ガラテア三重奏団のピアノ三重奏曲集(ハイドン)

ガラテア三重奏団(Trio Galatea)によるハイドンのピアノ三重奏曲3曲(Hob.XV:27、XV:28、XV:29)にクレメンティのソナタOp.27-No.2の4曲を収めたアルバム。収録は2004年5月24日から26日にかけて、 ベルギーのブリュッセルの東方の街、シント=トロイデン(Sint-Truiden)のアカデミーホールでのセッション録音。レーベルはET'CETERA。
このアルバム、ゴールデンウィーク中に前記事で書いたラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンのコンサートのために有楽町に行った際、ついでに立ち寄った山野楽器銀座本店で偶然見つけて手に入れたもの。山野楽器はネット系のTOWER RECORDSやamazonとは品揃えが異なるので、たまに行くと見たことのないアルバムが見つかるので侮れません。ただし値段は少々高め。円高のこの頃ですので、もうちょっと安いと戦闘意欲も増してくるのですが、ネット系とかなり価格差があり、何枚も物色するような気にならないのは致し方なしでしょう。このアルバムはネット系にももちろん出回っていますが、売り場で手にとってみると、ピアノフォルテはなんと、あの、トム・ベギンではありませんか。ネットでは意図して検索しないとこういう出会いはなかなかありません。
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さて、このガラテア三重奏団ですが、ネットを調べてもウェブサイトが見つかりませんので、現在は活動を継続していないかもしれませんね。ライナーノーツを読んでみると、設立は2000年で、埋もれていた18世紀の鍵盤楽器の伴奏をともなうソナタの演奏を意図したトリオとのことで、主にアメリカ東海岸の音楽祭や放送で活動していたようです。メンバーばは以下のとおり。
ピアノフォルテ:トム・ベギン(Tom Beghin)
ヴァイオリン:エリザベス・ブルーメンストック(Elizabeth Blumenstock)
チェロ:エリザベス・ル・グイン(Elisabeth LeGuin)
ヴァイオリンとチェロは多くの録音に参加しているベテラン奏者とのことです。このアルバム、やはり聴きどころはトム・ベギンのピアノフォルテでしょう。このレコーディングに使用されたのはハイドンの時代のクレメンティ・ピアノのレプリカ。
Chris Caene, Ruiselede, 2004, after Longman & Clementi,1798
さて、最近はピアノトリオの名演盤をいろいろ聴いて耳が肥えております。トム・ベギンのクレメンティ・ピアノは如何に!
Hob.XV:27 Piano Trio (Nr.43/op.75-1) [C] (1796)
聴き慣れたフォルテピアノとはほんのすこし異なる響きに感じるクレメンティ・ピアノ。言われなければ違いはわかりませんが、高音が少々こもり気味、低音は逆に力強くに聴こえます。トム・ベギンのタッチはアクセントが明快で迫力もあり、早いパッセージの軽やかさもあり、冒頭の一音からキレのよいもの。ヴァイオリンもチェロもキレの良い演奏で質の高いアンサンブルを聴かせます。古楽器としてはかなり踏み込んだ躍動感を感じさせるのは、やはりトム・ベギンのリードによるものでしょう。ただし、トム・ベギンの演奏には終始冷静な視点を感じさせ、指先を自在にコントロールして躍動感を冷静に演出しているような印象があります。全体が見えているのでしょうね。
続くアンダンテでは自在にテンポを動かしながら、ハイドンの書いたメロディーのフレーズ一つ一つにくっきりと表情をつけていきます。トム・ベギンがかなり強めのアクセントと時折深い溜めを挟んで音楽を刻んでいきますが、くどい印象は皆無で、むしろ音楽がキリリと引き締まります。耳を澄ますとヴァイオリンもチェロも非常に堅実。無理に聴かせどころを作ろうとせず、しっかりと寄り添いながら適度にキレる見事な演奏。この曲の素晴らしいところは明るさと陰りが微妙に交錯しながら変化していくところ。そのあたりを落ち着いてさばくデリケートさが見事。
