コチアン四重奏団のOp.77、Op.103(ハイドン)

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コチアン四重奏団(Kocian Quartet)による、ハイドンの弦楽四重奏曲Op.77のNo.1、No.2、Op.103の3曲を収めたアルバム。収録は2000年6月21日から23日にかけてプラハの福音派教会(The Evangelic Church)でのセッション録音。レーベルはPRAgA Digitals。
コチアン四重奏団はチェコのクァルテット。1972年に設立され、1975年から名ヴァイオリニストのヤロスラフ・コチアンの名を冠してコチアン四重奏団と名乗っています。チェコの先達、スメタナ四重奏団のチェリスト、アントニン・コホウトに師事し、今やチェコを代表するクァルテットです。レパートリーはモーツァルト、ハイドン、ベートーヴェン、ブラームスなどの他、スメタナ、ドヴォルザーク、ヤナーチェク、マルティヌーなどのチェコの音楽も得意としており、またヒンデミットの弦楽四重奏曲全集の世界初録音などで知られているとのこと。このアルバム録音時のメンバーは以下のとおり。
第1ヴァイオリン:パヴェル・ヒューラ(Pavel Hůla)
第2ヴァイオリン:ヤン・オトストルチル(Jan Odstrčil)
ヴィオラ:ズビニェク・パドーレク(Zbyněk Paďourek)
チェロ:ヴァーツラフ・ベルナシェク(Václav Bernášek)
チェコは弦楽器の名奏者の宝庫。ついこの間もパノハ四重奏団やの名演奏に触れたばかりです。コチアン四重奏団の演奏はこれまで手元になかったんですが、amazonを検索中に見かけて気になって手に入れたもの。このアルバムの他に、Op.74やOp.20のアルバムもリリースされているようで、気になる存在です。
Hob.III:81 String Quartet Op.77 No.1 [G] (1799)
いきなり鮮度の高いリズミカルなアンサンブルが展開します。教会の録音としては残響は少なめでいい雰囲気の中ダイレクトにクァルテットが定位する理想的なもの。演奏は響きを揃えるという拘りに囚われず、一人一人の音楽が揃いながらも自発性が感じられる実に玄人好みの演奏。第1ヴァイオリンのパヴェル・ヒューラの存在感もありながら一人一人の演奏の味わい深さが感じられて悪くありません。一貫してリズミカルでハイドンの書いた曲をキリリと引き締めながらさりげなくクァルテットの醍醐味を感じられる素晴らしい1楽章です。
続くアダージョは沈むのではなく晴朗かつ張りのある響きにハッとさせられます。響きは鮮明なのに燻し銀の味わいに満ちた響きはクァルテットの年輪を感じさせます。曲が進むにつれて徐々に弦の響きが柔らかく変化し、微妙に表情をコントロールしていることがわかります。知らぬ間にアダージョの深い呼吸の安らぎの音楽に引き込まれていました。
ハイドン晩年の澄み切った心境を表すような吹っ切れたメヌエット。この演奏で聴くとくっきりとしたメロディーに、ほのかに味わいのようなものが感じられる絶妙なバランス。これは若手には真似のできない至芸と言っていいでしょう。演奏そのものに年輪を感じさせる素晴らしいひととき。
フィナーレは予想に反してそっと入ってきました。各パートの音程が少し揺らぐ感じも味わいの範囲。それぞれのパートが音楽の勢いに乗りながらアンサンブルをまとめていきます。まさに円熟の境地のようなフィナーレ。曲の最後にたどり着いたクライマックスで牙を剥くような演奏もありますが、テクニックの誇示ではなく、逆に絡み合う音符の糸を少し荒くざっくりと編んでいくような温もりのある演奏。もう少しキレがあってもいいように感じる瞬間もありますが、逆にフィナーレの頂きの高さを感じさせる演奏でもあります。
Hob.III:82 String Quartet Op.77 No.2 [F] (1799)
この曲でも鮮明かつ推進力に溢れた入り。前曲同様、この晩年の曲の澄み切った心境を鮮明に映した演奏。あまりに鮮明な風情が心地よいほど。主題が展開し始めると活力溢れる各パートのせめぎ合いのごとき様相。微妙に音色が重なり渋めなのにうっすらと色彩が乗って明るさを保ちます。チェロの意外に図太い音色が印象的。それでも一貫した推進力に支えられてテンポよく進むのが心地よいですね。
2楽章のメヌエットも推進力抜群。ハイドンの演奏を楽しんでいるのでしょう、リズムは弾み、ボウイングは冴え、音楽が転がります。中間部でふと息を抜いて興奮を冷まし、再びリズムが弾むのを楽しみます。
