作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

【新着】モリッツ・エルンストのピアノソナタ全集第1巻(ハイドン)

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久々にCDに戻ります。ちょっと気になっていたアルバムが到着しました。

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TOWER RECORDS / amazon / ローチケHMVicon

モリッツ・エルンスト(Moritz Ernst)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ全集の第1巻で、6曲のソナタ(Hob.XVI:7、XVI:8、XVI:35、XVI:36、XVI:37、XVI:49)が収められたアルバム。収録は2015年、バイロイトにあるピアノメーカー、シュタイングレーバー&ゼーネ社(Steingraeber & Söhne)の室内楽ホールでのセッション録音。レーベルはPerfect Noiseという不思議な名前のレーベル。

最近リリースされたこのアルバム。タイトルにJoseph Haydn Complete Sonatas Vol.1との記載があり、気になっていたもの。ピアニストもレーベルも全く未知のものでしたので、まずは当ブログが取り上げないわけにはいかないとのことで注文を入れていたもの。到着して手に取ってみると、まずは未知のレーベルながらなかなかセンスのいい造りで一安心。ライナーノーツに目をやると、ドイツのワーグナーの聖地バイロイトにあるピアノメーカーのシュタイングレーバー&ゼーネ社のピアノでの録音とのこと。ハイドンのソナタの録音はスタインウェイが多いのはもちろん、ウィーンのベーゼンドルファーによるものや、最近ではジャン=エフラム・バヴゼが日本のヤマハで全集の録音を進めています。変わったところでは、アンジェラ・ヒューイットがイタリアのファツィオーリを弾いて録音を残しています。が、このアルバムで弾かれているシュタイングレーバーは初めて聴くもの。ピアノの楽器に詳しいわけではありませんが、ちょっと珍しい選択でしょう。気になったのでシュタイングレーバーについてちょっと調べてみました。

Steingraeber & Söhne(日本語)

メーカーのウェブサイトには日本語のページも用意され、リンクされているPDFにもちょっと怪しげな訳ではありますが日本語の解説がつけられています。創立は1852年とハイドンが生きていた時代で、シュタイングレーバー家による家族経営の小規模なピアノメーカーのようですが、リリースされているモデルは多岐にわたり、有名なピアニストにも愛用者がいるようです。このアルバムでもハイドンのソナタ全集を録音するにあたり、このピアノを選んだ理由はライナーノーツにも記載されていませんので、音色で確認するしかないでしょう。

奏者のモリッツ・エルンストは1986年、ドイツの押すとヴェストファーレン地方で生まれたピアニスト、チェンバリストでヨーロッパでは広く活躍している人のよう。特に現代音楽を中心に活動してきたようで、これまでにリリースされたアルバムは現代ものが多いですね。

Moritz Ernst

このアルバム、ハイドンのピアノソナタ全集を標榜するだけあって選曲もなかなか考えられています。初期のソナタ、中期のソナタ、晩年のソナタをうまく配置した選曲。さて、肝心の演奏、そしてシュタイングレーバーによる響きは如何なものでしょう。

Hob.XVI:7 Piano Sonata No.2 [C] (before 1760)
比較的狭い空間で残響共々とらえた録音。少し遠くにピアノが位置するワンポイント録音のような感じ。もちろん現代ピアノなんですが、ちょっと古めかしい印象もある独特の音色。これがハイドンのソナタに合いますね。最初は非常に短い曲ですが、エルンストの演奏はかなり客観的に主情を廃した演奏。演奏のスタンスとしてはオルベルツに近いかもしれません。現代音楽を得意としているだけにタッチは正確で、初期のハイドンのソナタをまるで慣らし運転のようにさらりとこなします。

Hob.XVI:8 Piano Sonata No.1 [G] (before 1760)
中音域の独特の音色がシュタイングレーバーの特徴でしょうか。この曲でもさらりとしたタッチでハイドンの諧謔的なフレーズを冷静に展開していきます。まるで練習曲をさらりとこなすようなスタンスのエルンスト。この初期の曲にはこのようようなスタンスがふさわしいのでしょう。少し表現が踏み込んでくるのが2楽章のメヌエット以降。メヌエットからアンダンテの穏やかな表情への変化はなかなかのもの。そして転がるような終楽章へ。ハイドンの音楽に潜む機知をしっかりと汲みとります。

