作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

トリオ・シュタットルマンのバリトン三重奏(雑司谷拝鈍亭)

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1月19日は、前月に続き雑司ヶ谷の拝鈍亭に行ってきました。

2019/12/23 : コンサートレポート : ハイドン鍵盤音楽の世界14(雑司谷拝鈍亭)

前月はポジティブオルガンによる世にも珍しい音楽時計曲がメインのコンサートでした。今月はハイドンを愛好する方には珍しくもなんともないんですが、世の中的には非常に珍しいバリトントリオのコンサート。しかも、このコンサートは128曲あるハイドンのバリトントリオの全曲演奏を目指す「ニコラウスの館」というコンサートシリーズで、その9回目に当たるもの。私はこのシリーズも初見参です。

バリトントリオをコンサートで聴くのは今回で3回目。最初は2006年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの東京国際フォーラム地下の相田みつお美術館で開催されたコンサート。この時はバリトンがフィリップ・ピエルロ(Philippe Pierlot)、ヴィオラがフランソワ・フェルナンデス(François Fernandez)、チェロはライナー・ツィパーリング(Rainer Zipperling)と古楽器の重鎮揃い。2度目は昨年、鎌倉の佐助サロンでの、Brilliantからハイドンのバリトントリオ全集をリリースしたエステルハージー・アンサンブルの2019年の来日公演
特に昨年のエステルハージー・アンサンブルの公演で初めてバリトンという楽器の構造をバリトンのミヒャエル・ブリュッシングさんの詳細な解説で知り、独特な楽器の構造から生まれる不可思議な響きや楽器の特徴、そしてバリトンという楽器の面白さをリアルに体験しました。
そしてつい先日、当ブログによくコメントをいただくsifareさんからマッダレーナ・デル・ゴッボのバリトントリオの超絶美演のアルバムの情報をいただき久しぶりにバリトントリオのアルバムをレビューしたばかり。このアルバムでハイドンの時代のトマジーニ、リドル、ハマーのバリトンやガンバの曲を聴いてハイドンを取り巻く人々のことも知ることができました。ということで、前回の音楽時計曲の回に続き、今回も予備知識万全の状態でコンサートに臨むことができました。

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このシリーズの演奏はトリオ・シュタットルマン(Trio Stadlmann)で、メンバーは以下のとおり。

バリトン:坂本龍右(Ryusuke Sakamoto)
ヴィオラ:朝吹園子(Sonoko Asabuki)
ウィーン式コントラバス:菅間周子(Shuko Sugama)

この3人、私は初めて聴きますが、ヴィオラの朝吹園子さん(そのーれさん)はTwitterでいつもご活躍を拝見しております! このトリオ・シュタットルマン、バーゼル音楽院で古楽器を学んでいた3人が2010年に結成した団体。シュタットルマンとは、3人がそれぞれバーゼル音楽院から貸与されていた楽器が、エステルハージー家と深い関わりがあったシュタットルマン一族が製作していた楽器だったことによるとのこと。レパートリーはハイドンのバリトントリオや、ハイドンと同時代の作曲家の音楽など。

この日のプログラムはハイドンのバリトントリオ5曲(Hob.XI:9、XI:41、XI:86、XI:52、XI:116)。

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世の中的には非常にマイナーなプログラムですが、この日は拝鈍亭が8割ほど埋まる流石の集客。やはり9回続いているだけのことはあります。開演前になると坂本さんがステージに現れ、バリトンのチューニングを始めます。弦が多いのでチューニングにも時間がかかります。初めて見るのがチューニングの時に普通は手でまわすペグを木製のベグバサミのようなものを使って回していたこと。おそらくペグが硬いので指だけで回すよりも回しやすいということでしょう。そして驚いたのは多くの録音ではチェロで演奏されることが多い低音部がウィーン式5弦のコントラバスだったこと。チューニングでもチェロとは迫力が違う図太い音がします。