ハイドンの最晩年の境地を表すようなアンダンテ。さっぱりとした演奏から情感が滲み出す素晴らしい楽章。コチアンの演奏はその理想的な表現と言っていいでしょう。どの演奏で聴いてもぐっとくるこの楽章、ことさら媚びずに淡々と演奏するほどに枯れた心情が滲む見事なものです。これまでの人生を振り返りながら、秋空の下を晴れやかな気持ちで散歩するような音楽。良い思い出を回想しながら景色や花に目をやり、遊ぶ子供の声の喧騒を楽しみ、空に目をやる、そんな気分にさせられます。冴え渡った演奏ではなく手作りの音楽のように演奏するコチアンのセンス。この絶妙なセンスこそがこのアルバムの聴きどころでしょう。幸せな音楽に感極まります。
そしてなんと見事なフィナーレの入り。人生の総決算に用意された舞台の幕が上がるようなフォーマルな雰囲気。そして、音楽は様々に展開して遊びまわります。前曲のフィナーレが少し安定感に欠けるような雰囲気があったのとは異なり、こちらは見事な完成度。というか完璧でしょう。艶やかかつ伸びやかなヴァイオリンの魅力と燻し銀のアンサンブル。素晴らしい演奏にノックアウト。
Hob.III:83 String Quartet Op.103 [d] (before 1803)
ご存知ハイドン絶筆の作品。これまでの演奏同様、さりげなさの中に味わいが満ちた演奏。パヴェル・ヒューラの媚びないヴァイオリンの魅力がこの曲でも深みをもたらしています。耳を澄ますと、これまでの曲以上にデュナーミクの変化の幅を大きくとって、音楽の自然な起伏を強調してきます。あっと言う間に2楽章となり、適度に劇的な音楽をさりげなくこなしていきます。過去の心の振れを回想しながらも、今だに揺れ動く心情を表すような、劇性と冷静さを行き来するような音楽がコチアンの演奏でぐさっと刺さりました。
チェコを代表するコチアン四重奏団によるハイドンの晩年のクァルテット集。知と情のバランスがとれ、テクニックを誇示することなく、オーソドックスながら実に味わい深い演奏でした。胸のすくような精緻な演奏もある中、純粋に演奏から音楽の面白さが滲みてくる玄人好みの演奏です。聴く人によっては最初の曲の4楽章のちょっと不安定な印象があるところを欠点とみなす方もあるかもしれませんが、色々クァルテットを聴いてきた私の耳には味わいというか、逆にハイドンの書いた音楽のすごさを感じさせるポイントとも取れるところ。私はこの演奏、気に入りました。評価は全曲[+++++]とします。
こりゃ、コチアンの未入手のアルバム、集めねばなりませんね!


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tag : 弦楽四重奏曲Op.77 弦楽四重奏曲Op.103
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癒される田舎の風景
この四重奏団、本当に良いですね!
でもできれば、そっとしておいて欲しかった…
実は私もひそかに目を付けており、Daisyさんが紹介すればアッという間にCDがなくなりますので(笑)
さてコチアン四重奏団といえば、私のようなオールドファンにはスメタナ四重奏団の弟子のような存在として懐かしいです。
あの頃はスメタナ四重奏団の全盛期、あまりに活躍が華々しくてコチアン四重奏団には魅力を感じていませんでした。
しかし今となれば、スメタナ四重奏団の人気は、熱狂的なある一人の音楽評論家が褒めちぎったせいなのでは、とも思います。
もちろん素晴らしい弦楽四重奏団なのですが…。今は、あんまり聴きたいと思いませんね。
そんな折り、ひょんなことからコチアン四重奏団のOp.20を聴いて、あまりの素晴らしさに絶句!
Op.20といえばウルブリッヒSQの名演が好きです。精密でカッチリしていながら、どこかのんびりと温かい風情があります。
決して大都市風ではなく、ちょっと田舎寄りのヨーロッパのひなびた小都市といった雰囲気です。
でもコチアンはさらにひなびて自然が一杯の風光明媚な田舎町の風情があります。
とはいえ、もちろん大変上手い団体なのですが、単に上手いと覚らせない年季の入った上手さです。
これって、ハイドンの本質?
とても癒されます。さっそくOp20をポチりました(^_^)v
Re: 癒される田舎の風景
遅くなってスミマセン!
加えてそっとしておけなくてスミマセン(笑)
これは、そっとしておくにはあまりに素晴らしいアルバムといっていいでしょう。特にクァルテット好きな方にはたまらない魅力をもったアルバムだと思います。聴き手の器に合わせて奥行きを感じられるといってもいいと思います。ネームヴァリューから言えば、もちろんスメタナ、タカーチなどの方が上ですが、味わい深さではこちらの方が上だと思います。パノハと同様、渋いところをついた演奏ですね。
私も、コチアンのOP.20を手に入れましたが、こちらも負けす劣らず素晴らしいですね。安心してクァルテットに浸ることができます。まさに自然が一杯の風光明媚な田舎町の景色が浮かびあがるようですね。絶妙な例えです。