ヴィヴェンテ三重奏団のピアノ三重奏曲集(ハイドン)

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ヴィヴェンテ三重奏団(Trio Vivente)の演奏で、ハイドンのピアノ三重奏曲5曲(Hob.XV:6、XV:14、XV:13、XV:5、XV:12)を収めたアルバム。収録は2006年、ドイツ西部、フランス国境に近いホンブルク(Homburg)のSaalbauでのセッション録音。レーベルはTACET傘下のEIGENART。
久々にジャケットからただならぬ妖気が立ち昇ってます。女性3人のトリオですが、中央の女性がアルバムを手にする人をにらみつけるような迫力が漂い、なにやら一家言ありそうな奏者のメッセージのよう。こうしたちょっと迫力のあるジャケットのアルバムは経験的にいい演奏のアルバムが多いんですね。
奏者のヴィヴェンテ三重奏団は1992年に設立され、1996年にはワイマールで開催されたヨゼフ・ヨアヒム国際室内楽コンクールで2等及び現代音楽演奏賞を受賞しています。デビュー盤は2002年にこのアルバムと同じEIGENARTからリリースされたハイドンのピアノトリオ。これが評判になり、何枚かのアルバムをリリースしています。メンバーは次のとおり。
ヴァイオリン:アンネ・カタリーナ・シュライバー(Anne Katharina Schreiber)
チェロ:クリスティン・フォン・デア・ゴルツ(Kristin von der Goltz)
ピアノ:ユッタ・エルンスト(Jutta Ernst)
ヴァイオリンのアンネ・カタリーナ・シュライバーは、フライブルクでベルリンフィルの元コンサートマスターだったライナー・クスマウルに学び、1988年以降フライブルク・バロック管弦楽団のメンバー。
チェロのクリスティン・フォン・デア・ゴルツはロンドンで学び、シノーポリ率いるニュー・フィルハーモニア管弦楽団、ロンドン・フィルのメンバーであり、1991年から2004年までフライブルク・バロック管弦楽団に所属していました。現代楽器も古楽器もこなし、2006年以降はベルリン・バロック・ソロイスツのメンバーで、ベルリンフィル・アンサンブルのメンバーでもあるとのこと。
ピアノのユッタ・エルンストはヴュルツブルクの大学を卒業後、ザールブリュッケンでソリストとしての訓練を受け、TACETからリリースされたヒンデミットのアルバムが高い評価を受けています。室内楽ではリノス・アンサンブルのメンバーらと活動する他、2000年からはザールランド大学で教職についています。
ということで、実力派の女性3人によるアンサンブルがどのような演奏を聴かせてくれるでしょうか。
Hob.XV:6 Piano Trio (Nr.19/op.40-2) [F] (1784)
かっ飛ぶようにいきいきとした入り。ハイドンのピアノトリオはピアノがリズムの基調を刻むパターンが多いんですが、この演奏はピアノのタッチが非常に軽く、まさに韋駄天のように跳ね回ります。ジャケットでにらみを利かせていたユッタ・エルンスト、やはり只者ではありませんでした。この軽快感、並のテクニックではありませんね。しかも要所で尋常ならざるアタックを見せたかと思うと、響きの余韻を静寂まで聴かせ切るなど、表現の幅というか、聴かせどころをそこここに散りばめてきます。ヴァイオリンもチェロもエルンストの音楽に合わせてて周りを飛ぶ蝶のように華やかさを加えます。今まで聴いたどのピアノトリオとも異なる聴かせどころをもっています。
2楽章構成の2楽章。メヌエットですが、単調な音楽が流れるはずもなく、こちらの耳と脳が最高感度で曲の行方に追随します。この落ち着いた音楽にこれだけの緊張感をもたらすあたり、アーティスティックさが際立ちます。中盤からのヴァイオリンのメロディーは美しさだけでなく、タイトな音色の魅力を振りまきます。鮮明な録音により奏者がピンポイントで定位する快感が味わえます。
Hob.XV:14 Piano Trio (Nr.27/op.61) [A flat] (before 1790)
一筋縄ではいかないリズムとメロディー。聴きなれた曲ですが実に新鮮に響きます。メロディーを美しく響かせようというような単純なコンセプトではなく、メロディーとリズム、アンサンブルの妙をヴィヴェンテ流に高度に再構成して、独自の音楽を聴かせます。類い稀なセンスでまとめられ、ハイドンの時代を感じさせるのではなく、現代の視点で完全に作り変えている感じ。ストイックさで聴かせるクレーメルの音楽をすこし穏やかにしたような感じ。あまりの表現の語彙の多さに驚きます。リズムが決して重くなることがないので、爽やかさを失いません。
