作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

絶品! ギュンター・ヴィッヒ/南ドイツ室内フィルのパリセット後半(ハイドン)

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以前取り上げてとても良かったギュンター・ヴィッヒのパリセット前半3曲。探していた後半3曲が手に入りました。

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ギュンター・ヴィッヒ(Günther Wich)指揮の南ドイツ室内フィルハーモニー(Süddeutsche Kammerphilharmonie)によるハイドンの交響曲85番「王妃」、86番、87番のパリセット後半3曲を収めたアルバム。収録はPマークが1974年。レーベルは前半3曲のINTERCORDではなく、VIENNA Classicsという怪しい廉価盤レーベル。

このアルバム、先日のオフ会の後、小鳥遊さんからの情報で注文したもの。もともと前半3曲と同じ体裁のINTERCORDレーベルの後半3曲のアルバムを探していたのですが、手に入れることができず、同じくINTERCORDレーベルの2枚組のLPを手に入れたところ、これは82番から85番の4曲のみ。肝心の86番、87番が含まれていませんでした。諦めかけていたところ、小鳥遊さんからの情報でこのアルバムに辿りつきました。そもそもこのアルバム、ジャケット表面には奏者の表記はなく、amazonの商品情報にも演奏者の表記はないので、検索にも引っかかりません。小鳥遊さんの情報で、ほぼ情報ゼロの状態で注文して海外からの到着を待ち、手元に来て初めて演奏者が確認できた次第。いやいや、世の中口コミほど頼りになる情報はありません。

また、このアルバムの指揮者ですが、以前のレビューの際は、「ギュンター・ウィッチ」と表記していましたが、ドイツ語読みだと、やはり「ギュンター・ヴィッヒ」なのでしょう。以前の表記はNAXOS Music Libraryの呼称を参考にしたんですが、以前N響に何度か客演しており、その時の呼称は「ギュンター・ヴィッヒ」。準国営放送の信頼性を参考にして、以前のレビューにもギュンター・ヴィッヒとの呼称を付記しました。ということで、以前のレビューはこちら。

2015/07/07 : ハイドン–交響曲 : ギュンター・ヴィッヒ(ウィッチ)/南ドイツ室内フィルのパリセット(ハイドン)

到着してCDプレイヤーにかけてみると、あの素晴らしい響きが眼前に広がるではありませんか! これはレビューに取り上げないわけにはいきませんね。

Hob.I:85 Symphony No.85 "La Reine" 「王妃」 [B flat] (1785?)
以前のアルバムと同じ、堂々とした序奏の響きに冒頭から圧倒されます。もちろんオーソドックスな演奏なんですが、オケが非常によく響いて、凡庸な演奏とは全く異なる充実した響きに包まれます。Apple Musicなどにも登録されていて、ネットでも聴けるのですが、響きの充実度はCDの方に軍配が上がります。このわずかな違いが演奏の印象を大きく左右します。以前はApple Musicの85番はかなり歪んだ音のソースでしたが今は改善されており、それでもCDとの差は小さくありません。聴き進むうちに適度な推進力とヴィッヒの落ち着いたコントロールでこの交響曲の構成感とハーモニーの美しさ、自然な造形の魅力が沁みてきます。
自然な流れそのままにふわっと2楽章に移ります。これ以上自然な演奏はあり得ないほどしなやかな流れにうっとり。特にフルートがなぞるメロディーの美しさにさらにうっとり。耳を澄ますと弦楽器のメロディーはかなり前のめりで勢いのあるボウイング。ハイドンの書いたメロディーの内面をえぐるような演奏。こうしたさりげない部分の表現の深さが演奏の味わいを深くしていることがわかります。前記事のテミルカーノフの「昼」の2楽章もそうでしたが、ハイドンのメロディーの真髄に触れるさりげない解釈に唸ります。終盤もフルートの美技に唸るばかり。華麗な音色でメロディーに華やかさを加えていきます。完璧。素晴らしい音楽性。
メヌエットもオーソドックスそのもの。素朴な演奏からにじみ出る味わい。こうした地味ながら素晴らしい演奏こそ、ハイドンの音楽を最も引き立てます。中間部に入るところのちょっとした溜めも絶妙なセンス。ふと歩みをゆるめて音楽の転換を鮮烈に印象づける匠の技。そして再び冒頭のメロディーに戻る時の安心感。至福。木管陣の名演奏にも唸ります。
88番の転がり堕ちるようなフィナーレを予感させるフィナーレもしっとりと美しく輝き、ただただ美しい響きに酔いしれます。ハイドンのフィナーレでこれほどまでに磨き抜かれた美しさを表現する演奏ななかなかありません。もちろんフィナーレなりの展開の面白さはあるのですが、それに増してメロディーラインの軽やかな展開の美しさが印象に残ります。ヴィッヒの確信犯的アプローチにやられた感満点。ブラヴォー。

