作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

トレヴァー・ピノックのモーツァルト「レクイエム」(紀尾井ホール)

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2月8日(土)は、私がハイドンにのめり込むきっかけとなったトレヴァー・ピノックのコンサートへ。

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紀尾井ホール:紀尾井ホール開館25周年記念演奏会 紀尾井ホール室内管弦楽団 トレヴァー・ピノックのモーツァルト「レクイエム」

古楽器による演奏の開拓者の一人であるトレヴァー・ピノック。これまで何度か書いてきましたが、私がハイドンの魅力に開眼したのは、何を隠そう、トレヴァー・ピノックと主兵イングリッシュ・コンサートのシュトルム・ウント・ドラング期の交響曲集を聴いてのこと。ARCHIVからリリースされていた交響曲集ですね。1991年のモーツァルト没後200年のアニヴァーサリー前後はかなりモーツァルトに入れ込んでいたんですが、ちょっと飽きるようになってきたときに出会ったピノックのハイドン。仄暗さを伴いながらも、力強さと鋭さをもち、目眩くように展開する面白さ。あの時の新鮮な驚きは今でも鮮明に覚えています。リリースされる度に7枚全てを手に入れハイドンの魅力にどっぷりとハマったわけです。

2014/12/14 : ハイドン–交響曲 : 【ブログ開設5周年記念】ピノック/イングリッシュ・コンサートによる交響曲集(ハイドン)

私にとってのハイドンの原点となった、そのトレヴァー・ピノックが来日し、モーツァルトを振るコンサートの存在を知り、チケットをとった次第。もちろん、ピノックの実演を聴くのははじめてです。この日のプログラムは以下のとおり。

モーツァルト:交響曲40番(K.550)
モーツァルト:アヴェ・ヴェルム・コルプス(K.618)
(休憩)
モーツァルト:レクイエム(K.626)

トレヴァー・ピノック(Trever Pinnock)指揮
紀尾井ホール室内管弦楽団(Kioi Hall Chamber Orchestra Tokyo)
紀尾井ホール室内合唱団(Kioi Hall Chamber Chorus)
ソプラノ:望月万里亜(Maria Mochizuki)
アルト:青木洋也(Hiroya Aoki)
テノール:中嶋克彦(Katsuhiko Nakajima)
バス:山本悠尋(Yukihiro Yamamoto)

プログラムによると、ピノックが紀尾井ホール室内管に客演するのは4年ぶりで、なんとこれが5回目。過去にはハイドンも振ったとのこと。私の情報感度が低かったわけですね(涙)



さて、いつも通り開場時間に紀尾井ホールに着きますが、ホール前には長蛇の列。このホール、開場時間が遅れたりすることもしばしばで、いつ行ってもホール前で待たされます。しかもスロープにお客さんを並ばせるので、車椅子の方がいてもスロープが役に立ちません。せっかくいいコンサートなので、いつもながらの運営面の段取りの悪さ、なんとかならないものでしょうか。

この日の席は2階席の右手。ちょうどオケを右上から見下ろすお気に入りの席。オケの上手側の視野は見切れてしまうものの、指揮者が指示が鮮明に見える上音も悪くありません。流石に名匠ピノックということでホールは満席でした。

1曲目の40番は私のピノックのイメージ通り、疾走するモーツァルト。紀尾井ホール室内管は古楽器ではありませんが、音色は少々違うものの、イングリッシュ・コンサートとの演奏と同様、ピノックらしいキビキビとした速めのテンポでカッチリとした響き。爽快と言うより、エネルギッシュという印象。強奏での張りの強い響きはやはりピノック。そして隙のない充実した構成感もピノックならでは。2楽章のアンダンテの速目のテンポ、3楽章のメヌエットのざっくりした肌合い、そして畳み掛けるようなフィナーレの追い込み。全てがピノック! オケもピノックのかなり丁寧な指示にしっかり応えて万全の出来。最初から登壇していたコーラスのメンバーも眼前で奏でられる素晴らしい演奏に酔いしれているようでした。もちろん1曲目から万雷の拍手に包まれました。

