作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

カーシュバウム/ズーカーマンのチェロ協奏曲2番

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昨夜は会社の飲み会で更新できず、1日からいきなりブログカレンダーに穴開けちゃいました(笑) 気をとりなおして10月最初のレビューはチェロ協奏曲などを収めたアルバム。

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ピンカス・ズーカーマンが指揮するイギリス室内管弦楽団によるハイドンの協奏曲、交響曲をまとめたアルバム。収録曲目は協奏交響曲、交響曲6番「朝」、チェロ協奏曲2番の3曲。収録は1993年の9月にロンドンのヘンリー・ウッドホールでのセッション録音。チェロ協奏曲のソロはラルフ・カーシュバウム(Ralph Kirshbaum)。

ズーカーマンは、今回取り上げるのに調べてみると、ヴァイオリニストとしてではなく指揮者としても多くのアルバムがリリースされています。ヴァイオリニストのイメージが強かったので、指揮者としての腕力がいかほどかが聴き所でしょうか。
チェロのカーシュバウムは、1946年生まれのアメリカ生まれのチェリスト。ネットを調べるとオフィシャルページがありますが、そのページはニューヨークにあるマネージメントオフィスのページ。しかもその社名はKirshbaum Demler & Assoc.ということで、カーシュバウムがその社長かと思いきや、1980年にカーシュバウム女史が創立との記載。奥さんなのか親戚なのか、無関係なのかはわかりません。

Kirshbaum Demler & Assoc.

このマネージメントオフィスにはカーシュバウムの他ズーカーマン、アンドラーシュ・シフ、モザイク四重奏団などの有名どころが所属し、ヴァイオリニストのムターやエマーソン四重奏団の広報を担当するなど、かなり力のあるところのようですね。

これまでズーカーマン名はもちろん知っていましたが、ズーカーマンの演奏に特に目をとめることもありませんでした。実はこのアルバムを聴いて、ヴァイオリニストとしても、そして指揮者としても、その素晴しい実力を知った次第です。決して派手な存在でもないのに、多くのレーベルから多くのアルバムがリリースされてきた理由がよくわかりました。

まずは、このアルバムの最後に収められたチェロ協奏曲2番。春の微風がごとき柔らかいオーケストラによる導入部。弦楽器奏者のコントロールらしい弦の自然なフレージング。オーケストラの自然な美しさが際立ちます。チェロは音階にわりとと特徴のあるエッジをつけメリハリをよく弾く感じ。オケとの息はぴったり合っていて、音色も生成りのサラシのような木質感のあるもの。名人芸で聴かせるようなタイプではなくオーソドックスなタイプですが、チェロの響きの魅力のツボを押さえていて、その変化で響きを創っていくような音楽ですね。これまでブログで取り上げた中ではペレーニに比較的近いでしょうか。カデンツァはモーリス・ジャンドロン作との記載。カデンツァまでのオーソドックスな流れからぐっと集中力が高まり自在なチェロの響きで圧倒。これは素晴しい。
2楽章は素手で触れるのがはばかられる宝石のような、純粋無垢な至高の輝き。完璧にリラックスしたオケの演奏とそれに乗ったチェロの自在な演奏。自然で素朴な演奏ながらよく聴くと彫りが深く、圧倒的な存在感。
3楽章はチェロもオケもザラっとした感触を強調して、郷愁を感じる素晴しいメロディーを奏でます。チェロはフレージングのメリハリが一層鮮明になりオケとの掛け合いに応じ、重音を多用した部分でも難なく切り抜け、最後はこの曲最高の盛り上がり。
実力者による地味ながら素晴しい仕上がりですね。

1曲目は協奏交響曲。ソロ陣は、もちろんヴァイオリンのソロはズーカーマン自身、チェロはカーシュバウム、そしてオーボエがゴードン・ハント(Gordon Hunt)、バスーンがロビン・オニール(Robin O'Neill)の組み合わせ。この曲もチェロ協奏曲のオーケストラ同様、非常に自然なオーケストラの響きが心地よい演奏。冒頭から加わるソロ楽器も名手ぞろいだけあって、音階のバトンタッチまでふくめて見事な一体感。個性を出しにくい曲だけに、オケやソロのキビキビ感、つながりの良さ、生気など基本的な音楽性というところがこの曲の見極めどころです。そういった意味で、この演奏は非常にいい出来ということができるでしょう。3楽章を通して緊張感が持続して、この今日の代表的な演奏と言えるような出来と言っていいでしょう。

最後は2曲目に配された交響曲6番「朝」。おそらくこのアルバムに選曲されたのはソロ楽器の活躍の機会が多いからだと思われます。手元の解説書(作曲家別名曲開設ライブラリー26 ハイドン)を引用してみましょう。

<朝・昼・晩>の三部作は今日一般に交響曲と呼ばれているが、独奏楽器を多用する楽器編成とオーケストレーションは、コンチェルト・グロッソに近く、管楽器を独奏楽器として愛用する書法や楽器構成などは、ディヴェルティメントに通じる。 (中略) 三部作が交響曲として分類されるに至った原因は1805年にハイドンの写譜家エルスラーによって作成された「ハイドン目録」に交響曲として記載されたされたためだろう。

演奏は冒頭からやはり自然なオーケストラの響きの美しさが際立ついい演奏。全楽章素晴しい、とい言いたいところですが、終楽章のリズムがなぜか重く、曲がちょっと締まりません。曲自体もそう感じさせるところがないでもありませんが、3楽章までの快活ぶりから、ちょっとテンションと集中力が下がってしまった印象。別テイクへの差し替えなどに伴うものでしょうか。

評価はチェロ協奏曲2番と協奏交響曲が[+++++]、交響曲6番「朝」が[++++]としました。

ズーカーマンのハイドンは、入手盤の中にも先日取り上げたDeutsche Grammophonのフルニエのチェロ協奏曲盤にもロサンジェルス・フィルを振って、自らヴァイオリンを弾いたヴァイオリン協奏曲が含まれていますが、あまりちゃんと聴いていません。折りをみて聴き直してみたいと思ってます。また、未入手盤では本盤と同じくRCAからヴァイオリン協奏曲と交響曲22番「哲学者」などを含むアルバムがリリースされていますので、入手候補盤リストにいれておくことにしましょう。
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