ウラディミール・フェルツマンのソナタ集(ハイドン)

今日はピアノソナタ。最近手に入れたアルバムで、これが絶品の演奏。

VladimirFeltsman.jpg
TOWER RECORDS / amazon

ウラディミール・フェルツマン(Vladimir Feltsman)のピアノによるハイドンのピアノソナタ8曲(Hob.XVI:46、XVI:34、XVI:49、XVI:20、XVI:48、XVI:39、XVI:33、XVI:44)、12の変奏曲(Hob.XVII:3)の9曲を収めた2枚組のアルバム。収録は2012年3月31日、9月24日から26日にかけて、このアルバムのリリース元であるニンバスの本拠地である英ブリストル近郊のモンマス(Monmouth)にあるワイアストン・リーズ(Wyastone Leys)でのセッション録音。

ピアノのウラディミール・フェルツマンは初めて聴く人。いつものように調べてみると、1952年モスクワに生まれのピアニスト、指揮者。11歳でモスクワフィルとの共演でデビューするなど若くして頭角を現し、1969年からモスクワ州立チャイコフスキー音楽院でピアノを学び、その後モスクワ、レニングラード両音楽院で指揮を学びました。1971年にはパリで開催されたマルグリット・ロン国際ピアノコンクールで優勝し、以来世界の楽壇で活躍しています。どうやらバッハを得意としている人のようで、Apple Musicでバッハのパルティータ集を聴きかじってみると、独特の朴訥さを感じさせるタッチが魅力で、どちらかというと東洋的というか、禅の境地のようなものを感じる演奏をする人との感触を得ました。ハイドンのソナタをさらりと弾きこなす手腕はこのバッハの演奏の境地との類似性を感じます。
今日は、CD1枚目の4曲を取り上げます。

Hob.XVI:46 Piano Sonata No.31 [A flat] (1767/70)

さりげないごく普通の入りという印象でしたが、すぐにほんのりと詩情が漂い始めます。特にスタッカート気味の部分に独特の風情が乗ります。緊張感を催す演奏ではなく、リラックスして淡々と弾き進めていく自然な流れとアクセントの対比の面白さが聴きどころと見ました。安定した技術に裏付けられたさりげない自然さ。指の回りもしなやかなわけではなく、響きの美しさの中にリズムもアゴーギクも適度に凸凹した印象を残しますが、それがこの演奏の面白さ。名のある陶工の茶碗に見られる焼きムラを景色として味わうのと似た感じ。これが実に心地よい。
この曲は初期の曲ながらアダージョの美しさが聴きどころの曲。リズムも自在に動かしながら弾き進めていくこの楽章は曲の美しさを際立たせる見事なタッチが印象的。まさに詩人の演奏というべき神業。豊かな表情が透徹した純粋さを表現する稀有な演奏。
フィナーレは文字通り軽妙洒脱なタッチの面白さで聴かせます。1曲目からいきなり素晴らしい演奏に圧倒されます。

Hob.XVI:34 Piano Sonata No.53 [e] (c.1782)
左手の力強いタッチとリズムの面白さで聴かせる曲ですが、それに限らずしなやかな流れとくっきりとした表情の美しさでまとめる見事な展開。流れ良く聴かせるのはこの人の天性の才能でしょう、はっきりとしたコントラストをつけながら、一貫して淀みなく曲を流していくところは見事。フレーズのつなぎもハッとさせるような閃きを聴かせます。
アダージョでは響きを研ぎ澄ますように形を整えるという感じの演奏ではないにもかかわらず、さらりとした演奏の中にディティールの様々な美しさを垣間見せ、ふと暖かな気配を感じさせたり、閃きを見せたりと聴くものを飽きさせません。
終楽章もリズムに変化を持たせながらさりげなくまとめます。最後に見得を切るのがこの人のスタイルなのでしょう、キリリと引き締めて終わります。

Hob.XVI:49 Piano Sonata No.59 [E flat] (1789/90)
晩年の有名なソナタ。ここにきて、かなり派手なアクセントをかまして表現力を駆使してきます。ハイドンの曲に仕込まれた機知を汲み取ってどうだと言わんばかりの外連味溢れる演奏。晩年のソナタだからこそ、こうしたウィットを込めたのだろうと言わんばかりの演奏にニンマリ。奏者の浮かび上がらせたハイドンの意図は私にはしっくりきました。このソナタから迫力や響きの美しさではなく、この外連味を汲み取るセンスは秀逸。全編に遊び心が満ち溢れます。
なぜか枯淡の境地を感じさせるアダージョ。ピアノという楽器の響きの美しさを感じさせながらも、叙情的にならずに淡々と曲を弾き進めていくことでかえって切ない感情を浮かび上がらせます。この曲の真髄に迫るさりげない解釈に凄みさえ感じるほど。
そしてフィナーレはタッチの硬軟の対比を随所に設けてテーマとなるメロディーに変化をつけて表現力を見せつけます。見事。

