ヴァレンティナ・カメニコヴァのピアノ協奏曲集(ハイドン)
LPが続きますが、今度はマイナー盤。

ヴァレンティナ・カメニコヴァ(Valentina Kameníková)のピアノ、リボール・フラヴァチェク(Libor Hlaváček)指揮のヴィルトゥオージ・プラジェンセス(Virtuosi Pragenses)の演奏で、ハイドンのオルガン協奏曲(Hob.XVIII:1)とピアノ協奏曲3曲(Hob.XVIII:4、XVIII:11、XVIII:3)の4曲を収めたLP。 収録は1974年2月、5月、9月にプラハの”DOMOVINA"スタジオでのセッション録音。レーベルはSUPRAPHON。
最近ディスクユニオンで仕入れたLP。ピアニストも指揮者もオケも未知のアルバム。こういったアルバムに針を落とす瞬間はドキドキします(笑) いつものようにVPIのクリーナーで綺麗に洗浄して針を落としてみると、実にしなやかな音楽が流れ出てくるではありませんか。特にカメニコヴァのピアノがしっとりと染み入るような優しい演奏。「当たり!」ですね。
ということでいつものように奏者についてさらっておきましょう。

ピアノのヴァレンティナ・カメニコヴァは1930年、ソ連の黒海沿岸の街オデッサ(現ウクライナ)の音楽一家に生まれ、戦時中はユダヤ系だったことからシベリアに避難してピアノを学びます。戦後、オデッサ音楽院、モスクワ音楽院に進み、1954年に結婚後、1957年にチェコスロバキアに家族とともに移住。1959年から61年までプラハ芸術アカデミーの大学院で学んだ後、1963年からはプラハ音楽院、プラハ芸術アカデミーで教職に就き、録音も多数残したとのこと。特にロシア音楽の正当な解釈により注目すべき存在だったということです。1989年、57歳の若さで亡くなっています。今日取り上げるアルバムの録音が1974年ということでカメニコヴァ43歳での録音になります。
指揮者のリボール・フラヴァチェクの方はほとんど情報がなく、通常指揮者を置かないプラハ室内管などのアルバムにクレジットされたものがあるくらいで、リーダーとして活躍した人だろうと想像しています。
さて、このアルバム、先に触れたように実にしっとりとしたピアノが妙に染み入る見事な演奏なんですね。レビューに入りましょう。
Hob.XVIII:1 Concerto per il clavicembalo(l'organo) [C] (1756)
この曲は通例オルガンで演奏される曲。録音は年代なりでしょうか。オケは響きが少々濁り気味ながらオーソドックスにテンポよく序奏を奏でます。ピアノソロは協奏曲の録音としては控えめな音量で慎ましやかに入りますが、聴き進めていくうちに音量の問題ではなく、しっとりとピアノがオケに寄り添うような優しい演奏であることに気づきます。これが実に心地よい。グイグイ引っ張る演奏が多い中、このオケと寄り添って、時に少しリードし、時にリードされという微妙な掛け合いの面白さが浮かび上がります。これぞ燻し銀の演奏という感じ。逆にオケはメロディーラインをくっきりと描いていくので、ピアノの表情の微妙な変化がわかりやすいですね。カメニコヴァが落ち着き払ってソロのデリケートな表情の表現に集中しているのがわかります。
続くラルゴではオケもしっとりとした表情になり、ピアノはさらに染み渡るように慈しみ深い表情になります。1楽章よりもオケの表情が豊かになり、音楽に深みが増します。オルガンの演奏と違ってピアノによるこのラルゴはメロディーが綺羅星のごとくまばゆく輝く絶美の音楽であることがわかります。しかも驚くのがカデンツァの穏やかさ。技巧的要素は皆無。ただただ美しい音楽が流れます。
フィナーレはオケの表情が再びクッキリと引き締まり、ピアノもリズミカルに応じます。この自然なリズム感、ちょっと雰囲気は異なりますがハスキルを思わせる自然なタッチ。指のフリクションというかモーメントが全くなく実に軽やかに音階を刻みます。まさに魔法のタッチと言っていいでしょう。そう、ハスキルをイメージさせる自然さがカメニコヴァの独特の音楽の印象を作っているんですね。
Hob.XVIII:4 Concerto per il clavicembalo(l'fortepiano) [G] (c.1770)