2曲目はアヴェ・ヴェルム・コルプス。オケはそのままで、弦とオルガン、コーラスのみでの演奏。一転して極度に抑えてゆったりと伴奏する弦に美しいコーラスがメロディーを重ねていきます。コーラスの透明感は見事なもの。実は休憩後に気づいたのですが、コーラスの中に後半のレクイエムでソロを歌う歌手が入って一緒に歌っていたんですね。歌手を合わせてコーラスは28人と小規模な上に、各パートの歌手がリード役となっての艶やかさだったのだろうと後で思った次第。短い曲ですがこの曲の奇跡的な美しさに打たれます。ハイドンが到達できなかった純粋無垢な至高の高みを見た気分。

休憩後はメインディッシュのレクイエム。ピノックが選んだのはお馴染みのジェスマイヤー版。休憩前は暗譜でしたが、レクイエムでは譜面台に楽譜を置いての指揮。前半での万全の出来に大きく期待が膨らんでのレクイエム。イントロトゥスからオケとコーラスのエネルギーに満ちた素晴らしい響きに打たれます。ソプラノの声が聞こえた時に姿が見えないので、死角となるステージ上手側にソロ歌手が立っているのかと思いきや、コーラス席中央にソプラノ歌手がコーラス同様の黒い衣装で立っていることがわかりました。つまりソロ歌手はソロ以外のコーラス部分も歌っているわけです。このような配置は私ははじめて。レクイエムではこれが慣例なのでしょうか。曲間も短くテンポよく音楽が繋がります。続くキリエのコーラスが波のように押し寄せる迫力、怒りの日の鋭いアタックの連続、トゥーバ・ミルムのトロンボーンソロの妙技と次々と歌いつないでいく歌手の美しい美しい声と聴きどころを抑えた進行。歌手はアルトが男性ですが皆安定感十分、ソプラノの望月さんははじめてでしたが、表情豊かで伸びやかな美声。この後もレコルダーレでも4人の歌手はメロディーの美しさをクッキリと浮かび上がらせる見事なアンサンブル。もちろん予想通りのピノックらしいリズムのキレと素晴らしいエネルギーに満ちた演奏に聴き惚れるひととき。紀尾井ホール室内管は名主揃いゆえオケの各パートのバランスや安定度も文句なし。そしてコーラスも少人数ながら声量と透明度は見事。美しいベネディクトゥス、暗澹たる情景が広がるアニュス・デイと続き、最後の曲コンムニオで出だしのメロディーに戻ります。終曲の最後の一音の余韻をピノックがスッと止めてからしばらく心地よい静寂が続き手を下ろすと暖かい拍手が降り注ぎました。ピノックも歌手やコーラス、オケの快心の演奏に満足したようで、歌手やトロンボーン奏者をはじめとしたオケのメンバーを讃えていました。ただ、最後の静寂に対し、ホールの空調の暗騒音がかなり大きめ。音楽専用ホールとしてはちょっといただけませんね。

私自身、録音ではピノックの演奏はハイドンをはじめとしてバッハやヘンデル、モーツァルトまでかなりの枚数を聴いています。録音でのでピノックのキビキビとキレのいい演奏に馴染んでいたせいか、このコンサートの演奏は実に自然に耳に入り、録音通りの勅裁で正攻法の畳み掛けるような迫力ある演奏と、録音では味わえない実演ならではのエネルギー感、そして録音以上に精緻な素晴らしい実演に接して、最後まで存分に楽しめました。これぞピノック。なぜか終演後に妙に懐かしい気分にさせられましたね。やはりピノックはいいですね。

ピノックは私をハイドンの素晴らしい世界に導いてくれた大切な人。そのピノックもはや74歳。プレヴィンやヤンソンスなど素晴らしい演奏を楽しませてくれた音楽家が次々と鬼籍に入りました。そしてネッロ・サンティまで、、、次も必ず聴くことができるとは限りませんが、是非また来日して欲しいですね。次はハイドンを期待しちゃいます。