Hob.XVI:20 Piano Sonata No.33 [c] (1771)
好きな曲。1楽章は美しい2楽章の前座のようにこれまで聴く癖がありましたが、フェルツマンはこの楽章にも巧みに表情をつけることで、この楽章独自の面白さを印象付け、私の曲の印象も変わりつつあります。一般的な丁寧な演奏から生まれるまとまりの良い曲想から抱く印象とはちょっと違って、この曲の展開の面白さにいつもと違う方向からスポットライトが当たり、ハッとさせられました。
そして、お目当てのアンダンテ・コン・モートは期待以上に心に沁みる演奏でした。響きに固執することなく、小川の流れが岩に当たって所々急な流れになったり、穏やかになったりする自然の美しさをそのまま書き写したような曲の表情に気づかされます。緩急自在かつ響きの磨き度合いも自在に変化させるフェルツマンの軽妙なタッチ。絶美。
フィナーレはピアノの響きの面白さを適度な力感で楽しむがごとき演奏。力任せになることはなく、左手のアクセントを交えながら曲のメロディーと陰影の美しさを交錯させて流すように演奏。すっと力を抜く面白さまで加えて終えるあたり、流石のセンスです。

CD1枚目を聴いてウラディミール・フェルツマンの曲に対する読みの深さを思い知った感じ。表面的な響きの美しさというレベルを狙っているのではなく、曲ごとにハイドンが意図したであろうイメージを次々と汲み取って表情を作っていくことで、一見シンプルなハイドンのソナタの深さを見事に表現しきっています。このことが最もよくわかるのがXVI:49。このソナタに込められたアイデアをこれほどわかりやすく表現した演奏は他にありません。恐ろしいまでの表現力の持ち主ですが、それを穏やかにまとめるところが真の実力者と見ました。感服です。評価は4曲とも[+++++]といたします。必聴です。



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テーマ : クラシック
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tag : ピアノソナタXVI:46 ピアノソナタXVI:34 ピアノソナタXVI:49 ピアノソナタXVI:20

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フェルツマン氏は、CDデビューの頃はCBS~SONYクラシカルの(おそらくペライアの後継を目論んで・・・)推しとして取り立てられましたが、その後はカメラータそして破綻後?のニンバス・アライアンスとレーベル的には流転のピアニストになりましょうか・・・。
ニンバスといえば、マイナー・レーベルとは呼べないほどの独立系の老舗として、我々にもご縁の深いアダム・フィッシャーのハイドン全集や幻の巨匠とされていた晩年のオスカー・シュムスキーやユーラ・ギュレー(ヨウラ・ギュラー)などの音盤を提供し続けてくれましたが、あえなく破綻!奇跡の復活以降は「アライアンス」が付いて、プレスCDでは無くCD-Rで提供する不思議なレーベルとなっています。私の愛聴盤は、2010年リリースのベートーヴェン三大ソナタですが、同一音源でもCD-RはプレスCDより音が良いように感じます。
当盤もオーディオ的に期待できそうですが、いかがでしょうか?

Re: ウラディミール・フェルツマンのソナタ集(ハイドン)

だまてらさん、いつもながらコメントありがとうございます。

LPはともかくCDはあまり盤面を気にしていませんでした。フェルツマンのCDは青くないもののよく見るとCD-Rですね。プレスものとは明らかに異なります。
録音はいいと思います。録音日が2回に分かれていますがその差も感じられることはなく演奏に集中できるいい録音だと思いました。こればかりは聴いていただかないとわかりませんね(^_^)

とても素敵なハイドンです

こんにちは。

フェルツマンの録音で有名なのは、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」と「パルティータ集」ではないかと思います。(ショパンも人気があるようですが)
フェルツマンはアーティキュレーションが独特なので、バッハとハイドンは好きですが、ベートーヴェンとブラームスはどうも合いませんでした。

グールドを尊敬している(らしい)フェルツマンは、バッハはノーペダルのノンレガートで弾いていますが、特にパルティータは色彩感豊かで透明感のある軽やかな音の美しさが際立っています。フェルツマンの録音では一番好きな曲集です。
パルティータに関しては、原盤のカメラータ盤(CD)とNimbus盤(試聴ファイル)で聴くと、残響の響きが少し違いますね。カメラータ盤の方が音が硬めで透明感が高く、Nimbus盤は響きが柔らかく感じます。

ハイドンをNMLでざっと聴いてみたところ、粒立ちと歯切れの良い音で、タッチが綺麗ですね。音色もカラフルで、柔らかい弱音が優しく繊細です。アーティキュレーションが面白くて、どの曲も楽しめそうです。
ハイドンを弾くタッチと音がとても好きなので、早速CDを注文しました。素敵な録音を教えていただいてありがとうございました。

Re: とても素敵なハイドンです

yoshimiさん、コメントありがとうございます。

フェルツマンのアルバムを手に入れて色々調べているうちにyoshimiさんのブログに行き当たり、パルティータを聴いてみた次第。私の場合、ピアノでのバッハはグールドやリパッティの印象が強い分、他の奏者のバッハはどこか座りの悪さを感じることが多かったんですが、このフェルツマンのパルティータは不思議とすっと入ってくる感じがして良かったですね。バッハを得意としているようですが、このハイドンも素晴らしく、ハイドンの真髄を知り尽くしているような演奏には凄みを感じますね。お気に召したようで何よりです。ピアノは奥が深いですね。
プロフィール

Daisy


Author:Daisy

ハイドン(Franz Joseph Haydn)の膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。私はなぜハイドンにはまったのか?

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Joseph Haydn Discography
所有盤をジャンル別にリスト化しています。基本的に録音年順とし、録音年不明のものはリスト冒頭に記載。演奏者名はジャケットなどの表記に合わせています。

登録曲数:1,365
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(2019年3月31日)
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