入りのリズムの面白さが特徴の曲。カメニコヴァの演奏のツボが何となくわかってきたので、安心して聴くことができます。ただ、この曲、ピアノの調律がちょっと甘い感じでせっかくのカメニコヴァの自然なタッチにどっぷりと浸かることができません。起伏に富んだメロディーが進んでいくうちに幾分か慣れてきます。オケの方もカメニコヴァの自然さとタメを張るくらい淀みない流れの良さを感じさせるのがわかります。そしてこの曲でもカデンツァは詩的で可憐なもの。
2楽章のアンダンテ・カンタービレに入ると前曲同様、穏やかさに磨きがかかり、呼吸が深くなって磨き抜かれた美しさが際立ちます。この柔らかな音楽の魅力はカメニコヴァの真骨頂でしょう。ハスキルのサラサラとした疾走感とは逆にしっとりと落ち着いた深みが魅力ですね。そしてあっという間ながら美しさを極めたカデンツァも見事。
フィナーレはカメニコヴァとフラヴァチェクの自然な掛け合いが双方いい勝負。オケの方もカメニコヴァに負けず劣らず自然な呼吸の魅力を発散して洗練の極みに達します。ただ自然な演奏とはレベルが違いますね。

Hob.XVIII:11 Concerto per il clavicembalo(l'fortepiano) [D] (1784)
LPの2枚目。ご存知の通り、最も有名な協奏曲ですが、この曲に至って、あまりの流れの良さにこのコンビの実力がよくわかった次第。全く淀みのない音楽の流れの良さはただならぬもの。自然な起伏をつけながらピアノのタッチもオケのソロも実に気持ちよく流れます。ピアノのメロディーをよく聴くと先ほどはハスキルを感じさせましたが、この流れの良さは今度はアンスネスのよう。透徹したタッチが素晴らしいですね。
緩徐楽章の素晴らしさはこれまで通り。大きな流れの起伏とディティールの響きの美しさ、そして淀みのない清透さ。カメニコヴァのタッチは魔法のように滑らかさを極め、この曲のカデンツァでようやく素晴らしい技巧を聴かせますが、それとて自然な響きに包まれテクニックの誇示のような印象は皆無。
フィナーレは言うことなし。ただただ音楽の流れに身を任せて至福のひと時を味わいます。自然な音楽の流れの中の表情のデリケートな変化の妙。絶品です。
Hob.XVIII:3 Concerto per il clavicembalo(l'organo) [F] (1765)
最後に軽めの曲を持ってきました。まるで有名レストランで次々と料理を味わうような変化を楽しみます。もうメロメロ(笑) 穏やかながら千変万化する表情の多彩さ。どの瞬間も美しく研ぎ澄まされた最高のハイドン。メロディーの美しさを極めたモーツァルトのコンチェルトとは異なり、ウィットも含めて構成や表情の多彩さを味わえるハイドンのコンチェルトの究極の演奏。特にふとした瞬間に訪れる軽さの表現は秀逸。オケも柔らかな響きで応じていますが、1曲目で感じた響きの濁りはどこかに消え去り響きの純度が突き詰められています。美しすぎる瞬間の連続に昇天。
2楽章のラルゴ・カンタービレ。ここにきてオケもピアノも完全にゾーンに入ってます。奏者自身が完全に無になって音楽と一体化。ハイドンの魂が乗り移っているよう。静かに満天の星を眺める心境。幸福感に包まれます。
最後の楽章はホルンの柔らかい響きが加わりながら鮮明にキリリと引き締まり、前楽章が音量をかなり抑えていたことがわかります。最後は流れるようなカメニコヴァのタッチの見事さ、オケの鮮度、転調の面白さ、そして表情の絶妙な変化とこのアルバムの特徴がフルに発揮されて終わります。
絶品です。たまたま手に入れたアルバムですが、ハイドンのクラヴィーアのための協奏曲の最高の演奏の一つでしょう。キレキレの演奏でもなく、超個性的な演奏でもなく、オーソドックスな演奏の最高の姿。ハイドンの書いた音楽の美しさ、構成の面白さをとことん味わえる燻し銀の演奏。ピアノのヴァレンティナ・カメニコヴァを知る人は少ないかもしれませんが、このアルバムによって、その素晴らしい音楽が心に刻まれました。LPの再生環境がある方はぜひ手に入れて聴いてみてください。評価はもちろん全曲[+++++]とします。

