アンサンブル・トラゾムによるピアノ三重奏曲集(ハイドン)

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アンサンブル・トラゾム(Ensemble Trazom)の演奏によるハイドンのピアノ三重奏曲4曲(Hob.XV:20、XV:19、XV:18、XV:9)を収めたアルバム。収録は1998年4月8日から10日、ドイツ北部のハノーファー近郊の街オーベルンキルヒェン(Obernkirchen)にある教会堂(Stift Obernkirchen)でのセッション録音。レーベルはARTE NOVA CLASSICS。
このアルバム、ずいぶん前から手元にあるのですが、たまたま最近同じ奏者による別のアルバムを手に入れ、聴いてレビューのために調べ始めたところ、手元に古い録音があることがわかり、聴き比べてみるとこちらの方がいいではありませんか! ということで手元にあってレビューしていなかったアルバムを取り上げる次第。
奏者のアンサンブル・トラゾムは18世紀から19世紀の音楽を古楽器で演奏するトリオ。トラゾムとはなんでもモーツァルトのつづりを逆にしたものとのことで、そのアウトローなセンスはオッケーです。脱線しますが、昔大学に出入りしていた文具業者が「ねずらむ」という会社でしたが、それは丸善のローマ字を逆から読んだもの。丸善出身の人が立ち上げた会社と聞いていました(笑) さて、奏者のウェブサイトがみつからないので現在は活動していないのでしょうか。この録音当時のメンバーは以下のとおり。
フォルテピアノ:ウルテ・ルフト(Urte Lucht)
ヴァイオリン:エリザベス・ブンディース(Elisabeth Bundies)
チェロ:シュテファン・フックス(Stefan Fuchs)
フォルテピアノのウルテ・ルフトはグスタフ・レオンハルト、インマゼールなどに師事した人。ヴァイオリンのエリザベス・ブンディースはベルリンフィルの元コンサートマスターのライナー・クスマウル門下で、チューリッヒ・トーンハレのヴァイオリン奏者。チェロのシュテファン・フックスはミュンヘン、チューリッヒ、バーゼルなどで学び、クリストフ・コワン、アンナー・ビルスマ、ポール・トルトゥリエ、モーリス・ジェンドロンなど錚々たるチェリストに師事し、カールスルーエ音楽アカデミーで教職にある人とのこと。
経歴も腕もそれなりの人が集まっての演奏ですが、それだけではいい演奏ができるという保証はありません。3人の息と音楽のスタンスがピタリとあってこそのアンサンブルなんですね。
Hob.XV:20 Piano Trio (Nr.34/op.70-3) [B flat] (before 1794)
冒頭の一瞬の響から素晴らしい集中力が伝わります。尋常ならざる集中力。ハイドンのピアノトリオの名演奏に共通する、息を呑むようなキレ味に最初から圧倒されます。ARTE NOVAといえばNAXOSと並ぶ廉価盤の雄。アルバムの造りも奏者の知名度も目立つわけではありませんが、演奏は一流、キレてます。CDプレイヤーにかけてすぐにキレキレの音楽が噴出して仰け反ります。実にオーソドックスで、派手な演出はありませんが、キレ味は抜群でそれだけで満足というよりは、その純度の高さこそが素晴らしい演奏の証と言わんがばかり。録音も自然で鮮明。言うことなしの完璧な演奏。1トラック目から凄まじいキレ味に圧倒されます。
つづくアンダンテ・カンタービレ、いろいろな演奏を聴いていますが、ゆったりとしていながらも、緊張感を保ち、くっきりとした隈取りをつけた極めてバランスの良い演奏。オーソドックスな快感に身を委ねます。
フィナーレも一貫した明晰さが心地良いですね。教科書的というと型にはまったような印象もありますが、洋食屋さんでいただいたハンバーグが今まで食べたどのハンバーグよりも味わい深かったというような感じ。斬新でも、個性的でもないのに、実に深い音楽。これぞハイドンの名演奏と言っていいでしょう。1曲目から素晴らしい演奏に仰け反ります。
