作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

ハイドン鍵盤音楽の世界14(雑司谷拝鈍亭)

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12月22日日曜は雨降りしきる中、雑司谷拝鈍亭に行ってきました。

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拝鈍亭の存在は知っていたものの、実際に聴きに行くのははじめてです。今回は当ブログによくコメントをいただくHaydn2009さんからお誘いいただきようやく参上できました。拝鈍亭のコンサートは常連さんが多いためかあんまり宣伝していなくて、参加者から情報をいただかないとなかなかタイミングが掴めないわけです。前回は当ブログのオフ会の直後で、オフ会で情報を聞いたものの生憎当日母親の一周忌法要と重なり見送らざるをえませんでした。

今回のコンサートは、タイトルは「鍵盤楽器の世界」とありますが、なんと音楽時計曲がメインプログラム。少し前にハンス=オラ・エリクソンの音楽時計曲集を取り上げた記事へのHaydn2009さんのコメントで今回のコンサートの存在と内容を知ったもの。しかもその前にエリクソンの記事執筆中に発注していたオリヴィエ・ヴェルネ盤が到着して前記事を書きましたので、12月は音楽時計三昧。ということで滅多に聴くことのなかった音楽時計曲をこのコンサートの前に調べており、まさに万全の予備知識を充填してコンサートに臨むことができました。

さて、初見参ということで、拝鈍亭について少し調べてみました。雑司ヶ谷といえば鬼子母神が有名ですが、拝鈍亭があるのはむしろ護国寺の近く。日蓮宗の本浄寺というお寺の法話サロンが拝鈍亭とのこと。住職さんがハイドン好きなことからこのネーミングなのでしょう。サロン内には浮世絵風のハイドンの肖像画などがかけてありましたが、これがなかなかの出来。ハイドンの生きた時代は日本では江戸時代ということで時代も合ってます(笑) ネットで検索してみるとこの拝鈍亭、ハイドンのコンサートの他にも落語や浪曲など色々な催し物が行われていて、ハイドンのみならずホールとしてもしっかり稼働しているようです。

開演は17:00で開場が16:30ということで、開場時間の少し前に到着してみると、雨の中、住職さんらしき人が1人、入り口の前で客人を迎えてくれます。木戸銭を払ってホールに入ると、すでにお客さんがちらほら。Haydn2009さんと小鳥遊さんが到着済でした。

この日の奏者は上尾直毅さん。藝大出身でチェンバロを鈴木雅明、グスタフ・レオンハルトなどに師事し、鈴木秀美率いるオーケストラ・リベラ・クラシカなどと演奏活動をしている人。桐朋学園大の先生でもあります。ググったところ上尾さんのウェブサイトがありましたのでリンクしておきましょう。

「宮廷のミゼット」上尾直毅のHP

サイトを拝見するとアルバムもかなりの枚数がリリースされています。鈴木秀美さんの振るオーケストラ・リベラ・クラシカでクラヴィーア協奏曲のソロを務める他、ラ・フォンテヴェルデのモンテヴェルディマドリガーレ集の伴奏やクラヴィコードによるC. P. E. バッハのソナタ集など面白そうなものが色々あります。

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この日のプログラムは、前半はポジティブ・オルガンを弾いて、ハイドンの音楽時計曲を17曲、休憩後はチェンバロで連弾曲「先生と生徒」(Hob.XVIIa:1)、クラヴィーアソナタ(Hob.XVI:23) という構成。

会場に入ると、ステージにはチェンバロとポジティブオルガンが並び、チェンバロを入念に調律していました。調律師の方かと思いきや、調律していたのは奏者の上尾さん自身でした。

定刻になると柝が入るのがお寺らしいところ。最初に住職さんからコンサートの説明や、来年度のコンサートの予定などの説明があって、演奏に入ります。先ほどまで眉をひそめながら調律していた上尾さんが登壇し、世の中的には非常に珍しい音楽時計曲についてかなり丁寧な説明があり、これが今の私には非常に興味深かったんですね。面白かったポイントを列記しておきましょう。

