作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

ヴィヴェンテ三重奏団のピアノ三重奏曲集(ハイドン)

7
0
予告どおり、湖国JHさんから送っていただいたアルバム。しかもピアノトリオということで、ぐっと期待が高まります。

TrioVivente.jpg
amazon

ヴィヴェンテ三重奏団(Trio Vivente)の演奏で、ハイドンのピアノ三重奏曲5曲(Hob.XV:6、XV:14、XV:13、XV:5、XV:12)を収めたアルバム。収録は2006年、ドイツ西部、フランス国境に近いホンブルク(Homburg)のSaalbauでのセッション録音。レーベルはTACET傘下のEIGENART。

久々にジャケットからただならぬ妖気が立ち昇ってます。女性3人のトリオですが、中央の女性がアルバムを手にする人をにらみつけるような迫力が漂い、なにやら一家言ありそうな奏者のメッセージのよう。こうしたちょっと迫力のあるジャケットのアルバムは経験的にいい演奏のアルバムが多いんですね。

奏者のヴィヴェンテ三重奏団は1992年に設立され、1996年にはワイマールで開催されたヨゼフ・ヨアヒム国際室内楽コンクールで2等及び現代音楽演奏賞を受賞しています。デビュー盤は2002年にこのアルバムと同じEIGENARTからリリースされたハイドンのピアノトリオ。これが評判になり、何枚かのアルバムをリリースしています。メンバーは次のとおり。

ヴァイオリン:アンネ・カタリーナ・シュライバー(Anne Katharina Schreiber)
チェロ:クリスティン・フォン・デア・ゴルツ(Kristin von der Goltz)
ピアノ:ユッタ・エルンスト(Jutta Ernst)

ヴァイオリンのアンネ・カタリーナ・シュライバーは、フライブルクでベルリンフィルの元コンサートマスターだったライナー・クスマウルに学び、1988年以降フライブルク・バロック管弦楽団のメンバー。
チェロのクリスティン・フォン・デア・ゴルツはロンドンで学び、シノーポリ率いるニュー・フィルハーモニア管弦楽団、ロンドン・フィルのメンバーであり、1991年から2004年までフライブルク・バロック管弦楽団に所属していました。現代楽器も古楽器もこなし、2006年以降はベルリン・バロック・ソロイスツのメンバーで、ベルリンフィル・アンサンブルのメンバーでもあるとのこと。
ピアノのユッタ・エルンストはヴュルツブルクの大学を卒業後、ザールブリュッケンでソリストとしての訓練を受け、TACETからリリースされたヒンデミットのアルバムが高い評価を受けています。室内楽ではリノス・アンサンブルのメンバーらと活動する他、2000年からはザールランド大学で教職についています。

ということで、実力派の女性3人によるアンサンブルがどのような演奏を聴かせてくれるでしょうか。

Hob.XV:6 Piano Trio (Nr.19/op.40-2) [F] (1784)
かっ飛ぶようにいきいきとした入り。ハイドンのピアノトリオはピアノがリズムの基調を刻むパターンが多いんですが、この演奏はピアノのタッチが非常に軽く、まさに韋駄天のように跳ね回ります。ジャケットでにらみを利かせていたユッタ・エルンスト、やはり只者ではありませんでした。この軽快感、並のテクニックではありませんね。しかも要所で尋常ならざるアタックを見せたかと思うと、響きの余韻を静寂まで聴かせ切るなど、表現の幅というか、聴かせどころをそこここに散りばめてきます。ヴァイオリンもチェロもエルンストの音楽に合わせてて周りを飛ぶ蝶のように華やかさを加えます。今まで聴いたどのピアノトリオとも異なる聴かせどころをもっています。
2楽章構成の2楽章。メヌエットですが、単調な音楽が流れるはずもなく、こちらの耳と脳が最高感度で曲の行方に追随します。この落ち着いた音楽にこれだけの緊張感をもたらすあたり、アーティスティックさが際立ちます。中盤からのヴァイオリンのメロディーは美しさだけでなく、タイトな音色の魅力を振りまきます。鮮明な録音により奏者がピンポイントで定位する快感が味わえます。