ヴァレンティナ・カメニコヴァ(Valentina Kameníková)のピアノ、リボール・フラヴァチェク(Libor Hlaváček)指揮のヴィルトゥオージ・プラジェンセス(Virtuosi Pragenses)の演奏で、ハイドンのオルガン協奏曲(Hob.XVIII:1)とピアノ協奏曲3曲(Hob.XVIII:4、XVIII:11、XVIII:3)の4曲を収めたLP。 収録は1974年2月、5月、9月にプラハの”DOMOVINA"スタジオでのセッション録音。レーベルはSUPRAPHON。
最近ディスクユニオンで仕入れたLP。ピアニストも指揮者もオケも未知のアルバム。こういったアルバムに針を落とす瞬間はドキドキします(笑) いつものようにVPIのクリーナーで綺麗に洗浄して針を落としてみると、実にしなやかな音楽が流れ出てくるではありませんか。特にカメニコヴァのピアノがしっとりと染み入るような優しい演奏。「当たり!」ですね。
ということでいつものように奏者についてさらっておきましょう。

ピアノのヴァレンティナ・カメニコヴァは1930年、ソ連の黒海沿岸の街オデッサ(現ウクライナ)の音楽一家に生まれ、戦時中はユダヤ系だったことからシベリアに避難してピアノを学びます。戦後、オデッサ音楽院、モスクワ音楽院に進み、1954年に結婚後、1957年にチェコスロバキアに家族とともに移住。1959年から61年までプラハ芸術アカデミーの大学院で学んだ後、1963年からはプラハ音楽院、プラハ芸術アカデミーで教職に就き、録音も多数残したとのこと。特にロシア音楽の正当な解釈により注目すべき存在だったということです。1989年、57歳の若さで亡くなっています。今日取り上げるアルバムの録音が1974年ということでカメニコヴァ43歳での録音になります。
指揮者のリボール・フラヴァチェクの方はほとんど情報がなく、通常指揮者を置かないプラハ室内管などのアルバムにクレジットされたものがあるくらいで、リーダーとして活躍した人だろうと想像しています。
さて、このアルバム、先に触れたように実にしっとりとしたピアノが妙に染み入る見事な演奏なんですね。レビューに入りましょう。
Hob.XVIII:1 Concerto per il clavicembalo(l'organo) [C] (1756)
この曲は通例オルガンで演奏される曲。録音は年代なりでしょうか。オケは響きが少々濁り気味ながらオーソドックスにテンポよく序奏を奏でます。ピアノソロは協奏曲の録音としては控えめな音量で慎ましやかに入りますが、聴き進めていくうちに音量の問題ではなく、しっとりとピアノがオケに寄り添うような優しい演奏であることに気づきます。これが実に心地よい。グイグイ引っ張る演奏が多い中、このオケと寄り添って、時に少しリードし、時にリードされという微妙な掛け合いの面白さが浮かび上がります。これぞ燻し銀の演奏という感じ。逆にオケはメロディーラインをくっきりと描いていくので、ピアノの表情の微妙な変化がわかりやすいですね。カメニコヴァが落ち着き払ってソロのデリケートな表情の表現に集中しているのがわかります。
続くラルゴではオケもしっとりとした表情になり、ピアノはさらに染み渡るように慈しみ深い表情になります。1楽章よりもオケの表情が豊かになり、音楽に深みが増します。オルガンの演奏と違ってピアノによるこのラルゴはメロディーが綺羅星のごとくまばゆく輝く絶美の音楽であることがわかります。しかも驚くのがカデンツァの穏やかさ。技巧的要素は皆無。ただただ美しい音楽が流れます。
フィナーレはオケの表情が再びクッキリと引き締まり、ピアノもリズミカルに応じます。この自然なリズム感、ちょっと雰囲気は異なりますがハスキルを思わせる自然なタッチ。指のフリクションというかモーメントが全くなく実に軽やかに音階を刻みます。まさに魔法のタッチと言っていいでしょう。そう、ハスキルをイメージさせる自然さがカメニコヴァの独特の音楽の印象を作っているんですね。
Hob.XVIII:4 Concerto per il clavicembalo(l'fortepiano) [G] (c.1770)