フィナーレはベギンのタッチの鮮やかさが聴きどころ。やはりヴァイオリンの堅実な寄り添いっぷり、チェロの見事な脇役ぶりが印象的。いますこしの輝かしさを追求してしまいたくなるのでしょうが、コントロールされた堅実さがぐっとくる演奏といえばわかりますでしょうか。聴かせどころはトム・ベギンに譲っているということでしょう。3人の高い技巧に裏付けられた素晴らしいアンサンブル。最後は響きに溺れそうになるような変わった響きに包まれる部分もあり、ヴィヴェンテとはまた異なる聴かせどころをもった演奏といっていいでしょう。
Hob.XV:28 Piano Trio (Nr.44/op.75-2) [E] (1796)
続く曲では、とぼとぼと進むトム・ベギンのクレメンティ・ピアノに合わせて入りは朴訥な雰囲気に包まれます。曲に潜む気配を察しての表現でしょうが、それをぐっと踏み込んで来るあたりに自信が窺えます。徐々に音量と迫力を増しながら曲が進み、テンポ感もだんだん良くなります。途中、一瞬、前曲最後に聴かせた柔らかな響きを聴かせてアッと言わせ、テンポを戻して落ち着いた展開。1楽章から余裕のあるアイデアで落ち着いて攻めてきます。
2楽章のアレグレットは短調の単調なリズムの入りにトム・ベギンが硬直気味にメロディーを乗せてきますが、微妙な明るさの変化のみが聴かせどころとして、リズムを刻んでいきます。このあたりは曲の構造を見通した表現でしょう。やはり間を十分にとって曲の面白さを存分に表現します。
フィナーレでも緩急自在の表現は健在。静けさをただよわせながら冷静な表現意欲がほとばしる不思議な感覚。音楽は勢いでも美しさだけでもなく気配の再現だとでも言いたげな演奏。最後をゆったりと締めるベギンのアプローチに脳が覚醒します。
間にクレメンティのソナタを挟んで、最後の曲。
Hob.XV:29 Piano Trio (Nr.45/op.75-3) [E flat] (1796)
最初の和音からいきなり長い間をとって、コンセプチュアルな入り。ハイドンに仕組まれた音楽上の機知をセンス良くデフォルメして、象徴的な印象を与え、曲に新鮮な表情をつけていくのが実に楽しそう。愉快犯的アプローチでしょう。とは言っても不自然さは皆無で、音楽の流れを保っているので聞く方にも違和感はありません。ピアノトリオの迫力ばかりではなく、じっくりと曲を味わい尽くすのに向いたアブローチ。いままで聴いてきたピアノトリオの演奏とは全く異なる静かなる感興に酔わされる演奏。いまさらながらトム・ベギンの表現力に舌を巻く次第。
2楽章はハイドンが晩年にたどり着いた枯淡の境地を代表するような枯れた美しさをを感じさせる名曲ですが、その境地を実に深い音楽として聴かせる素晴らしい演奏。穏やかながら、深い陰りを感じさせる曲。
短い2楽章が終わると、さっと気配を切り替えて明るい音階をゆったりと行き来するフィナーレに入り、2楽章との表情の対比を見事なコントラストで焼き付けます。曲の構造を印象付けるためか、かなり溜めを効かせた表現も痛快。次々と変化するフレーズを見事に描きわけ、最後は冒頭のメロディーの変奏を見事にこなしてフィニッシュ。いやいや名シェフによっていつもと違う個性的なハイドンに仕立てあげられました。
いやいや、見事な演奏でした。ガラテア三重奏団、ヴァイオリンもチェロも素晴らしい演奏ですが、なんと言ってもこのトリオの個性はトム・ベギンのクレメンティ・ピアノによるところが大きいでしょう。ハイドンのピアノトリオでは流麗、ダイナミックな演奏は多いですが、このアルバムの演奏の饒舌な語り口と、メロディーや仕組まれた機知を象徴的に響かせ面白く聴かせるコンセプチュアルなアプローチは類例がありませんでした。ピアノ・トリオの演奏を楽しむ次元が広がったような新鮮さ。このアルバム、室内楽好きな諸兄に是非聴いていただきたい名盤と言っていいでしょう。評価はもちろん[+++++]といたします。このような演奏を聴くと音楽の楽しみは無限に広がっていることがわかりますね。
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