作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

【番外】秋の関西・北陸・中部紀行(その7-永平寺から界加賀へ)

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その1へ)

この旅4日目は、比叡山のロテルド比叡に泊まり、午前中は比叡山の東塔、西塔を約2時間に渡って散策して、天台宗総本山の連綿と続く祈りと伝統の重みに触れてきました。そしてお昼は琵琶湖西岸の高島市で鯖寿司とお蕎麦をいただき、快晴の中、この日は一路加賀山代温泉を目指します。時刻は12:30。

ここ琵琶湖の高島から山代温泉にはまっすぐ向かって約2時間。いくつかのスポットに立ち寄る余裕があります。山代温泉に向かう間の観光スポットはいろいろありますが、我々の旅の基本コンセプトに合うスポットとして、添乗員役の私が用意した午後最初のスポットは余呉湖。雄大な琵琶湖の北にちょこんとある小さな湖ですが、以前母親と叔母との旅で日光を訪れた時、中禅寺湖よりも湯ノ湖が非常に良かったと言った叔母の好みを踏まえたセレクトです。

お昼をいただいた白ひげ蕎麦から、湖西道路から続く一般道である琵琶湖西縦貫道を北上。高島市街を抜けて進みます。琵琶湖の見える湖岸沿いの道路を通っても良かったんですが、Google Mapsの案内どおりスピードを優先して少し湖から離れたバイパスを進みます。北陸道木之本インターが近くなったところで雄大な琵琶湖の風景ともお別れ。左折して、しばらく進むと余呉湖に到着しました。

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滋賀・びわ湖観光情報:余呉湖

駐車場に車を停めると、狙いどおり観光客の姿はほぼなし(笑) 天気は快晴で、水面が光り輝いています。駐車場の脇には台座に余呉湖と書かれた羽衣の石像がありました。ここ余呉湖には羽衣伝説があるとのこと。

白鳥に姿を変えて水浴びを楽しんでいた8人の天女の姉妹のうち、伊香刀美(いかとみ)に羽衣を取られた末妹だけが天に帰れなくなり、夫婦となって2男2女をもうけたという物語です。また羽衣を取ったのは桐畑太夫で、菅原道真がその子であると伝える話もあります。(滋賀・びわ湖観光情報:余呉湖より引用)


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近くのこの辺りの案内図をみると、余呉湖の周りにはハイキングコースがいろいろあります。余呉湖を周回するコースの他、余呉湖と琵琶湖の間にそびえる賤ヶ岳(しずがたけ)や、余呉湖の東の大岩山なども登れるようですね。

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余呉湖の周囲は6.4キロということで、以前一周した日光の湯の湖よりもかなり大きく、本格的な散策が出来そうです。この日はすでに午前中比叡山で体力を消耗しているため、一休みするだけにしました。

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ここに来る途中踏切を渡ってきました。近くに余呉と言う駅がありますが、なんとなく単線だろうとタカを括っていましたが線路は複線。後で調べてみると、これは北陸本線でJR西日本の幹線なんですね。あまりにのどかな景色に短い時間でしたが、のんびりとした時間を過ごすことができました。

ということで、先に進むため出発。

この先加賀山代温泉までに立ち寄るスポットとして事前に想定していたのは永平寺なんですが、東尋坊にも行ってみたいという声も上がります。どちらも途中にあるのですが、宿への到着時間と、立ち寄るスポットへの経路などをGoogle君に相談の上、添乗員の低容量勘ピュータを駆使して選んだ立ち寄りスポットは、当初の予定どおり永平寺にしました。東尋坊の方が高速のインターを出た後の移動距離が長く、時間がかかってしまうんですね。