17時ちょうどに2度目の柝が入って開演です。最初はHob.XI:9から。

Hob.XI:9 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [A] (before 1770)
こちらは手元にエステルハージー・アンサンブルの録音しかない初期のマイナー曲。エステルハージー・アンサンブルの演奏では初期の曲はハイドンザールの豊かな残響の中で演奏されただけあって、音域の近い三つの楽器のハーモニーを楽しむゆったり軽やかな癒しの音楽という印象でしたが、眼前で聴くこのトリオ・シュタットルマンの演奏、だいぶ印象が異なりました。バリトンの響きは想像どおりでしたが、やはり低音部チェロではなくコントラバスということで、コントラバスの音が目立ち、三つの楽器の微妙なハーモニーよりも各パートが独立して聴こえる感じ。この楽器の違いが曲の印象を大きく左右するようです。また、バリトンの音程の安定感の問題からか1楽章が終わった後にもすぐにチューニングが入ります。楽章間のつなぎの微妙な間や変化の面白さも私にとってハイドンの曲の面白さなんですが、それがが味わえなかったのがちょっと残念でした。その後のフィナーレにはアタッカで入り、こちらは畳み掛けるように攻めた演奏。まずは1曲目で楽器による響きの違いが印象に残りました。

1曲目が終わったところで、坂本さんのお話が入りました。まずはバリトンの説明ですが、会場でバリトンを初めて聴くという人の人数はかなり少なく、このシリーズ、聴衆もエンスー、もとい、常連さんも多いようですね(笑)。そしてこのシリーズ、お話には毎回テーマがあるようで、今回のテーマは「変奏曲」。ハイドンの曲におけるの変奏曲の重要性などについての説明がありました。バリトントリオでも変奏曲が採用されていますが、1楽章にのみ登場するとのこと。これは多くの曲を演奏していないとわからないことですね。この日の選曲が変奏曲を含む曲を中心に選んだことや、繰り返しを指定通りノーカットで演奏するとのことでした。

Hob.XI:41 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (1776–77)
2曲目も手元にエステルハージー・アンサンブルの録音しかないマイナー曲。1楽章が変奏曲となっいるほか、ニ長調なのでバリトンがよく響く調性で、開放弦を指で弾くところが多数ある曲とのこと。説明を聞いてから実際の曲を聴くと曲の構造がよく理解できますね。1楽章は変奏の面白さを堪能。それを踏まえたようにメヌエットもハイドンらしいアイデアに富んだ展開。コントラバスの響きにもちょっと慣れてきましたが、コントラバスが担当するリズムが腹にずしりと効いてきます。

2曲目が終わると再び坂本さんの話。変奏曲の起源はハイドンの時代から200年ほど遡るイタリアにあるとのことでした。そして、メンバーの朝吹さんの来月リリース予定のアルバムの紹介があり、このアルバム、休憩時間に販売されていました。

Hob.XI:86 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [A] (before 1772?, 1769–71)
前半最後の曲。この曲もエステルハージー・アンサンブルの録音しかないマイナー曲。番号続きのXI:87は録音の多い有名曲ですが、その直前の充実した構成の曲とのこと。そう言われて聴くと、それまでの練習曲的な印象は消え、ハイドンらしいメロディーのアイデアは冴え、陰りを漂わすデリケートなニュアンスが濃く感じられます。そして坂本さんのバリトンですが、開放弦をびりつき気味なほど強く弾くところもあるんですね。これまで聞いたいろいろな演奏では穏やかに鳴らすことが多かったのでちょっとびっくりしました。こちらも新鮮。

休憩を挟んで後半に入ります。

Hob.XI:52 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (1767–68)
この曲はハイドンが自信作として大変気に入っていた曲とのことで、短い短調の序奏がおかれています。3楽章は交響曲58番の3楽章に転用され、交響曲から他に転用される例は多いものの、バリトントリオから交響曲に転用されるというのはめずらしとのこと。序奏の陰りから長調に転じるところのデリケートなニュアンスが美しい曲。三つのパートの絡み合う面白さは前2曲と比べて一段レベルが上がります。ヴィオラの奏でるメロディーがクッキリと浮かび上がり、そして1楽章終わりのバリトンの開放弦のソロが不思議な雰囲気を醸し出す聴きどころの多い曲。2楽章は軽快な展開し、そして3楽章は確かに聞き覚えのあるメロディー。一度聴くと忘れないメロディーですね。コントラバスの図太い音にもだいぶ慣れアンサンブルの面白さを純粋に楽しめるようになってきました。

