作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

フランチスカス四重奏団の弦楽四重奏曲集(ハイドン)

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私ごとで恐縮ですが、金曜日は朝からちょっと体調が優れず、会社に行ってみたものの、どうもだるい。朝から打ち合わせ続きでだんだん調子が悪くなり、しまいには体が火照ってきたので仕方なく夕方早退。家に帰って熱を測ってみると39度近く。そりゃだるいわけです。というわけで、金曜日は大学の先輩との実に久しぶりの飲み会が入っていたのですが、残念ながらキャンセル。もちろん家に帰っても音楽を聴くという体調ではなく食事をとってすぐに休みました。ちょっと思い当たる節もあり翌朝病院に行くと、やはり予想通り。4月に足の甲に怪我をした際の傷口からまたバイキンが入ったことが原因。もちろん傷は治っているのですが、時折痒くて掻いてしまうとかさぶたができるんですね。4月も草むしりの後でしたが、今回も先週末に草むしりで泥だらけになったのがいけなかったのでしょうか。幸い、熱も下がって、今日は父の月命日ちょっと遅れの墓参りなどに出かけましたが、まだちょっとだるさが残っております。まあ、前回同様抗生物質を飲めば快方に向かうでしょうとのことで一安心です。

ここは一発、いい音楽を聴いて元気を取り戻さねばと思っていますが、不思議とこういう時に試練が訪れるものです。

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フランチスカス四重奏団(Franciscus Quartet)によるハイドンの弦楽四重奏曲Op.54のNo.2、Op.77のNo.1、Op.103の3曲を収めたアルバム。収録は1998年7月2日から4日にかけて、オランダ、フェルメールの絵で有名なデルフトの復古カトリック教会(Oud Katholieke Kerk)でのセッション録音。

実はこのアルバム、いつも含蓄に富みまくったコメントをいただくSkunjpさんから送り込まれたもの。世評が高いとされるこのアルバムの真価は如何にとの何やら果し状めいた一文と共に送られて参りました。何となく道場破り、はたまた何でも鑑定団的雰囲気もなくはない中、いつも的確なコメントをいただき、当ブログの奥行きを深めていただいているSkunjpさんからの刺客に向き合わざるをえません。まずは奏者の情報をさらっておきます。

フランチスカス四重奏団は1993年にオランダで設立されたクァルテット。メンバーはオランダのオーケストラで働いていたつながりで集まったようです。デビューと同時に評判をとり、1997年にはコンセルトヘボウにデビューしたとのこと。その後バイエルン放送からの招聘でミュンヘンで演奏したり、1996年オランダのヒルヴェルスムで行われた音楽祭でオランダの放送局からハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトなどのCDをリリースしたそうですが、現在市場に出回っているのはChallange Classicsからリリースされているアルバム1枚のみ。今日取り上げるアルバムも入手はなかなか難しいでしょう。

アルバムにメンバーの表記はありませんが、録音年代とネットの情報を見ると下記のメンバーでしょう。

第1ヴァイオリン:ダイアナ・モリス(Diana Morris)
第2ヴァイオリン:レイチェル・イッサーリス(Rachel Isserlis)
ヴィオラ:ギレス・フランシス(Giles Francis)
チェロ:セバスチャン・ファン・エック(Sebastiaan van Eck)

さあ、ここは襟をだだし、シャワーを浴びて身を清め、抗生物質を飲み体調を整え(笑)、いざレビューです。

Hob.III:57 String Quartet Op.54 No.2 [C] (1788)
冒頭から多目の残響と適度な距離感に心地よく響くクァルテットの響き。このアルバムのデジタルマスタリングの担当がヴァイオリンのダイアナ・モリスとチェロのセバスチャン・ファン・エックの名がクレジットされているので、メンバー自体がアルバムの録音にも深く関与しているようですね。この心地よさがハイドンのこの曲の楽天的な雰囲気にピタリときます。演奏は楽天的な雰囲気の中、のびのびとして、屈託のないもの。
この曲は2楽章のアダージョが聴きどころです。最近ではジュリアードの引き締まった演奏にリンゼイの素晴らしい覇気に満ちた演奏に触れたばかり。フランチスカスの演奏はまるでペルトの曲のような暗澹たる持続音に艶やかなヴァイオリンによるメロディーを絡ませたもの。あえてリズムと起伏を抑えて現代的な雰囲気を作っているのでしょうか。この曲のグイとえぐるような踏み込みを期待して聴くと肩透かしを食います。
続くメヌエットの軽やかな入りは見事。相変わらず響きの艶やかさに耳を奪われます。美しい響きと軽やかなリズムでさらりと聴かせるメヌエット。
何度聴いても驚きに満ちたこの曲のフィナーレ。フランチスカスの演奏はじっくりとメロディーをかみしめるように入ります。呼吸の深いメロディーの表現の美しさはかなりのもの。今まで、ちょっとが多目の残響がちょっと楽天的な雰囲気を残して、緊迫度が逆に下がって聴こえていましたが、ここにきてじっくりとしたアプローチに音楽に深みが出てきました。やはりこの終楽章の演奏に焦点を合わせて、あえてそれまでの楽章が泡沫のように響くことを狙っているような気もします。深く心をえぐるハイドンではなく、心地よく美しく響くハイドンのクァルテットといったところでしょうか。