ということで、次なる目的地を永平寺にして出発です。余呉湖を出ると、先ほど近くを通った北陸道木之本インターまで戻り、北陸道に入ります。後は一気に北上。すぐに若狭舞鶴道との分岐となる敦賀ジャンクション、そして敦賀インターになります。そしてトンネルを抜けながらぐんぐん高度を上げて今庄インター。そう、2日目に道を間違えたので、敦賀・今庄間はこの旅で3度目の通過となります(苦笑)。今庄から先は新天地(笑) 武生、鯖江とやり過ごして福井北で永平寺方面へ行く中部縦貫道に入ります。トンネルを抜けるとすぐに永平寺北参道というインターがあり、ここが永平寺の最寄りインター。Google Mapsの指示どうりすすむと、永平寺の門前の商店街に到着しました。



永平寺の入り口横のお土産屋さんの駐車場に車を停めたのが15時。少し陽が陰りだす時刻です。

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大本山永平寺

永平寺は曹洞宗の総本山。今年4月に亡くなった嫁さんのお父さんの葬儀は曹洞宗のお坊さんにお願いしました。ということで、この日は午前中にうちのお寺の総本山である比叡山、午後には嫁さんのお父さんの葬儀でお経を読んでくれたお坊さんの総本山である永平寺と、総本山めぐりという裏テーマがあったわけです。(本当はそこまで考えての予定ではありません)

永平寺には私と叔母はそれぞれ以前に一度来ています。古い写真を紐解いてみると私が来たのは2004年6月のことでした。叔母の以前はおそらく数十年前(笑) なぜこの話をしたかというと、私も叔母も、以前来たときと今回とはかなり印象が違ったんですね。なぜ印象が違ったのかは次に触れますが、永平寺自体は変わっていないことが写真からわかりました。

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今回、入り口にあった境内の全景を説明する案内図をiPhoneで撮った写真。

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こちらは2004年6月におそらく同じ案内図を撮った写真。昔使っていたミノルタのデジカメで撮ったもの。

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比べやすいように、今回の写真をトリミングしなおしたものもアップ。

2枚の写真をよく見比べてみると、昔のミノルタのカメラには糸巻き型の歪みが残ってます、、、そこじゃありません(笑) この案内図、細かい点まで含めて2006年から一切変わっていないように見えます。そう、伽藍配置や建物は変わっていないんですね。何が印象を大きく変えたかというと、見学のコースなんだと思います。

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先ほどお土産屋さんの前から境内に入ると鬱蒼たる木立の中の参道。

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そして左手に拝観入り口があります。中に入ると正面に大きなコンクリート製の吉祥閣(きちじょうかく)という建物があり、ここで靴を脱いで、靴をビニール袋に入れて持ち歩きます。以前の訪問時も靴をビニールに入れて持ち歩いた覚えはあります。印象が大きく違った原因は次。この吉祥閣の一室で、まずはお坊さんから永平寺の説明を聞くようになっていたんですね。結構な広さの部屋で、かなりの数の人がお話を聞いています。先ほど車を停めさせてもらったお土産屋さんは16時で閉店とのことで、「16時までに戻ってお土産買ってくださいね〜」と笑顔で送り出されましたので、本当は曹洞宗や道元のこと、永平寺の伽藍についてなどの法話を聞いた上で見て回るべきなのでしょうが、ここは止む無くスキップ。その後もこの吉祥閣の上階に上がり、さらに続くこちらもコンクリート造の傘松閣の大広間をぐるっと回る順路となっていたんですが、どうも昔訪れた時はこんな順路じゃなかったような気がしてなりません。もちろん、この後、昔見た山門、仏殿、法堂などを巡る順路となっているのですが、見学の最初にコンクリート製の建物をぐるぐると廻るというファーストインプレッションは逆に強烈。叔母も同様、「昔のイメージと違うわね〜」となったわけです。