ちなみにこの日の開演は14:00ということで、ちょっと早めにホール前に到着して、すぐ向かいのニュー・オータニのアーケード街を入って右手にある馴染みのお店でお昼をいただきました。

IMG_1852.jpeg
食べログ:ふみぜん

前々職で赤坂見附に勤めていた頃に良くきていたお店。紀尾井ホールのコンサートの時には寄ろうと思っていても、夜9時閉店のため、夜のコンサートの後では間に合わないんですね。幸いこの日は昼食時間帯にこられたので実に久しぶりの訪問。牡蠣フライ定食に豚カツ定食をいただきましたが、昔と変わらず豚カツはサクサク柔らかで実に美味しかった!

ついでにこのコンサートで前々職の同僚とばったり。20年ぶりくらいでしょうか。コンサートはもちろん、食事も出会いも含めて懐かしさをひしひしと感じた1日でした。



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8 Comments

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Daisy

右近

演奏習慣について

はじめまして、
いつも楽しく拝読させていただいております。
以下のご質問ですが、レクイエムというよりは、
当時の演奏習慣の1つとして、誤解を恐れずに言えば、ソリスト(複数もあり)が入るものに関しては、ソリストはテュッティも演奏するという習慣がありました。
ソロ歌手はソロ以外のコーラス部分も歌っているわけです。このような配置は私ははじめて。レクイエムではこれが慣例なのでしょうか。
声楽曲で言えば、ルター派のカンタータやオラトリオは基本的にこの形を取ります。したがってバッハのカンタータはソリストがコラールなどなら合唱曲も歌います。この場合、ソリストをconcertist、合唱をripienistと呼びます。
このconcertistとripienistの方法は、古典派では協奏曲に使われています。例えばモーツァルトのヴァイオリン協奏曲では、ヴァイオリンソリストは、コンサート・マスターを兼ねると言えば良いでしょうか。オケパートも弾き、そのままソロ部分に雪崩れ込みます。その場合、伴奏のテュッティも奏者の数も減ります。
たた、このような演奏習慣が、カトリックの宗教音楽に適用されていたかは、私の知る限りハッキリと書いてある書物は、2次文献も含めて見かけたことがありません。協奏曲でやっていたわけですから、状況証拠的には、宗教音楽でやっていてもおかしくはないのですが。
私もやりたいと思っていたので、今年はあまり知られていない曲からこの方式を実践する予定でしたが、今回、ブログを拝見して、演奏で実践さている事例が発見出来て嬉しいです。

  • 2020/02/11 (Tue) 01:07
  • REPLY
Daisy

Daisy

Re: 演奏習慣について

右近さん、こちらこそ初めまして。丁寧なコメント、誠にありがとうございます。

確かに協奏曲でソリストがオケパートも弾いている例は見たことがあります。私は専門的に音楽の教育を受けたわけではないので、今回のような歌手の配置と歌い方は実に新鮮な印象を受けましたが、それが伝統的な作法の一環であることを知り、納得した次第。実際の演奏効果としては、コーラスの透明感に大きく貢献していることは記事に書いたとおり。演奏内容ばかりでなく、楽器の配置や人数、そして今回のような歌手の作法の問題も含めて指揮者が決めなくてはならないことはいろいろあるのですね。それだけ表現の幅、方法がいろいろあることを知り、一層興味を持ちました。

いまだ右近さんの演奏会に参加しておりませんが、機会がありましたら是非お邪魔したいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

※ちょっとブログの操作を誤りコメントを一旦消してしまったようで、再投稿させていただきましたことお許しください。

  • 2020/02/11 (Tue) 01:21
  • REPLY

右近

To Daisyさん

ご返信ありがとうございます。

コメントが消えたのは存じませんでしたが、
大丈夫です。復活しておりますから。

そうですね、指揮者が決めないといけないことは、色々あります。演奏習慣で言うとあともう一つ大きなことがあります。それは合唱団がオーケストラの前に立つことです。
我らがハイドンの「天地創造」が初演された際には、合唱が60名、オーケストラが120名だったとか。現代のような合唱団がオーケストラの後ろに立つ形でこの人数比ではバランスが取れませんが、合唱団がオーケストラの前に立てば、おそらくそれほど問題にならないと思います。1844年くらいまでは確実にやられていた習慣であり、音響がドラスティックに変わるので、復活が望まれますが、中々やる人が居ません。
それも今年はやれるのではないかと思っています。7月にはナクソスを含むプログラムを拝鈍亭で、11月にはミサ曲1番と晩年の英語の歌詞による6つの詩篇を含むプログラムを行います。お時間合いましたら是非いらしてください。