Hob.XV:14 Piano Trio (Nr.27/op.61) [A flat] (before 1790)
一筋縄ではいかないリズムとメロディー。聴きなれた曲ですが実に新鮮に響きます。メロディーを美しく響かせようというような単純なコンセプトではなく、メロディーとリズム、アンサンブルの妙をヴィヴェンテ流に高度に再構成して、独自の音楽を聴かせます。類い稀なセンスでまとめられ、ハイドンの時代を感じさせるのではなく、現代の視点で完全に作り変えている感じ。ストイックさで聴かせるクレーメルの音楽をすこし穏やかにしたような感じ。あまりの表現の語彙の多さに驚きます。リズムが決して重くなることがないので、爽やかさを失いません。
普通は癒す方向に向かうアダージョですが、ヴィヴェンテは切々としたメロディーを朗々と歌いながら、緊張感を保った美しさで聴かせます。ヴァイオリンも緊張感を失いません。そしてピアノは宝石箱をひっくりかえしたように、それぞれ美しいメロディーがバラバラと散らかしながら、その散らかり方のセンスの良さで聴かせるような演奏。こんな演奏はじめて! 非常に個性的ながら、素晴らしい説得力。ちょっとザラつき気味のヴァイオリンとチェロの音色が実にいい感触。3人とも相当鋭敏な感覚の持ち主とみました。
3楽章はロンド。切れ味のよいアンサンブルは聴き応え十分。最後は弓のキレが冴えまくり、ピアノもキレキレで終わります。

Hob.XV:13 Piano Trio (Nr.26/op.57-3) [c] (before 1789)
短調の落ち着いた入りも、くっきりとしたメロディーが浮かび上がり、最初のメロディーをピアノからヴァイオリンに移して曲を進めます。ゆったりとしながらもヴァイオリンの張り詰めた響きをチェロが支え、ピアノの方も程よい緊張感で駆け回ります。単なる高音のメロディーなのに実に表情豊かな演奏。ヴァイオリンも同様、表情の起伏が大きく飽きさせません。
この曲も2楽章構成。2楽章はアルバム冒頭の推進力と躍動が戻ってきました。ただ躍動するのではなく、要所でかなりテンポを落とし、フレーズごとに聴かせどころを微妙に変えてくるため、実にキレ味鋭い演奏になります。不思議な転調によって独特の雰囲気がこの曲の魅力の大元。要所でのはっとするような踏み込みはこのトリオの魅力の一つでしょう。ダイナミックというよりキレのいいアーティスティックな余韻が残ります。

Hob.XV:5 Piano Trio (Nr.18/Op.40-1) [G] (before 1784)
なんという大胆な入り。音に対する非常に鋭敏な感覚をもっていなければ、これだけ確信に満ちた演奏はできませんね。演奏の起伏も今までで一番、そして録音もこれまでのなかで一番響きに潤いがあります。このXV:5の魅力を再発見した感じ。
2楽章のアレグロはエネルギーの凝縮と推進力に圧倒されます。そして静けさのなかからピアノの美しい響きを際立たせる絶妙のセンス。全奏者の音がキレまくってます。ファイもアルゲリッチも真っ青なキレ方。この曲の真髄を突く快演。ピアノのタッチはもはや人間業とは思えません。そうかと思うと天上から降り注ぐようなキラメキを聴かせ、最後は快刀乱麻のごとし。
フィナーレもアレグロという珍しい構成、さっと軽い入りから、軽さを保ったまま進み、最後にバッサリ! 参りました。

Hob.XV:12 Piano Trio (Nr.25/op.57-2) [e] (1788)
有名曲ですが、入りから入魂の一撃に圧倒されます。しかも相変わらずキレ味は名刀政宗のごとき鋭さ。すでにこれまでの演奏から完全に奏者ペース。全員が冴えまくったベストコンディションのクレーメルのようなキレ方。音の向こうに青白い炎がメラメラと見えてきます。火花も散りまくってハイドンの名曲を見事に切り刻んで料理しています。脳が覚醒しきってリスナーズ・ハイ状態。これがセッション録音とは思えない素晴らしい緊張感です。
アンダンテはアーティスティックな美しさの限りを尽くした演奏。深呼吸を挟みながら、ガラス細工のような繊細な美しさを保った演奏。
そしてアルバム最後の楽章は、キレを聴かせながらも余裕を感じさせる入りですが、この曲の最後の盛り上がりはもちろん、攻めてくるだろうと予測しながら手に汗握って聴き入ります。もちろん、予想どおりきました! 鋼を打つような鋭い一撃で終わります。

正直、これまで聴いたピアノ三重奏では一番衝撃を受けた演奏です。ジャケットの中央でこちらを睨みつけるピアノのユッタ・エルンストは、奏者としてアルバムを手にする人に真剣勝負を挑んでいるのだという表情だったのでしょう。そして両脇でうっすら笑みを浮かべるヴァイオリンとチェロ奏者は、このアルバムを聴いたあとの私たちを慰めるように、自信ありげに笑みを浮かべているよう。まるで「参ったでしょう?」とでも言いたげな表情に写ります。もちろん、参りました。久々に打ちのめされるような素晴らしい演奏に出会いました。毎度のことですが、湖国JHさんの隠し球にしてやられた感じです。もちろん評価は[+++++]。ハイドンの室内楽に目のない方、必聴です。もう一度言います。必聴盤です!

