ブラウティハムのハイドン&ベートーヴェン(トッパンホール)

5月15日はチケットをとってあったコンサートに出かけました。

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トッパンホール:ロナルド・ブラウティハム(フォルテピアノ) ―ワルトシュタインを弾く

ハイドン愛好家にはお馴染みのロナルド・ブラウティハム。スウェーデンのBISレーベルからフォルテピアノによるハイドンのソナタ全集をリリースしており、古楽器による演奏ながら現代ピアノに近い力感を感じさせる演奏が印象に残っています。記事には3度取り上げていますが、それも直近でも2012年と7年も前のこと。

2012/04/02 : ハイドン–ピアノソナタ : ブラウティハムの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」
2010/10/04 : ハイドン–協奏曲 : ブラウティハムのピアノ協奏曲集2
2010/10/03 : ハイドン–協奏曲 : ブラウティハムのピアノ協奏曲集

そのブラウティハムが来日してハイドンを弾くということで、私としては聴かないわけにはいかないコンサートということでチケットをとってあったもの。プログラムは以下の通り。

ハイドン:ピアノソナタ変ホ長調(Hob.XVI:49)
ベートーヴェン:ピアノソナタ第3番ハ長調(Op.2-3)
 <休憩>
ハイドン:ピアノソナタ変ホ長調(Hob.XVI:52)
ベートーヴェン:ピアノソナタ第21番「ワルトシュタイン」ハ長調(Op.53)

ハイドンとベートーヴェンのソナタを交互に4曲並べたものですが、これが非常によく考えられた選曲なんですね。

最初のハイドンのXVI:49が1789年から90年にかけて作曲されたものでハイドンのソナタの完成度が頂点を迎えようとしていた頃の作品。続くベートーヴェンの3番(Op.2-3)は1793年から95年にかけて作曲されましたが、Op.2の3曲はベートーヴェンが1792年にウィーンに出向いてハイドンに教えを受けた後に書かれたもので、3曲まとめてハイドンに献呈されたもの。いわばハイドンの音楽の影響を受けたベートーヴェンがそれに応えた回答。そして後半のハイドンのXVI:52は、ベートーヴェンが3番を書いていた頃、ヨーロッパの楽壇の頂点に上り詰め、第2回のロンドン旅行に出かけていた1794年から95年にかけてロンドンで書かれたハイドンのソナタの頂点。そして最後のワルトシュタインはベートーヴェン中期の傑作としてハイドンが最後の弦楽四重奏曲を未完のまま筆を置いた1803年から翌4年にかけて書かれたもの。ハイドンの2曲にもハイドン自身の飛躍が明らかに刻まれ、ベートーヴェンも同様。そしてそれぞれが互いに影響しあって、ハイドンが形式を完成させた古典期のクラヴィーアソナタをベートーヴェンが打ち砕くように発展させていく現場を一夜にして俯瞰できるようにした見事なプログラムといっていいでしょう。

ハイドンのソナタ全集とベートーヴェンのソナタ全集を録音したブラウティハムには、この偉大な2人の作曲家のこのころの火花散るように刺激しあっていたことが克明に見えたのでしょうね。

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いつものように少し早めにホールに着いたので、2階の「小石川テラス」で一休みしてからホールに向かいます。ここはゆったりできるのでお気に入りです。

約400席のホールは満員。この日の席は中央通路の少し前の右側。鍵盤楽器のコンサートは奏者の表情が見える右側の席がお気に入りです。定刻を少し過ぎてホールの照明が落ち、ブラウティハムが登壇。写真の印象通り、シルバーヘアの大柄な人。客席に向かって軽く会釈し、座るとすぐにハイドンの演奏に入ります。

