作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

バセットホルン三重奏によるバリトントリオ(ハイドン)

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いやいや、珍しいアルバムを見つけました!

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amazon

ル・トリオ・ディ・バセット(Le Trio di Bassetto)による、ハイドンのバリトン三重奏曲6曲(Hob.XI:96、XI:97、XI:123のアダージョのみ、XI:65、XI:87、XI:69)を収めたアルバム。収録は2010年3月17日から19日にかけて、フランス東部のストラスブール近郊の街、サルブール(Sarrebourg)の聖ウルリッヒ修道院の講堂(auditorium du couvent de saint ulrich)でのセッション録音。レーベルはharmonia mundi傘下のK617。

このアルバム、amazonでハイドンのピアノ三重奏曲の未入手のアルバムを物色中に発見したもの。なぜかTOWER RECORDSなどでは見かけないアルバムです。

ご存知のとおり、ハイドンは仕えていたニコラウス・エステルハージ候が好んだバリトンと言う不思議な楽器のためにかなりの数の作品を残しており、バリトン・トリオを126曲、バリトン八重奏曲を7曲、バリトン五重奏曲を1曲残しています。バリトンのための曲は何度か取り上げてレビューしています。

2014/07/09 : ハイドン–室内楽曲 : ウィーン・ベルヴェデーレ三重奏団のディヴェルティメント集(ハイドン)
2014/03/23 : ハイドン–室内楽曲 : ダヴィド・ゲリンガス/エミール・クラインのバリトン二重奏曲集(ハイドン)
2013/11/14 : ハイドン–室内楽曲 : ゲリンガス・バリトン・トリオのバリトン三重奏曲集(ハイドン)
2013/06/29 : ハイドン–室内楽曲 : エステルハージ・アンサンブルのバリトン五重奏曲
2013/05/03 : ハイドン–室内楽曲 : イジー・ホシェク、ドミニカ・ホシュコヴァーによるバリトン二重奏曲集
2011/06/30 : ハイドン–室内楽曲 : 【新着】バレストラッチのバリトン三重奏曲集
2010/12/21 : ハイドン–室内楽曲 : 【年末企画】アンサンブル・リンコントロのバリトン・トリオ

なかでもバリトンという不思議な音色を奏でる楽器のために書かれたトリオを、この不思議な音色の特色を取り除いて曲自体の面白さを浮き彫りにしたのがリンコントロの演奏ですが、今日取り上げるアルバムは、同様の趣旨でしょうか、全てのパートをバセット・ホルンというクラリネットのような楽器で演奏したもの。し、し、しかも演奏にはグラス・ハープ、一般にはグラス・ハーモニカと言われている楽器で演奏しているという、超マニアックな趣向のアルバム。

グラス・ハーモニカといえばモーツァルトが晩年に書いたk.356(617a)グラスハーモニカのためのアダージョが有名ですが、我々想像するグラスハーモニカはテーブルの上に水を入れたワイングラスを並べたもの。ところが、これは正式にはグラスハープと呼ぶそうで、グラスハーモニカとは異なるもの。詳しくはWikipediaをごらんください。

アルモニカ - Wikipedia

今日取り上げるアルバムのレーベル名はK617で、これも曰くありげですね(笑)

さて、奏者のル・トリオ・ディ・バセットはバセットホルン奏者のトリオであるのみならず、全員グラスハープも演奏しているようです。アルバムの中にテーブルに水の入ったワイングラスを並べ、3人がこすっている写真が収められています!

