マッジーニ四重奏団のOp.33(ハイドン)

マッジーニ四重奏団(Maggini String Quartet)によるハイドンの弦楽四重奏曲Op.33のNo.5、No.1、No.2「冗談」の3曲を収めたアルバム。収録は1990年12月3日から6日にかけて、ノルウェーのオスロの南にある街シー(Ski)のサレン教会堂(Salen Church Hall)でのセッション録音。レーベルはノルウェーのSIMAX。
マッジーニ四重奏団の演奏は以前に取り上げています。演奏者の情報などは前記事をご参照ください。
2014/11/05 : ハイドン–弦楽四重奏曲 : マッジーニ四重奏団のOp.77、Op.103(ハイドン)
以前取り上げたアルバムがおそらく1996年の録音で、クァルテットの設立は1988年、今日取り上げるアルバムが1990年の録音ということで、このアルバムはクァルテットの設立直後の録音ということになります。
Maggini Quartet
オフィシャルサイトのディスコグラフィを見ても、このアルバムが一番古い録音であることがわかります。なおこのアルバムの収録時のメンバーは下記のとおりで、第1ヴァイオリンは以前取り上げたアルバムの時とは異なります。
第1ヴァイオリン:トーマス・ボウズ(Thomas Bowes)
第2ヴァイオリン:デイヴィッド・エンジェル(David Angel)
ヴィオラ:マーティン・ウートラム(Martin Outram)
チェロ:ミハウ・カズノフスキ(Michal Kaznowski)
調べてみるとこのアルバムで第1ヴァイオリンを務めるトーマス・ボウズは1960年生まれのヴァイオリン奏者。トリニティ・カレッジで学び、ロンドンフィル、アカデミー室内管などのヴァイオリン奏者として活躍したのち1988年にこのマッジーニ四重奏団を設立します。1989年からはロンドン・モーツァルト・プレイヤーズのリーダーに就任し、マッジーニ四重奏団からは1992年に離れ、その後はロンドン交響楽団、BBC交響楽団、ロンドン・シンフォニエッタ、フィルハーモニア管などの客演リーダーとして活躍しています。
このクァルテットの原点たるハイドンのロシア四重奏曲。いかがなものでしょうか。
Hob.III:41 String Quartet Op.33 No.5 [G] (1781)
オーソドックスな入りに聴こえますが、よく聴くと第1ヴァイオリンのピンと張り詰めた表情がキリリとした緊張感を生んでいます。他のパートよりも明らかに張りがあり、音量の変化の起伏も大きいですね。エキセントリックに聴こえなくもない、なにかえも言われぬ緊張感があります。フレーズごとに間をたっぷりとって曲想を分解しながら再構成するような趣もあります。演奏によっては楽天的な明るさが支配する曲調の曲ですが、この演奏ではピリッと引き締まった響きが聴きどころになっています。
つづく2楽章はかなり音量を落として、表情もあえて抑え気味ですが、間をたっぷりととることによって滲む詩情が聴きどころ。音量もかなり抑えて、淡々とメロディーを描いていき、ところどころでメロディーをかなり丁寧に分解してじっくり聞かせます。冷静沈着な演出が印象的。
メヌエットでも、フレーズごとにかなり大胆に表情をつけていきますが、不思議とくどいかんじはせず、逆に侘び寂びを感じさせる不思議な雰囲気。
そしてさらっとフィナーレに入ります。メロディーを完全に把握して彼らの音楽にしてしまっているところは流石。楽譜通りに演奏するというより完全に再構成された音楽ですが、あまりに説得力あふれる解釈に不自然さは皆無。フレーズ毎の表情の微妙な変化に耳を奪われます。かなり力を抜いての演奏ながら水も漏らさぬ緊張感に痺れます。1曲目から圧倒的な完成度。
Hob.III:37 String Quartet Op.33 No.1 [b] (1781)
ハイドンのロシア四重奏曲集の天津爛漫なイメージからはずいぶんと異なる印象、それも悪くない印象を引き出した1曲目に続き、うっすらと陰りを感じるNo.1ですが、冒頭からかなり先鋭な緊張感を醸し出します。このクァルテットの聴かせどころを踏まえて聴きますが、その予想を上回るかっちりとした構成感に冒頭から酔います。前曲では巧みな表情にやられたのですが、この曲ではそれに音量の起伏も加わり、圧倒的な迫力を感じます。アーティスティックにデフォルメされた表情にスポットライトがあたり、くっきりと陰影がついて、曲が持つイメージよりもかなり峻厳な印象。しかもトーンの変化のしなやかなさもあって実に豊かなニュアンスが伝わります。
2楽章のスケルツォは畳み掛けるようなインテンポで攻めてきます。聞き手の曹操を上回る緩急のコントロールに圧倒されっぱなし。
そして3楽章のアンダンテでは淡々と落ち着いた表情を取り戻し安堵。こうした穏やかな部分でも実に豊かなニュアンスを感じさせるのが凄いところ。このアルバムがデビューアルバムとは思えない円熟のなせる技。
そしてフィナーレでは才気爆発。各奏者の響きの統一感はほどほどながら音楽的なエネルギーの集中力は素晴らしいものがあります。これぞ弦楽四重奏曲の醍醐味と言わんばかり。第1ヴァイオリンのトーマス・ボウズに煽られて、メンバーも手に汗握るほどの呼応。空間をつんざくような鋭い響きにアンサンブルが続きます。終盤は巧みに表情を変えながら、ここぞ聴かせどころとばかりにもの凄いエネルギーが噴出。
Hob.III:38 String Quartet Op.33 No.2 "The Joke" 「冗談」 [E flat] (1781)
コミカルな表情が特徴の曲ですが、ただコミカルなだけではなく、圧倒的な表現力を聴かせながらの入り。ただものではないのはわかってはいますが、やはりこちらの想像を超えるアーティスティックさ。特にチェロのくっきりとしたアクセントが実に新鮮。各パートそれぞれに聴かせどころを作りながら曲を進めます。この楽章の基調となるリズムを保ちながら千変万化する表情にうっとり。ところどころでしっかりアクセントをつけますが、くどさは感じません。
つづくスケルツォは、これまで同様緩急自在。短い曲ながら華やかさを保ちます。
そしてこのアルバムで一番驚いたのが、3楽章のラルゴ。現代音楽のような静寂を感じさせる極度に抑えた入り。そして楔を打つような慟哭。表現が冴えまくって、曲に新たな魅力を与えるほど。特に抑えた部分の独特の表現は独創的。ハイドンの曲自体に潜む、古典的とは言い難い仕掛けをマッジーニ四重奏団が暴いたと思わせる快心の解釈。鳥肌が立つような表現のキレ。
そしてこの曲の聴かせどころのフィナーレ。前楽章のキレキレの音楽のあとに、いたずら心に満ちたハイドンの軽快な音楽をさらりとこなしてきます。これまでどおり起伏もかなりのものですが、音楽の軽快さをしっかり保ち、そして印象的な終わり方に至るまでに、しっかり間をとってこの曲の面白さを伝えます。見事。
マッジーニ四重奏団のデビューアルバムであるハイドンのロシア四重奏曲から前半3曲を収めたアルバム。いきなり彼らのポテンシャルの高さを真正面から世に問うたような素晴らしい出来。そしてハイドンのロシア四重奏曲の演奏史に新たな価値を加えたと言っても過言ではないレベルの演奏でしょう。思い切り気に入りました。これほど見事な演奏には滅多にお目にかかれません。ハイドンの弦楽四重奏を愛する全ての方に聴いていただきたい素晴らしいアルバムです。もちろん評価は[+++++]以外にはありえません。
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