コンサートの1曲めということで、まずは指慣らしのように意外と淡々とした演奏。録音の印象からするともう少しダイナミックで推進力がもう少しあったかしらなどと思いつつ聴き進めましたが、そんな中でも速いパッセージの音階の鮮やかさや大柄なブラウティハムの刻むリズムのキレの良さを感じさせるもの。プログラムによると楽器は2002年、ポール・マクナルティ作のものでアントン・ワルターの1800年モデルのレプリカ。ハイドンのソナタ全集で使用した楽器と音色は非常に似ていますが、同じポール・マクナルティ作のワルターのレプリカでも1795年モデルのレプリカでした。この楽器、絶対音量はともかくピアノに近いスケール感を感じさせる音量レンジがあります。ブラウティハムは譜面を見ながらの演奏ですが、驚いたのは自分で譜面をめくりながら演奏すること。繰り返しの部分で左手でページをさらりと戻すところなど、見事な譜捌き(笑)。そして演奏の揺るぎない安定感は流石一流どころ。フレーズごとに非常に丁寧にデュナーミクをコントロールしていながら、さりげなくこの曲のかっちりとした構成感を踏まえて軽々と弾き進める姿にホール中の視線が集まります。楽章の切れ目も間をおかず、さらりと次に入ります。2楽章のアダージョ・エ・カンタービレに入ると集中力が一段アップ。ホールに響き渡るフォルテピアノの美しいメロディーに酔いしれます。高音から低音まで音色が見事に揃い、そして繊細な響きは楽器に加えてブラウティハムのタッチのなせる技でしょう。特に弱音部の響きの美しさは絶妙。そしてフィナーレでは音階のタッチの軽やかさが見事。鍵盤のフリクションが軽いことで、音階はそよ風のごときしなやかな表情を持つことがわかりました。ただ、このハイドンでの軽やかさは前座でした。

続くベートーヴェンの3番はピアノでしか聴いたことがありませんでしたが、ピアノで聴くのとは全く異なる印象。一音一音の粒だちではなく一連の音符が流れるように線で聴こえてくるでありませんか。それもハイドンより複雑で音数の多い楽譜になって、音階の流れるようなタッチがさらに活きてきます。ブラウティハムはこの曲でも軽々と演奏していきますが、集中力はもう一段アップしてホール内がブラウティハムの紡ぎ出す音楽に完全にのまれます。この前のOp.2の1番と2番はよりハイドンのソナタに近い曲の作りですが、この曲によってベートーヴェンがハイドンの教えの殻を破ったことが、ハイドンの曲と並べて聴くことでよりハッキリとわかります。ピアノでの印象が強かった曲ですが、ブラウティハムの演奏、この時代の楽器で聴くことで、曲自体の位置付けも変わりました。ハイドンに比べると、より自在に、時に暴走するように展開するベートーヴェンの音楽が自然に心に入ってきます。この曲の刷り込みはケンプ。2楽章はケンプのしなやかなタッチによるピアノの磨かれた響きと比べてしまいますが、フォルテピアノだとメロディーラインよりも全体の響きの美しさに耳がいきますね。ブラウティハムは見事な弱音コントロールでこの楽章をこなします。スケルツォでフォルテピアノのダイナミクス一杯に使ったタッチを堪能。そしてフィナーレは形式的な美しさを極めたハイドンに対し即興的に展開するベートーヴェンの面白さが際立ちます。前半でハイドンとベートーヴェンの違いをハッキリと印象づけました。

休憩を挟んで、後半に入ります。後半の1曲めはハイドンのXVI:52。ハイドンのソナタの頂点たる曲です。コンサートでは昨年、ポール・ルイスのストイックなど迫力の名演を聴いています。ブラウティハムは前半よりさらに集中力がアップし、このハイドンは完璧な演奏。ハイドンのソナタの頂点にふさわしく楽器のキャパシティをフルに使ってメロディーの美しさ、構成の面白さ、美しく繊細なハーモニー、そして頂点にふさわしい風格を披露。息を呑むような至福のひとときでした。張り詰めた緊張感の糸が切れることなく、このソナタを演奏し終えた瞬間は、ハイドンという作曲家の成し遂げたものの大きさを感じる幸せな時間でした。