よろしくお願いします。
右近

  • 2020/02/13 (Thu) 18:08
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だまてら

ピノック氏は、私にとってはデビュー頃のゴールトベルク変奏曲、すなわちチェンバロ奏者としてのイメージがまだ強く残っています。74歳!オケのシェフとしてはまだまだご活躍が期待できるでしょう。
ところで、紀尾井H繋がりでこちらに書き込みますが、平日にはレアですが先ほどまで所用で近隣を運転していたところ、NHK-FMで昨年10月31日紀尾井Hでのドーリック四重奏団のライブ音源が放送されていました。プログラムはハイドン「冗談」、ブリテン3番、ベートーヴェン作品130&133大フーガという野心的なものです。
冗談は、ピリオド奏法特有の引きずるようなグリッサンドがいささか鼻に付く感じながら、なかなか素敵な出だし。嗚呼それなのに、放送時間の関係でしょうが第3楽章が割愛された不完全燃焼版!でした。口開けの曲ながら、当日のベストプレイと思われただけに大変残念に思いました。せっせとリクエストの投書でもして(でも何処あてが良いのでしょうか?)完全版での再放送を期待しましょうか・・・。

  • 2020/02/13 (Thu) 21:39
  • REPLY
Daisy

Daisy

Re: To Daisyさん

右近さん

コメントですが、いただいた日は飲んで帰ったため、夜中に承認ボタンと削除ボタンを間違えてクリックしてしまった次第。幸いコメント文面がメールに残っていたためこちらで再アップしました。ということで、投稿日が翌日になってます。スミマセン。

さて、コーラスの立ち位置ですが、第九でもソロ歌手もオケの前だったり後ろだっりというのはいろいろありますが、コーラス自体が前というのは見たことがありませんね。コーラスが前に立つとコーラスのインパクトは相当上がるでしょうね。
これまでコーラスの位置で一番驚いたのは実演での惑星ですね。最後の海王星で見えないのに漂うように女性のコーラスが入るのにはゾクゾクしました。様々な楽器が活躍する惑星の最後に声の素晴らしさを堪能しました。

さて、拝鈍亭のコンサート、是非お邪魔したいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

  • 2020/02/13 (Thu) 23:04
  • REPLY
Daisy

Daisy

Re: タイトルなし

だまてらさん、コメントありがとうございます。

昔のピノックが懐かしい世代ですね(笑) 私もピノックのバッハやヘンデルは相当聴きました。あのキレのいいチェンバロが懐かしいですね。今回のコンサートでも往時のキレの良さがしっかりと軸になって音楽が作られており、ピノックらしさというか、これぞピノックという演奏でした。

さて、紀尾井ホールのドーリック四重奏団のコンサートですが、ハイドンが取り上げられていたので、コンサートも検討しておりましたが、いろいろ重なって、優先順位が下がった次第。現在ハイドンのクァルテットの録音も進行中ですが、かなり個性の強い演奏なので、いまいちしっくりときていません。ドーリックとロンドン・ハイドン・クァルテットどうも相性が悪いです。。。スミマセン。

  • 2020/02/13 (Thu) 23:14
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右近

To Daisyさん

ご返信ありがとうございました。

チケットは、確保致します。
H多様もいらっしゃると思います。

よろしくお願いします。

  • 2020/02/20 (Thu) 00:48
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Daisy

Daisy

Re: To Daisyさん

右近さん

こちらこそよろしくお願いいたします。

  • 2020/02/22 (Sat) 22:25
  • REPLY