作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

パトリック・ホーキンスのスクエアピアノによるソナタ集(ハイドン)

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10月に入り鍵盤物が続いておりますが、もう1枚。

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パトリック・ホーキンス(Patrick Hawkins)のスクエア・ピアノによる、マリア・ヘスター・レイノルズ・パーク(Maria Hester Reynolds Park)とハイドンのソナタなどを収めたアルバム。ハイドンの収録曲はピアノソナタ(Hob.XVI:51)、ピアノトリオ(Hob.XV:22)のアダージョ、カプリッチョ(Hob.XVII:1)「豚の去勢にゃ8人がかり」の3曲。収録は2014年6月23日から25日にかけて、米国サウスカロライナ州コロンビアにあるサウスカロライナ大学音楽学部のリサイタルホールでのセッション録音。レーベルは米Navona Records。

このアルバムには"Haydn and The English Lady"と思わせぶりなタイトルがついていいますが、併録されたソナタの作曲家、マリア・ヘスター・レイノルズ・パークがその英国婦人。解説の英文を紐解くと、マリア・パークは1760年生まれで若い頃はオックスフォードのオーケストラで鍵盤楽器奏者を務め、その後ロンドンに移って作曲したソナタなどを発表した人で、1813年に52歳で亡くなっています。ハイドンとどのような関係があったかと言うと、このアルバムに収録されているXVI:51のソナタは近年の研究で、このマリア・パークに贈られたと推定されているとのこと。ハイドンとの結びつきは、当時ハイドンが版画を収集していて、彼女の夫で優れた版画家であったトーマス・パークの手による著名な女優のドロテア・フィリップス(Dorothea Philips)の版画を購入し、作者であるトーマス・パークを紹介され、マリア・パークに出会ったとのこと。

このような経緯は明らかなものの、肝心のハイドンとマリア・パークがどのような関係であったかはわかりません。このアルバムで思い出したのが、ヌリア・リアルのアルバム。

2010/11/06 : ハイドン–オペラ : ヌリア・リアルのオペラ挿入アリア集

こちらは、ハイドンと若い歌手のルイジア・ポルツェリのために書いたアリアをテーマとしたアルバム。ハイドンの愛情がこもったアリアが並ぶ見事な企画。それに比べると、今日取り上げるアルバムの方はちょっと、企画が浅い感じが否めませんが、このアルバムタイトルに過剰な思い込みをした私の勇足と思うことにします(笑)

さて、ピアニストのパトリック・ホーキンスははじめて聴く人。ライナーノーツに簡単な紹介があるのみであまり詳しいことはわかりませんが、サウスカロライナ州コロンビアを拠点に活動する鍵盤楽器奏者で、ヨーロッパでも定期的に活動しているようです。この他にバッハの録音があるようですが、録音はそのくらいでしょうか。

演奏はスクエアピアノですが、ハイドンのソナタではジョアンナ・リーチ小倉貴久子トム・ベギンキャサリン・メイなどが録音を残しています。使用楽器は1831年製ウィリアム・ガイプ(William Geib)のスクエアピアノ。ライナーノーツに楽器の説明があまりないと思ってネットを調べていると、このアルバムの専用サイトをレーベルが用意していました。

HAYDN AND THE ENGLISH LADY - Home

アルバムに記載されている情報に加えて、楽器についてはかなり詳しい解説と細部の写真が掲載されていますので、興味のある方はご覧ください。



さて、肝心の演奏です。

ハイドンの前にマリア・パークの作品が4曲並びますが、意外にこれがなかなかいい。もちろん、ハイドンのソナタと比べるのは少々酷ですが、実にさっぱりとした愉しい曲想で、しかもスクエア・ピアノで弾くと、純粋にスクエアピアノの響きの美しさを楽しめる屈託のない音楽が心地よく流れます。スクエアピアノは、言われなければフォルテピアノと思ってしまうような音色で、フォルテピアノよりも少々響きが丸いと言うか厚いと言うか柔らかいと言うか、なんかそのような印象の響きです。ダイナミクスはフォルテピアノよりも少し狭いように聞こえますが、これが音楽をシンプルにわかりやすく聴かせる効果があるような気がします。