Hob.I:86 Symphony No.86 [D] (1786)
偏愛する86番。前曲の素晴らしい余韻が残るなか、軽やかで華やかささえ感じる序奏にまずはうっとり。絶妙なバランス、透明感すら漂う大理石の建物のような優美なフォルム。主題に入るとこの曲独特のリズムに乗ったメロディーラインが心地よく響きます。肩の力は完全に抜けて、この曲のツボを押さえて穏やかに展開します。ヴァイオリンによるメロディーはキレ良く、リズムも心地良いキレ。音楽が進むにつれて明るさと陰りの織りなす綾に包まれます。ここでもフルートが絶品の響きで華やかさを加えます。この曲独特の感興を落ち着いて構築します。
やはりすっと自然にラルゴに入ります。完全にギュンター・ヴィッヒの音楽に浸ります。こちらの想像というか期待に完全に一致した音楽が流れてくる快感。脳内にアドレナリンの大河がゴーッと流れているよう。ところどころでテンポをぐっと落としたりする聴かせどころ配置して変化をつけるセンスも抜群。これほど豊かな音楽が流れる演奏があったでしょうか。全盛期のスイトナーのモーツァルトも絶品でしたが、それを遥かに上回る神がかったような美しさ。
メヌエットに入ってもアドレナリンの大河が流れ続けています。ハイドンの音楽の自然な美しさを完璧にこなしてくるので、すっと耳になじみます。ここにメヌエットが配置され、優雅な音楽が流れるとわかっていて、その通り音楽が流れる快感。そして中間部への展開の巧みさに耳を澄ましているところに、期待通りの展開。演奏とこちらのイメージがシンクロして脳の音楽中枢が非常に鋭敏な状態に維持されます。
そしてフィナーレも前曲同様完璧な美しさ。これほど美しく、余裕たっぷりのフィナーレはなかなかありません。しっかり盛り上がり感も演出しますが、力みは皆無。不思議と軽やかな雰囲気を保ったクライマックスにこれまた酔いしれます。溺愛する86番のベストです。

Hob.I:87 Symphony No.87 [A] (1785)
最後の87番は、ぐっと力が入る導入に軽い驚き。もちろん力んだ感じはありませんが、この交響曲のユニークな入りの真意を見切ったのか、冒頭からフルスロットルでオケが気持ち良く鳴り響きます。グイグイ推進する感じこそこの曲の真骨頂とばかりにオケを煽ります。ギュンター・ヴィッヒにはハイドンの意図が見えているのですね。ただ力が入っているだけでなく、抑えた部分をしっかり抑えきっているので抜群の立体感。ヴァイオリンのキレも尋常ではありません。あまりの表現の切れ味に鳥肌が立つほど。なんでしょう、この冴えに冴えた音楽は。力でも踏み込んだ解釈でもなくオーソドックスな解釈の冴えでこれほどまでにインパクトがあるとは、、、尋常ではありません。
アダージョはもはや至高の音楽。フルートを始めとした木管楽器の響きの美しさは例えようがないほど。オケの出来はあまりに素晴らしく、ウィーンフィルやベルリンフィルもここまで音楽に没入した演奏はできないでしょう。完全にギュンター・ヴィッヒのコントロールが行き渡っています。ハイドンの音楽の暖かさに包まれる至福。
メヌエットももちろんこれまで通り素晴らしい演奏。この曲では時折ハッとするような図太さ、羽毛のような軽さ、癒しに満ちた優しさが顔を出し、音楽の表現できる幅も広がっています。メヌエットからここまでの音楽を引き出せるとは。
最後のフィナーレはもともと流麗な曲想を噛み砕いてフレーズごとに微妙に表情を変化させながら音楽をまとめます。ハイドンのフィナーレの魅力がすべて詰まった素晴らしい演奏。躍動感、輝き、陰り、機知、ハーモニー。すべての最高の演奏としてまとまった素晴らしいフィナーレ。