そして最後は今回のコンサートの目玉、ワルトシュタインですが、これが凄かった。速いパッセージの連続というか嵐のように音符が駆け巡る曲だからこそ、ブラウティハムはまるでビロードのように滑らかに、いともたやすく弾きこなしていきながら、うねるように大きな視点で曲をまとめ上げていく至芸。あまりのタッチの鮮やかさに目もくらむよう。展開の多彩さといい音数の多さといい、ハイドンのソナタとは次元の違う領域にベートーヴェンが到達したことを思い知らされるよう。そして、有名な2楽章は一つのテーマを執拗に繰り返していきながら陶酔の極致に至る長大なドラマを演じ切ります。ハイドンの粋な展開とは真逆の一点集中型の追い込みによる迫力は、ハイドンの時代の粋や華麗さや典雅さとは異なる領域に音楽を進めました。このワルトシュタインもピアノの印象が強かったんですが、ブラウティハムの演奏によって、フォルテピアノの軽やかな音階による演奏でこそ、音のながりとハーモニーが大局的な音楽の構成をより鮮明に浮かび上がらせることを確信しました。最後の一音が鳴り止まぬうちに盛大な拍手に包まれ、この日のコンサートが類い稀なものであったことをお客さんが共有することとなりました。

ブラウティハムが何度かカーテンコールに応えて、アンコール。ブラウティハム自身が悲愴ソナタのアダージョと話して演奏。テクニックが優ったワルトシュタインに対して、濃密な詩情を聴かせる選曲でした。もちろん拍手喝采に包まれる見事な演奏を楽しみました。

このコンサート、「キング・オブ・ザ・フォルテピアノ」と呼ばれているブラウティハムの凄さをまさに実体験した貴重な経験になりました。演奏の見事さもさることながら、このプログラムは見事。曲が生まれる時代を俯瞰し、そして2人の偉大な作曲家のしのぎを削る創作の現場を垣間見るような気持ちになる実によく考え抜かれたもの。幸せな気分に浸りながら帰途につきました。

またの来日を楽しみに待ちたいと思います。



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ジャンル : 音楽

tag : ピアノソナタXVI:49 ピアノソナタXVI:52 ベートーヴェン

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ブラウティハム、実演もやはり素晴らしかったですか。

ハイドンもさることながら、古典楽器で弾くワルトシュタイン、想像するだけで興奮してしまいます。

小さな空間で聴くフォルテピアノには、現行ピアノをガンガン鳴らすのとはまた違う迫力がありますね。

私は、その日は、ブラウティハムを横目に、プレガルディエン(息子さんの方)とル・サージュのシューマンを聴きに、かなっくホールへ赴きました。

シューマンもリートも苦手なので、余り期待せずに行ったのが良かったのか、すっかりにわかシューマニアーナーに(笑)。

こちらも演奏は格別で、ユリアン・プレガルディエンは今が絶頂期の様です。

ただ、小さなホールなのに空席が多目で、それが何だか残念でした。





Re: タイトルなし

小鳥遊さん、プレガルディエンを聴いていらっしゃったんですね。息子さんの方は聴いたことがありませんが、お父さんの方はシュライアー盤の天地創造のウリエル役の名唱で強烈な印象があります。小さなホールでシューマンのリートとはいいですね。

お察しの通り、ブラウティハムのワルトシュタインは素晴らしかったです。もちろんハイドンの2曲も絶品でしたが、ベートーヴェンが突き破った壁の意味がハイドンと比較することでより鮮明になりました。私にとってはブラウティハムが小鳥遊さんにとってのツァハリアスになりましたね。

気になったのでツァハリアスのベートーヴェンのコンチェルト(EMIの方)をApple Musicでちょこちょこ聴いてみましたが、これはいいですね。きらめくような華麗な響きで重さが皆無。今までちゃんと聴いたことがない人でしたので、色々聴いてみたいと思います。

プロフィール

Daisy


Author:Daisy

ハイドン(Franz Joseph Haydn)の膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。私はなぜハイドンにはまったのか?

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