バセットホルン三重奏によるバリトントリオ(ハイドン)

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ル・トリオ・ディ・バセット(Le Trio di Bassetto)による、ハイドンのバリトン三重奏曲6曲(Hob.XI:96、XI:97、XI:123のアダージョのみ、XI:65、XI:87、XI:69)を収めたアルバム。収録は2010年3月17日から19日にかけて、フランス東部のストラスブール近郊の街、サルブール(Sarrebourg)の聖ウルリッヒ修道院の講堂(auditorium du couvent de saint ulrich)でのセッション録音。レーベルはharmonia mundi傘下のK617。
このアルバム、amazonでハイドンのピアノ三重奏曲の未入手のアルバムを物色中に発見したもの。なぜかTOWER RECORDSなどでは見かけないアルバムです。
ご存知のとおり、ハイドンは仕えていたニコラウス・エステルハージ候が好んだバリトンと言う不思議な楽器のためにかなりの数の作品を残しており、バリトン・トリオを126曲、バリトン八重奏曲を7曲、バリトン五重奏曲を1曲残しています。バリトンのための曲は何度か取り上げてレビューしています。
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なかでもバリトンという不思議な音色を奏でる楽器のために書かれたトリオを、この不思議な音色の特色を取り除いて曲自体の面白さを浮き彫りにしたのがリンコントロの演奏ですが、今日取り上げるアルバムは、同様の趣旨でしょうか、全てのパートをバセット・ホルンというクラリネットのような楽器で演奏したもの。し、し、しかも演奏にはグラス・ハープ、一般にはグラス・ハーモニカと言われている楽器で演奏しているという、超マニアックな趣向のアルバム。
グラス・ハーモニカといえばモーツァルトが晩年に書いたk.356(617a)グラスハーモニカのためのアダージョが有名ですが、我々想像するグラスハーモニカはテーブルの上に水を入れたワイングラスを並べたもの。ところが、これは正式にはグラスハープと呼ぶそうで、グラスハーモニカとは異なるもの。詳しくはWikipediaをごらんください。
アルモニカ - Wikipedia
今日取り上げるアルバムのレーベル名はK617で、これも曰くありげですね(笑)
さて、奏者のル・トリオ・ディ・バセットはバセットホルン奏者のトリオであるのみならず、全員グラスハープも演奏しているようです。アルバムの中にテーブルに水の入ったワイングラスを並べ、3人がこすっている写真が収められています!
バセットホルン、グラス・ハープ:ジャン=クロード・ヴェイヤン(Jean-Claude Veilhan)
バセットホルン、グラス・ハープ:エリク・ロロ(Éric Lorho)
バセットホルン、グラス・ハープ:ジャン=ルイ・ゴシュ(Jean-Louis Gauch)
バリトンの不可思議な響きをバセットホルンとグラスハープで演奏するという奇妙奇天烈な企画、これが存外に素晴らしい響きを聴かせるんですね。
Hob.XI:96 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [b] (before 1772?, 69-71)
1曲目は有名曲。3楽章構成。冒頭のメロディーは聴き覚えがあります。ちなみに上のバレストラッチ盤を取り出して比較してみましたが、バリトンのカサカサとした音色に弦楽器の織り成す独特の風情に対し、バセットホルン3本による響きは全く異なるものの、まろやかなのに陰のある不可思議な音色はバリトンに引けをとるものではありません。むしろ不可思議度はバリトンの上を行く感じ。これがクラリネットだったら、もっと洗練されているのでしょうが、いい具合に饐えた印象も加わり、味わい深い響きを聴かせます。ハイドンがバリトンのために書いた和音も実に不思議な音の組み合わせが多く、曲が進むにつれて、様々に表情を変えていく様はよく耳を澄ますとまるでラビリンスをさまよっていくよう。穏やかに曲が進みますが、音量はかなりの幅で変化していきます。最初のラルゴからアレグロに変わり、リズミカルにバセットホルンがメロディを刻みます。終楽章はメヌエットですが、いつものようにハイドンの想像力に驚きます。作曲したのはまさにシュトルム・ウント・ドラング期ということで、メロディーの端々に仄暗い気配が漂います。挨拶がわりの1曲目。
Hob.XI:97 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (before 1778, 66?)
