作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

エステルハージー・アンサンブル日本公演(鎌倉佐助サロン)

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6月1日(土)は鎌倉までコンサートを聴きに行ってきました。

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幻の楽器 バリトン 〜エステルハージー・アンサンブル日本公演〜

ただでさえ珍しいバリトンという楽器のコンサート、しかも、ハイドン好きの皆さんならご存知Brillant Classicsからリリースされているハイドンのバリトン三重奏のみならずバリトンに関する全作品を録音したあのエステルハージー・アンサンブル(Esterházy Ensemble)の来日公演ということで、ただならぬ期待感を伴いチケットを取ってあったもの。この来日公演は全国8都市で行われるもので、この日の鎌倉のコンサートが初日。(当初9都市と記載しましたが8都市の誤りでしたので修正しました)

バリトン三重奏のコンサートは、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン草創期の2006年、東京国際フォーラム地下の相田みつお美術館で開催されたコンサート以来2度目。この時のコンサートでは、バリトンがフィリップ・ピエルロ(Philippe Pierlot)、ヴィオラがフランソワ・フェルナンデス(François Fernandez)、チェロはライナー・ツィパーリング(Rainer Zipperling)のコンビで、バリトントリオ3曲(Hob.XI:101、XI:66、XI:97)を聴きました。この時にバリトンの実に不可思議な響きを生で体験しましたが、音の出る構造まではよくわかりませんでした。今回はコンサートの休憩明けに実際に音を出しながらバリトンという楽器の説明を間近で聴き、その仕組みも非常によくわかりました。

コンサート会場は鎌倉駅から歩いて10分ほどのところにある佐助サロンという普段は結婚式などに使われる場所。駅からちょうど御成小学校の裏手にあたります。ネットでチケットを取ってネットの地図を頼りに場所を探しますが、場所はわかるものの、入り口がわかりません。しばらくウロウロしている間に隣にある古い洋館をチェック。

鎌倉は学生時代の1985年の夏に神奈川県の文化財調査で洋風近代建築の調査に参加し、真夏に通った懐かしい場所。その古い洋館とは佐助サロンのすぐ隣に建つ駒木邸(旧明治製糖の相馬清邸)。私が実測調査と図面作成を担当しました。当時は広々とした庭だった場所にも家が建ち、敷地は原型をとどめませんが、洋瓦葺きの屋根や手摺子付きのバルコニーなど建物の特徴的な部分は残っているのがわかりました。34年ぶりの訪問で、酷暑の中調査をした日々が懐かしく思い出されます。

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コンサート会場と思われるあたりをうろうろしていると、コンサートのお客さんと思われる人が案内されてきたのについて行き、こちらも鎌倉市の景観重要建築物等である笹野邸に入ります。ついていくまま広大な庭を横切って、敷地内の西のはじに建つ新しい建物が佐助サロンでした。

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入り口は敷地の西側にありました。早めに来た際には看板などが出されていなかったので素通りしたということでした。

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開演30分前に開場。中に通されると、広い庭が一望できるガラス張りの明るい部屋。窓越しに通ってきた庭の新緑と笹野邸が望める素晴らしい会場。

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ステージにあたる場所にはすでにバリトンが置かれていました。自由席だったのでバリトンの指使いを見るべく、左側の一番前に陣取ります。

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しかもバリトンの後ろの花瓶が置かれた台の上には長短2本の弓も置かれていました。

会場は60人ほど入るとのことですが、開演時間にはほぼ満席です。エステルハージー・アンサンブルのメンバーは以下の通りでBrilliantの21枚組のCD録音時と変わりません。

バリトン:ミヒャエル・ブリュッシング(Michael Brüssing)
バロックヴィオラ:アンドラーシュ・ボリキ(András Bolyki)
バロックチェロ:マリア・ブリュッシング(Mária Brüssing)

