エイナフ・ヤルデンのピアノソナタ集(ハイドン)

エイナフ・ヤルデン(Einav Yarden)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ6曲(Hob.XVI:29、XVI:24、XVI:25、XVI:26、XVI:31、XVI:32)を収めたSACD。収録は2015年12月3日から5日、オランダのロッテルダムの隣町、スキーダム(Schiedam)のウエストフェスト教会でのセッション録音。レーベルは優秀録音の多いCHALLENGE CLASSICS。
ジャケットを見ての通りの美しい容姿のピアニスト。名前からどこの国の人かわかりませんでしたが、調べて見るとイスラエル。1978年にテル・アヴィヴに生まれ、イスラエル音楽院、テル・アヴィヴのルービン音楽アカデミー、アメリカボルチモアのジョン・ホプキンス大学などで学び、2006年ミネソタ国際ピアノ-e-コンクールで優勝、2009年ベートーヴェン国際コンクール第3位入賞と頭角を現しました。今日取り上げるアルバムが彼女の2枚めのアルバムで、デビュー盤は同じくCHALLENGE CLASSICSからリリースされたベートーヴェンとストラヴィンスキーのアルバムです。ジャケット同様、美しくデザインされた彼女のサイトがありますのでリンクしておきましょう。
Einav Yarden
若手のピアニストが、ピアニストの表現力を丸裸にしてしまう難しさを持ったシュトルム・ウント・ドラング期直後のハイドンの中期のソナタに挑むということで、興味津々。
Hob.XVI:29 Piano Sonata No.44 [F] (1774)
流石にSACD、広い空間の少し先にピアノがふっと浮かび上がる見事な録音。超低音の暗騒音が奏者の動きの気配まで伝えます。演奏は非常にバランスの良いもの。ハイドンのソナタのツボはきちんと押さえて、八分の力でタッチの軽さとリズムのキレの良さをベースにさらさらと弾きこなしていきます。この曲はどうしても巨人リヒテルの素晴らしい力感のこもった演奏と比べて聴いてしまうのですが、ヤルデンは逆にそうした力感のトラウマを全く感じさせず、サラサラと曲をこなしていくので、逆にハイドンの書いた音楽をゆったりとトレースしながら聴くことに集中できます。
続く流麗なアダージョもさっぱりとこなしていきます。1曲1フレーズの表現を極めるのではなく、このアルバムに収められた曲集を、遠くからながめて、山脈の絵を描くように、大きな視点で捉えた演奏。先日取り上げ激賞したデニス・コジュヒンの演奏とも共通するところですが、この冷静なのに深みをもたらす姿勢、若手ピアニストとはいえ、かなりの音楽性の持ち主と見ました。
終楽章のメヌエットも見事なもの。鏡のように澄み切った心境から生まれる落ち着いた演奏の中からハイドンの機知がにじみ出てきます。短調の仄暗さにも輝きがあり、華のある演奏です。タッチは鮮やかでかなりの腕前ですが、テクニックを誇示するようなところはなく自然な表現。1曲めから来てます!