つづく曲もバリトン三重奏曲で、こちらも7楽章構成で、録音も多い曲なので聴いたことがある人も多いのではないかと思います。前曲同様バセットホルンの不可思議な響きで再現されますが、前曲とちょっと異なるのが、1楽章からバリトン独特の、開放弦を響かせるところで、コップを叩くようなガラスの音色を加えているところ。これはグラスハープのグラスを叩いているに違いありません。実に奇抜な展開と驚きます。このバセットホルンとグラスハープによる響きがえも言われぬ心地を演出します。
1楽章のアイデアに驚くと、続く2楽章はバセットホルンの実に鮮やかなアンサンブルにハッとさせられます。木管楽器の音色の美しさを極めた演奏。
3楽章は1つ目のメヌエット。ここでもグラスハープを叩く音がそっと添えられバリトンを彷彿とさせます。あまりに巧みなバセットホルンの妙技と、グラス・ハープの織り成す音楽に興味津々。
アイデアはこれだけではありませんでした。つづく4楽章のポロナーゼでは足を踏み鳴らすような音も加わり、ほぼやりたい放題(笑) 音楽は音を楽しむと書くとおり、じつに楽しげな演奏です。
そして、またまた驚かされるのが続く短いアダージョ。ここでこれほど沈んでくるとは思いませんでした。完全に奏者の術中にはまっています。
そして6楽章目はこの曲2つ目のメヌエット。メヌエットが2つあってもアイデアとメロディーが尽きることはありません。そして最後のフィナーレはフーガでまとめてきました。驚かされるばかりの巧みな構成。メロディー、音色、アイデア、構成、演奏の全てが斬新。参りました。
Hob.XI:123 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [G] (before 1778, 72-78)
3曲目はバリトントリオからアダージョのみ抜き出し、こんどは本当にグラスハープのみの演奏。モーツァルトのグラスハーモニカのためのアダージョを彷彿とさせる、繊細なグラスハープの演奏。暑い夏ですが、まるで風鈴で涼を楽しむごとき風流さ。原曲はBrilliantのエステルハージ・アンサンブルの演奏にのみ含まれている希少な曲ゆえ、原曲の印象はあまりなく、純粋にグラスハープの心地よい響きを楽しめます。曲の美しさはモーツァルトに劣るものではありません。モーツァルトの曲は亡くなる年、1791年の作曲で、ハイドンのこの曲は1770年代の作曲ということで、モーツァルトが最晩年に到達した境地にすでにはやくから到達していたのだとでも言いたげな演奏です。
Hob.XI:65 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [G] (1767-68)
再びバセットホルン3本による快活な演奏に戻ります。アレグロ、メヌエット、フィナーレの3楽章構成。快活な導入に、独特なメロディーの面白さで聴かせるメヌエット、爽やかに展開するフィナーレとまさにディヴェルティメントの軽妙な楽しみが詰まったような曲。バリトンの演奏を愛したニコラウス侯の笑顔が目に浮かぶようです。
Hob.XI:87 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [a] (before 1772?, 69-71)
一転してリリカルなメロディーが印象的な曲をもってきました。アダージョ、アレグロ・ディ・モルト、メヌエットという3楽章構成の曲。バセットホルンの音色がさらにイキイキと響き、曲の深い陰影を引き立てます。選曲のセンスも抜群。各パートの重なり合う響きの実に美しいこと。また、メロディーに紛れて微かにバセットホルンのメカニカルキーがパタパタいう音も聴こえて、それがリアリティを増しています。リリカルさを保ちながら、楽章がかわり、テンポが上がり、こちらが予想だにしないメロディーが展開します。いつもながらハイドンの豊富なアイデアに痺れます。そしてフィナーレは落ち着いて畳みにきます。
Hob.XI:69 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (1767-68)
アダージョ・アヴェック・ヴァリエーション、メヌエット、フィナーレという3楽章構成。まるでバセットホルンのために書かれた曲のように自然に響きます。ゆったりとした行進曲のような入り。表情を緩めたり、リズムを強調したり、穏やかさに包まれながらの妙技に惚れ惚れ。バセットホルンがこれほど豊かな表情を表現できるとは知りませんでした。最後の曲で忘れかけていたところにグラスハープが顔を出してコミカルな表情を加えます。バセットホルンも強弱硬軟織り交ぜてあらん限りのテクニックを駆使します。
メヌエットはいつもながらのハイドンのアイデア博覧会のごとき様相。そしてフィナーレはあっけらかんと明るい表情でこのアルバムの締めにふさわしい晴朗な表情で締めます。
これは、驚きのアルバムです。以前バリトントリオの曲をバリトンなしで演奏した、リンコントロのアルバムやウィーン・ベルヴェデーレ三重奏団のアルバムがあり、バリトントリオの独特の音色を取り去って、曲の美しさに焦点を当てたアルバムとして、素晴らしい成果を挙げていましたが、今日取り上げたル・トリオ・ディ・バセットの演奏は、バリトントリオのバリトンの不可思議な響きのイメージを、全く異なるバセットホルンとグラスハープを用いて再構成し、原曲より素晴らしいと思わせる恐ろしい説得力と完成度でまとめてきました。私自身ちょっと衝撃を受けたアルバムです。これは、当ブログ読者の中でも室内楽に造詣の深い諸兄には是非聴いていただかなくてはなりませんね。なぜかamazon以外では見かけませんが、手に入るうちに、この不可思議ながら実に趣深い音楽にふれていただきたいものです。評価はもちろん[+++++]といたします。
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