作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

アレクセイ・リュビモフの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」(ハイドン)

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先日取り上げたヤロスラフ・トゥーマの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」の記事を書いている最中、そう言えば取り上げていない名演奏があったと、ちょっと気になっていたアルバムです。

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TOWER RECORDS / amazon

アレクセイ・リュビモフ(Alexei Lubimov)がタンジェント・ピアノで演奏した、ハイドンの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」。収録は2013年6月17日から20日にかけて、アムステルダム近郊のハールレム(Haarlem)にある統一メノナイト教会(Doopsgezinde Gemeente Church)でのセッション録音。レーベルはZIG-ZAG TERRITOIRES。

いつもながらハイドン以外の世情に疎く、リュビモフもこのアルバムで初めて聴いた人。モーツァルトのソナタ全集が非常に評判が良かったり、ブラウティハムと2人でモーツァルトの2台、3台のピアノのためのコンチェルトを録音していたりするなど、巷では有名な人のようですね。このアルバムは結構前に手に入れていたんですが、この9月に来日していくつかのコンサートの評判が非常に良いとのネットの情報でこのアルバムも聴き直して、その良さにようやく気づいた次第。しかも、この来日の前に引退を発表していたということで、逃したコンサートが最後の来日コンサートだったんですね。いやいやアンテナの感度が鈍っております(苦笑)

手元のアルバムはマーキュリー扱いの国内仕様盤ということで、白沢達生さんの訳による詳細な解説が日本語で添付されていますので、その情報を元に略歴などをさらっておきましょう。

アレクセイ・リュビモフは1944年モスクワ生まれのピアニスト。モスクワ中央音楽学校でリヒテルの師でもあったゲンリフ・ネイガウスに師事。当初は現代音楽を得意としていたとのこと。ソ連崩壊とともに西側での演奏機会も増え、フォルテピアノとの出会いをきっかけに古楽器も演奏するようになり、モーツァルトのソナタ全集をフォルテピアノで録音。アンドレアス・シュタイアーとのデュオや有名古楽器オケとの共演のほか、古楽器以外のオケとも共演を続けてきたとのこと。ネットを調べたところ、録音は膨大でモーツァルトから現代音楽まで幅広くこなしていますが、ハイドンの録音はおそらくこれが唯一のアルバムかと思われます。

このアルバムの聴きどころは、タンジェント・ピアノという聞き慣れない楽器での演奏という点です。リュビモフ自身の解説によれば、タンジェントピアノは18世紀半ばから後半にかけてドイツ語圏を中心に普及してしていた初期のピアノの一種とのことで、様々な機能を使って音色を変化させることができ、この表現の幅の大きさがこの楽器を選んだポイントとのこと。
録音に使用した楽器はレーゲンスブルクのシュペートのもの。(Späth & Schmahl Ratisbonne Regensburg, 1794)

Hob.XX:1C "Die sieben letzten Worte unseres Erlösers am Kreuze " 「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」 (1787)
一聴してフォルテピアノに近い音色ですが、チェンバロ的な金属っぽい音も混ざり、フォルテピアノとチェンバロの中間のような音色。ダイナミクスはフォルテピアノ並みに広く弦がよく鳴る楽器との印象。録音は古楽器の収録によく使われる会場だけに、この楽器の響きの繊細な魅力をうまく活かした精緻なもので、聴きやすいですね。リュビモフの演奏は、テンポはこの曲にしては若干速めに感じる、テンポ感の良いもの。中音域のフォルテピアノに近い音色に高音のチェンバロ的な付帯音が重なり、華やかさが加わることで、一貫して短調のこの曲に艶やかさが加わり、重くなりません。淡々とした演奏ながら、流石にフレーズごとの表情の彫りは深く、叙事詩が語られていくような趣きがこの曲に合っているように感じてきます。
第2ソナタに入るとチェンバロ的なざわめきが消え、明らかに音色が変わります。この曲の細かいトレモロのような装飾音の美しさを際立たせると同時に弱音の美しさが浮かび上がります。そう、このソナタ毎に音色を変え、それぞれのソナタを描き分けようというのが狙いだったんですね。実際に聴くとリュビモフの意図がよりはっきりと伝わります。微妙なタッチの変化での音色の変化も絶妙。
第3ソナタではタッチの力を抜いて少し音が軽くなり、ここでも荘重な曲想が重くなりすぎることなく、光り輝くような浮遊感をもたらします。この曲でこれほど華麗な展開を味わえるとは! まるでお花畑を遊び回るような気分になるから不思議です。
続く第4ソナタでは今度は音を立ててメロディーをクッキリと浮かび上がらせて、ドラマティックな雰囲気に変わります。ここにきて音色に加えてタッチでもソナタごとの表情を描き分けてくる設計の見事さがジワジワと効いてきますね。ハイドンのこの曲の真価を実に深いレベルで読み取っていることに驚きます。
聳つようなピチカートのイメージが残る第5ソナタですが、リュビモフは驚くべきことにピチカートの部分をのっぺりマスキングしてメロディーと伴奏の伴奏に割り切ってメロディーを浮かび上がらせます。この曲の真髄はシンプルなメロディーラインの美しさでした。次々現れる新鮮な解釈に脳が超活性化! 知らず知らずのうちにタンジェント・ピアノの多彩な音色に魅了されています。
楔を打つように厳粛な第6ソナタの入りの一撃に引き締められたかと思うと、優しく美しいメロディーに包まれる見事な展開。楔の強さがメロディーの美しさを際立たせます。
最後のソナタは極度に穏やかなタッチがこの曲の美しさをまたも際立たせます。本来は宗教的に特別な境地に至る曲ですが、あまりの美しさに詩情が勝り、幸福感に包まれる至福の境地。
地震は、アタックよりも連続音で迫力を出す演奏。古楽器での表現ではより効果的でしょう。タッチの鋭さが迫力を演出します。

この演奏、奏者の意図どおりタンジェント・ピアノの音色の変化と絶妙なタッチにより、ハイドンが書いたこの曲の多彩な魅力を見事に表現しきっています。トゥーマ盤も素晴らしかったんですが、このリュビモフ盤も絶妙ですね。やはりこの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」は名曲です。もちろん評価は[+++++]とします。

このアルバムを聴き直して、リュビモフの引退前の最後のコンサートという絶好の機会を聴き逃したことの大きさを思い知っております(涙)



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