ロベルト・ゲルレのメルク協奏曲世界初録音(ハイドン)

ロベルト・ゲルレ(Robert Gerle)のヴァイオリン、ロベルト・ツェラー(Robert Zeller)指揮のウィーン放送管弦楽団(Vienna Radio Orchestra)の演奏で、ミヒャエル・ハイドンのヴァイオリン協奏曲変ロ長調(MH36)、ヨゼフ・ハイドンのヴァイオリン協奏曲(Hob.VIIa:3)の2曲を収めたLP。収録は1965年6月、ウィーンのコンツェルトハウスのモーツァルト・ザールでのセッション録音。
このLPは未入手のものということで何気なくオークションで落札したものですが、ジャケットを見てびっくり。タイトルは"HAYDN:VIOLIN CONCERTOS"ということで、ヨゼフとミヒャエルの二人のハイドンのヴァイオリン協奏曲を並べたアルバムとしては別に当たり前のものですが、問題はその下。”FIRST RECORDINGS FROM NEWLY DISCOVERED SCORES”、つまり「新たに発見された楽譜による新録音」というもの。ということで所有盤リストと見比べて見ると、収録されているメルク協奏曲では手元にある26種のアルバムでも最も古いものが1967年の録音ということで、1965年に録音されたこのアルバムが初録音盤というのも頷けます。
手元の中野博詞さんの「ハイドン復活」を紐解いて見ると、もともとメルク協奏曲はハイドンがエステルハージ家の副学長だった時期に楽団のヴァイオリニストだったルイジ・トマシーニのために書かれたもので、楽譜自体は1949年にオーストリアのメルク修道院で発見されましたが、その楽譜は弦楽合奏にオーボエとホルンが加わったものでした。ところが1965年にはハイドン研究所のフェーダーが弦楽合奏のみによる伴奏の筆写譜をヴェネツィアで発見し、その後の研究にてこの弦楽合奏による伴奏のものが元々の姿であるということになったとのこと。ということで、このLPはまさにその1965年の6月の録音ということで発見したての楽譜での録音ということになります。また、解説によると、ミヒャエル・ハイドンの曲の方も、ブダペストの国立博物館で直近に発見された楽譜による録音とのことです。
ヴァイオリンのロベルト・ゲルレはアドリア海沿いの現クロアチアのオパティア(Opatija)に1924年に生まれたヴァイオリニスト。フランツ・リスト音楽院でヴァイオリンを学び、1942年にフバイ賞に輝きましたが、戦時中はユダヤ人ということでブダペストの強制労働収容所に収容されてしまいました。戦後はパリやルクセンブルクの放送局でヴァイオリン奏者として働き、1950年に渡米。音楽大学で教鞭をとりながら演奏活動を行い、1972年からはメリーランド大学などでオーケストラ教育プログラムを始めて指揮活動を行うようになったとのこと。晩年はパーキンソン病に悩まされ2005年に亡くなりました。

このLPですが、いただけないのがラベルの誤り。両面ともミヒャエル・ハイドンと記載されている明らかな誤り。しかもside1とside2のラベルが逆に貼られている始末。しかもLPの表面に盛大に擦り傷があるんですが、傷は表面のみのようで、針を落としてみるとほとんど傷の影響はありません。驚くのがヴァイオリンのリアルさ。超鮮明にキレキレのヴァイオリンが刺さるような音で収録されているんですね。この時期の米盤の素晴らしいクォリティを味わえます。
Hob.VIIa:3 Violin Concerto "Merker Konzert" 「メルク協奏曲」 [A] (c.1765/70)
針を落とした途端、あまりに鮮明な音に仰け反ります。現代の録音からもCDからもSACDからもこれほどリアルなヴァイオリンの音は出てきません。残響は少なめなんですが、聴きずらいことはなく逆にあまりにリアルなヴァイオリンの迫力に圧倒されます。ゲルレのヴァイオリンは巨匠風というか楽器を思い切りならし、特に高音は張り詰めた素晴らしい浸透力で迫ってきます。オケとヴァイオリンの録音上のバランスもヴァイオリン重視ですね。オケは音量は控えめながら典雅が雰囲気漂ういい伴奏。聴きなれたハイドンの協奏曲ですがヴァイオリンの緊張感からかパガニーニでも聴いているのような気になります。特に圧倒的だったのがカデンツァの妙技。完全にヴァイオリンのテクニックのショーピースとなってます。1楽章はまずはヴァイオリンの迫力で聴かせる演奏。
続くアダージョに入るとオケもソロもしっとりと濡れたような表情に変わり、実に丁寧にハイドンのメロディーを紡いていきます。ゲルレのヴァイオリンは気高さに溢れた見事なもの。シゲティやシェリングよりも神々しいです。伴奏のウィーン放送管も弱音器付きの柔らかく深い音色でゲルレのヴァイオリンを引き立てます。弦楽合奏のみの伴奏ならではの音色と納得です。
フィナーレは再びオケも華やかな響きを取り戻し、ゲルレの妙技と相待って素晴らしい高揚感に包まれます。糸を引くように浸透力のあるヴァイオリンの音色が眼前に飛び散ります。最後のカデンツァも美音炸裂。いやいや素晴らしい演奏、録音でした。
ロベルト・ゲルレというヴァイオリニストは初めて聴きましたが、奇跡的とも言える素晴らしい録音によって、1965年と50年以上前のコンツェルトハウスで至近距離で聴いているような極上の演奏でした。演奏スタイルとしては古いものですが、古さという表現が当てはまらないほど普遍的な力を持つ演奏と言っていいでしょう。もちろんハイドンの新発見の楽譜による演奏というアルバムの企画通りの演奏ですが、ゲルレの芸術というタイトルの方がふさわしい演奏でした。これは至宝ですね。評価は[+++++]とします。
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