作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

起死回生! ラトル/ベルリンフィルのライヴCD-R

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今日は予告通りサイモン・ラトル、ベルリンフィルのハイドンのライヴ盤を取り上げます。

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DiscLosure Classicsというアメリカのレーベル。2003年9月26日のベルリンフィルのコンサートのライヴ収録。収録曲目は収録順(おそらく演奏順)にハイドンの交響曲67番、チェチーリア・バルトリ(メゾソプラノ)のソロによるハイドンの歌曲「ベレニーチェよ、何をしているのだ」、同じくバルトリのソロによるグルックのアリア、最後はハイドンの交響曲90番、例の終わりそうで終わらないパフォーマンス付きの演奏です。
ラトルは2002年からベルリンフィルの芸術監督の地位についていますので、このコンサートは2年目のシーズンの開始間もなくの演奏。ベルリンフィルのウェブサイトにプログラムが残っています。

ベルリンフィル:2003年9月26日のコンサートプログラム(英文)

まずは、交響曲67番。一聴してわかるEMI盤とは異なる実体感のある音響。1楽章冒頭から生気が漲っています。ベルリンフィルのハイドンといえば、こうこなくては。1楽章のささやくような序奏から主題の強奏による展開までの畳み掛けるような迫力と、中期の交響曲特有のシンプルな構成の面白さの高次元のバランス。ベルリンフィルの弦楽セクション特有の力感漲るフレージングが生きていますね。フレージングのキレだけで1楽章を堪能できます。
2楽章のアダージョは絶品。弱音器つきの弦の静かなメロディと木管のコントラストが素晴らしい。ラトルの特徴がフルに発揮された至福の9分間。このアダージョのためにこのアルバムを買う価値有りです。アダージョのあまりの素晴らしさに厳しいフィルハーモニーのお客さんも思わず拍手。
3楽章のメヌエットはヴァイオリンのソロが活躍する構成。楽章間のコントラストも見事。冒頭の一音から覇気が漲ります。
フィナーレは、ハイドンの天才を証明するような素晴らしいキレ。コントラスト、展開、力感、そして弦楽器のソロでのクァルテットのような中間部、すべてが完璧な演奏。67番がこれほど素晴らしい曲だったとは。この夜の演奏を生で体験したお客さんの興奮はいかばかりだったでしょうか。
1曲目から素晴らしい演奏。これぞベルリンフィル、これぞラトルというべき演奏ですね。

2曲目は現代最高のメゾ、バルトリの登場。ナクソスのアリアンナではなく、「ベレニーチェよ、何をしているのだ」。バルトリのこの曲はアーノンクールとのDVDでも観ることが出来ます。DVDの演奏に比べ伴奏の力強さと伴奏のメリハリは遥かにこの演奏のほうが優れており、バルトリの声の張りも段違い。ここでもベルリンフィルの弦楽セクションの炸裂ですね。拍手喝采とブラヴォーが出来を象徴。

そして最後はEMI盤にも後年の録音が収録されていた交響曲90番。前回取り上げた演奏と異次元の集中力。何気ないフレーズもギリシャ彫刻のような立体感に溢れるフレージングでこれまた生気が漲りまくり。同じ指揮者とは思えない充実ぶり。オーボエの旋律に施された修飾音のキレもよく、オケが絶好調なようすが手に取るようにわかる演奏。
2楽章はリラックスした展開ながら所々低音弦の楔がよく効いて立体感抜群。後半のチェロのソロも堂々とした佇まい。3楽章のメヌエットもこれまでと同様、大迫力。途中のオーボエのメロディがとろけそうな美演。
そしてフィナーレはキレまり。キレてるだけに例の演出も見事に2度も効いて、場内の盛り上がりも最高潮となり、ベルリンフィルも底力を発揮してフィニッシュ。素晴らしいハイドンですね。

評価はもちろん全曲[+++++]。このアルバムを聴かずにラトルのハイドンを語るなかれ、ですね。

この演奏でようやくラトルとベルリンフィルの実力が明らかになった気がします。考えさせられるのはアルバムをプロデュースする視点。表面的に整った演奏をアルバムにまとめても、演奏がキレてなければ魅力はありません。今回取り上げたアルバムはいわゆる海賊版。取り上げるのに道義的に問題があるのかもしれませんが、演奏の素晴らしさに変わりはありません。このアルバムをリリースしたのは酔眼と言えるでしょう。著作権上の問題はあるのかもしれませんが、ラトルの真価を伝えるという意味では、正規盤以上に存在価値があるものと思います。

どこかで見つけられた方、手に入れるべき必聴盤です。
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