プログラムはもちろんハイドンのバリトン三重奏曲が4曲と、間に2曲他のものが挟まる構成。メンバーが入場すると、主催者からの挨拶があり、演奏が始まります。

ハイドン バリトン三重奏曲ニ長調(Hob.XI:39)(Adagio - Allegro - Minuet)
ステージには左からバリトン、ヴィオラ、チェロという順に並び、入念にチューニングを行います。バリトン奏者のミヒャエル・ブリュッシングさんは目の前1メートルで演奏するのでバリトンの音色が鮮明に聴こえます。チェロの太い音色とは明確に異なり、チェロよりやや金属的な細身の音が特徴ですが、耳を澄ますとほのかに開放弦による付帯音が伴います。バリトンはエンドピンがなく、両足に挟んでの演奏。チェロもエンドピンがないバロックチェロ。バリトントリオはバリトンという楽器を愛好していたニコラウス・エステルハージー侯爵が演奏するために書かれた曲ということで、技巧を凝らしたものというよりも練習曲のような雰囲気なのはご存知の通り、バリトンの実に不思議な音色がアンサンブルの中でも際立ちます。
プログラムによればこの曲はニコラウス侯の洗礼日に作曲されたものとのことですが、手元の所有盤リストにはこの曲の録音はエステルハージー・アンサンブルの録音1種のみという貴重な曲。1楽章の穏やかなメロディーは今日でもハンガリーではニコラウス侯の歌として知られているとのこと。
続くアレグロは、躍動感ある舞曲。比較的音域の近い3つの楽器が交互奏でるアンサンブルにより、微妙な音色の違いが強調されて聴こえます。三重奏の高音部がヴィオラではなくヴァイオリンだと、ヴァイオリンパートが目立ってしまうのでしょう。バリトントリオがバリトン、ヴィオラ、チェロであるということが実際に間近で聴いて納得できた次第。
そして、ハイドンの真骨頂のメヌエット楽章。曲によって全く異なる聴かせどころを持つのはご存知の通り、この曲ではシンプルな構成にも関わらず、実にコミカルなメロディーを軸に展開する音楽に頬が緩みます。最後の一音が終わった後ももバリトンの開放弦の共鳴音がリアルに聴こえることがよくわかりました。この日初めてバリトンの音色を聴いたお客さんも少なくなかったでしょう。この不思議な音色のアンサンブルに拍手喝采。

1曲めが終わったところでブリュッシングさんがステージ裏の窓を開けます。締め切っていた会場に心地よい風が入り、実に爽やか。

A.I.トマジーニ バリトン三重奏曲12番 イ長調(Hob.XI:96)(Allegro Spiritoso - Adagio - Rondo Allegretto)
ハイドン率いたアイゼンシュタットの楽団のコンサートマスターを務めたトマジーニ(Aloisio Luigi Tomasini)の作品。トマジーニは24曲のバリトン三重奏曲を書いているそうで、その中の1曲。1楽章は快活なイタリア風の明るい曲。ヴィオラとチェロの刻む速いリズムに乗って、バリトンがメロディーを奏でます。解説にはトマジーニがロッシーニの作風を先取りしてしているとの記載がありますが、まさにロッシーニのような輝かしさを感じさせます。音数はハイドンの曲よりもはるかに多いものですが、曲の構成の面白さはハイドンの曲の方に分があります。2楽章に入るとバリトンがメロディーを歌いますが、独特の音色とかすかに響きを加えるバリトンの開放弦の余韻が実に心地よい。これは録音ではなかなかわからないかもしれません。3楽章はメヌエットのように中間部のあるロンド。中間部で短調に変わりますが、その表情の変化が聴きどころ。この中間部でバリトンの開放弦をつまびくソロが初めて入り、バリトンの不思議な響きが会場に響きわたります。ハイドンとの作風の違いが興味深いですね。

ハイドン バリトン三重奏曲ロ短調(Hob.XI:96)(Largo - Allegro - Menuet)
ハイドンが書いた膨大なバリトントリオの中でも2曲しかない短調の曲。この曲は録音も手元に11種ある有名曲。この曲からバリトンの弓を長い方に変えます。冒頭から憂いに満ちたメロディーが印象的。録音で聴くとメロディーラインに耳がいきますが、眼前の演奏ということで、ハーモニーの精妙さを存分に味わえます。特にバリトンの不思議な音色が醸し出す独特の雰囲気があってこそこの曲のメロディーの美しさが際立ちます。深く沈むメロディーはこのバリトンという楽器で奏でることでこの深さを感じさせるのですね。1曲目と同様2楽章に速い楽章を置いた構成ですが、この楽章は短調のために影のある不思議な躍動感。そしてメヌエットにも陰りを感じさせます。微妙な陰影の濃淡の表現が見事。

これで前半が終了して休憩に入ります。窓を開けると外の音が気になるかというと全く気にならず。天気にも恵まれ、窓の外の新緑が非常に美しいですね。音楽は締め切ったホールで聴くことが多いですが、バリトンの音色を聴きながら爽やかな風と外の緑を楽しめるというのも悪くありません。休憩中お客さんはステージに置かれたバリトンの周りに集まり、しげしげと眺めたり写真を撮ったりと興味津々。

