パノハ四重奏団のOp.55(ハイドン)

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パノハ四重奏団(Panocha Quartet)による、ハイドンの弦楽四重奏曲Op.55のNo.1からNo.3の3曲を収めたアルバム。収録は1996年4月19日から6月29日にかけて、プラハのドモヴィナスタジオ(Domovina Studio)でのセッション録音。レーベルはチェコのSUPRAPHON。
先日、湖国JHさんから同じくパノハ四重奏団のOp.33のアルバムを借りたのですが、これがなかなか良かったので、パノハ四重奏団のCDやLPを何枚か手に入れた中の一枚。色々聴き比べ、このアルバムを選んだ次第。
パノハ四重奏団はスメタナ四重奏団と並んでチェコを代表するクァルテット。1968年にプラハ音楽院のヨゼフ・ミカ教授の門下生が集まって設立されました。1975年にはプラハ国際弦楽四重奏コンクールで優勝、翌1976年にはフランスのボルドーのコンクールで金賞をとり、以後は欧米を中心に活躍。1980年には師であるスメタナ四重奏団とともに来日し、以後は頻繁に来日し、最近では草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルに毎年出演しているそうです。
メンバーは設立直後の1971年にヴィオラが入れ替わったようですが、それ以来40年以上にわたって不動。
第1ヴァイオリン:イルジー・パノハ(Jiři Panocha)
第2ヴァイオリン:パヴェル・ゼイファルト(Pavel Zejfart)
ヴィオラ:ミロスラフ・セフノウトカ(Miroslav Sehnoutka)
チェロ:ヤロスラフ・クールハン(Jaroslav Kulhan)
今日取り上げるアルバムは1996年の録音ということで、四半世紀かけて築きあげた見事なアンサンブルを堪能します。
Hob.III:60 String Quartet Op.55 No.1 [A] (1788)
たっぷりの余韻を含んだ弦楽四重奏の響き。屈託なくサクサク進みますが、アンサンブルは流石に緊密。全パートがまるで一塊りのように一体となって鳴り響きます。聴きすすむと、ヴァイオリンのイルジー・パノハの音階の恐ろしいまでのキレの良さに気づきます。速いパッセージの音階はまるでボウイングなどしていないような滑らかさ。この滑らかさは尋常ではありません。音楽全体が楽天的にあっけらかんとしたように進む中、ヴァイオリン一人が赤熱するまでホットなキレ味を聴かせます。この前に聴いたOp.33では全員がピンと張り詰めたタイトな響きの魅力で聴かせたのと聴かせどころが全く異なります。
続く2楽章のアダージョ・カンタービレは木質系の柔らかな弦楽器の響きをたっぷりと聴かせるように全パートが楽器をよく鳴らし、メロディーラインがゆったりとふくよかに鳴り渡ります。耳を澄ますとそれぞれのパートのボウイングが揃って皆ピカピカに磨かれているよう。特に高い音の美しさは素晴らしいものがあります。自然なボウイングが折り重なるように音楽を奏でる至福のひと時。
一体感のあるアンサンブルはメヌエットに入っても変わらず。ここではリズムが軽々と弾み、まさに舞曲たるように音楽が弾みます。ハイドンの音楽が楽譜を離れて踊り出しているような愉快さ。クァルテットでのこのリズムのキレは出色。
そしてさらに驚いたのがフィナーレの軽々とした入り。アンサンブルのキレはすでに奇跡的なレベル。軽やかな音階が見事な交錯するうちにチェロやヴィオラが弓いっぱいを使ったボウイングで踏み込んできてクライマックスを迎えます。ハイドンの見事な筆致をこれ以上ない緊密なアンサンブルでまとめます。恐ろしいまでに揃ったアンサンブルながら力んだ感じが全くしない名人芸。絶品です。
Hob.III:61 String Quartet Op.55 No.2 "Lasiermesserquartetett" 「剃刀」 [f] (1788)