普通は癒す方向に向かうアダージョですが、ヴィヴェンテは切々としたメロディーを朗々と歌いながら、緊張感を保った美しさで聴かせます。ヴァイオリンも緊張感を失いません。そしてピアノは宝石箱をひっくりかえしたように、それぞれ美しいメロディーがバラバラと散らかしながら、その散らかり方のセンスの良さで聴かせるような演奏。こんな演奏はじめて! 非常に個性的ながら、素晴らしい説得力。ちょっとザラつき気味のヴァイオリンとチェロの音色が実にいい感触。3人とも相当鋭敏な感覚の持ち主とみました。
3楽章はロンド。切れ味のよいアンサンブルは聴き応え十分。最後は弓のキレが冴えまくり、ピアノもキレキレで終わります。
Hob.XV:13 Piano Trio (Nr.26/op.57-3) [c] (before 1789)
短調の落ち着いた入りも、くっきりとしたメロディーが浮かび上がり、最初のメロディーをピアノからヴァイオリンに移して曲を進めます。ゆったりとしながらもヴァイオリンの張り詰めた響きをチェロが支え、ピアノの方も程よい緊張感で駆け回ります。単なる高音のメロディーなのに実に表情豊かな演奏。ヴァイオリンも同様、表情の起伏が大きく飽きさせません。
この曲も2楽章構成。2楽章はアルバム冒頭の推進力と躍動が戻ってきました。ただ躍動するのではなく、要所でかなりテンポを落とし、フレーズごとに聴かせどころを微妙に変えてくるため、実にキレ味鋭い演奏になります。不思議な転調によって独特の雰囲気がこの曲の魅力の大元。要所でのはっとするような踏み込みはこのトリオの魅力の一つでしょう。ダイナミックというよりキレのいいアーティスティックな余韻が残ります。
Hob.XV:5 Piano Trio (Nr.18/Op.40-1) [G] (before 1784)
なんという大胆な入り。音に対する非常に鋭敏な感覚をもっていなければ、これだけ確信に満ちた演奏はできませんね。演奏の起伏も今までで一番、そして録音もこれまでのなかで一番響きに潤いがあります。このXV:5の魅力を再発見した感じ。
2楽章のアレグロはエネルギーの凝縮と推進力に圧倒されます。そして静けさのなかからピアノの美しい響きを際立たせる絶妙のセンス。全奏者の音がキレまくってます。ファイもアルゲリッチも真っ青なキレ方。この曲の真髄を突く快演。ピアノのタッチはもはや人間業とは思えません。そうかと思うと天上から降り注ぐようなキラメキを聴かせ、最後は快刀乱麻のごとし。
フィナーレもアレグロという珍しい構成、さっと軽い入りから、軽さを保ったまま進み、最後にバッサリ! 参りました。
Hob.XV:12 Piano Trio (Nr.25/op.57-2) [e] (1788)
有名曲ですが、入りから入魂の一撃に圧倒されます。しかも相変わらずキレ味は名刀政宗のごとき鋭さ。すでにこれまでの演奏から完全に奏者ペース。全員が冴えまくったベストコンディションのクレーメルのようなキレ方。音の向こうに青白い炎がメラメラと見えてきます。火花も散りまくってハイドンの名曲を見事に切り刻んで料理しています。脳が覚醒しきってリスナーズ・ハイ状態。これがセッション録音とは思えない素晴らしい緊張感です。
アンダンテはアーティスティックな美しさの限りを尽くした演奏。深呼吸を挟みながら、ガラス細工のような繊細な美しさを保った演奏。
そしてアルバム最後の楽章は、キレを聴かせながらも余裕を感じさせる入りですが、この曲の最後の盛り上がりはもちろん、攻めてくるだろうと予測しながら手に汗握って聴き入ります。もちろん、予想どおりきました! 鋼を打つような鋭い一撃で終わります。
正直、これまで聴いたピアノ三重奏では一番衝撃を受けた演奏です。ジャケットの中央でこちらを睨みつけるピアノのユッタ・エルンストは、奏者としてアルバムを手にする人に真剣勝負を挑んでいるのだという表情だったのでしょう。そして両脇でうっすら笑みを浮かべるヴァイオリンとチェロ奏者は、このアルバムを聴いたあとの私たちを慰めるように、自信ありげに笑みを浮かべているよう。まるで「参ったでしょう?」とでも言いたげな表情に写ります。もちろん、参りました。久々に打ちのめされるような素晴らしい演奏に出会いました。毎度のことですが、湖国JHさんの隠し球にしてやられた感じです。もちろん評価は[+++++]。ハイドンの室内楽に目のない方、必聴です。もう一度言います。必聴盤です!
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