作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

アンドラーシュ・シフ/塩川 悠子/ボリス・ベルガメンシコフのピアノ三重奏曲(ハイドン)

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ちょっと間が空いてしまいましたが、年度末の仕事と花粉にまみれてなかなか記事の執筆に時間が割けずにおりました。このところアルバムはいろいろ仕入れていますが、グッとくるものに巡りあえずにいたということもあります。あまり間を空けてもなんなので、手持ちのアルバムから、記事にしていない名盤を取り上げる次第。

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アンドラーシュ・シフ(András Schiff)のピアノ、塩川 悠子(Yuuko Shiokawa)のヴァイオリン、ボリス・ペルガメンシコフ(Boris Pergamenschikow)のチェロによるハイドンのピアノ三重奏曲4曲(Hob.XV:27、XV:31、XV:14、XV:29)を収めたアルバム。収録は1994年9月12日から15日にかけて、ウィーンのムジークフェラインのブラームス・ザールでのセッション録音。レーベルはDECCA。

このアルバムはかなり以前から手元にあり、ピアノ三重奏の名演奏ということでわりと気に入っているもの。同時期に収録したもう一枚のアルバムと合わせて8曲の録音があることになります。今日は両盤を聴き比べてオススメの方であるこちらを取り上げた次第。

アンドラーシュ・シフは有名なピアニストなのでご存知の方も多いでしょう。一応略歴をさらっておくと、1953年ブダペスト生まれのハンガリーのピアニスト。フランツ・リスト音楽アカデミーなどで学び、ロンドンではジョージ・マルコムに学びました。その後1974年にチャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門で4位に入るとデジェー・ラーンキ、ゾルターン・コチシュらとともにハンガリーの若手三羽烏とよばれ、国際的に活躍。手元にはDECCAのバッハのピアノ音楽集、ヴェーグ/カメラータ・アカデミカとのモーツァルトのピアノ協奏曲、ハイドンのピアノソナタ集(DENON、TELDEC)などがあり、モダンなスタイルのピアノながら深い情感を帯びたピアノが印象に残っています。とりわけ印象的だったのが、L'OISEAU-LYREに入れたモーツァルトの生家の彼のフォルテピアノ(アントン・ワルター)で演奏したソナタ集。てっきり現代ピアノ専門の人かと思いきや、実にデリケートなタッチでフォルテピアノから陰影深い変化に富んだ響きを引き出し、感心したことを覚えています。

ハイドンでは上に触れたとおり、ソナタを1978年にDENONに3曲、1997年にTELDECに10曲録音していますが、これまで当ブログでも取り上げておりませんので、そのうち取り上げねばなりませんね。

塩川 悠子さんは1946年、東京生まれのヴァイオリニストでアンドラーシュ・シフの奥さん。5歳でヴァイオリンを始め、その後家族でペルーに移住、ペルーでヴァイオリンの勉強を続け、1963年からミュンヘン、1968年からザルツブルクで学び、ザルツブルクではシャーンドル・ヴェーグに師事しています。その後日米欧で活躍しています。

チェロのボリス・ベルガメンシコフは1948年レニングラード生まれのロシアのチェリスト。名門レニングラード音楽院で学び、1970年にプラハの春国際音楽コンクールで優勝、1974年にモスクワ・チャイコフスキー国際コンクールでも優勝。その後ギドン・クレーメルが主宰するロッケンハウス音楽祭に定期的に出演するなど実力派のチェリストとして知られる存在でした。現代音楽を得意としており、来日経験もあるようですが2004年に55歳で急逝しています。

Hob.XV:27 Piano Trio (Nr.43/op.75-1) [C] (1796)
響きの良いホールの少し奥にトリオが定位して、冒頭から躍動感みなぎる展開。ピアノは流石にシフだけあって、キレ味抜群ながら落ち着きもともなう見事なもの。塩川悠子のヴァイオリンはピアノの引き立て役に徹しているよう。完全にピアノが主導権を握る演奏。速いパッセージのみならず、じっくりと展開する音楽の陰影の濃さは一段踏み込んだもの。徐々にピアノが前のめりに畳み掛け、1楽章のクライマックスへの演出も完璧。先日聴いたタカーチ四重奏団同様、全盛期のDECCAの底力を思い知らされる素晴らしい完成度の演奏。
続くアンダンテはピアノとヴァイオリンのゆったりした会話にチェロが図太い音色で割り込んでくる面白さが際立ってます。シフの左手のアタックも迫力十分。骨格のはっきりとした図太い音楽が流れます。まるでロマン派の音楽のような時間です。
フィナーレは再びキレの良いシフのピアノが戻り、堂々とした風情で展開します。ピアノという楽器の迫力をシフが自在に操り、まさに緩急自在。転がるような高音のトレモロを響かせながら音楽が激しく展開し、ヴァイオリンとチェロが機敏に寄り添う演奏。ここまでピアノが軸になりながらも音楽がきちんとまとまっているところが流石です。