Hob.III:81 String Quartet Op.77 No.1 [G] (1799)
この曲でも非常に美しい響きが印象的な入り。冒頭に刻まれるリズムは意外にしっかりと刻んで、しっかりとした足取り。ヴァイオリンのダイアナ・モリスのボウイングはちょっとクラシックの奏者とは異なり、ムード音楽のように音の中央部のたっぷりと膨らませて弾くのが特徴。それがちょっと楽天的な響きの印象に大きく影響しているよう。それに合わせるように他のパートも、パートの独立性よりも全体のハーモニーを重視して、弦楽四重奏と言うよりオーケストラぽい弾き方に聴こえます。なんとなくこのクァルテットの特徴が分かってきました。その結果、やはり非常に磨かれて美しい、輝くような1楽章になっています。
続く短調のアダージョでは輝かしさとの対比か、このクァルテットにしてはツヤを抑えてじっくりとメロディーを描いていきます。ここではヴィオラもチェロもよく楽器を鳴らしてパート間の緊張感を感じさせるクァルテットらしいところも見せます。
メヌエットはハイドンが晩年にたどり着いた澄み切った心境を感じさせる、屈託のない艶やかさが心地よいですね。このクァルテットの長所が活きた楽章。中間部はデュナーミクの幅が広くグッと踏み込んだ演奏。
そしてフィナーレの晴れやかなメロディーの輝かしさは予想どおり。ヴァイオリンの鮮やかなボウイングに他のパートも刺激されて鮮やかなメロディーが続きます。美音の饗宴。

Hob.III:83 String Quartet Op.103 [d] (before 1803)
ハイドンの作曲人生の最後に書いた曲。淡々とした入りから穏やかな演奏が続きいい具合に枯れた感じが滲みでてきます。これまでの美音尽くしてき表情から一変して、曲の描かれた背景を踏まえた演奏に変わります。特にすっとテンポを落とした以降はさらに枯れた表現が際立ちます。長い休符も印象的。我々がこの曲に抱くイメージの理想の姿のような演奏。ここではヴァイオリンは要所以外は輝きを抑えて、曲の緊張感を保ちます。
そして終楽章になってしまったメヌエットもグイとえぐるような入りからテンションを保ちながら影の部分の深い闇をきちんと描いてきます。音楽に漂う不安な印象と決意のようなものが浮かび上がる迫力の演奏。中間部の張り詰めた感じも悪くありません。そして本当に最後になってしまう冒頭のメロディーに戻るときの無心の鋭さがかえって心に響きます。このメロディーを書いて筆を置いたときのハイドンの心境を表しているような険しさ。これは名演ですね。

私自身はその存在は知っていたものの、Skunjpさんから送られてきて、はじめて聴いたアルバム。確かに磨き抜かれた美しい響きがこのアルバムの魅力であり、このフランチスカス四重奏団の魅力でもあります。おそらくこの響きの美しさと表情の豊かさの魅力が支持される理由かと思いますが、ハイドンのクァルテットにはさらなる深みもあります。途中に書いたように、特に前2曲については、若干響きの美しさに集中しすぎて、少々外面的な演奏に聴こえなくもありません。ハイドンの弦楽四重奏曲を美しくまとめ上げたという点では素晴らしい演奏ですが、聴き方によってはそこがちょっと気になるという人もいるかもしれませんね。最後のOp.103については、曲の真髄を突く名演奏と言っていいでしょう。評価はOp.103が[+++++]、前2曲が[++++]とします。

フランチスカス四重奏団の現役番にはハイドンの弦楽四重奏曲Op.2のNo.3などが含まれているようなので、こちらも手に入れて聴いてみなくてはなりませんね。

Skunjpさん、こんなところでお許しください!

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2 Comments

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Skunjp

鑑定結果や、さていかに?