さて、法話をスキップしちゃいましたので、Wikipediaなどから永平寺や道元について少しさらっておきましょう。

永平寺は曹洞宗の総本山ですが、鶴見の總持寺とともに2つの総本山があり、両大本山と呼んでいます。開山は道元。本尊は釈迦如来・弥勒仏・阿弥陀如来の三世仏とのこと。道元は正治2年(1200年)に生まれ、幼時に父母を亡くし14歳で当時の仏教の最高学府である比叡山延暦寺で仏門に入ります。その後真の仏法を学ぶには中国(宋)で学ぶしかないと考え、貞応2年(1223年)に渡宋。宋では、天童山景徳寺の如浄に入門。如浄の禅風はひたすら坐禅に打ち込む「只管打坐(しかんたざ)」を強調したものであり、道元の思想もその影響を受けています。道元は如浄の法を嗣ぐことを許され4年後に帰国。帰国後は京都で説法と著述に励むも、旧仏教勢力との争いから、寛元元年(1243年)に越前の国(福井県)に渡り、翌寛元2年(1244年)に永平寺の前身である傘松峰大佛寺(さんしょうほうだいぶつじ)を建立。寛元4年(1246年)に山号寺号を吉祥山永平寺と改め、現在に至っています。

伽藍の主要な建物は手前の山門から中雀門、仏殿、一番奥にある法堂(はっとう)と坂を上がっていくように建てられています。Google Mapsで確認すると南から北に上がっていく感じ。法堂は南向きの斜面に建っていることになります。雪深いところに建つだけにそれらが回廊で繋がっていて、それにその他の建物も回廊で繋がっています。回廊を含むほとんどの建物が重要文化財ですが、現在建つ建物の多くが1800年代から1900年代の創建で、比叡山に比べると比較的新しいものが多いですね。一番古い山門でも寛延2年(1749年)の建築。1749年といえばハイドン17歳にしてウィーンのシュテファン大聖堂の児童合唱団を辞めた年。無理やりハイドンねた挿入(笑)

先ほど入った、コンクリート製の吉祥閣を抜けると、山門の西側の回廊に出ます。順路はこの回廊を登るように案内されていましたので、登りです。

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叔母にとってはちょっとした修行(笑)

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少し登ったところで東の方を見ると、正面は東の回廊に取り付く大庫院、左は仏殿。

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一番奥の法堂まできました。永平寺内はお坊さんを移さなければ撮影可ということでしたので内部の写真をパチリ。この法堂は天保14年(1843年)の建築。朝のおつとめなどの各種法要がこの建物で行われるとのこと。欄間の非常に細かい桟の並びが繊細で太い柱と梁とのコントラストが印象的。

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法堂の前から南を見下ろします。境内の木々は紅葉が始まってますね。この日は1日天気に恵まれました。

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法堂までくると今度は東側の回廊を降っていくのが順路。

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少し降りたところの法堂前の東西を結ぶ一文字廊の様子。チリ一つ落ちていません。

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順路に沿って回廊を降りて行きます。叔母も手すりがあるので大丈夫。

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こちらが法堂の一段下にある仏殿。明治35年(1902年)の建築。仏殿には本尊の三世仏が納められている、、、と後で知ったので拝んでおりません。

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東の回廊を一番下まで降りて、仏殿のさらに下にある中雀門を見上げたところ。

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中雀門の正面まできて見上げます。この後ろに仏殿と法堂があります。そして、永平寺の伽藍で一番古い建物になる山門は、この写真に映る柱のみ(笑) 山門の中を通っただけで、写真を取り損ねた次第。写真だけでなく一周回ってきた安堵感から、山門を通ったという意識もありませんでした。まあ、無心の境地に至ったということにしておきましょう(笑)

短い時間でしたが、永平寺の伽藍を一巡り。伽藍自体は変わらないものの、「昔の記憶とはちょっと違うわね〜」という叔母とうなずきあって見学を終えました。

靴を脱いだ吉祥閣に戻ると、こちらでも寄進の受付をしていましたので、わずかばかりですが寄進して永平寺を後にしました。嫁さんが寄進の手続きをしている間、外でしばらく待っていると、入り口の建物の屋根の上に落ちた落ち葉を、屋根の上に乗って丁寧にブロワーで掃除していました。落ち葉は毎日積もりますので、こうして屋根の上まで掃除しているのでしょう。来訪者に気持ちよく参拝してもらえるよう、日々ご苦労なことです。