Hob.XVI:51 Piano Sonata No.61 [D] (probably 1794)
XVI:50とXVI:52と合わせてハイドンの作曲した最後の3つのソナタとして扱われることの多い曲ですが、2楽章構成と短く、録音も他2曲と比べてかなり少ない曲。展開はシンプルながら晩年の作らしくメロディーは閃きに満ちています。その曲を実に雅なスクエアピアノで演奏することで、そのひらめきが一層輝くよう。音域ごとに音色が結構異なるのでメロディーの面白さが際立ちます。ホーキンスのタッチはそのメロディー面白さを強調するようにメリハリをつけていきますが、やはり古典のハイドン、節度ある抑揚が実に心地よい演奏。作品の良さを際立たせようという穏やかな意図が感じられる自然な演奏。やはりハイドンにはこの自然さが必要です。入りのアンダンテから実に美しい響きに酔わされますが、続くプレストではハイドンの小気味よい展開の妙を存分に楽しむことができます。この曲、本格的なソナタではなく、美しい小品となったのは美しい版画のお礼として書かれたという経緯を知ると、この小気味よさこそがこの曲のポイントなんだとしっくりきますね。

Hob.XV:22 Piano Trio (Nr.36/op.71-2) [E flat] (before 1795)
続いてアダージョだけ取り出して鍵盤楽器だけで演奏されることも多いピアノトリオですが、解説によると元々このアダージョはハイドンがロンドン旅行などで長期間に渡ってエステルハージ家の楽長の座を留守にしたことのお詫びの印としてマリア・ヘルメネジルト王妃に贈られたもので、このアダージョが先に作曲され、後にピアノトリオのアダージョに転用されたものとのこと。こちらも鍵盤楽器で演奏されることが多い理由がわかりました。この曲の癒しに満ちた美しいメロディーもそうした背景を知って聴くと、ハイドンが音楽を愛する王妃に許しを乞う素敵な曲だとわかります。ホーキンスのは前曲同様、実に美しいタッチで、優しさに包まれた見事な演奏を披露。ハイドンが王妃にひざまづく様子が目に浮かびます。

Hob.XVII:1 Capriccio "Acht Sauschneider müssen sein" 「豚の去勢にゃ8人がかり」 [G] (1765)
「ハイドンと英国婦人」と言うタイトルのアルバムに、なぜこの曲が収められているのかいまいちよくわかりませんが(笑)、古楽器のソナタのアルバムにはよく入っている曲です。このオーストリア民謡を元にしたこのコミカルな曲には素朴な古楽器での演奏が似合うのでしょう。変奏ごとにニュアンスを巧みに変えてくるこの曲の面白さはスクエアピアノならでは。ことさら演出を強調しないホーキンスの演奏が、ここでも原曲の面白さを引き立てます。よく聴くと鍵盤の奥のフリクションのメカニックの音なども聞こえて、箱庭的面白さも加わります。現代ピアノでもこの曲の名演奏はありますが、このスクエアピアノでの演奏が、演奏する姿も含めて一番マッチしているんじゃないでしょうか。

アルバムタイトルからは、ハイドンの禁断の恋話がまだあるのかと過剰な期待を持って聴き始めたこのアルバムですが、聴いてみると実に微笑ましく、聴くと幸せな気持ちになるハイドンの魅力がたっぷりと詰まったアルバムでした。このアルバムから伝わるのは、素晴らしい芸術作品である版画を手に入れ、作家に自分の作品も贈るハイドンの誠実な心、王妃に長期の不在を詫びる素敵な曲を送る忠誠心、ちょっと下品な民謡も見事な作品にしてしまうユーモアなど、ハイドンの作品に一貫して存在するハイドンの心のあり方です。実に味わい深い名盤として多くの人に聴いていただきたいアルバムです。評価は[+++++]とします。



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