Hob.XVI:35 Piano Sonata No.48 [C] (c.1780)
中期のソナタに入ります。速いパッセージの入りはスタインウェイでの華麗な響きに慣れていますが、このシュタイングレーバーの家庭的な響きで聴くと、ソナタ自体が身近な存在に聞こえます。もちろんエルンストの指は軽やかに回り少しの破綻も見せません。それどころ左手のアクセントの力強さはかなりのもの。なんとなくもう少し聴きどころを作った方が良さそうとは思いながらも、さらりとしたタッチで押し通します。2楽章に入ると少しくつろぎながらくっきりとメロディーラインを浮かび上がらせ、音楽の琴線に触れるようになります。全集を一定の水準で統一感を持たせようとしている中での、しっかりと盛り上げる聴きどころも必要ですね。エルンストの手の内がだんだんわかってきました。フィナーレはまたさらりとこなします。ハイドンの演奏に必要な軽さをしっかりと表現できています。

Hob.XVI:36 Piano Sonata No.49 [c sharp] (before 1780)
あえて少しリズムを重くしたのでしょう。ゴリっとした感触の印象的な入りはなかなかの迫力。基本的に一定のスタンスによる安定した演奏ながら、曲ごとに少しずつ表情をつけてきます。さっと音量を落とした直後のアクセントなどエルンストならではの個性的な表現もちりばめます。この曲ではリズムもテンポも自在に操ることで曲の面白さをうまく引き出しています。2楽章のスケルツァンドも自在なタッチでハイドン独特のメロディーをアクロバティックに再構成。そして短調のメヌエットもどこか冷静な視点でさらりとこなします。この冷静さはどこかに現代音楽の演奏に通じる視点を持っているよう。

Hob.XVI:37 Piano Sonata No.50 [D] (c.1780)
聴き慣れた曲ですが、ピアノの音色が異なるのと、エルンスト流のクールさ、現代性で新鮮な響きを作っています。ここにきてリズムもタッチも少しずつ思い切った表現が見られるようになってきます。これがちょっとハイドンのソナタとしては前衛的でもあり、ちょっとバランスに欠ける印象にもつながります。ここがハイドンの難しいところ。
聴きどころのドラマティックな2楽章。1楽章の演奏で少し外れ感があったんですが、2楽章に入るとこれが実に素晴らしい演奏に変わります。1楽章の先走り感はどこへやら。しっとりと落ち着いた音楽が流れます。そしてフィナーレも落ち着きを保ちながら多彩なタッチでまとめます。

Hob.XVI:49 Piano Sonata No.59 [E flat] (1789/90)
最後はハイドン晩年の傑作ソナタ。多くの名演奏がひしめく曲。ここまで聴いてきて、シュタイングレーバーのピアノは、少々古風な音色の面白さがある一方、複数の音が鳴った時のハーモニーの美しさに少々難ありだということがわかりました。この最後のソナタでもメロディーラインのタッチの面白さが浮かび上がる一方、ハーモニーのが単音的に聴こえるのが曲の印象を左右していますね。現代ピアノでのハイドンのソナタの豊かな響きよりも音色はピアノながらフォルテピアノに近い一音一音の存在感が特徴になるでしょうか。エルンストの冷静なタッチもそう感じさせている一因かもしれませんね。この曲では表現は今までの曲同様多彩なんですが、曲に込めらた心情のようなものよりもタッチの変化のようなものに気を取られ、表現がちょっと表面的な印象につながっています。
アダージョでは前曲同様、エルンストの現代的ながら自在な表現がマッチして曲の深みを感じさせます。そしてフィナーレはさっぱりとした表情で弾き抜けます。

ハイドンのピアノソナタ全集を意図するモリッツ・エルンストの演奏ですが、曲から一定の距離をおいて客観的な視点で曲を捉えた演奏で、使用しているシュタイングレーバーという楽器の響きもあって、さらりとした表情の印象が強く残る演奏でした。楽器の選択はハイドンの時代の響きに対するイメージを優先させたものだと思いますが、悪くはありません。この演奏の印象はやはりモリッツ・エルンストのタッチにあり、独特の現代的感覚がそのような印象を残していると思われます。これからハイドンのソナタ全集を残すという一大プロジェクトに挑むということで、今後の演奏に注目したいと思います。評価は全曲[++++]とします。

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