聴き方によってはオーソドックスな演奏ですが、単なる凡庸な演奏ではなく、ハイドンの交響曲の最高のエッセンスが詰まった見事な、見事すぎる演奏でした。前半3曲も素晴らしかったんですが、こちらはさらに素晴らしい。パリセットの1推し盤と言っていいでしょう。1970年代の録音ながら、古さを感じさせず、またLPと聴き比べてもむしろCDの方がいいくらい。そして演奏も古びた印象は皆無。むしろ時代を超えて聴き続けられるべき普遍性を持った演奏と言えるでしょう。これほどの名演奏ですが、現在はCDとしては入手しやすい状態ではなく、Apple Musicなどネット配信がメインとなります。こうした名盤がいつまでも手に入るよう切に願うばかりです。評価はもちろん[+++++]とします。

小鳥遊さん、貴重な情報ありがとうございました!

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8 Comments

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michael

No title

こんにちは

また楽しみな音盤を紹介いただきました。中古1枚の出品がありましたが、ちゃんと届くのか?気がかりです^^;
ギュンター・ヴィッヒさんといえば確かにN響でハイドンの60番を指揮していたのを憶えています、随分昔ですが^^;聴衆が6楽章あるのを知らずに拍手が起きてしまったことも、当時としてはマニアックな曲も放送していたものです。

小鳥遊

無事に届いて何よりでした。

怪しい盤が安く出ているし、パリ・セットが揃うなら買うしかない、と思って購入して、いざ届いてみたらまさかのヴィッチのパリ・セットだったので、とても驚いた思い出の一枚です。

演奏に関しては、私が付け加える事はありません(笑)

アンセルメ、ペシェク、ヴィッチ、この三組が私のお気に入りです。


Daisy

Re: No title

michaelさん、コメントありがとうございます。

ギュンター・ヴィッヒがN響の客演していたことも驚きだったんですが、ハイドンのそれも60番をコンサートで取り上げたとは。今でも滅多にないことでしょうが、当時としては更に珍しいことだったと思います。ネットで調べてもなかなか情報がなく、またアルバムも1980年代までのものばかり。これほどの演奏をする人なのに人気が出ないのが不思議なところです。

  • 2016/09/11 (Sun) 13:08
  • REPLY

Daisy

Re: タイトルなし

小鳥遊さん、コメントありがとうございます。

これほど素晴らしいアルバムがこうした扱いなのは解せませんね。もちろん売れる要件はスター性とかネームバリューとか色々あるかと思いますが、このような地味ながら素晴らしい演奏をメジャーレーベルや数多のマイナーレーベルが放っておくのは見識が疑われますね。このヴィッヒ盤もパリセットのベスト盤の一つとしていいでしょう。このアルバム、本記事をきっかけに湖国JHさんの元へ旅立っております!

