ヴィア・ノヴァ四重奏団の「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」(ハイドン)

ヴィア・ノヴァ四重奏団(Quatuor Via Nuova)の演奏で、ハイドンの弦楽四重奏版「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」を収めたLP。収録はPマークが1972年とだけ記載されています。レーベルは今も元気なERATO。
ヴィア・ノヴァ四重奏団はWikipediaなどによると、1968年にサヴォワのラ・プラーニュで開かれた音楽祭を契機にヴァイオリニストのジャン・ムイエールによって設立されたフランスの四重奏団。メンバーは当初パリ音楽院出身者が中心でしたが、1970年代はじめにムイエール以外のメンバーが入れ替わり、当時パリで活躍していた奏者などになったとのこと。なお、ヴィア・ノヴァとは「新しい道」の意で先の音楽祭でムイエールが提唱した芸術運動の名称とのこと。
このアルバムのメンバーは下記のとおり。
第1ヴァイオリン:ジャン・ムイエール(Jean Mouillère)
第2ヴァイオリン:アラン・モリア(Alain Moglia)
ヴィオラ:クロード・ナヴォー(Claude Naveau)
チェロ:ロラン・ピドゥー(Roland Pidoux)
Wikipediaに掲載されているメンバーと比べると、ムイエール以外は創設メンバーから替わった後のメンバー。第2ヴァイオリンのアラン・モリアは以前彼の指揮する協奏曲集を取り上げています。
2015/01/04 : ハイドン–協奏曲 : アラン・モリア/トゥールーズ室内管の管楽協奏曲集(ハイドン)
また、チェロのロラン・ピドゥーも以前、三声のディヴェルティメントでチェロを弾いたアルバムを取り上げています。他にハイドンのチェロ協奏曲でソロを務めたアルバムもあり、初めて聴く人ではありません。
2015/02/28 : ハイドン–協奏曲 : エルヴェ・ジュランのホルン協奏曲など(ハイドン)
このアルバムを手にいれたのは、先に紹介した幸松肇著の「レコードによる弦楽四重奏曲の歴史」の上巻にこのアルバムの素晴らしさに触れたくだりがあり、それを読んだ直後にディスクユニオンの店頭で出会ったという偶然もあります。まあ、前置きはこのくらいにしてレビューに入りましょう。
Hob.III:50-56 String Quartet Op.51 No.1-7 "Musica instrumentare sopra le 7 ultime parole del nostro Redentore in croce" 「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」 (1787)
LPの状態はノイズもほとんどなく悪くありません。教会堂での録音でしょうか、眼前にクァルテットがリアルに定位しますが、残響それを邪魔せず豊かに響く、この曲に最適な響き。序奏はゆったりとしたテンポで冷静沈着な演奏。祈りにもにた敬虔さが漂う高貴なもの。4本の楽器は対等な音量ですが、やはり微妙にジャン・ムイエールの旋律が浮き上がり、ピリッとします。
第1ソナタに入っても、ゆったりと時間が流れるような絶妙なテンポ感。非常にしなやかにフレーズを磨きこみ、特に弱音分のデリケートなコントロールが秀逸。孤高の響きに耳を奪われます。フレーズからにじみ出る癒し。特にチェロ、ヴィオラの弓の動きがくっきりと浮かび上がり、アンサンブルの面白さが浮かび上がります。
繊細な響きの魅力を帯びた第2ソナタ。一貫して孤高の響きは健在。時折強奏の部分で見せる表情の険しさが演奏の峻厳な陰影の深さを際立たせ、穏やかな表情の部分との対比で詩情を豊かに感じさせる絶妙の演奏。
穏やかで味わい深いいぶし銀の響きのうねりが続きます。薄暗い教会堂に徐々にうっすらと陽の光が差し込むように明るい響きに推移してゆくアンサンブル。チェロに引き継がれたメロディーを体に響き渡るような低い音でただただしっかりと受け継ぎます。穏やかながらも起伏に富んだ音楽の流れに身を任せているうちにA面が終わります。
レコードを裏返して第4ソナタへ。ゆったりとした甘美な雰囲気は変わらず、ときに孤高の響きを聴かせる高貴さも保たれます。第4ソナタはこの曲でも最も寂しげな響きに満ちた曲ゆえ、純粋にヴィア・ノヴァ四重奏団のいぶし銀の響きを楽しみます。
演奏によって大きな表情の違いをみせるピチカート伴奏にのった第5ソナタ。ピチカートはかなり控え目で、時折慟哭する部分とのコントラストがくっきりつきます。全編に響きの味わい深さが感じられるのがこのクァルテットの特徴。険しい部分が険しいだけに終わらない余裕があり、結果として起伏に富んだ音楽のゆったりと流れる様が一望できる感じにまとまります。
終盤の聴きどころの第6ソナタ。表現の幅と峻厳さに磨きがかかります。そしてすっと朴訥に現れる美しいテーマに心が洗われます。アンサンブルの険しさから逃れるように優しく響く第1ヴァイオリンにはっとします。中間部は神がかったような陶酔感。4本の楽器が激しくせめぎ合いながら天に昇ってゆくような不思議な感覚に襲われます。そして再び美しいテーマに戻り、興奮が鎮まります。
そして大詰め第7ソナタ。夕暮れどきのような黄昏れた気配に満ちた入り。これまでを振り返るようにしながらも、遅くなりすぎないように歩みを進め、弱音器つきの楽器によるタイトなアンサンブルがうねります。4人の音楽が完全に揃い、一糸乱れぬアンサンブルによる穏やかな緊張感。情感タップリな演奏とは逆に、抑えた表現から滲み出る味わいの豊かさを感じさせるもの。最後は消え入るように。
そして終曲の地震。程よい迫力の甘美な響き。迫力よりもむしろ精緻なアンサンブルと、響きの美しさで聴かせる演奏。これが弦楽四重奏曲版での正しい表現のあり方でしょう。
今から40年以上前に録音された、フランスのヴィア・ノヴァ四重奏団による「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」。独墺系の演奏とはやはり一味ちがう品の良さというか、センスの良さがあり、そしてフランスらしいくっきりとした弦のアンサンブルが堪能できるアルバムでした。このアルバムもどうしてCD化されていないのか不思議なものです。ハイドンの名曲を洗練されたフランスのクァルテットの演奏で聴くことができる貴重なアルバムと言っていいでしょう。演奏にはまったく古さを感じさせることなく、今でも素晴らしい輝きに満ちたものと言っていいでしょう。なかなか入手は難しいでしょうが、手に入れる価値のあるアルバムです。評価は[+++++]です。


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