体調が万全ではない中、鑑定(笑)していただき誠に有難うございます。

実はこのCD、あの幸松さんが大絶賛しておられることを知り、何気なく検索したら中古盤が破格値で出ていたものですから迷わずゲットしました。

その幸松さんの「鑑定書」?は下記のとおり。

「まるでギリシャの大神殿を目の当たりにして、その感動で言葉につまるときのように、眼前に広がる崇高にして高雅な音空間の輝きに、目が眩むような想いにさせられる。この人間業とは思われない神技を超えられるグループが、今後現れるかどうか」

こりゃ凄いぞ、と喜び勇んで聴いたのですが…

ウーム、これは?

超弩級の褒め言葉がなぜかピッタリ来ないものを感じ、お忙しいことを知りつつ気兼ねしながら鑑定を依頼した次第です。

さて、Daisyさんが取り上げてくださるものやら?と気もそぞろに待つことしばし。その心境は、何でも鑑定団にお宝を持ち込んだ心弱きオジサンそのものでありました。

かの中島誠之助先生、もといDaisy先生に、「いい仕事してますね」(良品)と言われるか、はたまた「大事になさってください」(残念でした!)と言われるか、ドキドキしながら待つこと約一週間。鑑定結果は、作品103がお眼鏡にかなったようでホッと胸を撫で下ろしています。

実は私、このフランチスカス盤で作品103の真価を知ったような気がしたのです。他盤より際立ってゆったりしたテンポに最初は驚いたものの、「おー、この曲はこういうことを表現したかったのか!」と目が開かれる思いがしたのは絶妙なテンポ設定の賜物という他ありません。

ハイドンが亡くなる前、どのような心境であったのか見えた(ような)気がしました。

それは、風が冷たくなりはじめた秋晴れの真っ青な空に、白い雲がぽっかりと一つ浮かんでいる…という

まあ、そんな感じですが、私はこのCDでハイドンがさらに好きになりました。

世評に左右されないDaisyさんの耳に感服しきりです。私はまだまだ修行が足りませんね。

足の方、お大事にしてください。

  • 2016/09/11 (Sun) 14:27
  • REPLY

Daisy

Re: 鑑定結果や、さていかに?

Skunjpさん、コメントありがとうございます。

例えとはいえ、かの中島誠之助先生と並び称されるのは光栄なこと。何でも鑑定団はちょくちょく見ていますが、中島誠之助先生のコメントはいつも素晴らしい切れ味。出品者への万全の気遣いと、お宝の誉れ高さを簡潔かつ完璧にまとめるところはいつも膝を叩いて拝見しております。

ということで中島先生に並べてのDaisy先生の呼称はあまりに恐れ多く、謹んで返上させていただきます(笑)

当ブログは、バカの一つ覚えのようにハイドンのアルバムを取り上げ、ひたすらレビューするということに徹しておりますが、所詮素人の好みの範囲。私の好みの範囲での意見ということをお忘れなく。

私自身も若い頃は聴いている演奏が少ないからか、大海原のように広がる未知の演奏を知る手がかりは雑誌や書籍などの論評が頼り。自ずからそれらの論評に大きく影響を受けてきましたが、最近はハイドンという特定分野については色々な演奏を聴いているからか、それらの論評と自身の耳との鍔迫り合いを多数こなしているうちに、論評自体も感服するものから、全く頷けないものまで色々あることがわかり、他の方の論評などを頼らず自身の耳で聴くことに集中できるようになりました。おそらく特定分野に集中したからなんでしょうか。そのようにして今の私の聴き方に至りました。

このフランチスカス盤もご指摘のように幻の名盤との触れ込みが広がっているようですが、やはり幸松さんの論評の影響が大きいのかもしれませんね。幸松さんがそのように感じられたのは事実であり、それまでに聴いてきた音楽、その時の考え、装置の具合やらいろいろなものが重なりあってのコメントでしょう。そうした音楽体験の履歴は皆それぞれ辿ってきたものが異なり、現在の私の音楽体験の履歴も独自のものです。時代も立場も影響力も全く異なることを前提に、ブログ筆者の個人的好みとして理解いただくのがよろしいかと思います。

体調について色々ご心配をおかけしておりますが、幸いたいしたことではありませんでしたのでご安心を。かえって投薬治療中は酒量を控えるように美人ドクターから指示されておりますゆえ(笑)、この機に健康体を取り戻し、ブログの執筆も加速できるよう精進する所存でございます。

  • 2016/09/11 (Sun) 17:30
  • REPLY