にほんブログ村 クラシックブログ クラシックCD鑑賞へ
関連記事

7 Comments

There are no comments yet.

Skunjp

読むだけで脳内アドレナリン噴出

来ました、ピアノトリオ!

うーん。Daisyさんの文章のキレ味も相当なものですよ。

「しかも相変わらずキレ味は名刀政宗のごとき鋭さ。すでにこれまでの演奏から完全に奏者ペース。全員が冴えまくったベストコンディションのクレーメルのようなキレ方。音の向こうに青白い炎がメラメラと見えてきます…」

いやいや、読むだけで脳内アドレナリンが噴出するではないですか。

…これは当然、買い!でしょう。

ちなみに、先日届いたオシリス・トリオも余りに凄い演奏で、スピーカーの前で固まってしまいました。

まだまだこの分野は発掘し甲斐があるようですね。

そしてこのヴィヴェンテ三重奏団。

欲しい…喉から手が出そうなほど欲しい…です。

しかし…

さりながら…

私に何となく許されている(?)Amazon購入枠が今月はすでに超過している気配があります。結構買ったものなー。(財務省のけげんな顔がチラチラします)

早く来月にならないかなー…(笑)



  • 2016/01/22 (Fri) 16:15
  • REPLY

Skunjp

展開部で、もの凄いことが起きている!

お久しぶりです、Daisyさん。
やっと届きました、ヴィヴェンテ・トリオ…(笑)

それにしても、これは何ともの凄い演奏でしょうか!

「何だ…これは!」と、岡本太郎氏の驚く顔が目に浮かびます。


演奏の傾向はDaisyさんの書かれたとおり。

そして、私が気がついたことは…。


まず驚くべきは、ピアノトリオの若い番号の曲でさえ、これほどまでに聴き応えのある音楽に仕上げる3人の演奏力。

ジャケットに見られる個性的な風貌(失礼)からして、どこか荒々しい演奏を予想しましたが、見事に裏切られましたね。

カッチリと整然と冷静に弾かれ、非の打ち所もありません。そして、それだけでは終わらない演奏の濃密さとダイナミックな抉りの深さ!


その特徴は展開部に特に現れています。

「展開部で、もの凄いことが起きている」ということです。

たとえば、Hob.XV:6の第一楽章展開部…

冒頭部分でピアノによる何気ない分散和音が弾かれ、フェルマータが2回出てきます。この部分にピアニスト、ユッタ・エルンストがさしかかると景色が一変するのです。

彼女のちょっとした何気ないフェルマータによって、目の前に化学変化のように「新たな情感の世界」がグァーンと開けるのです。

私は思わずアッ!と声を上げそうになりました。

「何だ…これは!」

それはシューマンにも通じる世界でした。

(展開部でもの凄いことが起きるのは、当CDのほとんどの他の曲でも同様でした)


さらに、アンネ・カタリーナ・シュライバーのヴァイオリンがまた凄い。

クレーメル以上の「雄弁なノンヴィヴラート」ですね。

これを駆使して、魅惑的な軟体動物のようなパッセージが聴く者の聴神経の奥深くもぐり込んできます。「ほら、このメロディー…すごいでしょう?」ここにハイドンのピアノトリオに関して一種痛快な新しい体験の世界がこじ開けられるようです。それはいわば、単なるキレイさを超えた「もの凄い美しさ」。

もちろん、チェロのクリスティン・フォン・デア・ゴルツ(ヴァイオリンのゴルツの奥さん?)もただ者ではありません。要所要所で低音の支えを強調し、不気味な海鳴りのように存在感を示しています。

「うーむ…。こんなにも凄かったのか…ハイドンのピアノトリオの世界とは!」


ハイドンの室内楽は弦楽四重奏が王様と言えましょう。それを私も否定しません。

でも弦楽四重奏が王なら、ピアノトリオは王の輝きに優るとも劣らない王妃であります。

室内楽の王妃、それがピアノトリオなのです。

そしてある意味、王を超えている。…なぜなら、弦楽四重奏が単色系で純粋に対位法的な深みを探求する世界だとすれば、ピアノ三重奏はそこに音色が加わります。

宝石のような鉱物質のピアノのきらめきに、つややかなヴァイオリンの肉声が添えられ、両者を重厚なチェロがさりげなく支える音色の饗宴、それがハイドンのピアノトリノの世界でありました。

ハイドンがそこで探求したものとは…

マーラーばりの「音色の対位法」ではなかったのでしょうか?