  • 2016/09/11 (Sun) 16:48
  • REPLY

だまてら

No title

ギュンターといえば、ドイツ・シャルプラッテン(エテルナ)に、ザロモンセットほかハイドンを多数録音している「ヘルビッヒ」をまず想起する者(ハイドン党員の小生としては、少なくとも「ヴァント」より優先して・・・)ですが、世間は広いですね!
独逸インターコードも懐かしい!、メロスSQ初回のべートーヴェン全集を出した70年代初頭は中堅レーベルとして名を馳せていましたが、怪しいレーベルからの再発とは、正式に版権が承継される事無く消滅したのでしょうか・・・。

  • 2016/09/11 (Sun) 18:03
  • REPLY

Daisy

Re: No title

だまてらさん、コメントありがとうございます。

ギュンター・ヴィッヒですが、古い方だとN響客演時の記憶のある方もあり、今は知る人ぞ知るという存在になってしまいましたが、それなりに活躍していた人のようですね。ヘルビッヒも今となってはハイドンマニアの方には知られていますが、一般的にはマイナー路線なんでしょう。ギュンターつながりで言えば、カラヤン時代のDGのエンジニアだったギュンター・へルマンスなんていう人もいましたね。INTERCORDレーベルも今や知る人ぞ知る存在。歴史の流れを実感します。我々もそういう世代ということで、、、(笑)


  • 2016/09/13 (Tue) 00:42
  • REPLY

Skunjp

歌うティンパニ

このような名盤をご紹介いただいたこと、まずDaisyさんに御礼申し上げます。

私は普段、交響曲はあまり聴かないのですが、今夜はクヮルテットをたらふく聴いて、口直しに珍しく交響曲(ヴィッヒのパリセット前半)に手が出ました。

パリセットに馴染みがない私ですが、しかしヴィッヒの熊にビビっと来るものがあり、あわててマリナー、デュトワ、カラヤン、C.ディヴィス等と聴き比べました。

そうして判ったこと…

それは、これらの中ではヴィッヒが最も音楽的で、ぶっちぎりの名演である、ということです。

マリナー他、ヴィッヒ以外の演奏はティンパニをやたら強調します。これは熊のお約束か?でも、その事が音楽を単純化しているように感じます。

リズムが強調されて、それなりに活気の溢れる分かりやすい音楽になりますが、その事で失われるものがあまりに多いのです。

それは具体的に言えば、強すぎるティンパニによってマスクされたコントラバスと内声部のふくよかな響きです。それで、音楽はメロディーとリズムのみの単純なものに聴こえてしまいます。

私が今まで熊にピンと来なかったのは、伝統的なこの演奏様式(ティンパニ強調)のせいでした。そして、このことに気づいたのはヴィッヒの演奏のお陰だったのです。

改めてヴィッヒを聴いて、目が覚める思いがしました。これはまさに「歌うティンパニ」です。あくまでも音楽のファンダメンタルとしてティンパニが存在し、時にコントラバスのボーンという響きを強化するに留まります。

しかしそれゆえ、この歌うティンパニが音楽全体を支配し、まろやかに膨らんだり、時に締まったりしながら、しなやかなコントラバスと内声部を真に生かして音楽全体がふくよかに歌い出すのです。

もちろん、そのことをヴィッヒは充分に意識した上でオーケストラを統率しています。

ヴィッヒの恐ろしいほどの洗練と音楽的な感性に脱帽です。

あー、ヴィッヒのパリセット後半が欲しい(笑)!

  • 2016/10/18 (Tue) 00:49
  • REPLY

Daisy

Re: 歌うティンパニ


Skunjpさん、コメントありがとうございます。

このアルバムのティンパニの音量に目をつけられたのは流石です。そう言われて聴くと、まさにおっしゃる通り。あるパートを強調するということは、その他のパートを埋もれさせることにもなってしまいますね。ヴィッヒのコントロールの特徴はそのほかにも実に自然で慈しみ深いフレージングにもあり、結果として実に豊かな音楽になっているわけです。このアルバム、CDとしても流通されるべき価値がありますね!

  • 2016/10/19 (Wed) 06:53
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