作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

ジョナサン・ノット/東響の「グレの歌」(ミューザ川崎)

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10月6日の日曜日はコンサートに行ってきました。

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ミューザ川崎シンフォニーホール開館15周年記念公演「グレの歌」

ジョナサン・ノット率いる東京交響楽団の秋の声楽曲シリーズ。昨年まで3年間はモーツァルトのダ・ポンテ三部作が取り上げられていて、2016年のコジ・ファン・トゥッテ、17年のドン・ジョヴァンニ、昨年のフィガロの結婚と存分に楽しんだことは記事に書いた通り。そして今年はガラッと趣向を変えて、シェーンベルクの「グレの歌」になったんですね。あんまり馴染みのない曲目でしたが、歌手にコジのドン・アルフォンソで老獪な歌唱を披露したサー・トーマス・アレンと何度かの実演でその素晴らしさを堪能している藤村美穂子さんの名前があったのでチケットを取った次第。残念ながら藤村さんはご都合により代わってしまいましたが、期待のコンサートであることには変わりありません。

配役などは以下のとおり。

ヴァルデマール:トルステン・ケール(Torsten Kerl)
トーヴェ:ドロテア・レシュマン(Dorothea Röschmann)
山鳩:オッカ・フォン・デア・ダムラウ(Okka von der Damerau)
農夫:アルベルト・ドーメン(Albert Dohmen)
道化師クラウス:ノルベルト・エルンスト(Norbert Ernst)
語り手:サー・トーマス・アレン(Sir Thomas Allen)
合唱:東響コーラス
合唱指揮:冨永恭平(Kyohei Tominaga)
指揮:ジョナサン・ノット(Jonathan Nott)
管弦楽:東京交響楽団

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この日のコンサートはミューザ川崎の開館15周年記念コンサートということで、グレの歌はミューザからの提案で実現したプログラムとのことと実演当日に知りました。シェーンベルクは実演でも「浄められた夜」は何度か聴いたことがあるものの「グレの歌」はあまり馴染みがなく、予備知識も乏しい状態。ということで、ホールに入ってみてステージいっぱいに並べられたオケの席を見てびっくり。比較的広いミューザのステージの隅々まで奏者の席が並びます。現代物だとパーカッションが色々並ぶことは多いのですが、そもそもオケの各パートの人数が半端ないですね。開演後にちょっと数えてみたところ、目についたところだけですが、コントラバス10人、チェロ14人、ホルンは11人いました。ヴァイオリンに至っては数える気にならないほど。オケだけ見るとマーラーの千人よりも多いような気がします。これほどの大編成の曲とステージを見て知った次第。加えて歌手も一流どころが揃い、15周年記念を祝うのに相応しいプログラムです。

プログラムによると「グレの歌」はシェーンベルクの比較的初期の作品で、デンマークの詩人ヤコブセンの同名の詩の独訳をテキストとしたもの。中世デンマークのヴァルデマール王が侍従の娘トーヴェを愛してしまい、トーヴェは嫉妬に狂う王妃に殺されてしまいますが、ヴァルデマール王はその死をもたらした運命に神を罵ったことで、王も命を落とし亡霊となってグレの地をさまよい、最後の審判を受けるのですが、なぜか最後はハッピーエンド的に終わるという、劇的と言うか、ちょっとわかりにくい筋。そのテキストにつけられたシェーンベルクの音楽は無調に至る前の後期ロマン派の音楽とのことですが、音楽も実に難解。ハイドンばかりでなく現代音楽も嫌いではない私ですが、分裂気味に展開しまくる音楽に聴く方も分裂気味。一言で言うと音多すぎです(笑)。そんな曲なんですが、この日のコンサートは、いつもながら隅々まで行きわたるノットのコントロールに完璧に応えるオーケストラ、圧倒的な声量と存在感の歌手陣、ノットの挑発にまたもチャレンジする東響コーラスの渾身の演奏によって、時に爽やか、時にロマンティック、時に壮麗壮大で要所は爆風のような迫力に圧倒される見事な演奏にノックアウトされました。

席は3階右上からオケを俯瞰して見下ろす席。この席、音響も非常にいいのは今年のサマーミューザでのアラン・ギルバートのローマの松で実証済みのお気に入りの席です。開演前のステージでは何人かの奏者が練習中ですが、目についたのは指揮台の前の巨大な楽譜。これだけの人数の大オーケストラの大曲ということが楽譜の大きさからも伺い知れます。

第1部は約1時間の長いもの。王に続いてトーヴェが愛を歌ったあと、山鳩がトーヴェの死と王の嘆きを歌う山鳩の歌で締めくくります。
オケの前の指揮者脇狭い隙間に歌手用の椅子が置かれ、最初はヴァルデマール王役のトルステン・ケールとトーヴェ役のドロテア・レシュマンの2人のみ登壇。コーラスは前半は入りません。曲はうっすら昔聴いた記憶がある程度。入りはキラめくような色彩感溢れるオケが印象的だと思っていると、やはり超巨大編成オケのパワーは凄まじいものがあり、すぐに迫力に圧倒されるようになります。超大編成オケが炸裂しても響きが飽和しないミューザの素晴らしい音響を堪能。オケの後ろと客席後ろの2箇所に据えられた電光掲示板に表示される歌詞を追うのに視線の移動が大きいきらいはありましたが、なんとか筋を追いかけながらの鑑賞でした。王役のトルステン・ケールは大音響のオケに負けないよく通る声で見事な歌唱、トーヴェ役のドロテア・レシュマンも艶やかなよく通り声。そして、当初藤村実穂子がキャスティングされていた山鳩役のオッカ・フォン・デア・ダムラウが予想外に素晴らしい存在感。第1部の途中で登壇し、オケの間奏の後の山鳩の歌は聴きごたえ十分でした。

休憩後はオルガン前中央に男性、両脇に女性が陣取るコーラスが入場します。不気味な重低音が響いて王が神を罵る歌を歌う短い第2部。続いて第3部は亡霊になってしまった王と従者が腹いせに狩で大騒ぎして、農夫、道化クラウスがそれを憂う場面。王の従者の男性コーラスがここにきて出番。終結部は「夏風の荒々しい狩」と名付けられ、語りのトーマス・アレンが自然を賛美。そしてなぜか女性コーラスの艶やかなハーモニーに乗って夏の太陽が昇ってハッピーエンドとなります。筋書きの説得力(=私の理解力)がイマイチなものの、終盤のオケとコーラス分厚いうねりは見事。あまりの迫力に拍手のフライングはご愛嬌でしたが、コンサートの終わりの拍手でこれほど熱狂的なのは初めてと言っていいくらいのブラヴォーの嵐が吹き荒れました。東響はいつも通り、ノットのタクトに完璧に対応、歌手も見事な歌唱、そして、出番は少なかったものの東響コーラスも分厚いハーモニーで演奏を盛り上げました。これだけの大編成ながら緩んだ部分は皆無。ブラヴォーの嵐も納得ですね。ノットも歌手もオケ、コーラスが退場した後も二度ほどステージに呼び戻され、最後はステージ周りにいたお客さんの中に降りていってハイタッチや握手攻めにあってました。トーマス・アレンも嬉しかったのか、自分のスマホで客席を写してましたね。観客は現代音楽ファンばかりでなく、川崎のオケファンも多いと思われますが、「グレの歌」でここまで盛り上がるとはと驚きました。ノットもミューザもいいお客さんがついていますね。

私も、「グレの歌」とシェーンベルクの真価に触れられた、貴重なコンサートとなりました。来年の秋は何が組まれるのか、今から楽しみです!



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