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休憩後は、ブリュッシングさんから解説がありました。ニコラウス侯がバリトンを愛好し、ハイドンがバリトントリオを作曲した経緯やバリトンという楽器が現存数もレプリカも少なく非常に貴重なものという話は私はもちろん把握済み。また、アイゼンシュタットでハイドンやニコラウス侯がバリトンを弾いていた部屋は、この日のコンサート会場とほぼ同じ大きさだったというのも興味深い話でした。

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そして特に興味深かったのは、ネックの裏側に張られた開放弦がニ長調で響くように調弦されているということで、実際に表の弦を弓で弾いた時に、開放弦の共鳴の仕方が全く異なること。開放弦の響く音量は表の弦の音でかなり異なり、バリトントリオの多くがニ長調で作曲されている理由がわかりました。また、今回のツアーでは高温多湿の日本での演奏を考慮して、通常は表の弦はガット弦を張るところ、シルクの弦にしていること、裏側の開放弦はチェンバロ用の弦を張っているとのことでした。アンサンブルの中で響く音だとイマイチわかりにくい繊細な部分まで仕組みが実によくわかりました。

ブリュッシングさんの解説を聴いて会場のお客さんもバリトンという楽器のことがわかり、リラックスしたよう。

ハイドン バリトン三重奏曲ニ長調(Hob.XI:35)(Adagio - Allegro di molto - Menuet)
休憩後は再びハイドンの曲。この曲はエステルハージー・アンサンブルの他には1種しか録音がない希少な曲。1楽章はパストラール・シチリアーノ。ヴィオラとチェロの奏でるピッチカートに乗ってバリトンが牧歌的なメロディーを奏でていきます。後半の民謡風な部分もバリトンの特別な音色によって面白さが際立ちます。2楽章は快活な舞曲。奏者も前半よりも演奏に馴染んできたようで、音楽の生気がアップ。そして3楽章のメヌエットは中間部が全パートが同じメロディを弾くという非常に変わった構成。ハイドンのアイデアは尽きません。弦楽四重奏もそうですが、1曲として同じアイデアの焼き直しがなくそれぞれの曲ごと様々に創意を凝らしてきます。

モーツァルト/J.S.バッハ アダージョとフーガ(KV404a)
モーツァルトがフーガを研究した際にバッハの曲に自作の曲を加えて書いた曲とのこと。それをバリトントリオに編曲した曲。モーツァルト風に華麗に展開するかと思いきや、バッハに近い雰囲気の曲でした。ハイドンは楽器の音色が活きるようにに曲を書いているのはみなさんご存知の通り。このバリトンという楽器に合わせて編曲するのはなかなか大変なことでしょう。

ハイドン バリトン三重奏曲ニ長調(Hob.XI:118)(Allegro - Menuet Allegretto - Finale Presto)
最後の曲も、エステルハージー・アンサンブルの他にはクイケン兄弟のフラウト・トラヴェルソによる演奏しか録音がない希少曲。解説によると狩がテーマの曲のようです。この日のプログラムのハイドンの曲では唯一2楽章にメヌエットが配された曲。1楽章はこれまでの曲よりも構成が巧みになり、各パートのメロディーの受け渡しも多くなります。ニコラウス侯のバリトンの腕前の向上を踏まえたものでしょうか(笑) 2楽章のメヌエットは中間部での変化があまりない短いもの。そしてフィナーレも短く狩の後の宴を想起させる音楽とのこと。最後の曲が終わるともちろん皆さん、拍手喝采。暖かい拍手に笑顔でメンバーの表情が印象的でした。

アンコールはヴィオラを弾くアンドラーシュ・ボリキさんの曲。ヴィオラの美しいメロディーが会場に響き渡りました。

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コンサートの終了後はブリュッシングさんがバリトンについて質問に答えてくれるということで、終了後も和やかにお客さんと対話してくれていました。普段はコンサート後にサインなどもらうことはありませんが、この日は特別。プログラムに3人のサインをもらい、ブリュッシングさんと事務局の方に当ブログの宣伝もしておきました(笑)

この日のコンサートはまさに貴重な経験。コンサートのタイトル通り「幻の楽器」であるバリトンのことがかなりわかってきました。エステルハージー・アンサンブルによるハイドンのバリトン三重奏曲全集は愛聴盤ではあり、よく聴いていますが、たまに鳴らされる開放弦の響きと、燻らせたような特殊な音色が特徴だと思っていました。今回のコンサートで、燻らせたような特殊な音色とは、弓で弾く弦の音色のみならず、その音に共鳴する裏側の開放弦の響きの乗り具合で変化する付帯音にもあることがわかりました。帰ってBrilliantのCDを音量を上げて聴くと、まさに微かに響く共鳴音が聴こえるではありませんか! いつもそこそこ小さい音量で雰囲気を楽しむような聴き方が多かったんですが、実際は少人数の小さな部屋で演奏して楽しむのがこれらの作品ということで、こうした室内楽こそ少し音量を上げて、自分で演奏しているくらいのリアリティで聴いて初めてわかることもあるのだと今更ながら再発見。美しいロケーションでのコンサートだったことも含めて鎌倉まで参上した甲斐がありました。



