作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

嫁さんのお父さん、旅立つ

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かねてから自宅療養中だった嫁さんのお父さんが、4月24日に亡くなり、本日29日に無事葬儀を終えることができました。

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私の母親と同学年で、享年82歳。肺炎で自宅で静かに息を引き取りました。

私の母親は昨年11月に亡くなりましたが、半年も経たずに、まるで母に呼ばれたように間をおかずに亡くなられました。母親の生前、パーキンソン病やリウマチの通院が定期的にあり、私が仕事をしているために、家から2駅離れた病院までの母親の通院の送り迎えを、車で小一時間の距離に住んでいる嫁さんのお父さんが買って出てくれていて、いつも母親の通院を嫁さんと一緒にサポートしてくれていました。車の運転が好きだった嫁さんのお父さんにとっても定期的に公用(笑)で出かけられるのを何よりの楽しみにしていて、母親が入院するまで、長い間世話になっていました。通院後に娘と私の母親と3人でランチを外食するのはとても楽しかったとのこと。

そのお父さん、昨年末、食が細くなり思い立って市の健康診断を受けたところ、レントゲンで肺の異常を指摘され、近くの大病院に即日緊急入院。母親の葬儀などでバタついていた我々もひと段落した矢先に、今まで元気そうにしていたお父さんが意外に重篤な状況だったことに驚きを隠せませんでした。

幸い最初の入院は点滴治療などの甲斐もあって一旦退院することはできましたが、その後、自宅療養中も体力は徐々に低下。3月に入って再び入院し、医師からは今度は退院できるかどうかわからないとの厳しい宣告を受けました。熱が出たり引いたりを繰り返してはいましたが、本人は比較的元気でした。本人の強い希望で退院の上、自宅で訪問医療で治療を続けることを選択。我々も信州旅行から帰ると翌日から退院に備えて、介護ベットなどの搬入のためにピアノを売却してスペースを作ったり、私の母親の時に使った介護用品を総動員して自宅療養の準備を整え、ケアマネさんを中心にチームを組んでもらってお父さんが退院して自宅に戻ったのが4月19日。戻るなり40度近い発熱でヒヤリとしましたが、持ち直して、訪問医、訪問看護師の皆さんの献身的なサポートで、自宅で過ごせるようになりました。

いつもおどけて人を笑わすことが好きなお父さん、自宅に戻って高熱を出した翌日、声が出ないので、五十音のボードを指差しながら言いたいことを伝える状態となっていましたが、私が顔を出すと、ボードで何かを言いはじめました。
「あ」、「つ」、「て」、「う」、、、、
何が言いたいのかわかりかねていると、続きを指でなぞります。
「は」、「な」、、、
わかりました。
「お父さん、会ってうれしいはないちもんめ?」と聞くと、ニヤリと笑顔に。
こんな状況でもダジャレで我々を笑わせようとする気力有と知り、まだ大丈夫だと思っていました。

その後数日間安定した状態に嫁さんも急変は予想しておらず、23日は事前に予定していた友人と筍掘りに行くというイベントを直前に決行と判断して、友人宅に早朝向かう車内に、嫁さんのお母さんから電話が入り、手元に置いてある酸素計(パルスオキシメーター)が80を切ったとの急報。私の父も母も最後は肺炎で亡くなりましたので、酸素の低下の意味は実体験を踏まえて十分理解しています。ということで友人宅の目の前まで来ていたので、友人に事情を説明し筍掘りは中止。引き返す間に訪問医も駆けつけてくれて、急遽酸素吸入器を持って来てもらい、酸素を吸い始めると容体は改善しました。しかし、ベテランの訪問看護師と訪問医はこの状況をみて、先が長くないことを把握して、いろいろアドバイスしてくれました。体温、尿量、脈拍、呼吸などの状況をみて、苦しまないために最善の選択肢をしっかりと説明してくれ、その通りにした結果、翌24日午後、静かに呼吸を終え、旅立ちました。

本が好きで、膨大な蔵書(隠し蔵書含む)を持つお父さん、お母さんに見つからないように本を手にいれる手引きは我々夫婦の役目。最初の入院の退院手続き時に私と2人きりになった時、お父さんからことさら小声で手に入れて欲しい本があるとの密命を受けます。人は大事なことは小声で話すもの。即座にオークションで「岩波書店三木清全集全19巻」を競り落とし、数巻ずつ細心の注意を払って、他の荷物と一緒にこっそりお父さんに届けたのは言うまでもありません。お父さんの此の期に及んでの密命の重さがいかほどのものか、収集癖では負けてはいない私にはよくわかりました。

もちろん全巻揃うとみかん箱一杯分の書籍は隠せるものではなく、程なくお母さんの知るところになりましたが、今日、葬儀後の会食時にお母さんから、2度目に入院するまでの間お父さんが1巻ずつとても楽しそうに読んでいたと知り、ちょっと嬉しくなりました。お母さんにバレてからはお父さんは「私のことを一番わかってくれたのは彼(私)だ」と何度も言っていたそうです。そう、コレクターの気持ちはコレクターにしかわかりません(笑)

天真爛漫で書を愛し、皆に笑顔を振りまいたたお父さん、自身の最後の時を知り、強い意志で過分な治療を拒み、自ら自然に枯れるように亡くなりました。

父が亡くなり、叔父が亡くなり、母が亡くなり、義理の父も亡くなってしまいました。親戚も歳をとり、世の定めに従って順番が訪れます。だんだん時間が貴重になってくることを痛感しますね。

当ブログを訪問いただく皆さんも、ご自身、ご家族を大切に、健康に気をつけて、心穏やかなる時を過ごしていただけるよう願うばかりです。

そのためには心穏やかになる記事を書かねばなりませんね。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

※写真は嫁さんのお父さんが好きだった我が家の庭のアケビの花(4月2日撮影)





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