作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

ロマン・ルルーのトランペット協奏曲(ハイドン)

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実に久しぶりにトランペット協奏曲を取り上げます。

RomainLeleu.jpg
TOWER RECORDS / amazon

ロマン・ルルー(Romain Leleu)のトランペット、エマニュエル・ルドゥック=バローム(Emmanuel Leducq-Barôme)指揮のバルティック室内管弦楽団(Baltic Chamber Orchestra)の演奏で、フンメル、ネルーダ、ハイドンのトランペット協奏曲と、グルックの歌劇「オルフェーオとエウリディーチェ」より「メロディ(精霊の踊り)」を収めたアルバム。収録は2010年11月5日から7日にかけて、ペテルスブルクのペテルスブルク録音スタジオ及び聖カタリナルーテル教会でのセッション録音。レーベルはharmonia mundi傘下のAPARTÉ。

このアルバム、例によって湖国JHさんから送られてきたもの。比較的最近リリースされたものですが、こちらの手元にないということで、いつも通りさりげなくコレクションの重大な欠陥を突かれたという形(笑)。こういったケースで送られてきたものに悪いものはないというのがこれまでの経験則ですので、ちょっと調べてから聴いてみた次第。

まずはジャケットを眺めると、ちょっと内山くん似の小太りなルルーの姿が気にならなくもありません。調べてみると、これだけならよくある古典期のトランペット協奏曲の詰め合わせなんですが、このアルバム、ハイドンのトランペット協奏曲がカデンツァ違いで3つのバージョンが収められているのが珍しいところ。自身のカデンツァに加えてクシシュトフ・ペンデレツキ、カールハインツ・シュトックハウゼンによるカデンツァの3種で、しかもカデンツァ部分のみならず全曲通しが3パターン収録されています。そもそも、ペンデレツキにシュトックハウゼンという現代音楽の作曲家が古典中の古典であるハイドンの、よりによってトランペット協奏曲にカデンツァを書いているのが不思議なところ。

シュトックハウゼンについては息子であるマルクス・シュトックハウゼンがトランペッターということで、息子がトランペットを吹き父が指揮したアルバムがあるため、シュトックハウゼンがカデンツァを書く動機があったということでしょう。またペンデレツキも1999年にサン・ノゼ交響楽団の指揮をした時にハイドンのトランペット協奏曲を演奏し、その際にカデンツァを書き、その後改定されたものとのこと。このハイドンの非常に古典的な協奏曲のカデンツァに奇しくも現代音楽の大家がカデンツァを書きたくなったというところに、ハイドンの存在感を感じる次第です。

そして、それを録音に残したロマン・ルルーという人ですが、1983年、フランスのベルギー国境に近いリール生まれのトランペット奏者。今回初めて知った人ですが、いちおう若手トランペッターの有望株とのこと。パリ国立高等音楽院でエリック・オービエに、カールスルーエ音楽院ではラインホルト・フリードリヒという現代の両巨頭に学んでいます。その後フランス、欧米を中心にソリストとして活躍していますが、日本にもラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンに2010年と2012年に来日しているそうですので、ご存知の方も多いかもしれませんね。ちなみに楽器はYAMAHAを愛用しているとのこと。

オケのバルティック室内管はサンクトペテルブルクフィルの精鋭メンバーを集めた団体ということで、指揮のエマニュエル・ルドゥック=バロームはヤンソンス門下の人とのことです。

Hob.VIIe:1 Concerto per il clarino [E flat] (1796)
(cadences:Romain Leleu)
まずはCD1の3曲目に収められているルルーのカデンツァによるバージョンから。最近の録音らしくオケは鮮明、程よいキレと推進力を感じる安定した序奏の入り。ルルーは安定した演奏で入りますが、フランス人トランペッターにしては大人しい印象。リズムもフレージングもオーソドックスで破綻がありません。欲を言えばもう一歩踏み込みというか輝きが欲しいところ。徐々に音階が複雑になってくるところでも安定感は流石なところ。よく聴くと、トランペットよりも鮮やかなオーケストラの方に耳が入ってしまいそう。1楽章のカデンツァはよくあるトランペット奏者によるもののように、ちょっとアクロバティックな音階のジャンプなどを織り交ぜたオーソドックスなもの。ちょっと安心しました。
続くアンダンテはしっかりと呼吸を緩めて、ゆったり朗々としたトランペットの美音が鳴り響きます。ここでは逆に安定した演奏が落ち着いていていい感じです。オケも手馴れた感じでまとめてきます。ルルーのトランペットは特定の音域に輝きがあるわけではなく、常に一歩引いいたような落ち着きに満ちたもの。
そして最後のフィナーレもじっくりとしたテンポで入り、終始落ち着きが乱れません。これはこれでなかなかできるわけではありません。適度に爽快な好演。最後までバランス感覚に優れたオーソドックスな名演でした。