Hob.XI:116 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [G] (before 1778, 1772–78)
最後は、バリトントリオの中でも終盤の曲。なんとこの曲もエステルハージー・アンサンブルの録音しかないマイナー曲。この頃になると、各パートが対等にアンサンブルを構成するよう成熟してきます。バリトンパートの難易度も上がりニコラウス侯が実際の演奏に加わっていたのかはわからないとのことでした。番号の近い有名曲のXI:113などは優雅な曲想ですが、こちらはアンサンブルの緊密さを感じる曲。1楽章は変奏がどんどん展開する面白さを味わえ、続くメヌエットもハイドンらしい構成、そしてフィナーレも同様、バリトンという楽器固有の特徴をあえて強調しなくても坂本さんの説明のとおり構成の面白さで聴かせる曲でした。

もちろんバリトン好きな方が集まった会場からは拍手喝采。アンコールは交響曲81番のアンダンテをバリトントリオに編曲したオリジナルの曲でした。

トリオ・シュタットルマンのバリトントリオですが、冒頭に触れた通り、テンポも速めで、これまでバリトントリオから感じていた癒しの音楽的というニュアンスではなく攻めた音楽に聴こえました。あまり触れませんでしたがヴィオラの朝吹さんは淡々とメロディーを置いていく感じで素晴らしい安定感。コントラバスの菅間さんは小さな体で大きなコントラバスを操りアンサンブルに図太いキレを効かせていました(笑) 何より録音でもエステルハージー・アンサンブルの全集でしか聴くことができないマイナーな曲を実演で聴くことができる貴重な機会でした。

今回も奏者の方の説明があったことによって、新たにわかったことや、バリトントリオの認識を改めたことが多数あり、とても楽しむことができました。次回は同じメンバーによるコンサートが11月22日に予定されているとのことで、ご興味ある方は是非、聴きに行ってみてください。

今回も、本浄寺の住職さんがコンサート前はお客さん一人一人を出迎え、コンサート終了後も見送ってくれました。些細なことですが、こうしたことがこのコンサートが長く続いている理由なのかもしれませんね。



(追記)
ちなみに私は休憩時間に朝吹さんのアルバムを入手。

Viviani.jpeg
TOWER RECORDS / HMV&BOOKS onlineicon

これが素晴らしいアルバムでした。フィレンツェ生まれで17世期後半のハプスブルク家の宮廷楽長ジョヴァンニ・ブオナベントゥーラ・ヴィヴィアーニ(Giovanni Buonaventura Viviani)の教会と室内のためのカプリッチョ・アルモニコ(作品4)。ハイドン以外に明るいわけでもなく、ヴィヴィアーニ自体私にとって未知の作曲家ですが、朝吹さんの説明で世界初録音のめったに演奏機会のない曲と聞いて、ビビッときて食指が動いた次第。このアルバム、ライナーノーツに朝吹さん自身によるヴィヴィアーニとこの曲に関する詳細な記述があり、ヴィヴィアーニという作曲家についてよくまとめられていて、一層興味が湧いてきました。演奏はこの日の落ち着いたヴィオラ捌きとは打って変わって、情感迸るキレキレのバロックヴァイオリンに惹きつけられます。CDをかけると部屋がヴィヴィアーニの音楽で満たされます。いやいや、新しいドアが開いた感じです。これはおすすめです!



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2 Comments

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sifare

私も行きたいです~

Daisyさん、こんばんは~
この演奏会もとても羨ましいです!近くでそれぞれの音色を堪能できる楽しみはこういうトリオ演奏会などでは言葉にできない嬉しさですよね!
更にそれが攻めたバリトントリオとなると!あぁ、聴きたい!w

Daisy

Daisy

Re: 私も行きたいです~

バリトンは実際に演奏しているところを目と耳で体験することで、私もようやく仕組みが理解できました。少ないとはいえ、実演の機会もだんだん増えてはいるようですので、チャンスがあれば是非一度"生"バリトンを体験してみてください!

  • 2020/02/04 (Tue) 21:50
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