・私は音楽時計と書いていますがこれは大宮真琴さんの本の記載から取っています。上尾さんは音楽時計ではなく笛時計と呼んでいましたが、これは”Flötenuhr"のニュアンスにより近いですね。
・いくつか現存する音楽時計の作者であるNiemetczはエステルハージ家で働いており、実際にハイドンと交流があったとのこと。
・ハイドンの作とされるものが32曲残っており、そのうち真作だと思われるものが17曲あり、この日のプログラムはこの17曲をリストアップした。
・演奏は簡単だと思ったら非常に難易度が高い。そもそもオルゴールのように機械が演奏するため、人が演奏することを考慮して書かれていない。ハイドンの普通のソナタは人が演奏しやすいよう熟慮して書かれている。演奏が難しい部分は工夫して一部演奏しやすいように変えている。
・真作である曲は、音楽時計の音域、機能的に時報などの時の音楽ということで1分程度の長さに収めるという両面から非常によく考えられて書かれている。ハイドンが力を入れて書いていることがよくわかる。

特に私が気になっていたのは、前記事で取り上げたオリヴィエ・ヴェルネが4手で演奏していたことですが、この説明ですっきりしました。音楽時計曲を鍵盤楽器で収録したものは大抵1人で演奏していますが、これはおそらく上尾さんと同様のアプローチで、ヴェルネは4手とすることで、原曲に忠実に演奏したということでしょう。

なんとなく上尾さんの説明を聴きながら、ハイドンの音楽時計曲は現代の着メロのようなものだと思うに至り、妙にすっきりとしました。アルバムで聴くと一連の曲として約1分の曲が並ぶわけですが、これを普通の音楽として聴くと物足りなさというか、ちょっと特殊なものと聴こえてしまいます。ところが、1曲1曲時報として、あるいは着メロのように聴くと、これほど巧みで複雑な構成のものは今もありません。そう、ハイドンは200年以上前に時報というか、現代の着メロに当たるものに真剣に取り組み、素晴らしい音楽を書いたんですね。これまでもやもやとしていたものが、スッキリいたしました。

上尾さんが演奏したポジティブオルガンはこのような楽器です。

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さて、上尾さんの演奏ですが、このポジティブオルガンは実に素朴な音色で、しかも鍵盤のメカニック音もカチカチ聴こえるので演奏に技巧を要するとされるものの、素朴かつ楽しい曲調の音楽時計曲の演奏にぴったり。数曲ずつ解説をつけながらの演奏でこれらの曲のポイントがよくわかりました。演奏している上尾さんも楽しそう。それぞれ約1分の曲に凝縮されたハイドンの巧みな構成に集中して聴くと、なるほどと思える箇所多数。今まで録音で色々聴いてはいたものの、やはり詳しい説明付きの実演に勝る情報はありませんね。一応演奏曲と曲順を記載しておきましょう。

Hob.XIX:9 Menuetto, Allegretto (Hob.III:57-III) [C] (Flötenuhr1772, Flötenuhr1792)
Hob.XIX:10 Andante [C] (Flötenuhr1772, Flötenuhr1792)
Hob.XIX:11 Allegretto [C] (Flötenuhr1772, Flötenuhr1793)
Hob.XIX:12 Andante [C] (Flötenuhr1772, Flötenuhr1793)
Hob.XIX:13 Vivace [C] (Flötenuhr1772, Flötenuhr1793)
Hob.XIX:14 Menuetto [C] (Flötenuhr1772, Flötenuhr1793)
Hob.XIX:15 Allegro ma non troppo [C] (Flötenuhr1772, Flötenuhr1793)
Hob.XIX:16 Fuga, Allegro[C] (Flötenuhr1772, Flötenuhr1793)
Hob.XIX:17 Allegro moderato [C] (Flötenuhr1792)
Hob.XIX:18 Presto [C] (Flötenuhr1792)
Hob.XIX:24 Presto [C] (Flötenuhr1793)
Hob.XIX:27 Allegretto (Hob.XVII:10) [G] (Flötenuhr1793)
Hob.XIX:28 Allegro (Hob.III:70-IV) [C] (Flötenuhr1793)
Hob.XIX:29 Menuetto (Hob.I:103-III) [C] (Flötenuhr1793)
Hob.XIX:30 Presto (Hob.III:63-IV) [G] (Flötenuhr1793)
Hob.XIX:31 Presto [C] (1796?)
Hob.XIX:32 Allegro (Hob.I:99-IV) [F] (????)