(cadences:Krzysztop Penderecki)
続いてCD2の冒頭におかれたベンデレツキによるカデンツァのもの。序奏の演奏は前の演奏とほどんど変わらないものの、ちょっと響きが多く感じるのは気のせいでしょうか。もしかしたら録音会場が違うかもしれません。心なしかライヴ感も上がってコンサートのように聴こえます。カデンツァまではおそらくほぼ同じ感じの演奏ですので、ペンデレツキ節への変化のタイミングを待ちながら聴くという不思議な感覚。予想通り、きました! カデンツァの入りこそ普通な感じですが、徐々にヘンテコな転調にホルンまで加わり、これはユニークなもの。そして突然曲に戻る感じもこれまたユニーク。ただし、ハイドンの曲に合っているかと言われれば、かなりキワモノ的な印象が強いのが正直なところ。ハイドンへのリスペクトやオマージュも少々弱いのかもしれません。
アダージョは1楽章同様、ルルー版よりも幾分しなやか印象を感じます。フィナーレのカデンツァも予想だにしない展開で途中独自の境地の入ってしまいますが、なんだかわからないうちに原曲に戻るところも1楽章同様のもの。最後にも聴かせどころがあります。欲をいえば、カデンツァの違いだけでなく、曲全体を見渡して、カデンツァに負けない変化を聴かせるくらいの遊びがあっても良かったかもしれません。

(cadences:Karlheinz Stockhausen)
そしてCD2の後半に置かれたシュトックハウゼンによるカデンツァのもの。オケが慣れたのか、3バージョンの中では一番しなやかな伴奏に感じます。オケの熱気も一番。肝心のカデンツァに入る前の溜めもちょっと前2バージョンとは違います。このカデンツァは突き抜けた面白さ! ペンデレツキ版のちょっと中途半端な感じとは異なり、ハイドンも喜びそうなくらいやりたい放題。オケが迎えに来るのところも全く迎えを待っているそぶりなし。これはこれで実に面白い。そしてなんとなく異種の音楽による不調和な余韻を、オーソドックスなアダージョが断ち切る面白さ。1楽章の不思議な余韻で逆にアダージョの美しさが際立つと気付いた次第。そしてフィナーレではカデンツァに入る前の音を長〜く伸ばし、これまた想像だにしないメロディーというか、楽器の慣らしのために色んな音を練習しているような奇妙奇天烈なカデンツァが痛快。いや、本当に痛快。このくらいハチャメチャでこそハイドンの機知へ対抗できるというもの。聴きなれたメロディーに戻った安堵感ったらありません。なぜか不思議なほど幸福間に包まれます。最後はあえてオーソドックスに終わりますがキレは最高。

いやいや、この3種のカデンツァを並べる企画は面白かった。読んでいただいて分かる通り、私は最後のシュトックハウゼン版が一押しです。正直に言うと、ルルーのオリジナル版は演奏自体もちょっと硬く、またルルーの演奏も踏み込みが足りない印象。そして、これが初めての録音になるというペンデレツキ版もユニークではありますが、ちょっと中途ハンパな印象を残してしまいます。シュトックハウゼン版も同様かとあまり期待せず聴いたんですが、これは面白かった。やはりルルーもノリが良く、楽しんで演奏しているのが伝わったのが大きいでしょうか。作曲者と演奏者の創意がハイドンの原曲に負けないくらい張り合えないとこのレベルの面白さには到達できないのでしょう。評価はシュトックハウゼン版を[+++++]、他2つを[++++]とします。まあ、このアルバムはマニア向けというところでしょうね(笑)

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