バセットホルン、グラス・ハープ:ジャン=クロード・ヴェイヤン(Jean-Claude Veilhan)
バセットホルン、グラス・ハープ:エリク・ロロ(Éric Lorho)
バセットホルン、グラス・ハープ:ジャン=ルイ・ゴシュ(Jean-Louis Gauch)

バリトンの不可思議な響きをバセットホルンとグラスハープで演奏するという奇妙奇天烈な企画、これが存外に素晴らしい響きを聴かせるんですね。

Hob.XI:96 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [b] (before 1772?, 69-71)
1曲目は有名曲。3楽章構成。冒頭のメロディーは聴き覚えがあります。ちなみに上のバレストラッチ盤を取り出して比較してみましたが、バリトンのカサカサとした音色に弦楽器の織り成す独特の風情に対し、バセットホルン3本による響きは全く異なるものの、まろやかなのに陰のある不可思議な音色はバリトンに引けをとるものではありません。むしろ不可思議度はバリトンの上を行く感じ。これがクラリネットだったら、もっと洗練されているのでしょうが、いい具合に饐えた印象も加わり、味わい深い響きを聴かせます。ハイドンがバリトンのために書いた和音も実に不思議な音の組み合わせが多く、曲が進むにつれて、様々に表情を変えていく様はよく耳を澄ますとまるでラビリンスをさまよっていくよう。穏やかに曲が進みますが、音量はかなりの幅で変化していきます。最初のラルゴからアレグロに変わり、リズミカルにバセットホルンがメロディを刻みます。終楽章はメヌエットですが、いつものようにハイドンの想像力に驚きます。作曲したのはまさにシュトルム・ウント・ドラング期ということで、メロディーの端々に仄暗い気配が漂います。挨拶がわりの1曲目。

Hob.XI:97 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (before 1778, 66?)
つづく曲もバリトン三重奏曲で、こちらも7楽章構成で、録音も多い曲なので聴いたことがある人も多いのではないかと思います。前曲同様バセットホルンの不可思議な響きで再現されますが、前曲とちょっと異なるのが、1楽章からバリトン独特の、開放弦を響かせるところで、コップを叩くようなガラスの音色を加えているところ。これはグラスハープのグラスを叩いているに違いありません。実に奇抜な展開と驚きます。このバセットホルンとグラスハープによる響きがえも言われぬ心地を演出します。
1楽章のアイデアに驚くと、続く2楽章はバセットホルンの実に鮮やかなアンサンブルにハッとさせられます。木管楽器の音色の美しさを極めた演奏。
3楽章は1つ目のメヌエット。ここでもグラスハープを叩く音がそっと添えられバリトンを彷彿とさせます。あまりに巧みなバセットホルンの妙技と、グラス・ハープの織り成す音楽に興味津々。
アイデアはこれだけではありませんでした。つづく4楽章のポロナーゼでは足を踏み鳴らすような音も加わり、ほぼやりたい放題(笑) 音楽は音を楽しむと書くとおり、じつに楽しげな演奏です。
そして、またまた驚かされるのが続く短いアダージョ。ここでこれほど沈んでくるとは思いませんでした。完全に奏者の術中にはまっています。
そして6楽章目はこの曲2つ目のメヌエット。メヌエットが2つあってもアイデアとメロディーが尽きることはありません。そして最後のフィナーレはフーガでまとめてきました。驚かされるばかりの巧みな構成。メロディー、音色、アイデア、構成、演奏の全てが斬新。参りました。

Hob.XI:123 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [G] (before 1778, 72-78)
3曲目はバリトントリオからアダージョのみ抜き出し、こんどは本当にグラスハープのみの演奏。モーツァルトのグラスハーモニカのためのアダージョを彷彿とさせる、繊細なグラスハープの演奏。暑い夏ですが、まるで風鈴で涼を楽しむごとき風流さ。原曲はBrilliantのエステルハージ・アンサンブルの演奏にのみ含まれている希少な曲ゆえ、原曲の印象はあまりなく、純粋にグラスハープの心地よい響きを楽しめます。曲の美しさはモーツァルトに劣るものではありません。モーツァルトの曲は亡くなる年、1791年の作曲で、ハイドンのこの曲は1770年代の作曲ということで、モーツァルトが最晩年に到達した境地にすでにはやくから到達していたのだとでも言いたげな演奏です。

Hob.XI:65 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [G] (1767-68)
再びバセットホルン3本による快活な演奏に戻ります。アレグロ、メヌエット、フィナーレの3楽章構成。快活な導入に、独特なメロディーの面白さで聴かせるメヌエット、爽やかに展開するフィナーレとまさにディヴェルティメントの軽妙な楽しみが詰まったような曲。バリトンの演奏を愛したニコラウス侯の笑顔が目に浮かぶようです。