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拝観料を払った入り口を出ると紅葉が見頃を迎えていたんですね。入った時にはあまり印象に残りませんでしたが、手入れの行き届いた木々の美しさが妙に沁みましたね。

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参道をそぞろ歩きながら、車を停めたお土産屋さんまで戻ります。

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上を見上げると、傾き始めた陽の光が木々の間から差し込み、実に爽やかな気分。時刻は16時前。

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お土産屋さんに言われたとおり16時の閉店前に戻ってくることができました。私がお土産でいただいたのがこちら。地元永平寺町の田邊酒造の「蔵出し 本醸造 越前岬」。そろそろ燗酒が恋しい季節に、福井の地酒を自分のお土産に選びました(笑)

それぞれお土産をゲットして、この日の宿に向けた最後のドライブに出発です。



永平寺の門前から先ほど来たときと同じ道で永平寺参道インターに戻り、後は北陸道に合流して北上。福井北から丸岡、金津と進むと加賀インターで降りるよう指示が出ます。加賀インターから10分ほどで山代温泉の温泉街に入ります。すると入口には廃墟化したギリシャ神殿のようなバブル期の温泉宿が目に入ります。その印象が強烈だったからか、山代温泉の温泉街はかなり鄙びているような印象。Google Mapsの指示どおり温泉街を進んでいくと、しばらくでこの旅4日目の宿に到着しました。



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星野リゾート:界加賀

前夜泊まった比叡山のロテルド比叡に続き、この日も星野リゾートの界加賀です。到着した場所は山代温泉の中心街のよう。もちろん星野リゾートのお宿ということで、宿の前でスタッフが待ち受けてくれていて、建物も垢抜けた感じでいい雰囲気。温泉街に入るところの印象で若干焦りましたが、この日もリラックスできそうです。

別に星野リゾートの連泊を狙ったわけではなく、旅程を検討している段階で、訪問先と取れる宿をいろいろ検討しているうちにこのような組合わせとなったもの。今回の旅程ももう少し効率的な順番も検討できましたが、宿の予約の取れる日や移動距離、観光スポットなど様々な与条件の許す中で旅程を固めて行きますので、連泊はたまたまというのが正直なところ。

宿に着いたのは16:40くらい。まだ明るい時間でしたが写真撮り忘れましたので、上の写真は夜に撮ったもの。

この界加賀の前身は創業380年を誇った山代温泉の老舗旅館「白銀屋」。2012年に星野リゾートとなり、2015年に大改装して宿泊棟をリニューアルしたとのこと。すぐに部屋に案内され、部屋でチェックインの手続きや、宿の説明を聞きます。

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2015年に新築された宿泊棟は今風で非常に綺麗。

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和室でもベッドなのは布団の上げ下ろしの手間や客室への出入りなどを考えると合理的なんでしょうね。こちらも普段はベッドなのでこちらの方が寛げます。

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部屋は4階の温泉の中心街むきに2部屋並び。窓から外を眺めるとなかなかいい風情。正面の下に見えるのが山代温泉の共同浴場。左が観光客向けの古総湯、右が地元の人向けの総湯。そして右の白い建物は旅館でしょう。ぼおっと外の景色を眺めていると、その旅館の屋上に素っ裸で仁王立ちするおじさんの姿が! 遠いのでクリアに見えるわけではありませんが、屋上に露天風呂があるようです。浴衣などを持ってきてくれたスタッフに聞くと、向かいは山下家という老舗旅館で、屋上はやはり露天風呂。スタッフが恥ずかしそうに、「お見苦しかったですか?」と声をかけてくれましたが、こちらは、あの屋上の露天風呂に自分が入ったとすれば、同様に仁王立ちになるに違いないと瞬時に想像し、「いや〜、私が入っても仁王立ちになりますから、、、(笑)」と訳のわからないコメントでお茶を濁すと、クスクス笑って余韻を爽やかに引き取ってくれました。スタッフさん、合格です(笑)