Hob.XV:19 Piano Trio (Nr.33/op.70-2) [g] (before 1794)
短調の入り。冒頭の一音から安定感抜群。ピアノやフォルテピアノ主導の演奏が多いなか、このアンサンブル・トラゾムはヴァイオリンとチェロの存在感が際立ち、フォルテピアノとまったく同格で主導権を譲りません。というか、この一体感の素晴らしさは何なんでしょう。完璧なアンサンブルで、奏者の創意も完全に合っています。まったく隙のない緊密なアンサンブルにうっとり。
2楽章は鮮やかなタッチの短いプレスト。あっという間に巻き取られて、続く3楽章のアダージョ。楽章間の切り替えも鮮やかで、揺るぎない説得力を帯びた演奏。アダージョはルフトのフォルテピアノの妙技を堪能できます。一つ一つのフレーズを丁寧に描くことで、曲の一貫した美しさを十分に表現しています。このあたりはインマゼールの影響でしょうか。そして本来のフィナーレであるプレストは相変わらずの安定感。まさに教科書通りで、演奏のクォリティは最高。言うことなし。
Hob.XV:18 Piano Trio (Nr.32/op.70-1) [A] (before 1794)
曲ごとの描き分けよりは一貫した演奏スタイルで聴かせる演奏。冒頭の入魂の一撃のキレの良さは変わらず凄まじいもの。安定感も創意のレベルも揃って、この素晴らしいキレ味の演奏に耳が慣れてきていますが、よく聴くとやはり驚くべきキレ味。途中、ぐっとテンポを落として変化をつけ、神がかったような集中力を保って、ダイナミクスの幅いっぱいの表現に圧倒されます。
つづくアンダンテでようやく穏やかさを取り戻し、聴く方も落ち着きます(笑) 中間部に満ちる暖かい響きにうっとり。
フィナーレは快活なアンサンブルの魅力炸裂。いやいや素晴らしい演奏にグイグイ引き込まれます。フォルテピアノのキレもいいんですが、ヴァイオリンとチェロもそれ以上に素晴らしいキレ味。非常にレベルが高い演奏です。
Hob.XV:9 Piano Trio (Nr.22/op.42-1) [A] (1785)
最後に2楽章構成のの曲をもってきました。ピアノ三重奏曲としては比較的早期の曲ですが、ハイドンの筆致は成熟を極め、音楽は素晴らしい完成度。1楽章はアダージョでゆったりとしながらも、大きくうねる起伏の表現が見事。ハイドンの意図をすべて踏まえて自在に表現している感じ。ハーモニーの美しさもあり、メロディーの演出の巧さもあり、そして静寂も感じさせる素晴らしい楽章。チェロのくすんだ音色が格別の美しさ。
続くヴィヴァーチェは穏やかに変化するリズムをじっくり描きながら、フォルテピアノの音階が自在に上下。楽章ごとの聴かせどころを我々の想像力を超えたところから面白いように変えてくるハイドンの創意を実にうまく表現しています。フォルテピアノ以上にヴァイオリンとチェロも創意の限りを尽くしてアンサンブルを盛り上げます。時折キリリと鋭い音色でアクセントをつけるヴァイオリンに、ピアノトリオのチェロとしては異例に表現の幅の広いチェロが印象的。あっと言わせるような転調や、驚くようなメロディーの変化に聴く方の脳が冴え渡ります。何という想像力。
手元に眠っていたアルバムがこれほど素晴らしいことに今更気づいた次第。このところハイドンのピアノ三重奏曲のいいアルバムをいろいろ取り上げていますが、このアルバムもそれらと同格の素晴らしいもの。ARTE NOVAレーベルを代表する名盤と言っていいでしょう。もともとこのアルバムは非常に手に入れやすいものだったと思いますが、現在は廃盤のようで取り扱いはamazonのマーケットプレイスのみ。ハイドンの室内楽を好む方は、ぜひ入手すべき名盤です。先にふれたように同じ奏者によるもう一枚の方は、いい演奏ながらここまでのキレは聴けません。評価はもちろん全曲[+++++]とします。
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