ハイドンのピアノトリオに脱帽!





  • 2016/02/10 (Wed) 11:23
  • REPLY

Daisy

Re: 展開部で、もの凄いことが起きている!

Skunjpさん、いつもありがとうございます。

いつもながら音楽を弾く立場での深い洞察を交えたコメントありがとうございます。コメントをいただいてあらためて聴き直してみましたが、確かに展開部は驚きの連続ですね。

>彼女のちょっとした何気ないフェルマータによって、目の前に化学変化のように「新たな情感の世界」がグァーンと開けるのです。

おっしゃる通り。フェルマータ一つでこれほど劇的な効果があるんですね。ヴァイオリンもチェロも含めてこれほど刺激的な演奏は滅多にあるものではありません。

ピアノトリオはハイドンが晩年に辿りついた桃源郷のようなところなのでしょう。あらん限りの創意を織り込み、「音色」の対比でも聴かせる素晴らしい音楽ですね。

まだ発掘の旅を続けます(笑)

  • 2016/02/11 (Thu) 10:58
  • REPLY

Skunjp

御意!

> ヴァイオリンもチェロも含めてこれほど刺激的な演奏は滅多にあるものではありません。

御意(笑)!

アンネ・カタリーナ・シュライバーのヴァイオリンに関して、追加して言うべきことがあります。それは彼女のロングトーンの卓抜な表現。

たとえばピアノが様々に転調を重ねて反復進行を奏する上で、ヴァイオリンが同一音をロングトーンで弾く所に注目すると…。

何とこの時、ピアノが転調するたびにヴァイオリンのロングトーンも表情を変え、微妙に音程が変わり、ヴィヴラートも変化しているのです。

…普通、ここまでやるか!?
この演奏の奥深さ、えぐりの深さの理由はこの辺にもあるのでしょう。


Daisyさん、さらなる発掘の旅…期待しております!

  • 2016/02/11 (Thu) 12:10
  • REPLY

だまてら

No title

当家にも先週末に届きました!
が、週末はaudiofunさん宅をお訪ねして、エール音響の4ウェイSPマルチ駆動の超弩級システムを堪能しているうち、Skunjpさんにすっかり先を越ざれてしまいました。
それにしても、トリオの連絡先がピアノのエルンスト女史の自宅で、住所・電話番号付きというのも手造り感満載ですね!グールドを想起させる快速テンポでビシバシと斬りこんでくる、この方のピアノ・ソロも聴いてみたいと感じました。

  • 2016/02/11 (Thu) 12:44
  • REPLY

Skunjp

ピアノ・ソロも聴いてみたい

おー、だまてらさんも参戦されましたか(笑)
Daisyさんご推薦のヴィヴェンテ・トリオ、本当にこれは名盤です。

だまてらさん宅の装置なら、もっと凄さがビシバシ伝わるのでしょうね。我が家の装置は遠く及びませんが、でもスピーカーがロジャースという所は同じですよ(LS5)。昔はタンノイのスターリングをクォードで鳴らしていましたが、今はダウンサイジングです。とは言え、やっぱりイギリスのメーカーは良いです。彼らは音楽を知っています。

> この方のピアノ・ソロも聴いてみたいと感じました。

御意!
ピアノトリオの名盤を聴くと、そのピアニストのソロソナタを聴きたくなるものですね。

  • 2016/02/11 (Thu) 15:31
  • REPLY

Daisy

Re: No title

だまてらさん、コメントありがとうございます。

連絡先とは目の付け所が違いますね。確かにユッタ・エルンストの連絡先になってます(笑) ジャケットであそこまでガンつけられては連絡する方も勇気が要りますね(笑)調べてみるとサールブリュッケンの近くの田舎町。のどかなところのようです。東京でのせせこましい暮らしとは異なり、自然に囲まれて羨ましい限りです。

  • 2016/02/11 (Thu) 22:00
  • REPLY