Hob.XVI:24 Piano Sonata No.39 [D] (1773)
美しい入りのメロディーが印象的な曲。そのメロディーの輝き絶妙にスポットライトを当て、曲の美しさが惚れ惚れするように表現されます。テンポは少し速めな印象ですが、ところどころですっと落とすので音楽に動きが生じて活き活きとした印象。早いパッセージのタッチの鮮やかは変わらず。
途中の転調の絶妙な瞬間が聴きどころの曲ですが、ヤルデンはそこに焦点を当てるのではなく、曲全体の流れの中にハイドンの見事な創意を自然に浮かび上がらせるという、これまた見事な表現。一音一音が宝石のように輝きながら空間に置かれていきます。美しすぎる見事な演奏。
フィナーレは癒しに満ちた静けさを断ち切るように鮮やかなタッチでまとめます。
Hob.XVI:25 Piano Sonata No.40 [E flat] (1773)
一転して低音によるリズムの面白さで曲が変わったことを印象付けます。一峰一峰の容姿の違いを克明に描きますが、それが山脈の変化に富んだ姿であるように、不思議とまとまりを感じる演奏。ヤルデンの恐ろしいばかりの表現力。ここまで来て、ヤルデン、ハイドンのソナタの真髄に迫っていると確信します。途中高音に一音のみアクセントつけたり、ほんのわずかにスパイスを効かせます。このソナタの肝が推進力であると思い起こさせる見事な表現。
この曲は2楽章構成。気まぐれなハイドンの筆の面白さをちゃんと拾って、さりげない変化のさりげない面白さをしっかりと味あわせてくれます。一音一音を追いかけながら音楽の展開に引き込まれます。
Hob.XVI:26 Piano Sonata No.41 [A] (1773)
この時期のソナタの展開の面白さに耳が行っているところに、それを知って弾いてくるようなヤルデンの演奏。ハイドンの音楽の面白さを本質的に理解しているのがよくわかります。単にわたしの聴き方との相性なのかもしれませんが、これだけすっと入ってくる演奏はなかなかありません。音楽の流れと音楽に宿る創意を汲み取る力は素晴らしいものがあります。時折響きを強調するところのセンスの良さも出色。それらが一貫してさりげない雰囲気でまとめられているのがハイドンにふさわしいですね。
続くメヌエットは曲の面白さを読みきり、あえて少しコミカルにまとめます。そして流れるように自在にテンポを動かすフィナーレ。ここに来て表現の幅を広げてきました。
Hob.XVI:31 Piano Sonata No.46 [E] (1776 or before)
この6曲を一連の物語りと捉えて、一節一節、展開にふさわしい語り口で語られるので、どんどん物語りに引き込まれていきます。美女の素晴らしい表現力の語りにうっとりといったところ。演奏が型にはまった感じは皆無。音符に仕込まれた創意を素直にどんどん音楽に変換していくの楽しんでいるよう。この曲でも1楽章のリズムの面白さ、2楽章の沈み方をあえて浅めに捉えて流れの良さにスポットライトを当てるところ、終楽章のタッチのキレの良さと、それぞれの楽章の本質を捉えてまとめます。
Hob.XVI:32 Piano Sonata No.47 [b] (1776 or before)
最後に有名曲を持ってきました。名演ひしめく名曲です。堂々とした入りから、ところどころにヤルデンらしい爽やかなアクセントで華やかさを演出します。力で押す演奏が多い中、クリアな響きを保ちながら、フレーズ毎の変化と創意の面白さをバランスよく組み込みますが、この曲ではオーソドックスな演奏の範囲にとどめているのは見識でしょう。皆の頭に焼くつくこれまでの素晴らしい演奏に敬意を払っているよう。これまでの曲で自身のハイドンをじっくり聴かせているので、最後はアルバムを引き締めるようなフォーマルさを感じさせます。
メヌエットはさらりと曲の面白さを感じさせるヤルデンならではの演奏。そしてフィナーレではこのアルバム一番のキラメキ。右手の輝かしいアクセントが印象的です。最後はタイトに引き締まったピアノを聴かせて終わります。
イスラエルの若手美人ピアニスト、エイナフ・ヤルデンの弾くハイドン中期のピアノソナタ集。これは名盤です。ハイドンのピアノソナタの面白さを十分に引き出しながらも、一貫した冷静さを保ち、そしてそこここに美しい響きを散りばめるという理想的な演奏。録音も鮮明で言うことありません。先日取り上げたデニス・コジュヒン同様、素晴らしい才能の持ち主です。ぜひハイドンのピアノソナタの全曲録音に挑んで欲しい、これからが楽しみなピアニストです。評価は全曲[+++++]とします。
- 関連記事
-
-
【新着】ジョン・オコーナーのピアノソナタ集(ハイドン)
2016/12/08
-
ツィモン・バルトのピアノソナタ集(ハイドン)
2016/11/06
-
イヴォンヌ・ルフェビュールのアンダンテと変奏曲(ハイドン)
2016/11/02
-
リリー・クラウスのピアノソナタXVI:52 1963年来日時のNHK録音(ハイドン)
2016/09/16
-
エイナフ・ヤルデンのピアノソナタ集(ハイドン)
2016/08/11
-
アンジェラ・ヒューイットのソナタ集(ハイドン)
2016/08/03
-
【新着】ヴィニシウス・ペレスのリュートによるソナタ(ハイドン)
2016/06/09
-
ディノ・チアーニのピアノソナタXVI:52ライヴ(ハイドン)
2016/05/25
-
デニス・コジュヒンのピアノソナタ集(ハイドン)
2016/03/26
-