Hob.XI:87 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [a] (before 1772?, 69-71)
一転してリリカルなメロディーが印象的な曲をもってきました。アダージョ、アレグロ・ディ・モルト、メヌエットという3楽章構成の曲。バセットホルンの音色がさらにイキイキと響き、曲の深い陰影を引き立てます。選曲のセンスも抜群。各パートの重なり合う響きの実に美しいこと。また、メロディーに紛れて微かにバセットホルンのメカニカルキーがパタパタいう音も聴こえて、それがリアリティを増しています。リリカルさを保ちながら、楽章がかわり、テンポが上がり、こちらが予想だにしないメロディーが展開します。いつもながらハイドンの豊富なアイデアに痺れます。そしてフィナーレは落ち着いて畳みにきます。

Hob.XI:69 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (1767-68)
アダージョ・アヴェック・ヴァリエーション、メヌエット、フィナーレという3楽章構成。まるでバセットホルンのために書かれた曲のように自然に響きます。ゆったりとした行進曲のような入り。表情を緩めたり、リズムを強調したり、穏やかさに包まれながらの妙技に惚れ惚れ。バセットホルンがこれほど豊かな表情を表現できるとは知りませんでした。最後の曲で忘れかけていたところにグラスハープが顔を出してコミカルな表情を加えます。バセットホルンも強弱硬軟織り交ぜてあらん限りのテクニックを駆使します。
メヌエットはいつもながらのハイドンのアイデア博覧会のごとき様相。そしてフィナーレはあっけらかんと明るい表情でこのアルバムの締めにふさわしい晴朗な表情で締めます。

これは、驚きのアルバムです。以前バリトントリオの曲をバリトンなしで演奏した、リンコントロのアルバムやウィーン・ベルヴェデーレ三重奏団のアルバムがあり、バリトントリオの独特の音色を取り去って、曲の美しさに焦点を当てたアルバムとして、素晴らしい成果を挙げていましたが、今日取り上げたル・トリオ・ディ・バセットの演奏は、バリトントリオのバリトンの不可思議な響きのイメージを、全く異なるバセットホルンとグラスハープを用いて再構成し、原曲より素晴らしいと思わせる恐ろしい説得力と完成度でまとめてきました。私自身ちょっと衝撃を受けたアルバムです。これは、当ブログ読者の中でも室内楽に造詣の深い諸兄には是非聴いていただかなくてはなりませんね。なぜかamazon以外では見かけませんが、手に入るうちに、この不可思議ながら実に趣深い音楽にふれていただきたいものです。評価はもちろん[+++++]といたします。

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6 Comments

There are no comments yet.

michael

No title

こんばんは

この記事を拝読して、聴かずにガマンするのは、
かなりつらいですね^^;

Daisy

Re: No title

michaelさん、こんばんは。

ちょっと常習性ドラッグの密売人の気分です(笑)

  • 2016/07/13 (Wed) 23:23
  • REPLY

sifare

手続きしましたw

こんにちは~

今日はこちらは晴れ、いよいよ梅雨明けとなり暑い日となりそうです。
演奏会楽しまれたご様子、うらやましいです~。私は相変わらずちょっと離れた日々を送っています。でもDaisyさんの記事でこちらも楽しんでますよ(^^)

バリトン大好きな私には特に外せない記事ですねwそれもこのような惹きつけられる内容だと
私も聴きたくなり注文しました~←密売人に乗せられた?w
楽しみに待っています。

私が最初にこのアルモニカを認識したのはランメルモールのルチアでした。

Daisy

Re: 手続きしましたw

sifareさん、コメントありがとうございます。

東京はまだ梅雨明けではないようですが、ここしばらく暑い日が続いております。

このアルバム、きっと夏の暑さを忘れさせる微風を送ってくれると思いますので、楽しみにお待ちください。

  • 2016/07/19 (Tue) 07:33
  • REPLY

Skunjp

満塁ホームラン的名盤

Daisyさん、こんにちは。ル・トリオ・ディ・バセット聴きました。これまた満塁ホームランのような名盤ではありませんか!

