作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

怪演! ミハイル・プレトニョフのピアノ協奏曲集

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今日の2組目はプレトニョフのピアノ協奏曲とソナタ集。

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演奏はミハイル・プレトニョフ(Mikhail Pletnev)のピアノと指揮、ドイツ室内管弦楽団(Deutsche Kammerphilharmonie)。アルバムにはピアノ協奏曲3曲(CD1)とピアノソナタなど(CD2)が含まれていますが、今日はピアノ協奏曲の演奏を取り上げます。録音は1995年4月3、4日にハノーヴァーのNDRの放送大ホールでの収録。

プレトニョフは1957年生まれのロシアのピアニスト、指揮者。最近はDeutsche Grammophoneの専属となっているようですが、HMV ONLINEでは今日時点で”pletnev”の検索で95組のアルバムがヒットし、そのうち25組がチャイコフスキーということで、やはりロシアものが得意のよう。つづくのがベートーヴェンの16組ということで正統派でもあり、最近はベートーヴェンの交響曲全集を指揮者としてリリースするなど指揮者としての活動も活発になっているようですね。

ハイドンの録音はこのアルバムに含まれる曲のみが現在リリースされているのみで、これがハイドンの録音のすべてかも知れません。

演奏は、非常にコンセプチュアルなものですね。とりあえずハイドンの協奏曲の演奏の中では変わり種という範疇でしょう。

最初のピアノ協奏曲XVIII:4。この曲の作曲は1768年頃とされていますが、正確なところはわからないとのこと。ハイドンは1766年にそれまでの楽長ヴェルナーの死によって34歳でエステルハージ家の楽長に就任して、益々仕事が充実し始めた年。若いハイドンが手がけた協奏曲という位置づけ。
演奏は、遅めのテンポかつ、力を相当抜きつつ、そしてリズムのメリハリをしっかりつけて、生気と推進力というより、非常に冷静にとらえて俯瞰的な視点でとらえた始まり。ピアノは音を短く切って点描ののような音の配置の仕方。この曲の1楽章のリズムはいきなり快速な展開とはなりにくいものの、かなり極端な解釈でしょう。実はこの姿勢はこの曲のみならず、プレトニョフのハイドンの協奏曲全体に共通する基調となっています。ハイドンのピアノ協奏曲を現代楽器で演奏する場合、もう少し流麗な展開となるのが一般的なところでしょうが、ここにはソロも指揮も担当するプレトニョフの意思が働いているのは確実でしょう。ハイドンの協奏曲としてどうこうというより、協奏曲の演奏のスタイルとして成り立つかということでしょう。ハイドンが作曲した時代背景などとは離れて、純粋に音楽としてみると、プレトニョフのアプローチは有りでしょう。
2楽章は、1楽章につづき、じっくりとしたアプローチで、まるでショパンの協奏曲のような展開。詩情があふれたいい演奏。左手の音階をかなり極端なスタッカートで刻むのが斬新。カデンツァはプレトニョフによるものですが、とてもハイドンの時代の曲とは思えないロマンチックなもの。気に入らないということではなく、むしろ素晴しいカデンツァといえるでしょう。
3楽章も最初のリズムから非常に冷静な展開。音楽が熱くならず常に冷静な視点からコントロールされている感じですね。ピアノもオケも非常に繊細なコントロールで、演奏の質は非常に高いんですが、静寂と間を生かした展開ゆえ、ハイドンの協奏曲の3楽章としては異例のスタティックな印象ですね。非常に個性的な演奏と言えるでしょう。

次がピアノ協奏曲XVIII:7。この曲は偽作との指摘もある曲。作曲は1766年頃ですが真偽のほどは定かではありません。前曲と同様のアプローチゆえ、いきなり耳が分析的な聴き方になってしまいます。ハイドンの曲の見事な展開を追うというよりはリズムをとりながら設計図を見るような印象。1楽章から神経を鋭敏に張り巡らせて、ピアノタッチとオケの微妙な音量コントロールと節目をクッキリさせるテンポ感の展開にシナプスからアドレナリンが伝達する様子をCGで眺めるような演奏。意味不明ですいません(笑)。音量を抑えて理性的に進める展開に慣れて、聴いているうちに快感に溺れてきました。これはなかなかの演奏ですね。
2楽章は前曲同様、ショパン。音楽的な展開はクレメンス・クラウスの天体の音楽のような、大きく揺るぎない素朴さのような音楽。
3楽章の出だしは見事。音符のリズムの本質をえぐるような曲想を、7分の力で描くような展開。グールドから灰汁と強さとうなり声を取り除いたような清透な個性。

最後が最も有名なピアノ協奏曲XVIII:11。ちょっと安心したのがこの曲の神髄といえる快速な推進力は感じられること。ただ、透徹したコントロールは健在ですね。このアルバムの中ではもっとも標準的なピアニズムを感じられる演奏。おそらく、先人の多くの演奏が耳に残って、個性的なアプローチ、創意の入り込む余地を縮めたのではないかと想像しています。1楽章は前2曲とは異なり、個性は弱い方ですね。
2楽章は逆に、純粋に曲の美しさを究極まで洗練させたような演奏。これは名演ですね。ピアノの右手の紡ぎ出すメロディーがダイヤモンドのごとき輝きをはなって、美しさを極めます。グルダとアバドによるモーツァルトの21番の2楽章を思い起こさせます。カデンツァは至福の瞬間の連続。絶品ですね。
3楽章は再び、洗練されたコントロールによるピアニズム。ハイドンのピアノ協奏曲のフィナーレの魅力の総決算のような演奏。途中からはっきりギアチェンジしてテンポを上げたり、オケとの掛け合いの空気感の巧みな演出があったり、表現の限りを尽くした演出で楽しめます。

評価はXVIII:4が[++++]、XVIII:7とXVIII:11が[+++++]としました。

これまでプレトニョフに特に注目してきたことはありませんでしたが、この人は要注目ですね。現代の演奏家のなかでは強い個性、それも音楽的には非常に洗練された個性の持ち主とみました。ハイドンの録音がこのアルバム限りということは寂しい限りですね。もっと注目されていいい人ではないかと思います。
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