以上の曲は真作であり、Hob.XIXの1から32までのうちそれ以外の曲が真作ではない可能性があるとのことです。

休憩を挟んで後半はハイドンの連弾曲である「先生と生徒」。後半はチェンバロでの演奏。この曲も滅多にコンサートでは取り上げられない曲でしょう。手元には4種の演奏がありますが、中でもクリスティーネ・ショルンスハイムのソナタ全集に収められたアンドレアス・シュタイアーとのキレキレの連弾で親しんだ曲。この日は上尾さんの教え子で現役桐朋学園大チェンバロ科の生徒である加藤友来(かとうゆら)さんとの連弾。先生である上尾さんが左の低音側、生徒の加藤さんが高音側に座り、低音側の先生が繰り出す様々な変奏を生徒がなぞって弾いていくという曲。実際の先生と生徒の関係で演奏するということで実に微笑ましい演奏なんですが、生徒の加藤さんのタッチのキレが良く、また先生が繰り出す様々なアクセントやアゴーギクの変化球をさらりとかわしながらの演奏はなかなか見事。しかも音だけではわかりませんでしたが、後半、先生と生徒の手が交差するんですね。おそらくハイドンは貴婦人への手ほどきの時に悪戯心が芽生えて交差するよう仕込んだのだと想像しながら聴きました。ハイドンの時代では悪戯心と理解されたでしょうが、現代ではハラスメントと受取られないよう注意も必要です。この演奏、先生がハイドンの悪戯心を汲んでちょっとにやけ気味に見えたのは私だけでしょうか(笑) 加藤さん、コンサートでの演奏ははじめてとのことで悪戯心を楽しむ余裕はなかったと思われますが、なかなか度胸が座っていて、いい演奏でした。

最後はソナタ(Hob.XVI:23) で、もちろん上尾さんのソロ。この曲はハイドンのソナタがはじめて出版された中の1曲とのこと。冒頭から個性的なアクセントを付けた演奏。少人数でのコンサートということで、気負いなく自在でリラックスした演奏でした。チェンバロでの演奏ということで高音部がかなりクッキリと響き、この曲の華やかさが一際強調されて聴こえます。先ほどの連弾でも感じたので、おそらくこの楽器が高音部がよく響く傾向があるのかもしれませんね。



はじめての拝鈍亭でしたが、この会場、響きもなかなか良く、こうした室内楽のコンサート会場としては非常にいいですね。しかもハイドンのこうしたマイナー曲をしっかり楽しめる企画も見事。終演後、玄関を出ると、外で住職さんが一人一人声をかけて見送ってくれました。これは今後も通わなくてはなりませんね。

次回は1月19日(日)にバリトントリオの演奏があります。こちらも楽しみなプログラム。バリトントリオは今年6月にエステルハージー・アンサンブルをかぶりつきの席で聴いていますが、それ以来。住職さん、またお世話になります!

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2 Comments

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だまてら

No title

この演奏会は判っていたのですが、所用で断念しました。
レポートを拝見するに、逃した魚は大きかったのでは・・・という気になりました。弦楽四重奏曲に偏重するのではなく、次回のバリトン・トリオから新規参入と行きましょうか。

また別ネタですが、所沢の松明堂音楽ホールで2017年1月までにハイドンの全曲演奏を達成した(一度ご一緒しました)古典四重奏団が、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲全集で2019年のレコード・アカデミー賞室内楽部門賞、そして決戦投票を経て大賞!を受賞されました。60年近い歴史のなかで、日本人演奏家の大賞受賞はこれが三度目!という快挙です。

ハイドンの全曲演奏は、ポリシーとする暗譜の演奏は断念(計算したら25年かかるそうです)して、楽譜を使用されましたが、主要曲(を選ぶのが難しいですが)またハイドン戻ってもらえたら、と待望しています。

  • 2019/12/24 (Tue) 01:33
  • REPLY
Daisy

Daisy

Re: No title

だまてらさん、いつもコメントありがとうございます。

古典四重奏団の件、驚きました! ショスタコーヴィチの弦楽四重奏は完全に守備範囲外(笑)ですが、これは偉業ですね。ハイドンもショスタコーヴィチも全曲に取り組むという一貫した姿勢で演奏することで、その作曲家の真髄に迫れるということでしょう。

拝鈍亭ですが、次回は私も参加しますので、よろしくお願いいたします。

  • 2019/12/28 (Sat) 12:10
  • REPLY