聴く前は、やや色物?(失礼)の不安がありましたが、信じて購入。実際に聴いてみれば、「いやー、素晴らしい!」のひとことです。バリトントリオの原曲を隅々まで、くまなく、しゃぶり尽くすような名演奏です。

バセットホルンの音はクラリネットと似ていますが、朝顔が金属なので部分的にサクソフォーンのような響きも交じります。それがとても鄙びた印象。クラリネット以上に弱音で息を交ぜるのかハーモニーがトロトロに溶けあってとても官能的です。さらに録音が抜群。リードの湿り気まで伝えるように超リアルです。

しかし何と言っても感謝だったのは、このCDのおかげでバリトントリオの本当の素晴らしさに開眼できたことです。このことに力があったのは、もちろんバセットホルンの表現力の凄さです。

バセットホルンは、強弱によって、また音域によって音色がガラリと変わります。低音のドスのきいた迫力から、高音の天使のささやきまで千変万化。深遠でとろけるような弱音が部屋を満たすかと思えば、突然炸裂する圧倒的なフォルテが鳴り響きます。しかし全くうるさくなく、ゾクゾクするような快感が脳内を走ります。これは奏者の技量も凄いのでしょうが、やはり楽器の基本的な表現力の素晴らしさでしょう。まさに圧倒的な音色の豊かさです。

このように変化に富むバセットホルンが3本集まれば深く幅広い表現力が獲得されます。その表現力でもって成し遂げたことは、何だったのでしょうか?

それは、リスナーがバリトントリオの原曲の良さを、「隅々まで、くまなく、しゃぶり尽くせるようにしてくれたこと」です。本当に、バリトントリオとは、これほどまでに味わい深い音楽だったのか!と思いましたね。

感動の余韻のさめぬうちに、比較のためバリトントリオ原曲を聴きました。すると、何ということでしょう…拍子抜け!でした。何というか、スルスルと流れて、つかみ所がないのです。もっと良い曲のはずなのに!?(演奏はブリリアント全曲セット)。これは演奏のせいかも、と急きょ、バレストラッチ盤を買うことに決定しました。

ところで、食事時、家族のいる席でこのCDをかけました。途中で、あのグラスハープが流れたとたん、皆の箸が「…ん!」と止まりました。長男が言いました。「お父さん、これ何の楽器?」。(ホラ来た!)私がドヤ顔で得意げにウンチクを語ったことは言うまでもありません。
グラスハープ実演動画です https://www.youtube.com/watch?v=N6hFxc6dcwc

  • 2016/08/17 (Wed) 13:31
  • REPLY

Daisy

Re: 満塁ホームラン的名盤

Skunjpさん、昨夜はありがとうございました。

ル・トリオ・ディ・バセット、お気に入りいただき何よりです。おっしゃる通り、ちょっと色物的なところもなくはないのですが、このアルバムから流れ出す音楽の多彩さ、深さはちょっと比べるものがないくらいのものです。この音色の多様性が木管楽器で朝顔が金属だからということによるものと言われて合点がいきました。この多彩な音色と音程の異なる3本のバセットホルンが織りなす響きの綾がより深い響きを作っているんですね。楽器の構造から音色の特徴がわかり、さらにこの演奏のエッセンスに触れた気分です。

この多彩さに比べると原曲の演奏がしょぼく聴こえてしまいますが、逆にちょっと枯れ気味で不可思議な響きを愛した王様を楽しませる音楽という本来の姿が浮き彫りにもなります。

ル・トリオ・ディ・バセットはこのオリジナルのバリトントリオのメロディーや響きの美しさにスポットライトを当て曲の持つ未知のポテンシャルを引き出したのだと思います。

こうなると次はリンコントロ盤を聴いていただかなくてはなりませんね(^_^)

追伸)
CDゆっくり楽しませていただきます!

  • 2016/08/18 (Thu) 07:50
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