど足を運んでいて、そのレポートは下記に貼っておきますがが、なかなか盛り上げるのが巧い人との印象。
ハイドン音盤倉庫:カンブルランのハルサイ爆演
ハイドン音盤倉庫:カンブルランのデュティユー
カンブルランのハイドンの実演ははじめてですが、先日のモーツァルトのジュピターの素晴しい演奏がありましたので、結構期待しています。
さて、「朝」、「昼」、「晩」のおさらいをしておくと、これらの一連の交響曲はハイドンがエステルハージ家の副楽長に就任した1761年頃に作曲されたもので、曲自体明らかに標題的な意図をもって作曲されたものであり、こうした交響曲はこの3曲のみとのこと。おそらくエステルハージ侯自身の示唆によって生まれたものとハイドンの伝記作家のポールは述べています。
さてさて、肝心のピノックの演奏。昔は結構聴いたんですが、久しぶりに取り出してみました。最近いろいろ良い演奏に肥えてきた耳にはどう聴こえるのでしょうか。
まずは「朝」。朝霧の中から日が昇るような情景描写。まずはピノック独特のシャリシャリするような古楽器のオケの音色が懐かしいですね。弦楽器とチェンバロによる直接音重視の音。キリッとしたテンポで推進力重視な展開で始まります。旋律の流れよりもリズムの刻みに重点が置かれた展開ですね。
2楽章のアダージョはゆったりすると言うよりは、規則正しさと規律をたもつことに主眼がおかれている模様。良く聴くとチェロのメロディーラインにもずいぶんと工夫が凝らされていることがわかります。2楽章最後の音を殺した極端に押さえた部分は非常に印象的な響き。
3楽章のメヌエット、木管楽器のメロディが非常に美しい。一人一人のテクニックは素晴しいですね。
そしてフィナーレ。さほどスピードを上げずにじっくり楽章を描こうと言う方針のようですね。気になるのは終楽章になってリズムが若干重くなってしまうこと。表現上の必然性について終楽章のみじっくりと言うことはないと思いますので、ちょっと惜しいところ。
続いて「昼」。昼の出だしを聴くと、朝のフィナーレのピノックの意図が少々つかめた気に。3部作ゆえ、朝の終楽章と昼の1楽章の不思議な連続感があります。このような感覚をもったのは私だけでしょうか。昼の1楽章は複雑にメロディーラインが絡み合う技巧を尽くしたもの。曲想にピノックのコントロールが合っているようで、朝よりも説得力があるように聴こえます。
2楽章と3楽章は一緒のトラック。最初はヴァイオリンのソロが大活躍。解説書によると2楽章は3楽章へのレシタティーヴォともとれる位置づけの曲とのこと。なるほど納得の曲想です。3楽章はアダージョは美しいメロディー。
4楽章はメヌエット。途中独奏コントラバスにホルンが静かにあわせる、静寂を生かしたメヌエット。そして5楽章がフィナーレ。今度はスピードを落とさずにフィナーレらしい勢いをもって進めます。
最後は「晩」。前2曲よりもリラックス度とキレが良くなり、演奏の表現の幅もひろがっているように聴こえます。ホルンの軽やかな音色や弦楽器のまとまり、そして休符の効果的なタイミングなど、いい感じ。
2楽章はこのアルバムの白眉と言えるトラック。何度聴いても素晴しい詩情。切々と刻むヴァイオリンの美しい音色とチェンバロの雅な響き。この響きは実演ではどう聴こえるんでしょうか。
そして3楽章のメヌエット、軽やかで郷愁に満ちたメロディー。転調と静寂の表現が表現を深めていますね。
フィナーレは「嵐」と名付けられたもの。これは名曲コミカルなメロディーによってさっと過ぎてゆく嵐を表現したのでしょうか。晩の完成度はやはり前2曲より上ですね。
評価は朝が[+++]、昼が[++++]、晩が[+++++]としました。ハイドンを聴き始めた頃に感じた、古楽器の古雅な音色自体に感じた憧憬、ほの暗いハイドンの曲想、そしてピノックのキビキビしたテンポ感など感覚的に演奏の魅力を感じていたのも正直なところ。今回あらためて聴き直して、曲想を表現するコンセプトや、純粋にテンポのキレ、個性などを多くの他の演奏と聴き比べてみると、評価は見直さなくてはならないところも出てきました。朝は1ランク下げました。
数多の演奏の歴史のパースペクティブの中でも、古楽器の演奏のパイオニアと言う位置づけには変わりない演奏ですし、個人の体験の中ではある種の懐かしさを感じる大切な演奏であることにも変わりません。おそらく私に近い年齢で古典派の曲を愛する方にも同様の感情を持たれる方も少なくないのではないかと想像しています。
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