Hob.XV:31 Piano Trio (Nr.41/op.101) [E flat] (1795)
穏やかな入りの曲ですが、先日トリオ・ヴィヴェンテの旧盤の演奏で圧倒された曲。あらためてヴィヴェンテ盤を取り出して聴くと、あれだけ存在感のあったユッタ・エルンストのピアノがかなりおとなしく聴こえるのが不思議なところ。逆に静かな存在感が際立ちます。それだけこのシフの演奏はピアノ主体に録音されているということでしょう。シフの演奏で聴くと、やはりピアノが圧倒的な存在。そして演奏もかなりロマンティックで雄弁。ハイドンの時代の音楽の演奏としてはヴィヴェンテの方が説得力がありますでしょうか。何気にチェロのペルガメンシコフが迫力ある響きに貢献しているのもわかります。
2楽章は「ヤコブの夢」とのサブタイトルがついた曲。中音部が豊穣に響くヴァイオリンとしなやかに迫力を加えるチェロを伴って、シフのピアノが見事に響き渡ります。流石にDECCAの録音は見事。アンサンブルが実に美しく響きあいながらもそれぞれの楽器の響きも濁りません。

Hob.XV:14 Piano Trio (Nr.27/op.61) [A flat] (before 1790)
こちらはヴィヴェンテの新盤に入っていた曲。シフはオーソドックスながら絢爛豪華にまとめてきます。余裕たっぷりのグランドマナーを見せつける感じ。テクニックも演奏の風格も見事という他ありません。加えて見事な録音と三拍子揃ってます。途中かなり長めで印象的な休符をはさんでハッとさせるなど、ハイドンらしいアイデアを盛り込むことも忘れません。冒頭のメロディーを何度か象徴的に響かせながら曲をすすめていきます。
チェロの音色が耳に印象的に響くアダージョ。ヴァイオリンも渋目の音色でゆったりと美しいメロディーを置いていきます。中間部でピチカートとピアノの戯れる部分のなんと美しいことでしょう。いつもながらハイドンのアイデアに驚くと同時に、この演奏、ハイドンのインスピレーションを完全に自らの音楽で置き換えている感じ。宝石を散らかしたような美しいピアノの音色に引き込まれます。静寂から浮かび上がるヴァイオリンのメロディーのゾクゾクするような気配。いまさらながらこのコンビの表現の深さに驚きます。
余韻にうっとりしているうちにフィナーレに入ります。軽いタッチの入りから展開して、メロディーを引き継ぎ、どんどん曲が発展していきます。何度かの意外性溢れる転調を経て曲を結びます。圧倒的な完成度に王者の風格が漂います。

Hob.XV:29 Piano Trio (Nr.45/op.75-3) [E flat] (1796)
最後の曲。もはや完全にシフペースにはまっています。冒頭から揺るぎない、自信に満ちた響きに圧倒されます。ほんの小さなフレーズの一つ一つに生気が宿り、脈々と音を変化させながら置いていくシフのピアノに聴き入らざるをえません。それぞれの曲を完全に掌握して、表現に隙がなく、どの曲も豪華、優雅に仕上げてきます。途中からリズムの波を強調して、身を乗り出すような躍動感をつくります。やはり圧倒的な余裕の存在が音楽を豊かにしていますね。
美しさと独特な曲想が印象的な2楽章も風格に満ち、ハイドンの仕込んだアイデアの一つ一つを丁寧にさらいながらゆったりと音楽を響かせます。そしてあっけらかんと明るく躍動するフィナーレへの展開も見事。それぞれの曲ごとに聴きどころをキリッと作ってくるあたりも見事でした。

久々に聴いたこのアルバム、オーソドックスなスタンスですが、あまりに豊かな音楽に圧倒されました。正攻法の演奏ですが、ベースにはシフのニュアンス豊かでダイナミック、流麗なピアノの圧倒的な存在があります。ヴァイオリンもチェロも見事なんですが、完全にシフにのまれている感じ。最近ピアノトリオは様々な名演奏を取り上げていますが、このアルバムもそれに負けずというより、新たな名演奏の数々に対し、王者として見守るくらいの立場にあるアルバムでしょう。まだ入手できるようですので、未聴の方は是非聴いてみてください。評価は[+++++]です。

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2 Comments

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Skunjp

含蓄の名演

Daisyさん、こんばんは。
シフ他のピアノトリオ、速攻で注文しました。そして数日にわたって聴き込みました。これは「含蓄の名演」ですね。

昔からシフのモーツァルトのソナタ(デッカ)は大好きでしたが、特に鮮烈な印象を持ったのはバッハのパルティータ(デッカ)の登場でした。
スタインウェイを操り、何と自在な感興にあふれたパルティータであったことでしょう。それはロマンティックとも言えるバッハで、「バッハにこのような表現方法があったのか!」と感嘆しきりでした。これは私にとっての決定盤で、まるで咲き誇る6つの名花のような匂い立つ秀演を折に触れて楽しみました。

ところが、それから矢継ぎ早に出された鍵盤作品を楽しみつつも、平均律クラヴィア曲集、フランス組曲、イギリス組曲とリリースが進むにつれて、感覚になじまないものを感じるようになりました。彼の知的な生真面目さを反映して、音楽がどこか地味なものに変化していったのです。