星野リゾートの宿は色々と体験できるプログラムが用意されています。この日は宿への到着が遅めだったので、夕食の時間も遅めに設定してもらい、18:00まで、茶室で抹茶と和菓子をいただけるということで、まずは茶室に行ってみることにしました。

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1階のトラベルライブラリーで叔母たちと待ち合わせ。

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そのトラベルライブラリーの裏の中庭に茶室があります。

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茶室は、前身である白銀屋にあった約200年前の伝統建築を修復した茶室「思惟庵(しいあん)」。4人で中に入ると、先客がちょうど出るタイミング。加賀の老舗旅館のお茶室ということで、木部は漆塗り。しかも茶室には珍しい折上格天井。着物姿のスタッフがお茶を立てて入れてくれました。お茶と和菓子をいただく間、このお茶室の歴史などを伺い、しばらく静かなひと時を過ごしました。

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お茶室を出た庭からトラベルライブラリーを見たところ。この辺りは前身の旅館の歴史を巧みに活かしながら新たな宿に仕立てる星野リゾートの巧みなところ。

さて、お茶の後は温泉です。叔母と友人は宿の大浴場へ。私と嫁さんはもちろん、先ほど部屋から見下ろした、地元の人が愛用する総湯に行ってみることにしました。

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山代温泉観光協会:「総湯」と「古総湯」

総湯は宿の玄関を出てすぐ目の前。総湯と古総湯がある山代温泉の中心の広場は「湯の曲輪(ゆのがわ)」と呼ばれていて、古総湯が中心にあり、総湯はその周囲にあります。総湯のあった場所は、元は吉野屋旅館という旅館があり、写真に写る総湯入り口の門は旧吉野屋旅館の門を転用したもの。門は古いんですが、中の浴場は新しく、私が入った時間には多くのお客さんで賑わっていました。宿のスタッフの説明どおり、8割方地元の人のようで、皆さん顔見知り通しの方も多いようで、賑やか。しかも、掛け湯をしている人が、脱衣所のドア目掛けて10杯くらいお湯をバシャバシャとかけていたりと、なんだかよくわかりませんが、皆さん豪快(笑) 温泉地の地元民むけ共同浴場は、色々な習慣が見られて面白いですね。以前行った長野の戸倉上山田の国民温泉という共同浴場は、どのお客さんはまずカランにつながるシャワーを全開しっぱなしにして、浴びるでもなくお湯に浸かり、出るまでずっと出しっぱなし。温泉が豊富だからできる奇習です(笑) ここ総湯も掛け湯ブッカケ文化があるようですね。

上記サイトの温泉の説明によると、こちらの総湯は熱交換システムを導入した、加水なしの100%源泉の浴場で、ナトリウム・カルシウムー硫酸塩・塩化物泉(低張性・弱アルカリ性・高温泉)と単純温泉(低張性・弱アルカリ性・温泉)の混合泉とのこと。この旅では下呂、城崎と有名温泉地を経由してきましたが、ここ山代温泉も流石の名湯。癖がなくしっとりとする温泉で実に気持ちいいですね。この日のドライブと比叡山散策の疲れが取れました。

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温泉から上がって、総湯の前から界加賀を見たところ。温泉で熱った体に涼やかな風が気持ちいいですね。下駄を鳴らしながら宿に戻ります。

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宿のロビーには九谷焼の若手作家の作品などを展示したギャラリーがあります。

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ちょっとギャラリーをのぞいてみたんですが、奥にさりげなくおかれた生花が実に風流。こういった客人をもてなす心遣いが旅人を癒してくれるわけです。

お茶と温泉を楽しんでいる間に、夕食の時間となりました。この日の夕食は起死回生メニューです(笑)



旅は続きます、、、



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