入りのリズムの面白さが特徴の曲。カメニコヴァの演奏のツボが何となくわかってきたので、安心して聴くことができます。ただ、この曲、ピアノの調律がちょっと甘い感じでせっかくのカメニコヴァの自然なタッチにどっぷりと浸かることができません。起伏に富んだメロディーが進んでいくうちに幾分か慣れてきます。オケの方もカメニコヴァの自然さとタメを張るくらい淀みない流れの良さを感じさせるのがわかります。そしてこの曲でもカデンツァは詩的で可憐なもの。
2楽章のアンダンテ・カンタービレに入ると前曲同様、穏やかさに磨きがかかり、呼吸が深くなって磨き抜かれた美しさが際立ちます。この柔らかな音楽の魅力はカメニコヴァの真骨頂でしょう。ハスキルのサラサラとした疾走感とは逆にしっとりと落ち着いた深みが魅力ですね。そしてあっという間ながら美しさを極めたカデンツァも見事。
フィナーレはカメニコヴァとフラヴァチェクの自然な掛け合いが双方いい勝負。オケの方もカメニコヴァに負けず劣らず自然な呼吸の魅力を発散して洗練の極みに達します。ただ自然な演奏とはレベルが違いますね。

Hob.XVIII:11 Concerto per il clavicembalo(l'fortepiano) [D] (1784)
LPの2枚目。ご存知の通り、最も有名な協奏曲ですが、この曲に至って、あまりの流れの良さにこのコンビの実力がよくわかった次第。全く淀みのない音楽の流れの良さはただならぬもの。自然な起伏をつけながらピアノのタッチもオケのソロも実に気持ちよく流れます。ピアノのメロディーをよく聴くと先ほどはハスキルを感じさせましたが、この流れの良さは今度はアンスネスのよう。透徹したタッチが素晴らしいですね。
緩徐楽章の素晴らしさはこれまで通り。大きな流れの起伏とディティールの響きの美しさ、そして淀みのない清透さ。カメニコヴァのタッチは魔法のように滑らかさを極め、この曲のカデンツァでようやく素晴らしい技巧を聴かせますが、それとて自然な響きに包まれテクニックの誇示のような印象は皆無。
フィナーレは言うことなし。ただただ音楽の流れに身を任せて至福のひと時を味わいます。自然な音楽の流れの中の表情のデリケートな変化の妙。絶品です。
Hob.XVIII:3 Concerto per il clavicembalo(l'organo) [F] (1765)
最後に軽めの曲を持ってきました。まるで有名レストランで次々と料理を味わうような変化を楽しみます。もうメロメロ(笑) 穏やかながら千変万化する表情の多彩さ。どの瞬間も美しく研ぎ澄まされた最高のハイドン。メロディーの美しさを極めたモーツァルトのコンチェルトとは異なり、ウィットも含めて構成や表情の多彩さを味わえるハイドンのコンチェルトの究極の演奏。特にふとした瞬間に訪れる軽さの表現は秀逸。オケも柔らかな響きで応じていますが、1曲目で感じた響きの濁りはどこかに消え去り響きの純度が突き詰められています。美しすぎる瞬間の連続に昇天。
2楽章のラルゴ・カンタービレ。ここにきてオケもピアノも完全にゾーンに入ってます。奏者自身が完全に無になって音楽と一体化。ハイドンの魂が乗り移っているよう。静かに満天の星を眺める心境。幸福感に包まれます。
最後の楽章はホルンの柔らかい響きが加わりながら鮮明にキリリと引き締まり、前楽章が音量をかなり抑えていたことがわかります。最後は流れるようなカメニコヴァのタッチの見事さ、オケの鮮度、転調の面白さ、そして表情の絶妙な変化とこのアルバムの特徴がフルに発揮されて終わります。
絶品です。たまたま手に入れたアルバムですが、ハイドンのクラヴィーアのための協奏曲の最高の演奏の一つでしょう。キレキレの演奏でもなく、超個性的な演奏でもなく、オーソドックスな演奏の最高の姿。ハイドンの書いた音楽の美しさ、構成の面白さをとことん味わえる燻し銀の演奏。ピアノのヴァレンティナ・カメニコヴァを知る人は少ないかもしれませんが、このアルバムによって、その素晴らしい音楽が心に刻まれました。LPの再生環境がある方はぜひ手に入れて聴いてみてください。評価はもちろん全曲[+++++]とします。
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