その理由は彼の楽器選択にあったと思います。シフの楽器はスタインウェイからベーゼンドルファーに移行しつつありました。私はベーゼンドルファーを間近で聴く機会があったのですが、豊かな低音に比して高音が独特でした。黒曜石を木のスティックで叩くような特有の渋い音なのです。そこがスタインウェイに比べると、いかにも抜けが悪い印象で、私にとっては「隔靴掻痒」でした。シフにとってベーゼンドルファーは最高の楽器選択であったのでしょうが、いつしか私の好みはシフの音楽から遠ざかった行きました。

ところが同じくシフのバッハがECMから出るようになり、そのあまりの様変わりに驚きました。音楽は目が覚めるように鮮烈で、自由でスケールが大きく、ふっきれたような表現の完成度だったのです。(楽器も変わったのでしょうか?)ともかく、これはイケル!という感じで、バッハ以外でもヤナ―チェクなどは最高に彫りの深い名演でした。

ですからDaisyさんのレヴューが出て、「これは苦手なデッカ時代のシフを聴き直さねば」と思った次第。そこまで手放しに褒められるDaisyさんに背中を押されての購入でした。

そして判ったこと…。

それは「含蓄」でした。あえて抜けの悪いベーゼンドルファーを使って彼が表現したかったことは、ハイドンの奥深い含蓄の表現ではなかったかと。

寡黙ながら七色のヴァイオリンの舞いの向こうに展開する稠密なシフのピアノは実に多くのことを語っていたのです。それは、こちらが掴みに行かないと明らかにならない性質の微妙で奥深い音楽でありました。

今、彼のピアノソナタも聴き直していますが、やはりこの時期の彼の魅力は「含蓄」にあると思います。今回、シフを再発見できたのはDaisyさんのおかげです。(長文多謝)

  • 2016/03/20 (Sun) 22:07
  • REPLY

Daisy

Re: 含蓄の名演

Skunjpさん、コメントありがとうございます。

私は聴いている頻度や熱心さはともかく、シフは好きなピアニストです。コメントをいただき、バッハを中心にいろいろ聴き直しています。今回の記事は、私がハイドンの演奏という視点で書いた記事に、シフの演奏遍歴という視点からのパースペクティブが加わって、非常に興味深く読ませていただきました。

おっしゃるようにこのころのシフは自身のありあまるテクニックと表現力をベーゼンドルファーに乗せて、ダイナミクスとアゴーギクをシフ流の詩情に乗せて、いわば「濃い」表現をしていたように聴こえます。特に高音のメロディーラインがくっきり浮かび上がるスタインウェイではなく、全音階の強さと響きで聴かせるベーセンドルファーがシフの好みに合っていたのも頷けるところです。一音一音のタッチは直裁でなく、早いパッセージでもどの音にもちょっとした溜めがあり、まるで一音ごとにキータッチを絶妙にコントロールしているようですね。

録音年代でみてみると、DECCAのバッハでは比較的早い時期のパルティータやゴールドベルク変奏曲はこうしたシフの「濃い」表現が新鮮であり、年代とともにだんだん枯れてきているように聴こえますし、もしかしたらバッハの音楽を弾くごとに自身の「濃い」表現への興味からバッハの音楽自体に向きあうように変化したのかもしれませんね。

バッハの録音がひと段落してのハイドンのトリオの録音は、バッハの音楽へ向き合った期間からのリバウンドでハイドンの創意あふれる音楽に触発されて、またシフ流の表現が目覚めたように聴こえます。これが「含蓄」と呼ばれるものなのかもしれませんね。

私はシフのバッハは実はゴールドベルクやパルティータのように香り立つシフの演奏も好きですが、フランス組曲のような枯れた表現も嫌いではなく、そうした演奏ができるシフがバッハに歩み寄ったという意味で興味深く聴いていました。ECMによる最近の録音は手元にゴールドベルク変奏曲しかありませんが、録音が鮮明になり、シフも悟ったように直裁なタッチで宝石を散りばめるような素晴らしい演奏となってますね。たまに取り出して聴いています。楽器の記載がアルバムにありませんが、これはスタインウェイでしょうか。

ちなみに、ピアノの違いが音楽に非常に影響あるのだなと、今回のコメントで再認識しましたが、当家の装置ではベーゼンドルファーが抜けが悪く聴こえることはなく、言われれば特に響きの余韻に澄み切ったスタインウェイとは異なる響きが乗り、高音よりも中低域の響きの深さを感じる程度ですが、実際の楽器を鳴らして比べると大きな違いがあるのかもしれませんね。以前クラヴィコードを実演で聴いてから録音を聴き直すと、印象がまったく違った経験をしましたので、私にはまだ聴こえない何かがあるのかもしれません。

先週は忙しかったのですが、3連休はシフのバッハで心の洗濯をさせてもらいました。確かにパルティータはいいですね。

  • 2016/03/21 (Mon) 08:44
  • REPLY