短調の名曲「剃刀」。アンサンブルの一体感は変わらず、切々と音楽を奏でていきます。中間部のヴァイオリンのソロではイルジー・パノハは控えめな音量でメロディーを滑らかになぞっていきますが、ボウイングを感じさせないほどの滑らかな演奏がこの人の特徴と見抜いた次第。他のパートとの溶け合いとメロディーが浮かび上がらせる役割のバランスが絶妙なんですね。溶け合いながら浮かび上がるヴァイオリン。パノハののびのび溌剌とした音楽がハイドンの音楽にピタリと合っているからこその説得力。パートをまたぎながら受け継がれて変奏を重ねていくメロディー。チェロのミロスラフ・セフノウトカの燻らせたような美音も絶品。美音と軽さとアンサンブルの巧みさで1楽章は見事な姿に仕上がります。
この曲は不思議と2楽章がアレグロ。いつもながらハイドンの引き出しの多さに唸るところです。ここにアレグロを持ってくると落ち着かなくなりそうですが、さにあらず、すっと飲み込めてしまう音楽の進行に唸ります。そして軽さのコントロールの上手いパノハで聴くとこの楽章の巧みな筆致を存分に味わえます。軽さから重さのコントロールが何十段階もあり、フレーズごとに巧みに使い分けているよう。やなりリズムが生きているように弾みながら変化する見事さ。メロディーとリズムが交錯しながらの複雑な展開はまとめるのが難しそうですが、全く破綻なくすっと流れていく快感。
その交錯を受けて不思議なメロディーで入るメヌエットも聴いていくうちに音楽がまとまり、メロディーが離合集散を重ねます。
フィナーレもキレの良いパノハのヴァイオリンが控えめに冴え渡ります。コミカルなメロディーが繰り返されますが、音階のあまりのキレの良さに唸らんばかり。4人とも余裕たっぷりで、このコミカルな楽章を演奏するのを楽しむようにサラリと仕上げます。切れる剃刀に困っていたハイドンが、カミソリと交換しようと提案したエピソードで知られるこの曲。ハイドンのお返しのこの曲、もらった剃刀以上に、時代を超えてキレまくってます。ハイドンくらいになると遊び心もレベルが違います。
Hob.III:62 String Quartet Op.55 No.3 [B flat] (1788)
最後の曲。ハイドンの弦楽四重奏曲などを聴くといつも湧き出るような多彩なメロディーに、曲の展開など、1曲1曲が全く異なる発想で書かれていることでに驚くのですが、このOp.55でも同様、前2曲とは全く異なる聴かせどころに刺激されます。1楽章は穏やかな入りから各パートがコミカルなメロディーを交換しながら曲が大きな幹に育っていくような展開。もちろんパノハの軽やかな弓裁きの至芸で聴かされると、ハイドンの創意を結集した曲の面白さが手に取るようにわかります。チェロの語るようなフレーズの面白さが絶妙。
続く2楽章は穏やかに流麗なメロディーが流れます。フレーズの呼吸が深く、じっくりと演奏することで味わい深い響きを創っていきます。さえずるようなヴァイオリンが寄り添いながら滔々と音楽が流れ、この曲集を振り返るような郷愁の念が浮かび上がります。消え入るような最後は枯淡の境地。
気をとりなおすように快活なメヌエットを挟みますが、微妙に陰のあるメロディーを選んでくるところは流石。中間部はメロディーを散らかすような気さくなもの。
やはりフィナーレは来ました! 絶妙に軽やかな音階の交錯。メロディーを弄ぶかのように上下する音階。ピタリと全員の息が合った見事なアンサンブル。演奏自体はアクロバティックなほどテクニックを駆使しているのでしょうが、音楽にはそのようなことを微塵も感じさせないところが圧巻です。ハイドンのクァルテットのフィナーレの最もキレた姿がここにあります。
これは見事。Op.55の決定盤と言ってもいいでしょう。流石に四半世紀同じメンバーで活動してきただけあって、4人の紡ぎ出す音楽は完全に揃っています。響きが揃っているというレベルではなく、音楽そのものが長年の演奏を通して一つにまとまっているんですね。そしてテクニックも絶品。この軽やかに弾むメロディーの自然さは一朝一夕に到達できるものではありません。タイトに攻めてくるのではなく、ハイドンの遊び心の本質に触れる軽妙かつ深い演奏。このOp.55、ハイドンのクァルテットの中では今ひとつ録音が少ないのは演奏が難しいからのような気がしますが、このパノハこそOp.55の真髄に触れる演奏と言っていいでしょう。評価は全曲[+++++]とします。
残念ながらCDではなかなか入手しにくい状態。Apple Musicに登録されていますので聴くのは問題ないでしょう。
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