このコンサートはエステルハージー・アンサンブル日本公演実行委員会というところが企画し、日本オーストリア友好150周年記念事業としてオーストリア大使館、オーストリア文化フォーラムの後援のもと開催されたもの。この貴重な機会を設定いただいたご苦労に感謝です。この後6月4日(火)は東京小金井、5日(水)は浜松楽器博物館、6日以降は九州各地で開催されます。ご興味のある方は是非お出かけください!



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6 Comments

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tenkichi995

No title

バリトンの裏側は共鳴弦になっているのは、承知していました。しかし実際に裏側からの写真をみたのは、初めてでした。詳細なレポートありがとうございます。

  • 2019/06/04 (Tue) 07:23
  • REPLY
Daisy

Daisy

Re: No title

tenkichi995さん、コメントありがとうございます。

私もバリトンの裏側に共鳴弦があるということは知識として知ってはいましたが、楽器を裏からしげしげと見るのは初めてな上に、目の前で裏の弦を親指で弾いたり、間近で共鳴音を聴くのも初めてで、非常に興味深かったです。表の弦は6本なのに比べ、裏の弦は10本もある複雑な構造なのに加え、その弦が盛大に共鳴することで得られる得もいわれぬ響きは実に魅力的で、この不思議な楽器を我が物にしたいというニコラウス侯が好奇心をそそられた理由がなんとなくわかった気がしました。

  • 2019/06/04 (Tue) 16:10
  • REPLY

久保田 克敏

No title

お世話になります。
かなりご無沙汰してしまいました。
「えっ、昨日浜松の楽器博物館でもあったの!?」と唖然としております。最近、仕事が無茶苦茶な(でも楽しい)という状況で、全くのノーマークでした。
前回来日した時(2009年のハイドン・イヤー)も楽器博物館で同様の催しがあったと記憶していますが、それも後から知ったという始末。
エステルハーザーには行ったことがあるのに、正に灯台下暗しとはこのことです。


閑話休題。
先日、センチュリーのハイドン・マラソンに行ってきました。
23番、20番、85番「王妃」というラインアップ。23番は、B.クレーの「哲学者」に長年親しんで来た身としては、その刷り込み具合が半端ありませんが、良い意味でとてもフワッとした羽毛のような軽やかさがとても心地良いものでした。

  • 2019/06/06 (Thu) 17:58
  • REPLY
Daisy

Daisy

Re: No title

久保田さん、コメントありがとうございます。

そういえば久保田さん、浜松でしたね。浜松市楽器博物館での演奏は、楽器博物館という会場ということで解説の内容も客層も他の会場とは違ったものになったんじゃないかと想像してます。もともと展示されていたバリトンとの楽器の違いなども興味深いところで、こちらも行きたかったですね(笑)

ハイドンマラソンですが、アルバムのリリースもなんだかピッチが上がって来ましたね。一度ナマで聴いてみたいものです。東京来ないかな〜 (^ ^)

  • 2019/06/07 (Fri) 10:15
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sifare

ご無沙汰しております。

Daisyさんこんばんは~
響きや自然との調和まで感じられるような記事を楽しく読ませて頂きました。有難うございました!
私も恥ずかしながら情報にうとく、うわ!関西で行われてたらどうしようと日程を確認したところ、九州方面のみだったようで、それはそれで安堵した次第です。といっても、本当は聴きにいきたい!という気持ちが大なのはもちろんなのですが。

最近特に引っ込んでおりますので、ほんとだめですねぇ。と言っても、車の中などでバリトンの演奏聴いておりますが、なんとも言えない染み入ってくる温かい音色にほっとします。

貴重な記事を有難うございました~

Daisy

Daisy

Re: ご無沙汰しております。

sifareさん、コメントありがとうございます!

バリトンは実に摩訶不思議な楽器だということが自分の目と耳で確かめられました。特に裏側の開放弦が微妙に響く余韻を眼前1メートルの距離で浴び、至福の境地でした。いつか機会があったら、是非この境地を味わってほしいものです。

>最近特に引っ込んでおりますので、ほんとだめですねぇ。

色々ご苦労があろうかと思いますが、要は気の持ちようです。ハイドンの暖かい音楽を聴いて元気出してくださいね!


  • 2019/06/16 (Sun) 10:52
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